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第4話『あれは災禍の根本から』

 島京国際空港。

 島京は元々、こういった広い敷地を持つ空港を建設するために開発が進められた人工島だったという。

 それがジオイド災害の避難地として今の大都市建設計画へと変更されいまの大都会に変貌したのだそうだ。


「ほんま、世の中何が起こるか解ったもんやないなぁ…」


 飛行機から降り立った、白い和服の女性は島京の街を一望して呟いた。

 そして懐から最新型の携帯を取り出すと、何処かへと電話をかける。


「あー八尾ちゃん、私やよ?今島空…にゃっははは、いやぁ最近怪獣騒ぎとかあったみたいやさかい心配でなぁ…毎日来とるの!?やー頑張っとるなぁ…あ、今まつりさん何処におるか知らへん?…ぱうるの本部?ありがとなぁ♪」


 電話を切ると、女性は鼻歌を歌いつつ鞄を回して空港を歩き始めた。





第4話『あれは災禍の根本から』





 時を少し遡る。




 三人はただ固まってそれを見ていた。 転校生、根本さいかが突然琴主交の唇を奪ったのである。


「ん……」


「……っ、んん!?」


 全く未知の感触に、ビクッと交の指先が跳ねる。

 さいかは交の手を握って抱き寄せる、そして舌を巧みに使い交の口内を蹂躙した。


「んんっ!?ん~っ、んんん!!!!」


 突然のことに目を白黒させていた交は、未知の感覚と同時に頭の中をかき乱される不快感を感じて激しく痙攣する。

 さいかの髪に紛れた触手が交の首に繋がれて、電脳から何かを探られているのである。


「~~~~~~~ッ!!!!っ、んん……」


 クタッ と交の手から力が抜けた。

 全身に強い刺激を受けた交は耐えきれずに意識を手放した。

 それを目の当たりにしていたはじめは、ふと辺りを影が覆ったことに気付いて動かない体にむち打ち立ち上がった。


「…お嬢……様!」


『まじるさん!』


「!!」


 ガシャアアァァン!! と、窓カラスが盛大に砕け散って散乱する。

 まつりの操るガチユリダーの手が壁と窓を粉砕してさいかに襲いかかる。

 さいかはとっさに交を離して飛び退くと階段を駆け下りて逃げていった。


『まじるさん!まじるさん!』


『まつりちゃん落ち着いて!!それ以上校舎を壊すと二人も危険よ!!』


『…っ』


 綾乃の助言にまつりが手を止めると、校舎内でははじめがなんとかワイヤーの結界を張って瓦礫から交の身を守っていた。


『とりあえず、二人と一緒に撤収…彼女のことは後で聞くわね?』


『……っ、わかりました』


 綾乃の冷静な判断に頷きながら、まつりは操舵を強く握る。

 正純まつりもそこまで感情的な人間ではない、おしとやかで人当たりのいい明るい性格からのどかな人柄と見られがちだが、その実どちらかというと現実主義で冷静な人物である。

 そのまつりが此処まで感情的になるのを見たのは、綾乃にとって初めての事だった。


(ウラノスエンジンによる精神浸食…という訳ではないか、ガチユリダーの性質は状況として彼女の好意的な感情に少なからず影響しているのかしらね…?これが何かの障害にならなきゃいいんだけど…ね)





P.A.U.R.医療室


 交はベッドに寝かされて、首元を医療キットに繋がれていた。

 それを椅子に座りながら見守るのは綾乃とはじめとまつりの三人だった。


「まさか直接パイロットを狙われるなんてねぇ……」


「ああ、あの触手…間違いなくあれはジオイドだった」


「でも直接生徒たちを殺す気で襲うことはなかったと…ね?」


 はじめは首元をさすりながら言う。


「幸い、お嬢様の組んだ多層防壁のおかげで本格的な侵入は避けられて良か……」


「良くないです」


「……」


「だって……まじるさんの唇を奪われたんですよ!?相手がはじめちゃんだったらまだしもあんなポッと出の女の人なんかに!!」


 わぁっと泣き出したまつりに、綾乃とはじめは思った。


((そっちかい))


「落ち着いてくださいお嬢様本音がダダ漏れです!!ていうか私ならまだしもってなんですか!?」


 ツッコミをはじめに任せつつ、綾乃は顎に手を当てて考え込んだ。


「しっかし前のジオイドといい、妙なことが起きてるわねぇ……」


「妙なこと?」


「まずでっかい方…思考するジオイドだと思っていたのだけれど、奴は突然しびれを切らすように思考を放棄したわねぇ。まるで他の表層ジオイドと変わらないようにただ人を襲うだけの存在へと自らを貶めた、その変化は本来ありえないことよね?地球意志っていうのはそうポンポン性質を変えるものじゃないの、そんなせっかちだったら60億年も知識の番人なんかやってないでしょうしねぇ…」


「つまり……何か急激に変化せざるを得ない事情があった…?」


「まずジオイドの発生からして予兆はあっても急激だったことは事実よ…私は何か、思い違いをしていたのかもしれないわねぇ……」


 綾乃は考え込む、この惑星の滅びを予知してジオイドを生み出した地球…

 そのジオイドのとった矛盾だらけの行動、人型ジオイドの出現…


 ヴィー!!ヴィー!!ヴィー!!ヴィー!!


 それらの情報がつながりあう前に、本部内に警報が鳴りだした。



 綾乃はため息をついて携帯からオペレーターにつなげる。


「どうしたの?」


『本部サーバーが何者かの襲撃を受けています!!未知の言語によるハッキングで…このままではサーバーが乗っ取られます!!』


 オペレーターの切羽詰まった声を聴きながら、綾乃は顎に手を当てて考えた。

 そして……


「そう、すぐ行くわね。はじめちゃん、まつりちゃん、行きましょうかねぇ?」ガタッ


「えっ?」


「そんな、交さんは!?」


「本部のサーバーが持っていかれたら守るもんも守れなくなっちゃうわねぇ?それに、まつりちゃんのスキルがちょっと必要かもしれないわ…」


「…!!……はいっ!!」

「お嬢様!?あー、うー…ちょっと待って!!」 


 綾乃についていくまつりと、眠ったままの交を交互に見て困り果てたはじめは、とりあえず立ち上がって二人について行った。





 そしてドアを閉めて交を残し無人となった医務室……しかし、すぐに静寂を破って換気扇のダクトが外された。


「よいしょっと…ふぅん?思ったより結構なザル警備ね…」


 ダクトから姿を現したさいかは、早速といわんばかりに交の首に触手を差し込むと電脳の内部にアクセスして視覚データを書き換える。


「……ふむ、こんなもんでいいかしら?」


「う…ん?まつ…り?」


「ふぁ!? ちょ、待って!?」



 すると交が突然目を覚まし、さいかは慌ててその場から隠れようとした。

 眠そうに眼をこすると、交は目を細めてさいかの隠れた先を注視した。


「………?」


「こほん、えふん…え~、大丈夫ですか?まじるさん?」


 交の目には、その先に隠れていた人影がまつりにしか見えなかった。

 視覚に侵入してデータを変更したことで、今の交にはさいかがまつりに見えているのである。


「……んん、変な感じ…何があったの……」


「ちょ、ちょっとまって…下さい。えーと…」


 交は寝ぼけているのか、目をこすりながらゆっくりと起き上がる。

 そしてさいかは交の肩に手を置いて人差し指を立てた。

「そ…そうだ!!さっきの戦いのあとに、急に気絶してしまって……だから、急いで医務室に運んだんですよ」


「んん……そうだったんだ…」


「まじるさん、ちょっと外に出ませんか?」


「え?」


「皆さんには、私から連絡しておきますから」


「……んん、わかった」


 予想より早い納得に、さいかは心の中でガッツポーズをとった。

 そして交の手を取ると、何故か誰もいないP.A.U.R.本部をコソコソと脱出するのだった…





 一方、司令室はP.A.U.R.中の職員でごった返していた。

 未知の言語に浸食されていく画面があちこちのモニターに開いては消えていく。 そのメインコンソールでオペレーターに加わりまつりもその対応に追われていた。


「第三、第七経路封鎖!!」


「アカシャ年代記から逆算結果出ました、経路数…3325!?」


「おそらくデコイです、発熱量と通信の少ない順から断線して下さい!!」


「自己増殖ウィルスらしきデータを確認しました!!」


「言語は違っても防壁は有効です、逆に此方も叩き込んで下さい!!」


 未知の言語によるハッキングに苦戦するもまつりの技術と拮抗し、事態は一進一退となっていた。

「……」


そんな中、司令官である綾乃だけが携帯を手に一歩下がって何かを監視していた。


(ザルでわるかったわねぇ…軍隊じゃないんだから、こちとら元はただの研究機関だってのねぇ)


 ハッキングで混乱する司令室の中、綾乃は携帯から交とさいかをモニターしていたのである。

 さいかの行動におけるジオイドとしての特異さに興味を持った綾乃は交をエサにさいかの目的、事情、ジオイドに関わる疑問のヒントを探るつもりなのだ。

 そのため、あからさまな時間稼ぎのためのハッキングをエサにまつりとはじめを司令室に呼び込み 、基地内の隊員にあえてこっそりさいかを逃がすよう指示していたのだ。

 そして、保険をもう一つ。


(さぁて、怖い大人が来る前に…どれだけ情報を引き出せるかしら…ね?)





 一番近い路から地上に出ると、いつか水晶の怪獣と戦った公園の地下シェルターに出ていた。


「普通に出るの初めてだけど、パウルってこんなとこに有るんだね?」


「そ、そうですねぇ…」


 さいかはギクシャクとぎこちない動きで交を先導する、その姿に先程や学園で見せたような自信は感じられない。


「……正純、ちょっとその辺散歩しない?」


「…!!そ、そうですわね!!願ったりかなったりです!!」


 二人は広い芝生に包まれた公園を歩く。

 完全に目を覚ましている交は、意を決してさいかに言った。

「もう良いよ、無理しなくて。まつりの真似も疲れるでしょ?」


「ぐっ…」


 苦笑する交の言葉に、さいかは固まった。

 交は視線の端にさっきから出ている[×]の字に触れた。

 すると交の視界からまつりの姿が消えて、さいかの姿になった。


「気絶の犯人は根本だったんだね…多分ハッキングは今の私には効かないよ?まつりの防壁、結構凄いね?」


 流石にいつも多少なりとアグレッシブなまつりにこうもオドオドされては流石に気付く。

 しかし不思議と怒りは湧かない、寧ろ交はさいかにバレバレのイタズラを解ったからって回避してしまったかのような罪悪感すら感じていた。

 言葉に詰まっていたさいかだが、すぐに腕を組んで余裕を気取る。


「うぐぐ…っ、ふ、ふぅん、バレてたのならなんで逃げないの?私は貴女たちを襲った敵で、貴女は丸腰…つけたところで捕まえられるとでも?」


「だって敵…っていうか、悪い奴じゃないでしょ?」



 交が直感的に言った言葉に、さいかは固まった。



「 な」


「悪い奴やジオイドなら、気絶した人を一々健康にする筈ないもん」


「そ、それは偶々よ。好みの娘だったから生かしておいただけよ!!」


 さいかの性癖に一歩引きながらも、交はそれでもさいかを敵と思うことが出来なかった。


「好みって…悪いジオイドならそんな判断しないと思うんだけど」


 顔を赤くして否定するさいかだが、交が笑いながら返したその事実に完全に言葉を詰まらせてしまった。


「……でも、私はあなたの敵よ?」


「後悔しないコツ、『疑わしきは話を聞け』…ってね。何でこんなことしてんの?」


「~~~っ」


 さいかは頭を抱え込んだ。

 まるで予想だにしない展開と交の判断で訳が分からなくなる。


(なんなのよぉこの審神者はぁ…ハジぃぃ陽動は良いから早く帰って来てよぉ)



 実のところ、根本さいかは頼れる相棒の力あってこそ強気でいられるタイプの少女だった。




 一方、P.A.U.R.のサーバールームでは柱の陰に潜み、赤い球体が触手をサーバーに繋いでいた。


「それなりに優秀だな、流石にヒトの作ったプログラムはヒトの方が得手か……しかし、演算力なら私の方が……」


 ハジは、地球の表層意識を集めて作られたガイアの人格である。

 そのため、近年の発展を促す電子情報の知識を多く記録している。

 しかしその為か、ハッカーとしての誇りやプライドも人格に織り込んでいるのだ。

 だからこそ、彼女?は迫る闇に気付かなかった。


「……しかし、さいかは無事だろうか…?誤って捕まっていなければいいんだが……!?」



 バヂッ


 突然、デコイに張った偽装経路から大量のデータがハジに流れ込んだ。

 その言語はハジやさいかの用いるものと同じ、本来ガイアが記憶を残すために用いる言語だった。


『サーバーから情報が逆流する…!?馬鹿な、人間の演算能力がここまで高いわけが…』


『意志を持つ何者をも、襲い来る滅びから逃れることはできない』


『これは………連中の!?……ヒトのサーバーを経由して、因子を直接…いかん、感染するTUUAGGYUGGGYAGYAGYYGAY!?』


『せめてその手で、穢れた歴史を握りつぶせ』

『Sいか……SMなYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYGAGAYGYAGAGAAAAAAAAAAAGGGGGGGGGGGGGGGGG!!!!』


『白く塗った清涼な世界で、救われる歴史を紡ぎなおそう』


 ノイズ混じりのその言葉と同時に、ハジの体はジオイドの霧となって大気に溶けていった。





P.A.U.R.司令室


「…!?ハッキングが、止まった!?」


「!! 今のうちにメインプログラムを修復してください!!」


「「了解!!」」


 見る見るうちに未知の言語に赤く塗りつぶされたメインモニターが、正常な青に染まっていった。


「……ふぅっ」

 安心して司令室のメインコンソールに座ったまつりは、ふと綾乃のほうを見る。


「ええ~…もうちょっと粘りなさいよジオイドちゃん…それに交ちゃんも推しがパないわねぇ…まさかキスであの子に惚れちゃったとか…?」


 綾乃はブツブツと独り言を呟きながら一心に携帯の画面を見て、その会話内容をイヤホンで聞いていた。


「……何を見てるんですか?…あぁっ!?」


 その画面を覗いたまつりは、すぐに携帯を没収してイヤホンを外す。



「うわ!?人の携帯覗くのはマナー違反よん!?」


 まつりの突然の行動に驚き文句を垂らした綾野だが、携帯からこぼれた音声がすべてを物語っていた。


『しかしまだ暑いねー』


『ふぅん、じゃああのベンチで話しましょうか』


『うん、そうしよっか♪』


「「……」」


 司令室に広がる気まずい沈黙…綾乃は大量の冷や汗を垂らしながら猫なで声でまつりに声をかける。


「あの…ま。まつりちゃん?」


「説明していただけますか?」


 にっこり、とした満面の笑みに綾乃は初めて本気の恐怖を感じた。

 結局綾乃はしょんぼりと肩を落として「はい」と答えるしかなかった。





「…気がつけば、私はジオイド災害の中でヒトの体を持って収束してたの」


「……」


「ガイアの人格は数え切れないほどに複数ある、その中で私という人格は所謂中枢のみの人格を複合して収束した…」


「多重人格?」


「というより複合人格ね、ガイアの人格は記憶を貯めるだけのニューロンみたいな物だから」


「ジオイドから助かるために義体化した私達と、ジオイドに人格を詰めて生身の肉体を得た根本…ちょうど真逆って訳だ」


「…じゃあ、教えてよ。なんでジオイドはこの世界から生き物を駆逐しようとしてるの?この先、生き物はこの地球に何をすることになるのさ」


「……わからないのよ」


「…え?」



「わからないの、気がつけばガイアの人格の大半が口を揃えて言い出したのよ。『この歴史を滅ぼせ、歴史を作り出す生命を滅ぼせ』って……」


「……なっ、何それ!!」


「私のもとになった人格たちは、まるでウィルスのように広まっていくその意思から逃げるために体を作って、端っこの表層意識を集めたハジって相棒と一緒にこの世界に収束した……そして、彼らがおかしくなった原因を探して回ったの」


 さいかは、ベンチの真ん中に拾った平たい石を積み上げながら交に話しかけた。


「……ねぇ審神者さん」


「さにわ…って何?」


「知らないのか…この世界って、神様から見ればどう映ると思う?」


「神様って…ガチユリダー?」


「いや、それも含むし…ガイアや既存の神…総じて、可能性の力を操り、移動できる存在をそう呼ぶとしてよ」


「?」


「…今この瞬間の世界を一つの点、一次元に例えるとする。高さの軸を四次元の『時間』…、可能性は縦横軸になるの。世界点は積み重なって、時間の軸に積み重なる積み木のようなものになるわ」


「は、はぁ…」


「この積み木を重ねるのは、人間…それも、強い審神者の力を持つ人間の『目』なの。詳しい仕組みは省くけど…シュレディンガーの猫実験を常に重ねてると言えば解る人はわかるかしら」


 案の定、交にはさいかの言っている意味を朧気にしか理解することができなかった。 しかし、思い当たるものがある。



『どんなに5軸の向こうに逃げても見つける才能』



「S.N.W.適性…?」


「そう、それは生命の持つ根源的な力。時にそれは有り得た力を引き出すことも、可能性に偏在する神をこの世界に引きずり出す事もできる…昔は神秘や奇跡、魔法と呼ばれた現象よ」


「魔法かぁ……」


 あったら便利だろうなぁ、そう思ってファンタジーな空想をする交に…さいかはそれを現実に引き戻すような言葉をかけた。


「……使い方によってはこの歴史で積み上げられた世界をバラバラに壊すこともできる」

 さいかはそう言いながら、積み上げた石をはたいて崩した。


「そんな…そんなこと!!」


「現に、29年前…一人だけ歴史を壊そうとした人間がいたのよ…失敗に終わったけど」


 さいかの言葉に、交は目を見開いてさいかの顔を見た。


「……え?」


「あなたの今の状況は、『あの女』に限りなく近い。だから私達は、ジオイドと呼ばれる人格達がおかしくなったのも、そいつのせいと思ったから、あの神…っていうかロボットに近しい審神者を探して……」


「ちょちょちょちょっと待って!!今さらっとスケールのでかいこと言ったよ!?…それって、その人って……誰?」


「それは…名前までしららないんだけど、あの組織の…」

 さいかがそこまで言ったところで、遮るように凛とした声が二人を呼び止めた。


「そこまでです」





『現に居たのよ、29年前に…』


「げっ」


「…?どうしたんですか?」


 まつりが振り向くと、綾乃は瞬く間に携帯を奪い取って電源を切ろうとする。

 しかしまつりはその手を抑えてそれを止めようとした。


「い、いいいいやいやちょっと映像切ろうかしらん!?」アハハハ


「な、なんですか一体!?」


 まつりと綾乃が言い争っていると、聞き覚えのある声が突如携帯から聞こえてきた。


『そこまでです…』


「あれ、この声って…」


「うわ!!良いんだか悪いんだかわからないタイミングで!!」

バッ


 携帯の画面に映っていたのは、サングラスを外しスーツのネクタイを締めなおす八尾の姿だった。





 気がつけば、公園に人影は見あたらなくなっていた。

 放課後の時間も過ぎて薄暗くなった公園の中、街頭に照らされた八尾は背に手を回すと、何処からか長刀を抜いて振り下ろす。


「…貴女ですか、生徒達を襲撃したジオイドというのは」


「…っ!?」


 八尾の一睨みで、さいかの触手はギシリと音を出して固まった。


「や…八尾さん?」


「手出し無用、私の可愛い教え子に手を出しましたね…?」


(はじめちゃんの事…だよね?……やばい、どう見ても)


「ふ、ふぅん?だからどうしたの?」


「根本、あれ…あのはじめちゃんの保護者で…」


 スパン


 ゴトッ と、半分で裂けたベンチが一瞬遅れてバランスを崩し音を立てた。

 サァッと二人の顔から血の気が引いた。


「参ります」


「にっ…逃げろぉぉ!!!!」


「ひゃあぁ!!?」


「待ちなさい!!」





P.A.U.R.司令室


「怒ってる…師匠すごく怒ってる…!!」


「あー、はじめちゃんも襲われたって言っといたのが効き過ぎたわねぇ」


「え?はじめちゃんもキスされたんですか?」


 ブルブルブルブルとはじめは首を横に振った。


「……てへっ♪」


「は、早く連絡しないと…って八尾さん携帯持ち歩かない人ですよ!?」


「…南無」


(よくそれでCEO勤まるわねぇ…あだから会社に住んでるのかしらねぇ)


「しかし打つ手ないわねぇ、誰か連絡役居ればいいんだけど…あ」





 公園のキャンプ場にあるログハウスに身をひそめた二人は、荒れる息を殺しながらひたすら気配を殺していた。


「ぜぇ…ぜぇ…」


「はぁ…はぁ…」


「なんとか、まいた?」


「というか、何であんたまで逃げてるのよ」


「……なんというか、怖かったから?」


「…はぁ」 交をジト目で見ると、さいかは深くため息をついた。


「根本ってやっぱりジオイドっぽくないね」


「はぁ?当然でしょ私はあいつ等とは違うのよ」


「いや、そうじゃないんだよ。なんというか…人間らしいっていうかね」


「……」


 突然、さいかは俯いて黙り込んだ。


「…根本?」


「うるさい、嬉しくないわよそれ」


「ああ…そうかな」


「…人間なんかになったせいで、この五年間…ずっと私は余計な症状に悩まされ続けたわ」


「余計な…症状?」


「あなたも、ジオイドのせいで妹を亡くしてるでしょう?」


「…」


「私の体も、ジオイドで出来てるのよ?」


「……」

「人間として生きていく上で、私は嫌でも人間という物を見せつけられてきた…人間だけじゃない、ジオイドに生命を蝕まれた色々な生き物を目にしたわ」


「罪悪感…?」


「おかしいわよね!!私はガイアよ、生命の有無も関係なしに、ずっとずっと地球を運営してきた知識の番人よ!!この災禍の根元よ!!

……なのに…怖かった……泣いている人が恐かった、怒ってる人が恐かった、憎んでる人が恐かった…そんな中で生きる私も、こんなことを始めたガイアも恐かった…ハジが居なかったら、私が『私』と知るものが居なかったら…どうにかなってた……」カタカタ


「根本……」


「……っ」


 俯いて黙るさいかの肩を交は抱きしめた。


「さいかは悪くない…」


「でも…ガイアは……」


「此処にいるのは根本さいか、ジオイドだろうがガイアだろうが、災禍の根本なんかじゃない」


「…っ」


「話は大凡分かりました」


「!!!!」


 ジギン と、ログハウスのドアを細切れにして八尾は現れた。

 しかし、ログハウスに足を踏み入れると長刀を背に仕舞いさいかを見下ろす。


「あなたがジオイドでないのなら、私には貴女を叱りこそすれ斬る理由はない」


「…」


「しかし、あなた自身はどうなんですか?」


「八尾さん!!」

「人とジオイドの狭間の存在、何時ジオイドになるとも知れない輩を子供達の前に置いておく事など私にはできません」


「貴女は人間か、否か」


「……っ、私…は……」


 八尾の問いにさいかが答えようとしたその時だった…



(Sい……Kぁ………)


「……っ!?ハジ?!」


 ヴウウウゥゥゥゥゥ!!

 ヴウウウゥゥゥゥゥ!!


 公園を含む島京全体に警報が鳴り響いた。


「!!」


「まさか、ジオイド!?」





 それは、分子模型のように棒で繋がれた巨大な赤い球体がいくつも集まったかのような怪獣だった。

 球体の一つ一つが光り瞬くと同時に、島京の街から火の手が上がった。

 逃げまどう人々はシェルターに駆け込むが、シェルターさえも電子制御の部分が開け閉めを不定期に変えて侵入を拒んだ。





P.A.U.R.司令室


「敵ジオイド、市街のあらゆるコンピューターにアクセスし情報から詩実体を形成、爆破しています!!」


「ちっ、間に合わないか……はじめちゃんはリリーキャット、まつりちゃんはリリーブレードで出撃!!まつりちゃんはガチユリダーの演算補助でハッキングを可能な限り押さえて、その間に誘導をすます!!」


「了解!!」


「でも、まじるさんは……」

 戸惑うまつり、しかし綾乃は嘗てないほどに真剣な表情で活を入れた。


「今は市民の誘導が最優先!!誰も死なせるわけには行かないのよ!!」


「…っ、わかりました!」





ログハウス


「やっぱり、ジオイド…」


 ギュォォォオオオォォォン と、ログハウスの天窓から青と紫の機影が見えた。


「青いリリーブレード!?それに紫のリリーキャット…まつりに、はじめちゃん!?」


「行きなさい琴主さん」


「で…でも…!?」


 交が振り返ると、さいかは俯き髪から二本の触手を刃のように尖らせて八尾と交に向けていた。


「…そこを退きなさい、人間」


「…それは、否という事ですか?」

 八尾が睨み、さいかの触手が軋む。

 体はもはや人間のそれと全く変わらないから動けるが所詮は少し鍛えた程度の身体能力、まともにやりあえばはじめにも勝てなかった…ましてや目の前の八尾にはまるで勝ち目がない。

 恐怖とS.N.W.の拘束とで動けないさいかは、それでも震えながら八尾に向き合っていた。


「ハジが感染した…」


 一歩、また一歩とさいかは歩を進める。


「……!!」


「放って置けば、おまえ達はハジを殺す。それだけは、許さない……私は、ジオイドよ!!」


「無駄です、私にも琴主さん程でなくともS.N.W.適正があります。あなたの触手は…」


「だ、か、ら、どうした!!!!」



「!!!!」


 八尾の視線による拘束を、さいかは力付くで振り切って触手を振る。


「どけえええ!!!!」

 八尾は重いため息をついた。


「…残念です」


 振り上げられた太刀が、さいかに目掛けて無慈悲に振るわれた。


「―――ッ!!!!」


「さいかぁぁ!!!!」



ズン



 その音に、交は目を閉じた。

 そして、恐る恐る目を開けていく…すると、そこには予想外の光景があった。



 白い和服、長く白い髪の少女が、八尾の長刀とさいかの触手を素手で受け止め二人の動きを止めていたのだ。



「…何してんねん、八尾ちゃん?」


「あっ…姉様!?」

 その少女に、交は見覚えがあった。

 いつかはじめの過去に現れた人物…


「蜘糸商会の…会長?」


 会長は、さいかの触手を離すと一歩引いて道を譲る。


「大切な人助けに行きたいんやろ?行ったらええ、止めはせえへんよ」


「…!!」


 言われるがままに出て行くさいかを見送り、会長は交に振り向いた。


「はじめまして琴主交さん、私は燕糸・容呼ようこ…まつりさんの保護者やっとりますえ、よろしゅうなぁ」


 ニコッと笑みを浮かべる会長は年齢を疑いたくなるほどの美少女で、交は呆気にとられてしまう。


「あ、ああどうも…って、さいかを追わないと!!」


「そうですよ、あのままだとあの子…」


 キィィィィイイイイン…


 ゴシャアアァァァ!!!!


「…っ!!何の音!?」


「まぁまぁ、すぐ追うことになるんやから」


「…?」


 キィィィィイイイイン


 ゴシャアアァァァ!!!!! と、ログハウスの一部を砕きながら青いリリーブレードが墜落した。

 砕けた壁の向こうには、同じように墜落したリリーキャット。

 触手ではじめを優しく下ろし、そのコクピットに乗り込もうとするさいかの姿が目の良い交には見ることができた。


「さいかっ…!!」


「…!!待ちなさい!!」


 交は八尾の制止も聞かずログハウスから飛び出した。

 しかし、リリーキャットはピンク色に染まり市街地へ向けて飛んでいってしまった。

 立ち止まった交を見上げながら、容呼は声をかける。


「…行ってどうするんですえ?結局、ジオイドとは戦わなくちゃなりませんえ?」


「……判らないけど…でも!!さいかもあのジオイドも、他のジオイドみたいなことしたくないに決まってる、戦いたくないに決まってる!!なら、止めないと!!」

 振り返って答えた交の言葉に、容呼は一瞬目を見開くと…成程と一言呟いてから交に言った。


「……なら、信じてくとええ…その機体を、そしてさいかさんを…」


「…?」


 容呼の言葉に首を傾げながらも、交はリリーブレードに登りコクピットに乗り込んだ。

 会長はそれを見送ると、ご機嫌にステップを踏んでP.A.U.R.本部へ歩いていき、八尾も付き従うようについていく。


「…ほな、私達は準備するとしましょおか♪」


「何のです?」


「歓迎会や♪」


「………はぁ」





リリーブレード コクピット


 交は手動でリリーブレードのコクピットを開ける。

 BSCスーツに身を包んだまつりは、電子戦用のコンソールを開いたまま気絶していた。


「まつり!!」ガコン


「けほっ…はぁ……まじる、さん?」


「大丈夫!? すぐ下ろすから…」


「まじるさん…あの子を助けに行くんですね…」


「…!! ごめん、今できるのは…私しかいないと思うから……」


 真剣に言う交だが、まつりはそんな交が見ているものを察するとムゥと頬を膨らませた。


「…まじるさんの、天然ジゴロ」


「な、なんだよぅ」


「……そう言うところ、好きです」


「…っ」


 まつりはうろたえる交の首に手を回すと、一気に上体を起こして交と唇を重ねた。


 チュッ


「!?」


「…っ、……っ」


 ちゅ、ちゅっ と、さらに深く深く抱きしめてキスをする。


「…!!……!?!!?」


 むがもも ともがき、まつりの肩に手を置く。

 しかしまつりは微笑むと自分から唇を離した。


「ぷはっ!!ま、まつり!?いきなり何を…」


「まじるさんの始めては、私なんですからねっ!!」


 まつりが強気にいいはなった言葉で、交は目が点になる。


「……んん?」


 そして交は思い出す、昼休みにジオイドが襲撃してきたときの事故を。


「あ、ああああれはノーカ…」


「ノーカンじゃないです!!初ちゅーは私の!!あの人は、二番目です!!」


「うう、そういうのじゃないからぁ…」


 顔を真っ赤にして慌てる交、しかしまつりは目尻に涙を浮かべていた。


「わかってます、でも…ね?」


 交は悟った、こうなったまつりには適わないと。


「…はいはい」


 どうどうと頭を撫でられ宥められたまつりは、涙をひっこめてはにかんだ笑みを浮かべた。


「じゃあ、任せます…人々はもう誘導しましたから…好きなだけ」


「……うんっ!!」





P.A.U.R.司令室


「リリーキャット、敵ジオイドとエンゲージ!!…しかし……」


「乗ってるのはあのジオイド娘ねぇ……」


「緊急シャットダウンをかけないで良いんですか?あの子が敵に回ったら……」


(敵…か。一体敵は何処にいるのかしらねぇ……)




『現に、29年前…一人だけ歴史を壊そうとした人間がいたのよ…失敗に終わったけど』


『あなたの今の状況は、『あの女』に限りなく近い。だから私達は、ジオイドと呼ばれる人格達がおかしくなったのも、そいつのせいと思ったから、あのロボットに近しい審神者を探して……』




(………まさか、これさえも『お前』が遺した物だというの…?)


 綾乃は自らの右肩を掴むと、モニターに視線を戻し立ち上がる。


「……状況は続行、交ちゃんの交渉能力に今は賭けましょう!」


「!?」


「しかし……」

「ウラノスシステムがあの子を認め続けているのには何か理由がある筈よ、それに今シャットダウンすれば再起動までにジオイドの侵攻が再開する可能性が高い…それに」




「……もしも全ての事が繋がっていたのだとしたら、止められるのは『子供たち』しかいない……せやろ?綾乃……」





市街地上空 リリーキャットコクピット


「…っ、ハジぃぃ!!」


 触手をコネクタに挿してリリーキャットを動かすさいかは、眼前にそびえ立つ怪獣に叫ぶ。

 怪獣は棒を軸に回して不定形に変形しながらそこに浮かんでいた。

 そして、怪獣はその触碗を伸ばし先端の球体から水晶の怪獣と同じ光弾を放った。


『SYKAAAAAAAAA!!!!』


「きゃああぁ!!!!」


 リリーキャットを旋回させて怪獣の光弾を避けるが、なれない上に知らない戦闘機の操縦のためかバランスを崩しビルに激突しそうになる。


『さいかぁ!!』


 交の乗るリリーブレードが一部変形し、ガチユリダーの腕を作ってリリーキャットを捕まえた。


「…っ、離して!!!!」


『いたっ…!!こら!!』


 リリーキャットはリリーブレードに機銃を放つと、離れてミサイルをリリーブレードに向けた。


「おまえ達に、ハジは殺させない!!」


『さいか、違うんだよ!!』


 しかし、リリーキャットは背後に庇った怪獣の触碗にはたき落とされた。


「うわあぁぁあ!!」


『T歴史を…SK終わらせようT…』


「……っ」


(助けて……)


 確かにそう聞こえた、ハジの声。

 さいかは逆噴射で持ちこたえるとリリーブレード目掛けてミサイルを放った。


『止めるんださいか!!』


 リリーブレードはミサイルと怪獣の光弾をよけて飛び回り、光弾にミサイルをぶつけて爆破する。


『まだ間に合う、一緒に友達を元に戻す方法を考えないと二人とも……うあ!!』


 光弾を被弾したリリーブレードに、さいかはレールガンを向ける。

 チャージの間、交の顔を思い浮かべてさいかは涙を流す。


「貴女は本当に良い子なのね…でも、もう止まれないのよ…私も、この世界も!!!!」


 バヂヂッ ズドン!!!!


 放たれたレールガンを、怪獣の触碗が多い被さるように防いだ。



「!!!?」


『これは…』


『GGGAAAAAAA!!!!』


「ハジ!!!!あんた…なんで……」


『SYKN …TMWNY…nnnN何も何も何も何も…』


 何かを言おうとする怪獣の唸りもノイズに消えて、先と同じ譫言のような言葉に塗り替えられる。

『D何もないRK無垢な世界でWTSWあるべき歴史をTMTKR紡ぎ直そう』


『……っ、誰がそんな事望んでるんだ!!』


 知らない『何か』の声に、交は怒りを露わにする。

 しかし、さいかはノイズに隠れた怪獣の言葉を聞いた。


「誰か…止めてくれって……」


『…!!』


「私だけじゃ、無理だよ……もう、無理…」


『だから……』


[AMD Ver0.32 Full drive complete]

[合体準備完了(済)]


『一緒に助けようって、言ってるんだ!!』ギン





「…!!」


「……何で、何で信じられるの…」


 交は真っ白な空間に膝を抱えて漂うさいかに、泳ぐようにしてよりそうとその手を握る。

 

「理由か何かで説明しないと信じちゃいけないのか!!」


「!!」


「素直に頼めばいいんだ、負い目も何も感じないで……きっと、さいかは慣れてないだけなんだ…信じられることに、信じることに…あのジオイドたちだってそうだ!!」


 さいかの手をを強く握った交は、そのままさいかを抱きしめる。


「たまには、信じてよ……私たちの事を」


「……いいの?」


「良くない訳がない!!」

 交の言葉に応じるように、白い空間の中央で回る赤い三点が輝き始める。

 それがガチユリダーの応えのように視界を開けさせていく……


 赤と桃色の機体が絡まりあっていく、組みあがった巨人の背中に装甲が集まっていき一対の翼と赤く輝く二本の尻尾のような触手が生えて風もないのにたなびいている。


「ガチユリダー、あんたも神様っていうのなら…信じてるから!!」


[Frame Change]

[GachiYuriDar=>=>Rubellum Style]


[S.N.W.over effect:Across5 Connecter Ignition]

「一緒に奇跡を起こして見せろおおおお!!!!」


[Evolution]


[詩実体:ヘーメラー因子取得]


 新しい姿を構築したガチユリダーは装甲の隙間から山吹色の光を放ちながら怪獣と相対した。


『ガチユリダー、フレームチェンジ……これは、本来のプログラムには存在しないはずのものです!?』


『そんな……このシステムは、ウラノスエンジンとの整合性から搭載することを断念したものです!!』



『種族は違えど…か、彼女の…ジオイドの力、ウラノスエンジン、S.N.W.適性…三つの要因が本来有り得なかった可能性さえも呼び起こした。これぞガチユリダールベリムスタイルねぇ!!』



『…!!ガチユリダーのウラノスエンジンから、新しい波動計数を持ったエネルギーを感知!!』


 オペレーターの報告で、交はガチユリダーの全身から溢れる光に気がついた。


「これって…ちょっといつもと違う……?」


「…!?この光、何でだろう…凄く気持ちが落ち着く…」


『……!! アレロパシーね!!』


「あれろ…何?」


『一か所に集まって生える植物はお互い化学物質のやりとりで交信しあう…ガイアの人格同士も詩実体を用いた『因子』でこれに近い方法でつながっていたとしたら…』


『わからないの、気がつけばガイアの人格の大半が口を揃えて言い出したのよ。

『この歴史を滅ぼせ、歴史を作り出す生命を滅ぼせ』って……』



「ジオイドを生み出したのもその『因子』……その逆の因子をぶつければ、怪獣化したジオイドをガイアの人格に還せる…!」


「ハジを…元に戻せる…!?」


『GGGGGGGGGGGGGGAAAAAAAAAAAA!!!!』


 チチッチチチチ・・・チチチチチ


 怪獣の球体が再び瞬きだした、今度は一つずつではなく怪獣を構成するいくつもの球体が同時に瞬いて光弾を一か所に放つ。


 一か所で合体した光弾は極太のレーザーとなって赤とピンクのガチユリダーに襲いかかった。


「!!」


「このっ……」 


 さいかの操作に従って、ガチユリダーは触手の一本をレーザーに向けると、それを折って身を守るように高速で振り回し光のバリヤーを展開した。

 レーザーは触手のバリヤーに弾かれて天高く上っていった。

 ガチユリダーは後ろに手を伸ばすと、二本の触手の根本を掴みとって鞭のように構える。


「これ以上、私の親友に…好き勝手はゆるさない!!!!」 


 触手の鞭を舞うように回転しながら、怪獣に接敵したガチユリダーは怪獣の棒をめがけて正確に鞭を振るう。


 鞭に打たれた棒は砕けてジオイドの霧へと分解し、霧は山吹色に輝きながら消滅していった。

 ただの破壊とは明らかに違うその感触に、交は確信した。


「もう好きにはさせない……誰が広めたかはわからないけど、私たちが今のガイアを止める!!」


 ガチユリダーが両手を合わせると、触手が絡まりあって山吹色に発光して光の剣となる。

 振るわれた蝕腕を切り裂き、ガチユリダーは翼を限界にまで広げた。

 翼に山吹色の光が集まっていき、輝いていく。


「リリールベリム…オーバーレエエエェェェェェェェイ!!!!」

 翼から放たれた山吹色の光は極光となり、白い蕾のように変色する。

 両手を握って、さいかは祈る。


「お願い……返して、私の親友をっ!!」


[因子解放]


「咲き…誇れええええええええ!!!!」


 ボン!!!!

 と、極光の蕾が咲いて巨大な赤い姫百合の花のようになると、衝撃だけを残し姫百合と怪獣の姿は綺麗に消え去った。

 小さい、赤い球体だけを残して。





市街地 ガチユリダー足元


「ハジっ!!はじぃ…返事をしてよ…ハジぃ!!!!」


 赤い球体を抱き上げて、さいかは必死に語りかける。

 しかし、赤い球体は下から徐々に山吹色の光となって消えて行っていた。


「ハジ…嫌だ、ハジがいなかったら…私、一人で……」 


「一人じゃ……ない……」 


「…!!ハジ…」


「ハジさん……」


「ヒトよ……審神者よ……さいかを、頼めるか……」


「……っ」


「なに……正常なガイアの人格として還るだけだ、消えるわけじゃない……」


「でも…私は、人間に近くなりすぎた…いつ、ガイアに還れるか……」


「だからこそ頼む……私は、さいかが一人にならないために、共に収束した…」


「そんな…ハジ……」


「約束します、さいかを一人になんてしません」


「良かった……さいかが、君のような審神者に出会えて……」 


 ハジの一部が、赤いジオイドの霧に変わりさいかの胸に吸い込まれていく。

 それは形を変えて、赤く形もほんの少し違うが、リリータイプ義体と同じタキオンパルス受信機の姿に変わる。

 残った赤い球体は、山吹色の光にすべて飲み込まれ風に吹かれるように消えて行った。


「……っ、っぁあ…ぁぁぁあ…ああぁぁぁぁぁあ!!」


 さいかは胸元を抑えて、俯き慟哭に身を震わせた。

 交は、少し迷って意を決した表情になるとさいかの顔を持ち上げて唇を重ねた。


「……!!」


「……ぷはっ、後でまつりに謝らないとな…」 


「あなた……」


「さいか、私はあなたを絶対ひとりにはしないから…だから、戦おう! こんなことになった元凶と…そうでなきゃ、いつかまた会ったときハジさんに顔向けできないよ!」


「また学校にいた時みたいに自信を持って、胸を張って!」


 「………っ、そうね…こんなの、私らしくないわ」 


 強がりを言って目をこするさいかを見て、交は笑みを浮かべる。

 そのうしろから、まつりが走ってきてタックルをかけるように抱きついた。


「まじるさぁ~ん…!!」たったったった ぎゅう


「うわっ!?」


「大丈夫でしたか!?何かされてませんよね!?」


「……っ」


 まつりの言葉に、さいかはまだ疑われていると感じて落ち込む。


「だ、大丈夫だよ!!さいかは味方!!仲間だから…問題ないから!!」

「味方なのは全然問題ないんです!!何かされてないからこそ問題なんです!!」


 そう言うと、まつりは再び交に抱きついてキスをした。


「は…?」


 あまりの急な行動、そしてさいかの勘違いなど知るかといった行動に、さいかもぽかんと口を開けた。


「ふぁっ!?んむぐ、ん~っ…!?んんん!!」


 ジタバタ ともがく交に、しがみついて離さないまつり…そんな二人をみていると可笑しく、愛しくなってさいかはたまらず吹き出した。


「………ぷっ、あっはっはっは!」


「ぷはっ…さいか?」


 唇を離して、呆然と笑い転げるさいかを見る交を抱きしめ、まつりはあくまでライバルとしてさいかを敵意の視線で見る。

「いっときますけど、まじるさんの一番は私なんですからねっ!」


「あらあら…でも、まじるの舌は私が一番もらいよ?」


「にゃ、なななっ」

 顔を赤くする交を見ながら、まつりは眉間に影を作って目を細める。


「むぅぅっ、こうなったら人に言えないようなことまではじめて貰って…」


「ま、ままままつり!!待て、それはいろいろと問題が…ていうかここ街中だから!!」


ズドッ


 交の眼前を苦無が横切り壁に刺さる。


「お、ま、え、はあぁぁぁぁぁ」


 ごごごごご と、怒りのオーラを纏いながらはじめがくないを手に歩いてくる。


「はじめちゃん!?まってこれはまつりが暴走してて…」


「問答無用!!排除するのみ!!」


 ズドーン ワーッ キャー♪ アッハッハ


 誰もいない夜の市街地に、4人の少女たちの笑い声がこだました。



■◆■



P.A.U.R.司令室


「やっ、皆ごくろうさんやねぇ?」


 白い和服の少女…容呼が姿を現すと、司令室に集まったスタッフ全員が容呼に向けて敬礼した。

 綾乃もまた、砕けた敬礼を容呼に向ける。


「「「会長!!」」」


「「「お帰りなさいませ!!!!」」」


「おかえりねぇ~容呼ちゃん♪」


「ええよぉ、ここは綾乃の研究施設なんやから…うちはただのパトロンやで?」


「それもそうねぇ…それで、どう思う?神様としてあの審神者は……」


「元・神様や。でもまぁ…良い子やね、人を信じることに理由を求めないまっすぐな子やな」


「……『あいつ』も、あんな審神者になりたかったのかしらね…」


 綾乃が右肩を抑えながら、懐かしそうに、辛そうにモニターに映る交の笑顔を見つめている。

 容呼もそんな綾乃を見て、懐かしむように目を閉じた。


「人を信じられなくて、自分だけで歴史を変えようとした愚か者はもうこの世には居らへんよ…綾乃。たとえジオイドがあんたを全生命中最大の『世界の敵』と認識してやってくるとしてもな…」


「あなた達が消した……まだ、そう思ってるのね?」


「お互い考えすぎなんやよな、お互い償いに大変な大人なんや……ほんま、子供が羨ましいわ」





「……そうね、願わくば…あの子たちの未来を私達の遺恨で汚すことがないことを、祈るわね」

《次回予告》


平穏な休日、交とさいかはまつりからパジャマパーティに誘われる。

帰還した蜘糸商会会長、燕糸・容呼が総力を挙げて彼女らをもてなす。

戦いもなく、ただ楽しい時間は過ぎていく。

嵐の前の静けさのように…


次回『ここで一息のまほろばを』

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