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第3話『その姦しい日常の中で』

BSCスーツ


ウラノスエンジンとの同調を効率的に行わせ、さらにパイロットの命をより安全にするために綾乃が用意したパイロットスーツ。

柔軟性の高い特殊生体繊維でコーティングされているため、あらゆる衝撃を吸収する事ができる。

また胸元のTP受信機を出しているのもその為…と言ってはいるが

露出している肩は無防備だし、ガチユリダーとパイロットを繋ぐタキオンパルスはあらゆる障害物をほぼノータイムで透過するため実はあける意味がない。

実質綾乃の趣味の逸品である。

 通学路…変質者も怪獣もいない平和なひととき、琴主・交は通学路に特徴的な金髪のツインテールを見つけて手を振った。


「まつりー!」


「あっ、まじるさぁん♪」


 セントラルビジネスセンターと住宅街の交差点で、正純・まつりはブンガドンガと手を振る交を見つけると見る見るうちに満面の笑みを作り駆け出した。


「おはよう、まじる」


 そして、まつりが抱きつく直前ににゅっと割って入った愛糸・はじめ。


「あうっ、はじめちゃんひどいですぅ…」


「お嬢様の足元に小石が落ちていましたからどかしたまでです」


「あ、そうだったんだぁ…ありがとう、はじめちゃん♪」


 足元の石を拾ったはじめの頭を、まつりが撫でる。

 はじめは気持ちよさそうに目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしている。


「えへへ…」


「なんか…ガードマンっていうより飼い主とペットだよね」


「なんだとっ」


「はじめちゃん、めっ」


「はい…」


 ガルルルと交に突っかかったはじめを、まつりがたしなめる。

 シュンと沈んだはじめの頭に、犬の耳が見えたような気がした交であった。


「あはは…二人とも元気になったねぇ」


 交の言葉に、はじめは無い胸を張った。


「ふん!!それはもう、昨日はお嬢様とお風呂に入ったのだ。当然だ!!」


「はじめちゃんも疲れがとれたみたいですねぇ♪」


 お風呂は汚れの洗浄の他、精神的衛生を保ちナノマシンを活性化させるため義肢筋肉痛にも効果があるという。

 今はじめが輝いているのはまた別の理由だろうが、その効果は目に見えているようにも思える。


「というか、まじるさんが不思議です。二日連続で戦ったのに、あまり疲れてるように見えませんよ?」


「え?私は鍛えてるからねぇ、だいたい寝れば治るよ?」


「どこまで過酷になってるんだ東京」


「う…そりゃああちこちコンクリートが砕けてアスレチック化してたり、捨てられた動物とかが野生化したり突然変異起こしたりとかはしてるけど…」


「どうりであんなに身のこなしが良かったわけだ…しかし、そうなると体育の時間が楽しみだな」


「あ、そういえば今日S組との合同授業でしだっけ」


 天銅医大付属はS、ABC、EF、と成績ごとにクラス分けされている。

 何を隠そう愛糸はじめは最上位クラスのS組生徒なのである、尤も5年で忍術じみた技を会得するなど努力家で物覚えの良い彼女ならばそうおかしい話でもないが。


「同じクラスじゃなかったんだ…」


 背が低くてほかの生徒に隠れて見えなかっただけかと思っていた。

 なんだその眼は、とはじめも目を細めて交を威嚇する。


「これくらい取れなければお嬢様の護衛は勤まらない」


「そういえば、島京じゃ義体でも体育の参加ありなんだっけ?」


「そうですよ?同じ世代じゃ義体もそう珍しくありませんし、医大から義体のデータ作成のためにモニターされてますから万一のことがあっても即対応できますから」


 まつりの返事に、交はだんだんといい笑顔になっていく。

 東京では数少ない生徒でかろうじて運営していた学校で、通常の授業なら受けることができていたものの、義体であることを理由に誰も同じ体育の時間というものを共有したことがないのである。 本来活発な交にとってそれは苦痛でしかなかったのだ。


「……本当に楽しみだ」



「えー今日は…今日もか、転校生を紹介する」


「え?」


「まぁ、珍しいですね?こんな急に、それにまじるさんに続く転校生だなんて」


 突然の知らせに教室中がどよめいていると、扉を開いてまず目に入ったのは赤い色。

 そして他校の制服に身を包みながらも隠せない、その見事なプロポーション。


「おお」


「わぁ…」


 赤く癖のある髪を自由に伸ばしたその少女は些か奇抜な印象を持たせるが、それ以上にその少女は美人だった。

『根本・さいか』と、電子黒板に名前を書くと、クラスの全員に振り返った。


「ねもと・さいかです…このクラスを支配しにきました、よろしくお願いします」


 笑顔で言った、その言葉にクラスが凍りついた。


「はい、では根本さんは…んん?」

 先生も一瞬遅れてその挨拶のおかしさに気付いて、さいかを見る。


「…何かおかしいですか?」


「え、ええいや…ええと……」


 その仮面のような笑顔で振り向かれ、驚いた先生はタブレット端末を覗く。

 タブレットに一瞬のノイズが走るが、気付かず先生はそこに書かれた情報に目を通すと、安心して胸をなで下ろした。


「あー、根本さんは長い間海外に住んでいて日本語が危うい時があるそうだ。偶に間違えて変なこと言うかもしれんが誤解せず仲良くするように、以上!」


 パチパチパチパチ


「は、はぁ…びっくりしました」


「だよねぇ」


 まつりと話しながら、交は一瞬だけさいかを見た


(ハジ……設定を勝手に変えないで)


(変なこと言うからだ、焦らせるな)


 さいかは何者かと心の中で会話すると、自分に目を向けている交の視線に気づく。


「…!!…よろしく」


「!! よ、よろしく」


 一瞬だけ、険しい顔をしたさいかに驚いた交は、おとなしくさいかの威圧感ある笑顔に頷いた。



「琴主さんパス!!」


「あいよっ!!」


「琴主さんにパス回った!!」


 選択科目のバスケットボールの試合、女生徒の投げたボールを受け取ると交は舞うように相手チームの妨害を潜り抜けてコートを駆ける。

 交の義体が特別であるというわけではない、二つのクラスが混じれば流石に何人か同じ義体の生徒がいるし、いずれも交の義体より新しいものである。

 しかし交は自己進化するその義体をフルに活かす環境で育ってきた、それが周囲とここまでの差を生んだのである。


「へいかまーん♪」


 シターンターン とドリブルしながら、交は眼前のはじめを挑発するように手招きする。


「最初に無茶するなって言われてなかったあの人?」


「今更じゃない?」


「…!!」


 ダッ と駆け出したはじめは、素早い動きで交のボールを奪い取りに行く。


「おっ…と!?」


 しかし、交は急停止と後ろ手を巧みに使ってボールを死守しながらドリブルを続ける。


(受け止められない…!?本当に、馬鹿げた体力……しかし!!)


 パン とはじめはドリブルをカットした。


「しまっ」


「パス!!」


「はい!!」


 はじめから正確なパスを受けたSクラスのはすぐ後ろのゴールを向いて正確な動作でボールを投げた。


「シュート!!」


 しかし、そのボールをキャッチしたのは交だった。

 全身義体だったにしても人並み外れた体力で走り、ボールに無理やり追いついたのである。


「っは!!」


「えぇえ!?」


 そのままドリブルに入ろうとした交に、はじめが食いついた。


「甘い!!」


「そっちこそ!!」


 キュ キュキュッ


 ゴールに向かう交と、妨害に回るはじめ。

 しかし交は先を読んでカットを避けて、はじめも先を読み反対に回り込む。

 今時プロでもやらないキセキな技の応酬に、他生徒は呆然とこう考えていた。


「「「もうあの二人だけで良いよね?」」」



 一方、彼女らほど体力のないまつりはバドミントンのコートで練習に励んでいた。

 ……と見せかけて、バスケの試合を見ていた。


「うへへ~、まじるさん…素敵です♪」


「ま、正純さん?視線がオヤジ化してるよ?」


「はっ、すいません」


「いや良いけど…田中さん知らない?今日学食の賭勝負するつもりだったんだけど」


「え?今日来てましたよね?ちょっと見てきます」


「あ、ちょっと」


「…ちょっと練習につきあって貰えます?」


「あ、うん」


 まつりは田中さんも全身義体であることを知っていた。

 最近義体の節々に異常があるから今日の授業が終わったら病院で看てもらうといっていたことも知っていた。

 だからこそ心配になったのだ。


「はぁ……はぁ…」


「…?田中さん?……!?」


 聞き覚えのある声が下駄箱の無効に聞こえたまつりは、玄関の橋を看ると驚愕に目を見開いた。


「はぁ……はぁ…」


「た…田中さん!?どうしたんですか!?」


「やぁ……らめぇ…」


 田中さんはぐったりと倒れ弱々しく舌足らずな呻き声を上げることしかできなかった。

 体操服も所々はだけており、息も荒い。

 開発者の娘として義体の構造に詳しいまつりは、手を合わせて田中さんの義体をチェックする。

 するとどこにも異常はない、むしろ田中さんは心身ともに健康だった。


「ど…どう言うことでしょう……?」


「とろけひゃう……」



昼休み 教室


「……義体の子が次々倒れてる?」


「そうなんですよ、義体の方々だけが気付けば息切れして倒れてて、チェックすると何故か前より健康になっているということが今日になって全校で数10件もありまして…」


 カチャッ チーチキチキ


 交と話しながら、まつりは保険委員用の電脳医療キットに首のコネクターを接続している。

 交は、先生が「貴重な被験者」と言うものだからそう多くないのかと思っていたが、以外に天銅医大付属の全身義体生徒は多い。

 この学園が最先端の医大の付属校であるから義体の生徒が集まると言うこともあるが、それ程ジオイド災害で多くの人々が子供の命を危惧したということなのだろう。

 そう思っていたら、交はまつりのやっていることに気付いた。


「何してるの?」


「倒れた方々にハッキングの形跡があったと報告がありましたから、新しい多層防壁を組んでるんですよ。出来上がったら保健室サーバーから配布するつもりです」チチチキチキチキ


「…あの、まつりさん?電脳の防壁ってそんな簡単に組めるものなの?」


「これでも保険委員で正純重工の娘ですから♪プログラミングと、ついでにハッカーのも国家資格持ってますよ?」


 ニコッと笑みを浮かべるまつり。


「はぇー…そんな若さでプロなんだねぇ、凄いねまつりは」


「…!」


 しかし交に褒められたまつりはさらに満面の笑みをパァと浮かべて頬を赤くする。

 まつりは医療キットから外したコードを交に向けて席を寄せた。


「えへへ…ささまじるさん、予防接種ということでこちらへ~♪」


「え、いやいや良いよ!?配らなきゃなんでしょ?」アセッ


「もう送信済みです、でも…まじるさんは保健室サーバーのアドレスまだ使い慣れてないでしょう?」


 ジリジリ と笑顔でにじり寄るまつりに、交は小さく縮こまる。


「あぅ……」


 交はガチユリダーの操作こそ必死にダウンロードできたものの、元々電子機器に強い方ではない。

 寧ろいきなり通信表示がでることを嫌うため忌避している傾向がある。

 市販の電脳のウィルス対策ソフトウェア更新も、予防注射のように嫌がっているのだ。


「大丈夫です、痛くしませんか…らっ!!」


 ギュッ と交に抱き着いたまつりは、首から伸びたコネクターを交の首に直結した。


「ひゃあっ!?」


「ほら、ダウンロードしますからねぇ♪」


 うへへと笑いながらもまつりと交の首元からは作業を知らせる電脳(義体の電子的制御をおこなうサポートコンピュータ)からチキチキと音を鳴らす。


「だ、だからって直結する必要は…ふひゃっ!?くすぐった!!」


 交にとって、他人の義体と直結するのは当然ながら初めての経験である。

 電脳を通して信号化したデータとはいえ元は他人の生体信号であるそれは、ダイレクトに受け入れて自身の電脳を通ると否応なく背筋がこそばゆくなる感覚に襲われるのである。

 しかし、気付くとそれより気になる事実に直面する。


「ねぇあれ…」


「仲いいよねあの二人」


「くそう羨ましい」


 一部のの視線が集まっている。

 それもそうだ、まつりは同性でも目を奪われるほどの美少女である。

 


「あっ…あのぉ、まつり?…これ、凄く恥ずかしいんですけど……」


 ピクッピクッとくすぐったさに身もだえしながら、まつりに尋ねる。 


「余計なこと気にしなーい、あと30%ですから♪」


 チキチチチチ

 どこぞの黒尽くめみたいなことを言いながらまつりはどさくさに紛れて交の手を握っていた。


「うー…」


 観念した交は、目を閉じながらピクピクと震えることしかできなかった。



昼休み 階段屋上前


 人気のない最上階、埃が舞い日の光にチラチラと反射して光っている。

 そんな中、屋上のドアに背中を押しつけられた女生徒は悲鳴を上げるに上げられない状態にあった。


「ん、ん~っ…んんん、くぅ」


 唇をふさぐのはまた別の唇、突然の蛮行に焦り、息ができない焦燥感に焦り、は正常な判断もできずにただ唇を重ねる相手の背中を握ることしかできない。


「~~~~っ、はっ…ぁ」


ドシャッ


 やがて、女生徒は急に全身の力を抜いてその場に倒れ込んだ。


「はぁ…また違う。まったく、意外にはずれの方が多いわね」


「少数精鋭ならば特殊な訓練を積んでいる可能性があるな。今までのようには行かないかもしれん、こいつの記憶を消し終えたら次は別の手段を講じるか」


 ため息をつき、姿の見えない相手と語る襲撃者が、倒れた女生徒の頭に手をあてがおうとしたその時だった。


 ギン!! と、襲撃者の手をかすって壁にくないが突き刺さった。


「人気のない場所を選べば、襲撃の場は限られる…見つけたぞ、連続ハッキング犯」


 天井から降り立ったはじめは、襲撃者の顔を見る。


「……成る程、特殊な訓練ね」


 腕に伝う赤い血を舐めると、根本さいかははじめを見下した。



「はっ!!」


「おっと、っと」


 ヒョイヒョイ とはじめの投げた苦無を、さいかはいとも簡単によけていく、そこではじめがまず感じたのは違和感だった。

 ハッキングスキルで経歴を隠したのか、それとも何かの器具を用いているのか。

 さいかの動きの自然さ、時々見える首元の痕跡確認…どうみても、さいかは生身の人間だった。

 だからといって油断は絶対にしない、多少の頑丈さを除けば義体と人体の出力にさしたる違いはない。

 その上はじめは生身でとんでもない事ができる人物を複数知っている。

 だからはじめはさいかが『どうやって』ハッキングを行うのかという疑問に深く足を踏み入れることをやめた。


「何故、全身義体の生徒を襲撃する!!」


「!!」


 はじめはさいかにあえて避けさせた苦無に繋いだワイヤーを引っ張り、さいかにとって戦いにくい結界を構築する。

 そしてさいかが一瞬ひるんだその隙に、隠し持った警棒をその喉元に突き付けた。


「さぁ、答えろ」


「……」


 しかし、はじめは最初の選択から間違っていた。

 『どうやって』生身でハッキングを行ったのか、それをもっと深く考えるべきだった。


 バツン


「なっ…!!」


 引っ張っていたワイヤーを何かが断ち切った。

 編みこんだ単分子繊維のワイヤーは切れ味がない代わりに攻守ともに使えるほどの強度を誇る、そのワイヤーを信頼していたはじめは引っ張っていた力に引っ張られてバランスを崩す。


「惜しかったけれど、答えましょうか…?」


「がっ…は!?」


 そして、ワイヤーを断ち切った何かが初めの体を縛る。

 動けない初めの両頬を撫でながら、さいかは顔を近づける。


「私はあの『神』に興味があるの…正確にはあの神に触れ、世界を教え、力を与えた審神者の存在……それがこの世界の味方になるか、あの女のように最悪の敵となるか…さぁ、見せてもらいましょうか?」スッ


 はじめは先にがされていた行為を思い出し、屈辱にきつく目を瞑った。


「お嬢…さま……っ!!」


 その瞬間、周囲の空気が変わった。


「さいか!!」


「!!!?」


 何者かの声に、さいかは窓を向く。

 空が再び赤く染まっていた。


「ジオイド…!!」


「……ふぅん、あいつ等もあなたたちをもっとよく知りたいということか」


 バチッ とはじめの全身に衝撃が走る。


「がっ…!!?」


 はじめは一撃で意識を失ってその場に倒れこんだ。


「お嬢様とやらか、それに近い人物…これで一気に絞り込めたわ。さぁ出てらっしゃい、人に作られた神様とその審神者……ハジ、私の代わりにその子の記憶を洗っておいて」


「了解」


 さいかが言うと、ジオイドと同じように赤い霧が集まって球体を形作る。

 そしてはじめの首元に触手を差し込んだ。


「せっかく収束したんだから、楽しめばいいのに」


「お前ほど悪趣味じゃない」



「ほらほら、もうすぐダウンロード終わりますよ~♪」


チキチキチキ


「あうぅ…」


 もうすぐ昼休みも終わるという頃には、二人はなお一層妖しい状況となっていた。

 直結のこそばゆさ、まつりの脳をとろかすようなささやきと、意外な押しの強さに負けて交は気絶した生徒とは違う意味でぐったりとしたまま防壁のダウンロードを受け入れていた。

 そして、視線の下に映るダウンロード表示が100%に至ったその時だった。


ウウゥゥゥゥゥゥゥウウウウ!!

ウウゥゥゥゥゥゥゥウウウウ!!


『ジオイド警報~ねぇ♪』


「えっ!?」


「うわ!?」


 突然の警報と、緊張感のない綾乃のアナウンスを急に聞いた二人は吃驚して離れようとするがコードに邪魔されて引き戻される。

 そして二人して見事におでこをぶつけ合ってしまった。

 さりげなく唇同士が触れ合ったが、それよりも頭の激痛で二人は頭を押さえて身悶えた。


「なに、警報!?」


「昨日の怪獣じゃない!?」


「に、逃げないと!!」


『こっちは準備完了してるわよん、昨日渡したTPジャンパーは持ってる?』


「あだだだ…っ、持ってるよ!!いきなり出てきてびっくりさせないでよ……まつり!!」


「………」


 まつりは答えることなくぼーっとしている。


「…まつり?」


「…ほあっ!!は、はい!!」


 二人は筆箱からペンライトのような器具を取り出すと己の胸に向ける。

 TPジャンパー…タキオンパルスを用いて自分自身を転送信号と化して特定の場所に瞬間移動させる装置である。

 ペンライトから出る光線を胸の受信機に当てることで、混乱する教室の中二人は一瞬にしてその場から姿を消した。 



P.A.U.R. 本部


「うぇっ、やっぱりこれ慣れないなぁ…便利だけど」


「そうでしょうか?」


「はいはいお二人とも~♪洗濯は済ませてあるわよん♪」


 綾乃が二人に投げ渡す、赤と青のBCSスーツ。

 同じデザインとはいえ琴主はため息をついた。


「……も一つ慣れないのがあった…」


「……?はじめちゃんはまだ来ていないんですか?」


 まつりに言われて、綾乃はあたりをキョロキョロと見回した。


「…?そういえばそうねぇ…」


 話を聞いていたオペレーターは、即座に義体固有の信号からはじめの現在位置を検索する。


「愛糸・はじめの信号は…!?天銅医大付属の最上階にて静止したままです!!」


「…!! それって……」


「まさか、はじめちゃんも気絶しているんじゃ…」


「……こりゃあゆっくりしてる暇はないわね?」


 せっかくスーツ用意したのに…と落ち込む綾乃にまつりは言う。


「早く着替えて、迎えに行きましょう!!」


「えぇっ!?ま、まってよまつり!!」


「…もう、そういう所大好きねぇ♪」



『琴主・交とリリーブレード…行くぞ!!』


『正純・まつりとリリーキャット、出撃します!!』


 二人の声とともに、赤と青の機体が踊るように旋回しながら射出された。


『さすが初合体の二人、息は揃ってるわねぇ♪』


『えへへ……』


 照れるまつりだが、背後から迫る気配にすぐ上を見上げた。


『……!! まつり!!』


 交の声と同時に、リリーキャットに大きな影が覆いかぶさった。

 それは巨大な赤い腕、それがリリーキャットを叩き潰そうとするかのように降り下ろされる。


『…!? きゃあぁ!!!!』


 とっさに避けたものの、腕はリリーキャットの翼をかすって住宅街に手形の穴をあけた。


『まつりいぃぃ!!!!』


『だっ……大丈夫です、かすっただけ……でも、一体…!!』


 まつりは揺れた脳を覚醒させようと首を振って、襲いかかってきた腕の根元を見る。

 すると、そこには……まるで阿修羅のような顔をした巨大な人型がリリーキャットを睨み付けて屈みこんでいた。


『馬鹿な………人型!?』


『……っ』


 リリーキャットは急旋回して人型の怪獣の視線から逃れようとする。

 しかし、怪獣は再び腕を伸ばしリリーキャットの翼をつかんだ。


『きゃあっ!! くっ…』


『まつりを離せえええええ!!!!』


 リリーブレードがいつかのように、刃のようなその身を使って怪獣の腕を切断しようとする。

 しかし、次の瞬間怪獣の腕がブレた。


『!!!!』


 スカッ と残像のように残った怪獣の腕を貫いて、リリーブレードは旋回する。


『軸の移動!?そんな、S.N.W.適正者の機体なのに!?』


『目で追うのがやっとだった…!! 今度こそ!!』


『ダメです、まじるさん!!』


 旋回して再び怪獣の腕を狙ったリリーブレードを、怪獣のもう片方の腕が弾き飛ばした。


『うあああああ!!!!』


『まじるさあぁぁぁん!!!!』



P.A.U.R. 指令室


「このままでは、パイロット双方危険です!!」


「ちっ…!!人型になれるならなんでもっと早く来なかった…?まさか、今までの連中が先兵だった!?」


「司令官!!」


「……リリーキャットから各種武装を緊急パージ!!」



 住宅街上空


 バシン!! と、リリーキャットの巨体を構成する武装の一部が爆発するように分離して怪獣の手をこじ開けた。


『!! 武装が…!!』


『まつりちゃん!!琴主ちゃんを回収して帰還して!!』


 綾乃の指示に、怪獣の腕から逃げながらまつりは目を見開いた。

 今ここで逃げることは、住宅街の人々の命を危険にさらすことでもあるのだ。

 地下のシェルターに避難しているとはいえ、生命の殲滅を目的とするジオイドに見つかれば待っているのは地獄のような光景である。


『そんな…町のみんなはどうするんですか!!』


『今回の相手は格が違う、今までの敵と違ってちゃんと思考している敵よ!!』


『計算が甘かった…今まで来ていたのはガイアの人格の中で最も表層に位置する下位の人格だったと考えられるわ、それを二体つぶされて今度はそれよりも上位の人格が表に出てきた…それがあれよ!!今までジオイドをどこか自然現象と同じようなものとみなしていたけど、あれは最早そんなものじゃないわ!!』


『でも…!!』


『そう言う訳には、いかないだろお!!!!』


 綾乃とまつりの通信に割り込んで、交が怪獣の胸に飛び込んだ。

 今度は外すことなく、怪獣を住宅街から海のほうへ押し戻している。


『!!!! SNWAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


『はじめちゃんも、町の人たちも危険にさらせるか!!!!』


 ゼェゼェと息を荒げながら、交は無理やり笑顔を作ってみせる。


『はじめさん!!』




「ふぅん、あの赤い飛行機の中か」




『まつり!!』


『はい!!』


[AMD Ver0.32 Full drive complete]

[合体準備完了(済)]


『『合っ体っ!!!!』』


 赤と青の機体が絡まり合い、再び機械の巨人に変形する。

 まつりの青いリリーキャットと、交の赤いリリーブレードの合体した姿…その名も……


『乙女合体!!ガチユリダー!!!!』


 ガシイィィィン と音を立てて、まつりはガチユリダーの口部スピーカーをフルに使い名乗りを上げた。



コクピット


「わざわざボリューム全開で名乗らないでぇぇえ!!」


 恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠す交に合わせて、ガチユリダーまで両手で顔を覆う。

 しかし、指の隙間から(一瞬顔をしかめて首を傾げていたが)憤怒の表情で拳を振りかぶる怪獣の姿を見ると、ガチユリダーはその拳を受け止めた。


「話の途中で、割って入るなぁ!!」


 ガゴン!! とガチユリダーが怪獣を殴り飛ばす。


『!!!?!? GMN...』


「…っとにかく、早く済ませて」


「はじめちゃんを助けに行きましょう!!」


 交の操作で、ガチユリダーは器用に足元の武装を蹴り上げて手に取った。

 そしてそれを組み合わせて、剣銃リリーランチャーを組み上げた。

 武装をパージしたためガチユリダーは今この剣銃をおいて鎧を脱いだかのような身軽な状態となっている。

 たとえ受け止めることはできても、まともに怪獣の巨大な拳を食らえばひとたまりもないだろう。

 思考する怪獣と、ガチユリダー、二つの巨体は互いをにらみ合ったまま間を見極めあうように静止していた。

 そして、先に動いたのは怪獣だった…突如として震えだし、その目から赤い光が噴出してくる。


『………GGGAAAAAAAAAAA!!!!』


 怪獣の両目から出る光線を寸前で回避する、そしてガチユリダーは剣銃を構え怪獣に駆け寄った。


『……?今、思考を放棄した…!?』


「隙ありいいいいぃぃぃぃぃいいい!!!!」


 しかし、その時怪獣の背中からもう一組の両手が突き出てガチユリダーの両脇に掴みかかろうとする。


『危ない!!』


「…と」


「……見せかけて!!」


 まつりの操作で、ガチユリダーは屈んで怪獣の足元めがけてスライディングを放つ。

 もともとガチユリダーよりもいささか巨大な怪獣は、バランスを崩して倒れこむ。

 そして起き上がったガチユリダーは、遅れて起き上がった怪獣の頭に剣銃を突きつけた。

 しかし怪獣の頭部が激しくぶれ始める。


[S.N.W.site:Connection]


「今度は!!」


「もう逃がさない!!」


 ガヂン!! と、ぶれた頭部が強制的に戻される。

 交の視界とまつりの視界がリンクすることで、まつり自身も交と同じ能力を一時的に発揮するのである。

 二人分の強力な可能性の固定を受けて、怪獣はその場に固まってしまう。


(こいつがガイアの意思に近い奴なら…!!)


(なおさら、負けられない!!)


 ウラノスエンジンから得られた力が剣銃に充填されていく


「「これが、私たちの力だああぁぁぁぁ!!!!」」


 ズドオオオオオオォォォォォ!!!!


 剣銃から放たれた光が、怪獣の全身を焼き尽くした。 



天銅医大付属


 爪先立ちで器用に建物を避けながら、ガチユリダーはグラウンドまでたどり着くと屈んで最上階を覗き見る。

 ちらちらと埃が舞う中、はじめは倒れて気を失っていた。

 胸部が開き、交がガチユリダーの腕を伝って最上階の窓を開ける。


「あれ?開いてら……はじめちゃん!!」


「あ……ぅ……」


 交がはじめを抱き起こすと、はじめは力なくそれに反応を示す。

 とにかく無事であったことに、交は安堵のため息をついた。


「……よかった」



「……く…な、い」



 ぐぐぐ、と起き上がるはじめを交は制止する。


「…!!はじめちゃん!?無理したら……」


 交が言い切る前に、はじめは薄く目を開けて交の背後から迫る人影を睨み消え入りそうな声で交に言った。


「にげ…ろ!!」


『まじるさん!!』



「……え?」


「……ふぅん?」



 交の体を引っ張り上げる、赤い二本の触手。

 そして、赤い紙の隙間からその触手を伸ばし操るさいかは交の体を抱き寄せて有無を言わせずに唇を重ねた。

《次回予告》

人型ジオイド、根本さいか。

強いS.N.W適正の力を持つ交を襲い、彼女はP.A.U.R.本部にまで侵入する。

しかし彼女には、彼女にしかない目的があった。

そして、直接やってきた敵を前にして大人げない大人たちが立ち上がる。


次回『あれは災禍の根本から』

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