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第2話『そして愛しきはじめの言葉』

 琴主・交はサイボーグである。

 しかし、先日謎の怪獣と巨大ロボットにのって激闘を繰り広げるという体験をしたにも関わらず、今日も何気ない顔で登校できるのは別にそれが理由ではない。

 実際、一緒に戦った正純・まつりは疲れがたたって※義肢筋肉痛をおこし療養中である。

(※そのまんま発達した近年の義肢における筋肉痛。筋繊維の成長によるものではなく、自己進化ナノマシンによる内部機構のメンテナンスなどが装着者の披露によって間に合わなくなった際に起こる。)


 では何故交はそうならないのか?それは彼女が普段から過酷な東京の環境で育ってきたからに他ならない。


「ねえねえ、昨日の怪獣騒ぎ見た?」


「ていうか駅行ったんだよね?大丈夫?」


「あーうん、そうだよねー…あはは…」


 …しかし、流石にこの話題には辟易していた。

 見ていたも大丈夫もなにも、当事者である。


(実際、あの後は何も教えて貰えなかったなぁ…)


 ムゥ、と交は口を尖がらせて昨日迎えに来た綾乃の言ったことを思い出した。


『ごっめーんなさーいね♪ちょっと騒ぎが大きくなりすぎて事後処理でいっぱいいっぱいなのよねぇ、だから詳しい話はまた今度…ね♪』回想


(…もう、なんなんだよぉ……)


 カサっ


「……ん?」


 一度机に突っ伏した交は、違和感を覚えて起きあがる。

 すると机の上にはいつの間にか手紙が置かれており、『校舎裏にて待つ』とご丁寧に書かれていた。


(こ…これは…ラブレター!?)


「なわけないよねぇ」


 交は、そのあからさまな『果たし状』を丸めると再び机に突っ伏した。

 転校二日目にして、この日一日交の耳には授業も何も入ってこなかった。



 放課後、校舎裏の千切れたフェンスの前。


「いつ来るかって書いてなかったからこの時間になっちゃったけど……もしかして待たせちゃったかな?」


 交が駆け足で向かうと、そこには中学部くらいの背丈ながら高等部の制服に身を包み、長い黒髪をツインテールにした小さい少女が仁王立ちしていた。


「……ッ、…ッ」


 目尻に大粒の涙を貯めながら。


「…」


 キュン と、不謹慎ながらも交はその可愛い生き物に胸を高鳴らせた。

 生き物に対して可愛いと純粋に感じたのはいつ振りだろう。

 確かに、まつりも可愛いし確かに愛しい。

 しかしそれは例えるなら果物などのような酸味ありきの甘さでありそれも美味しいには違いない。

 しかし今目の前にいる小動物のような少女はまさしくクリームやチョコレート等の菓子類のような可愛さなのだ。


「……あ、大丈夫?手紙くれたのって……」


 交が我に返り、少女に話しかけたときには彼女は既にそこに居なかった。

 いや、交の胸元に掴みかかっていた。

 小動物が、牙をむいた。


「…て、わあ!?」


 交は体重をかけられて一瞬でねじ伏せられた。

 後ろ手に引かれた腕が悲鳴を上げる。


「いた、いたたたた!!?」


 ギリギリリ と、絞められた腕に力が入る。

 強い痛みにもがく交は、偶然にも少女の胸に指先をふれた。


[メールが届きました][フレンドリストに登録しますか?][全身義体医療診断書]

 ヴヴヴン!!


「……!?にゃっ?!」


 突然現れた立体ウィンドウに驚いたのか、少女は交の腕を放してウィンドウをよけようと何もない空間をかき分けている。


「わわっ、また!?……って、君も」


 昨日の事件で流石に慣れたのか、交はウィンドウを順に消してもがく少女に気づく、そしてもがく理由にも。

 この少女もまた、同じ全身義体なのだ。


「……っ、だからどうした…!!」


 少女はようやくウィンドウを消したのか、懐に手を忍ばせて交に構える。


「いや、何で押さえ込まれたのかとか色々訊きたいんだけど…」


 琴主が訪ねると、少女の目尻に再び涙がたまる。


「貴様が…貴様なんかが…っ」


「わわっ、ちょっとまって待って!!」


 交の制止も聞かず、少女は懐からダイヤ型の手裏剣…いわゆる苦無を取り出し交の足元に放つ。


「正純お嬢様は渡さない!!」


「ひあ!?」


 少女は苦無と袖につながれた極細のワイヤーを巧みに操って交の足を払う。

 しかしワイヤートラップの扱いは野生化した動物に対処していた交にも心得があった。

 交は転ぶ前とっさに苦無を拾い返し、少女の後ろに投げ返した。


「なっ…!?」


 少女にワイヤーが絡まり、苦無が少女の周りを一回転する。

 交は起き上がるともがく少女に向かって歩いていき、そのおでこにチョップを食らわせる。


「こら!そんなの振り回したら危ないだろ!」


「あくっ……うぅっ、くそう…」


 ボロボロと泣き始めた少女に、交は困り果ててその頭をなでる。

 そして落ち着いて考え、交は少女がまつりの名を呼んだことを思い出した。


「ねぇ、君まつりの知り合いなの?」


「……君じゃない、愛糸・はじめ…正純家の専属ガードマンだ……」



 島京セントラルビジネスセンター

 そこは島京中の先端企業が集まる直径40㎞に及ぶ超巨大高層ビル群であり、複数のビルが円環状に立ち並ぶそのさまはまさしく現代の要塞と呼ぶに相応しい。

 全12層あるビル環の外側から数えて第10層にその企業は聳え立っていた。

 『蜘糸商会』、およそ『人助け』に関するあらゆる分野を率先して進める総合企業であり現在の義体シェアのトップを飾るのもその子会社である正純重工となっている。


「ここが、まつりの家かぁ……」


「……」


「ようこそ、琴主交様」


 二人は移動用コンベアを降りて、商会のメインホールに入るとスラッとした長身黒スーツの女性が二人を迎えた。

 女性ははじめに向くとにっこりと笑顔を浮かべる。


「…」


「現在本社にいる会長に代わり島京支社を預かっている会長秘書の八尾と申します。弟子が粗相を致してしまったようで、代わって謝罪いたします。」


 女性、八尾が頭を下げる。

 すると初めがあわてて交に頭を下げ始めた。


「そんな、師匠が頭を下げる必要はありません!私の独断です、申し訳ありませんでした!!」


「い、いやいや良いよ!!そんな謝罪なんて…」


 交がそう言うと、八尾は安心したようにクスクスと笑い始める。


「しかし安心しました。まつりさんのパートナーとなられた方が、思ったよりもできたお嬢様でよかった」


 パートナー、という響きに交は気恥ずかしくなるが…おそらくあのロボットのことをこの女性も知っているのだろう。

 おそらく、交を襲撃してきたはじめもだ。

 なので、交は包み隠すことなく八尾に尋ねた。


「それで、まつりの様子は……」


「まつりさんでしたらもうすっかり良くなっていますよ。一刻も早く交さんと会いたいといった様子で」


 八尾の言葉に、交とはじめはホッと一息をもらした。


「それじゃあ、案内しましょう。はじめ、罰というわけではありませんが貴女は訓練室で素振り100回です、少し心を落ち着けなさい」


「あうっ…はい、わかりました…」


 落ち込むはじめを見ていてもたってもいられなくなった交は八尾に言う。


「あ、あの……はじめちゃんも一緒につれて行って貰って良いでしょうか?」


「!!」


「……本当に、良い人ですね。良いですよ」



 延々と続くエスカレーターを上りながら、八尾は語る。


「私も会長も、あの災害で多くの子供たちを救ったのは他ならぬ正純社長……つまりはまつりさんのお父上だったと考えています」


 八尾の始めた話に、交は神妙な顔つきになる。

 交の身をジオイドから救った全身義体もまた正純重工製だからである。


「全身義体化の技術はジオイド災害の鎮静化した今でこそ人権的な問題で施術が難しくなり、今や義体市場は一部義体を除き必要なくなったといっても過言ではありません……もうこれ以上、全身義体治療を受ける人間は年間5人にも及ばないと予想されています」


「だからこそ、これからの戦いに駆り出される人数は大きく限られます…それも子供たちだけに」


「戦いって…あの怪獣?」


 交の問いに、八尾はうなづいた。


「あの怪獣に対抗できる唯一の手段…ウラノースシリーズは綾乃の発掘した未知の技術の結晶です。機械に『神』を宿らせる、昔…大戦の裏で兵器として開発が進められていた技術。しかしその当時それが完成することはありませんでした」


「どうして?」


「相手は機械だった、機械と心を通わせその人格…いや『神格』を覚醒させるひとがいなかったんです。そりゃあ、人と機械に発生した神では根本的にフォーマットが違いますからね。誰の言葉もわからず、何も見えない、聞こえない、人格の芽生えは知覚によるインスポートがあって初めて発生するものといいますが、それもなくいつまでもその神格は目覚めなかった。そこで…綾乃に目をつけられたのが全身義体の技術でした」


「……機械と人の違い…」


「そう……ジオイドの襲来を予期していた綾乃は、義体開発に携わっていた正純社長にそれを打ち明けてリリータイプという義体規格を提案しました」


 八尾の話を聞いた交は、義体のメインコンソールを開き義体のバージョン情報を確認した。


[Lily Type ver1.3]


「結果として……医療手段として広まった全身義体のなかでリリータイプの初期ロットを持つのは今のところこの島京で三人…あなたと、まつりさんと、はじめです……あとは生身かより日常生活向けに改良された後期生産タイプです」


「本当は最初の戦闘も、私とお嬢様で出るはずだったんだ…S.N.W.適性が私にはなかったけれど、動かすことはできるはずだったから」


「あぁ、それで……」


 愛糸は自ら正純の専属ガードマンだと名乗っていた、特にまつりを大切に思っていたに違いない。

 だからこそすぐ近くに座りたかったのだろう、それを横からかっさらっていった交に怒りを覚えてもおかしくはない。


「ごめんね、はじめちゃん」


「……」


 交の言葉に、はじめはふたたびプイッとそっぽを向いた。



まつりの部屋

 その部屋は、意外すぎるほどにこじんまりとしていた。

 すぐ横に八尾や会長の私室もあるらしいということからも、意外なことにそこまで豪勢な暮らしをしているとは言い難い。

 むしろここが超高層ビルの最上階であるということを除けばごく普通の一般家庭であるといえる。

 交の姿を確認するや否や、ベッドから起きたまつりは真っ先に交に抱き着いた。


「まじるさんんん!!」


「ふぁっ!?」


「…!!」


「あはは……これは相当でしたねぇ」


「あ…あぅあぅ」


 まつりは真っ赤な交に抱き着いて一通りすりすりすると、一息ついてベッドの上に正座する。


「正純まつり、筋肉痛から見事に完治いたしました♪…あ」


 いったそばから、まつりは腰から折れてベットに倒れこんだ。


「治ってない治ってない!!無茶しないで!?」


「お、お嬢様……」


 オロオロするふたりをよそに、まつりはえへへと笑いながら上体を起こした。


「えへへ…すいません」


「それでは、お茶を用意いたしましょう」


 台所へ去っていく八尾を見送ってから、まつりは交の手を握る。


「まつりさんこそ、ごめんなさい…巻き込んでしまって」


「いや良いんだよ、どっちにしろ私たちにしかできなかったことなんだから」


『そうねぇ、正しくその通り』


「!!」


 突然耳に聞こえてきた声に、交達は驚愕した。


「綾乃さん!!」


『回線にて失礼するわねぇ♪』


「出たな悪質おばさん」


 突然に通信をかけてきた綾乃にはじめが吐き捨てる。

 どうやら綾乃の人を食った言葉使いがはじめにとっては気に入らないようだ。


「はじめちゃん、めっ」


「綾乃さんだっけ……さっきの話にも聞いたけど、あんたも何者なんだ?あのロボットを作ったとか、怪獣もジオイドも予め予見していたとか聞いてたけど」


 交はいまだに、この綾乃という人物を信用しきれてはいなかった。

 言動や恰好の怪しさもさることながら、わざわざ子供たちを戦いに巻き込むように仕向けたのは他ならないこの女だからだ。


『だから、今からその話をするのよん♪』


 綾乃がそう言った瞬間、突如として膨大な量のデータが添付されたファイルが強制的に開いて3人の視覚を覆った。




 暗い星空だけの空間、その中に浮かぶ青い惑星…地球。

 三人はその地球を囲ってその空間に座っていた。


「これは…!!」


「偽装空間、昔に流行ったVRSNSの応用ですね?」


「そのとーりねぇ♪ここなら怪しまれずに秘密の会話ができるって事よん♪」


 そう言いつつ地球の上に降り立った。

 黒いコートに黒い服、そして黒い長髪のストレート。

 綾乃・清泉…八尾から話を聞く限り交とまつり、そしてはじめが怪獣との戦いに巻き込まれた状況を作り出した張本人である。


「あなた達の敵を生み出しているもの……それはすなわち、これよ」


 足元の地球を足で踏み鳴らした綾乃、それを見て交は目を丸くした。


「……え?」


「ガイア理論って知ってるかしらねぇ?地球は生き物で、常に地球上のあらゆる事柄を記録している知識の番人だっていう説ね」


「い、いやいやいやちょっと待って!?どうして!?」


「そりゃあ、大地からジオイドは噴き出してきたのよ?テロでもなんでもない、ならそうとるのが普通じゃないね?」


 突然大きくなった話に、交は頭を押さえる。


「仮に、あの怪物もジオイドも地球が生んだものだとして…なんで地球がそんなものを生み出すのさ?」


「それを知るのに役立ったのが、私の研究する『詩実体論』ねぇ♪」


 綾乃がリモコンを操作すると、地球から赤い霧が噴出してその一部がズームアップされる。

 ズームされたその粒子は、まるで蟲のように核やその他の機関を兼ね備えた機械的な姿をしていた。

 しかし交がそれより気になったのは、詩実体論という聞きなれない言葉である。


「量子力学の一種です、『もしたられば』っていう可能性によって姿を変える粒子が少なからずこの世界に存在するって説です」


「そう、ある時は情報、ある時は物質、ある時はエネルギー、ある時は幽霊、ある時は奇跡といったように、可能性詩実体はあらゆる形で可能性の数だけ潜んでいるわ。ジオイド、あるいはあの怪物の体もそれで出来てる」


「詩実体を人工的に作り出す研究を、発掘したウラノースシリーズのエンジンから進めていた私の研究機関は偶然地球からも同質のエネルギーを感知したのよ。そして詩実体に決められたプログラムを逆算した結果、ジオイドが地球上にばらまかれる未来…所謂ガイアの悪意ってものを知ったわけね?」


「ガイアの……悪意…!!」


 交は無意識に拳を握る。

 この場にいる全員が、ジオイドによって何らかのものを失っている。

 交は妹を、まつりは父を、はじめもおそらくはそうだろう…そうでなければ一人この年齢でガードマンなどやっていないだろう。

 しかし、それをもたらしたのが何か意思のある者の悪意だと知れば、憎しみがわくのも当然だろう。


「ガイアは多重人格のようなもので、複数の人格が同時に地球を運営しているの。

そしてそのうちいくつかの人格が生命の存在が地球に何らかの破滅をもたらすと考えた…どこかのばかが核戦争でも起こすのか、それとも誰かがこの世界を終わらせようとたくらむのか…

そこまでは至れなかったけど……

でも、奴らは直接攻撃に出始めた。

ジオイドにその現身を宿らせることで生命を滅ぼそうとする意志は実体化し、この世界に直接攻撃を始めた。

それを撃退すれば、ガイアの中から敵意に至った人格のみを倒すことができる。

少なくとも……敵意たちに示すことができる、人類には破滅に対抗する方法があるとね」




「そう!!乙女合体ガチユリダーが!!」




・・・・・・・・・


 綾乃がポーズをつけて叫ぶ、その背景には昨日のロボット。

 その珍妙なキーワードに、三人の子供たちは凍りついた。

 一人はその意味を理解できずに、二人はあんまりなネーミングと背景のロボットの関連性を考えながら…


「ガチ……ユリ……?」


 ひょっとして……それが、ロボットの名前なのか?


「いや」


「いやいやいやいや」


「「何なのその名前はああぁぁぁ!!!!」」


 交とはじめはほぼ同時に、悲鳴のように叫んだ。


「……え?」


 対して綾乃は、さも『なに当たり前のことにツッコミ入れてるの?』といったようなきょとんとした表情で首を傾げた。


「え?じゃないよ!!本当にまじめな話だよね!?」


「真面目も真面目ね?あなた達を見てほかならぬ開発者の私が思いついたんだからねぇ?」


「やっぱり思い付きじゃないかぁ!!」


 シリアス返せ!! と言わんばかりにポケットに入ったままのくないを投げつけようとする交。

 そんな彼女を、昨日の投擲スキルを見せられている綾乃は焦った様子で制止する。


「まぁまぁまぁまぁ聞きなさいね…昨日の戦いで新しく判明したことがあるのよねぇ!!」


「……え?」


「聞いたとおり、ガチユリダーの心臓部にして魂…ウラノスエンジンは神として幼すぎて、どんな力を発する神なのか誰にもわからなかったのね?しかし、昨日の出会いがすべてを変えたのよ…これを見てみて?」


 綾乃がパラララと開いたウィンドウが、各々の手元に届いた。

 その内容を見て、交は再び真っ赤に赤面した。


『まじるさんまじるさん♪』


『あうあうあう…』


 それはついさっき、まつりに抱きつかれてスリスリされたシーンだった。

 しかも器用に編集してリピート再生されている。


「な、ななななな……っ」


「まぁ……」


「ガチユリダーのウラノスエンジン記憶野から抽出された動画ファイルね、今まで駆動音以外の雑音が無音だったウラノスエンジンからは考えられないことだわ。しかも初合体時のデータなんか時間の許す限り再生された痕跡があったわね?」


『お姉さま、私のことは好きですか?』


『好きだよ!?……そりゃあ、うん、多分……』


「 」


 ボン!!と破裂するように交の顔が真っ赤に染まり、 はじめに至っては俯いてプルプルと静かな怒りに震えている。


「いっひっひ、おもしろい反応するわねぇ…あら」


 綾乃は気付く、足に絡まったワイヤーが引っ張ってきている感触に。


「あ、ちょ…ぎゃん!?」


 綾乃は交とはじめの二人に両足を引っ張られて地球儀の下まで引きずりおろされた。

 両足を引っ張られ抵抗できない綾乃は地面に思いきり腰を打ち付ける。


「あだだ…仮想空間内でも痛みはあるのよん?」


「どういう事なの!?」


「私たちも聞かされていないぞ…!?」


「あーあのねぇ、落ち着いてー?」


 二人に詰め寄られて、綾乃が降参するように手を挙げていると…


「あの…もしかして」



「私とまじるさんが仲良くしてるのが、ガチユリダーさんのお気に入り…って事ですか?」


 まつりの出した限りなく的を射た答えに、交とはじめは絶句した。


「…そう、そのとおりなんだよねぇ♪実際あれから君たちの視覚データにアクセスして、イチャイチャしてるところを見る度にとんでもない数値を叩き出してるのよ」


「つまり!!ガチユリダーは正真正銘乙女の愛と合体を守る神!!あなた達がイチャイチャすればするほど、ガチユリダーは強くなるのよ!!!!」


「そ、そんな馬鹿なああ!?」


「いっひっひ、それが果たして琴主ちゃんとまつりちゃんだけなのか…きっちりデータを取らないとねぇ♪」


「貴様!!」

「ま、待って!!」




「お茶をお持ちしましたよー♪」


 ガラッと、ふすまを開けて八尾がお茶とお茶菓子の乗ったお盆を持って部屋に入ってきた。

 気がつくと、仮想空間は消えて元の部屋に戻っていた。


「…あれ?」


「あのおばさん…!!」


「……」


 突然の場面転換に呆然とする交、わなわなと怒りに震えるはじめ、赤い顔をしてぼーっとするまつり。

 少しお茶を淹れている間になにがあったのかと、八尾は首を傾げるしかなかった。


「あの…どうかしました?」



 八尾の淹れた極上のお茶と茶菓子に一通り舌鼓をうった後……琴主が恥を忍んでガチユリダーの話をすると、八尾はしばし唖然とした後に口元に手を当てて笑い出した。


「そんな事が……ふふ、綾乃らしい」


「八尾さんは綾乃と知り合いなんですか?」


 交の問いに、八尾は懐かしそうに見上げる。


「ええ、よく知っています。まぁ子供の頃からの腐れ縁と言いますか、よく会長共々迷惑をかけられたものです。同時に面倒も見られましたが…」


「  は、はぁ」


 そこで、わずかな違和感を覚える。

 確かに綾乃は年上だろうが、見たところそこまで年齢を重ねているようには見えなかったのだ。

 見たところ20、30代の八尾…そんな彼女と子供の頃からの仲であの外見なのだからかなり胡散臭さが増す。

 先からはじめが『おばさん』と呼んでいたのも頷ける話である。


「それで、交さんはどうしますか?」


「え?」


「…!!」


「……」


「この戦いは全生命の命運をかけていると同時に、貴女自身の命もかけた危険なものになる可能性もあります。まぁ、P.A.U.R.スタッフも我々も最小限そんな事態にはしないようこちらで尽力はするつもりですが……しかし、貴女は巻き込まれただけで本来はただ全身義体というだけの一般人として暮らす権利があります。もしも戦いに加わるのをやめたくなったら、それでいいとも思いますよ?それは綾乃も重々理解しているでしょうしね」


「いや、私はもう十分首を突っ込んじゃったし…」


 交は、まつりとはじめをそれぞれ横目にちらりと見る。


「まじるさん…?」


「……」


 心配そうに交を見上げるまつりと、子供らしくむっとしているはじめ。

 百合か…そういう趣味なのか、自分にはわかる由もない。しかし、この二人の存在が交にとって愛しいのは確かだった。何より……


「…放っておけないから」


 頬をかきながら交が言ったことに、八尾はため息交じりに首を垂れる。


「でしょうね…ほら、はじめも拗ねない……!!」


 先ほどから殆ど何も言わず頬を膨らましたりと表情だけころころ変えているはじめの心境を読んで諭すと、突然立ち上がって障子を開けた。


「成程、随分と空気を読む敵ですね」


 八尾の視線の先では、空を包むように赤い霧が集まって島京の上空に集まり始めていた。


「あれは…!!」


「あれが、ジオイド…!!」


 八尾はポケットからペンライトのような器具を取り出して琴主の胸に向ける。


「では、はじめもついて行ってあげてくださいね。まつりさんは今日はお休みと伝えておいてください」カチッ


「え…あの、何を」


「師匠!?ちょっと待って」


 ペンライトから発された見覚えのある光線が交の胸にあたると、交は一日ぶりに空白のような一瞬を感じた。



P.A.U.R.本部


 気が付くと、交とはじめは薄暗い機械的な一室の地面に座り込んでいた。

 此処がどこかと考えるまでもなかったのは、吹き抜け構造のその空間の下に二つの戦闘機が見えたからだ。


「リリーキャット…やっぱり、此処って」


「そう、P.A.U.R.の本部……」


 カッ!と、杖を突く音が聞こえる。

 振り向くと、先ほどまで話していた綾乃が良い笑顔で二人を迎えに来ていた。


「いらっしゃ~いねぇ♪さっそくだけれど、お着替えの時間ねぇ♪」


「…え?」



更衣室


「そりゃあ、乗るとは決めちゃったけど……いきなりこんなのに着替える?」


 ウラノスエンジンとの適合率を上げるための装備と聞かされた衣装を渡されたものの、その安間瑛なデザインに交はため息をつきながら脱ぎ始める。


「……何で、そう簡単に決められる?」


「え?」


 もう訓練で慣れているのか…黙々と指定の衣装に着替えているはじめは、はじめて交にまともに声をかけた。


「私は拾ってくれた師匠と燕糸会長に恩義がある…正純お嬢様にもだ。いくらお嬢様と仲良くなったといっても、そこまでする必要なんて本当はない…それとも、お前は本当に」


 初めがそう言いかけたところで、琴主は手のひらをはじめの口に当てて制止した。

 いうことは分かっている、『お嬢様が好きなのか』と聞きたいのだろう。


「好きかどうかなんて、わかんないよ。ずっと気になることばっかりで時間なかったしね……あのメカがそうとるんだったそうかもしんないけど、やっぱり私自身にはちょっとわかんないや」


「…!! じゃあ何故!!」


 はにかみながら言う交、しかしはじめにはその言葉が余計に信用できなかった。


「だって、心配なんだもの」


「……心配、だと?」


「まつりもそうだけど、愛糸ちゃんもそうだよ…そんなに小さいのに、まつりのことをいつも心配してる。周りが見えなくなるくらい、そんなのまつりが一緒でも背負いきれるもんじゃないよ」


 交の言葉に、はじめは返す言葉を失った。

 実際、交を襲撃した時もまつりをとられた怒りで周りが見えなかった結果返り討ちにあってしまった。

 どんなに修業を積んでも…自分はその程度で、心配される側ではないのかという不安がはじめの脳裏をかけた。


「……っ、余計な御世話だ」


 体の小ささに勝つために、まつりを守るために八尾の厳しい教育を受けた。操縦訓練も頑張った。

 その自信だけはなくすわけにはいかない、そう心に打ち込みながらはじめはスーツのファスナーを上げた。



司令室


「敵ジオイド、尚も凝固を継続中!!前回とは比較にならない密度です!!」


「近隣住民の緊急避難、完了しました!!」


 オペレーターの報告に、綾乃は笑みを浮かべながら徹底的な誘導を指示する。


「ハイハイ、生き物でなけりゃ無機物なら詩実体でいくらでも再生できるからねぇ♪今回は思いっきり暴れさせちゃいましょねぇ♪」


「あ、あのぉ…」


「……」


「お?おぉお♪二人ともよく似合ってるじゃな~いね♪」


 交とはじめはそれぞれ赤と紫の薄く全身を包むスーツを身に纏ってやってきた。

 所謂パイロット用のスーツなのだろうが、着慣れない体のラインを強調するようなスーツで人前に出るのが恥ずかしいのだろう。

 交はもじもじと身を隠すようにしており、はじめはムスッと頬を膨らませている。


「状況が状況だからぶっつけ本番になるけど…ちょうど良いわねぇ♪琴主ちゃんとはじめちゃんの組み合わせではたしてエンジンに反応が出るか…見せてもらいましょう♪リリーキャットははじめちゃん、リリーブレードは琴主ちゃんでねぇ♪」


「了解」


「……怒らせちゃった?」


「う……そうかもしれない」


 何かを察した綾乃が交に尋ねる。

 案の定、交も気づいているのか落ち込んでいる。

 綾乃は手に持った携帯からウラノスエンジンのエネルギーバイタルを見てため息をついた。


(やっぱりちょっと調子が悪そうねぇ……さぁ、この子たちの仲をどう取り持ってくれるのかしらねぇ?ガチユリダー(かみさま)?)


 そう心の中で呟きながら、二人の乗るリリーキャットとリリーブレードを見る。

 答えるように、リリーキャットの機体色が紫に変わっていった。


 ガシュゥン… バヂヂッ


 一旦電源が落ちたように、真っ暗になった滑走路に誘導灯が徐々についていく。

 そしてカタパルトのレールが僅かに放電した。


『愛糸・はじめ…リリーキャット、出る!!』


『ええ!?もう!?…琴主・交とリリーブレード、行くぞ!!』


 そして、滑走路の先のシェルターが開いた瞬間にカタパルトがすさまじい勢いで二人の機体を射出した。


 バシュウゥゥゥゥゥゥ……ン


『うわぁぁおっ!!?…っとと…』


『先に行く…!!』


 初めてのカタパルトを用いた離陸で驚いた交は、すぐに崩れたバランスを取り戻す。

 するとはじめと紫のリリーキャットはそれを一瞥すると、バーナーを点火してリリーブレードを置いて行った。


『ちょっと!?待ってよぉ!!』


 それを追って、交もたどたどしい動きでバーナーを点火した。



公園上空


 広い芝生に囲まれた公園の上空に、それは居た。

 まるで赤い水晶でできた鳥の彫刻のような怪獣の胸の奥には、真紅の球体がプルプルとゲル状になって浮かんでいる。


『あれか…!!』


 愛糸はその姿を確認すると同時に、機体の腹部コンテナを開き長距離からレールガンを放つ。


『QUYYYYYYYYYYYiiiiiii……』


 レールガンが命中、爆発した部位の爆炎に包まれながら怪獣は緩慢な動きでリリーキャットを向く。


『…!! 手ごたえがない!?』


 即座に異常と気付き、アクロバティックな飛行で距離を取ろうとするリリーキャットの進行方向を何かが阻害した。


『!!』


 キン キン キキキキン と、奇妙な音が響く。

 それは砕けた…否、彫刻の怪獣から分離した赤い水晶の集団だった。

 それらは太陽の光を内部で極度に屈折させて溜め込むと、リリーキャットにめがけて溜まった光を浴びせた。


 ヅ ド ン !!!!


『ああああっ!! …くぅっ、レーザー…?いや、太陽光を使った工学兵器かっ…』


 爆発の衝撃で機体を回転しながらも、正確に水晶に照準を合わせて機銃を放つ。

 しかし推奨は推進力を無視した三次元的な動きでその照準から正確によける。


 今度は飛び散った赤い水晶のすべてが空中で静止し、増幅した太陽光を機関銃のようにリリーキャットに浴びせた。


『くあぁ!! あぐっ、あああ!!!!』


 ヅドドドドドド !!!! と、着弾した光が熱反応で爆発をおこし、リリーキャットの装甲を削る。


「あ!!ぐうっ、あああ!!」


 炸裂音の度に刺すような熱い痛みに悲鳴が漏れる。

 しかし、それは突然に止んだ。


 ヅドドドドドド ……


「ああっ……はぁ、はぁ…止まっ…てない…?」


「……なっ!?」


 覆い被さった影を見上げたはじめは驚愕した。

 遅れてきたリリーブレードが、リリーキャットの傷ついた装甲に覆い被さって代わりに攻撃を受けていたのである。


『くあ、あああっ!!あああ!!』


「そんな…!!バカ、すぐそこをどけ!!」


 確かに、リリーブレードは多少の近接戦に備えてリリーキャットよりも強い装甲が使われている。

 しかし、それで機体からのフィードバックがないわけではない。


『だい……じょう、ぶっ!!それより、はじめちゃんはこいつらを…!!』


 交が水晶達を睨むと、水晶は光線の発射を止めて静止した。


『上手い…!!S.N.W.固定能力を応用して、ジオイドの動きを一瞬封じた…!?』


『前に、睨んだら動きにくそうにしてたから…』


『しかし、すぐ別の軸へ移動を開始します!!』


「これがS.N.W.適性の力……ッ」


 はじめは機銃を掃射して舞い飛ぶ水晶を一掃した。


『はじめちゃん!!』


「気安く名前で呼ばないで!!」


『あごめん、つい』


「でも…あ、ありがとう……」



 ドクン!!!!


[AMD Ver0.32 Full drive complete]

[合体準備完了]



『ツンデレ娘のありがとうアザッス!!!!』


『おい誰か司令官取り押さえろ!!』


 司令室からの通信からどたばたと騒がしい音が聞こえるが、それを無視して交とはじめは互いの機体を見る。


『愛糸ちゃん!!』


「…ああ!!」


「「合っ体っつ!!!!」」



???


(あ…まただ……)


(あれ?何か見えて……)


 交の視線が視線を向けると、そこは真っ白な施設の一室だった。

 ベッドから起き上がり、何も見ていない瞳でただ空を映すだけの瞳。

 それは、紛れもなく愛糸・はじめだった。


(これは…ひょっとして、愛糸ちゃんの……過去?)



『あの子の記憶は、恐らく戻ることはないでしょう…何か思い出すことに強い拒絶反応を示しています…』


『そうか…難儀やなぁ…』


 聞こえてきたのは、医者らしき白衣の男性と、どこか方言の訛りで喋る振り袖の女性。

 女性ははじめの頬を撫でる。


『真っ白になってもうた穴は、きっと一人やと埋められへんよな…よし、この子うちで預かりますえ!!』


『え…ええ!?しかしそんな、会長自ら預からなくても…』


『いやいやぁ、子供達は丁度孫の世話で忙しいやろしなぁ…ちょうどええんよ。それに…』



???


 一方で、愛糸もまた同じような空間を漂っていた。


(これが、ウラノースシステムの合体……? あれは…)


『放っておいてよ!!』


 ガシャン!!と、食器が散乱し食材が飛び散る。


『……こらこら、こんな御時勢に食い物を粗末にするやつがあるかね』


 そこはさびれた東京のマンションの一室、しかし今ほど後輩は進んでおらずジオイド災害の当時であることがうかがえる


(あれは……琴主交…?これは、過去の記録なのか?)


 琴主・交は荒れていた。

 ジオイド災害で多くのものを失った、友達も、街も、そして実の妹さえも。

 両親が義体の治療費を稼ぐために出稼ぎをはじめ、たった一人東京に残された交は売れない喫茶店を経営する親戚の中年男性が生活の面倒を見ていた。

 しかし、交はあらゆるものに怒っていた。

 東京を見捨てた人たちにも、何もかも知っているようなこの男にも、そして妹一人守れないで無様に生き残った自分自身にも。

 その事が、何故かはじめの心にも伝わった。


『食べないでも、大丈夫だもん……私、機械なんだよ?』


『馬鹿抜かすな、人間平気でも飯は食うもんだ』


『おじさんだって、怒ってるんでしょ…?』


『ん?』


『舞を置いて、勝手に生き残ったこと……』


『……もう、35年になるかね』


『?』


『なぁ交、人生っていうのは必ず悔いが残るもんだ。むしろ、悔いの連続といってもいいんじゃないかね…寧ろそれは人の数だけ悔いってのがあるってことなんだ。もしこうだったらとか、もしああだったらとか、そう思えば思うほど可能性っていうのはそこにあるし、そこに手が届かない事を知ると余計に惨めになるもんさ』


『うん……すごく、惨めだよ…なんで、私なんだよ』


『もし舞が生き残ってたとしても、舞もお前も生き残っていたとしても、きっと同じことになっていたさ』


『?』


『人は何かを得る代わりに、何かを失うものだ。割に合わないことも偶にはあるだろうよ…でも、だからこそ歴史ってのは進んでいく。繰り返そうが巻き戻ろうが違う未来を思い描こうが、俺たちにできることはいつも一つじゃないかね』


『舞のことを、忘れない事…?』


『そう、忘れないで……悔いを無駄にしないことだよ』


『…!!』


『お前のせいで舞が死んだんじゃない、舞がお前に贈り物をくれたんじゃないかね…その贈り物を、無駄にするなよ』



公園


「っだあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ズズウウゥゥゥ…ン と、地響きを鳴らしてガチユリダーは地面へと降り立った。

 赤と紫の機体で構成される、また以前とは異なる形状をしていた。

 以前は重心を下に、重い鎧で構成されたようなどっしりとしたものだったのが、今度は両腕に装甲が偏った攻撃的なデザインとなっている。

 そして、背景に鬼百合をあしらった黒いウィンドウがいくつも開いていく。


[Frame Change]

[GachiYuriDar=>Orgas Styre]

[Skill Driver Ignition]


 いくつものウィンドゥがガチユリダーのドーム型ディスプレイを埋め尽くし、一瞬で消えて眼前に

[作業終了]

[戦闘許可]

 と二つの表示が表れて、ガチユリダーは起き上がった。


「これは……!?」


『ガチユリダーの内部も詩実体を使って設計されてるからねぇ♪操縦者のスキルに合わせて形状を変えるのよん、名付けてオーガススタイルねぇ♪』


「ふぅっ…行くぞ!!」


 後ろのはじめが短い腕に合わせて自動的に寄ってきた操舵を握ると、腕の装甲が開き巨大な苦無を装備したナックルが現れて装着された。

 すると怪獣が水晶の羽をはためかせて雄たけびを上げた。


『QQQQQQQAAAAAAAAAAAAAAAAaaaa!!!!』


 そして羽ばたくと、その巨体からは想像もつかないような速さで突進してきた。


「わわ、回避!!!!」


 交が操舵を引っ張ると、ガチユリダーの足元にタイヤが装着されて急旋回した。


「な、早い!?こんのぉぉぉぉお!!!!」


 想像以上の旋回性能をどうにか乗りこなし、怪獣の突進を回避してターンしたガチユリダーはナックルを振りかぶった。


[Skill Conecction]


「てやっ!!」


「QQQQQQQQQQ!!!?」


 ゴォン!! と、ガチユリダーの投げた苦無が怪獣の水晶体を砕くことなく突き刺さる。

 すると飛翔する怪獣は苦無に繋がったワイヤーに動きを止められ、地面へと叩きつけられた。

 しかし、大したダメージを受けていない怪獣は自分から砕けて組変わり熊のような形態へと変化する。

 立ち上がった怪獣はそのままガチユリダーに爪を振り下ろした。

 

「教わったのが、苦無だけだと思うなああぁぁぁ!!!!」


 はじめの叫びとともに、装甲に包まれた両腕が怪獣の爪を受け止める。

 そして瞬時に怪獣の腕を掴むと、装甲の突出した肘をその胴体に叩き込んだ。

 砕けた胴体から覗くゲル状のコアが外気にさらされて波打っている。


「愛糸ちゃん!!」


「琴主交…過去のない私には、無駄にしたくない過去なんてないと思っていた……」


「な、愛糸ちゃんも私の過去見えて…」


「違うんだな……修行も、負けたことも、すべて悔いにしちゃいけない過去だ!!!!」


「…!!そうだよ、だから……!!!!」


「「今を守るために、戦おう!!」」


 リリーキャットからガチユリダーの両手にエネルギーが充填されていく。

 炎のような熱を持った両手は怪獣の水晶の体を溶かし、コアを握りしめた。


「ゴブリンリリー、ブロウ!!!!」


『QQQOOOOOOOOOOOOOOOOO……AAAAAAAAAAaaaaaaaaaaa!!!!』


 ジュウゥゥゥゥ… ゴバアアァァァァァン!!


 コアがすさまじい勢いで蒸発すると、水晶の怪獣は力を失った後爆発四散した。



「これが、ガチユリダーか…ふざけた名前だけど、良いな」


「あ、ようやく笑った?やっぱり笑顔のほうがかわいいね、愛糸ちゃん」


「…!!や、見るな!!!!」


 交は、初めてはじめの笑顔を見た。

 それに気が付いたはじめは思わず笑みをこぼしていたことに気づき、顔を隠して交を押し出そうとする。


「危ない危ない!?…ふぅ」


 席から落ちそうになって慌てた交は、座りなおすと一息ついた。

 それを見ていたはじめは、怪訝な顔をしていたがまたほほえみを浮かべる。


「でも、お前のことがわからない訳でもなくなった…パートナーとしては、いい結果…かな」


「 !!」


 はじめの言葉に交は顔を上げて、パートナーとして認められた喜びに打ち震える。


「……そうだよ!!これからよろしくね、愛糸ちゃん!!」


「に、にゃあっ!?抱きつくな!!だいたい、何でちゃん付けなんださっきから!!!!」


「…え?だってちっちゃいし、年下…じゃないの?制服だって、高等部に来るために着たんだよね?」


 交の言葉に、はじめの眉間から青筋が覗く。


「私はお嬢様と同い年だ、つまりはお前とも同い年……ちっちゃくて悪いかあああ!!!!」


「うわ!!落ちる、落ちるから!!!!ごめんよぉ!!!?」


 はじめは禁句を言われたからか、目じりに涙をためつつ交に襲い掛かった。


■◆■


P.A.U.R.司令室


「う~ん、いまいち仲良くなりきれてないみたいだけど、出力は上場…そうよねぇツンデレってデレるまでもおいしいものねぇ♪」


 携帯から、二人のやり取りでウラノスエンジンの生んだエネルギーを眺めつつ満足そうに綾乃は言う。


「そうよ、少女たちの姦しい群像からでもいい…どんどん世界を見て、そして世界を知りなさい……やがて、あなたが完全な魂を手に入れたとき…はじめちゃんも私も、すべてを取り戻すのだから」


◆■◆


ビルの屋上


 少女は紅い長髪をたなびかせて、公園に立つガチユリダーを見る。

 その肩には、浮遊する真紅の球体が遊んでいる。


「ハジ、アレはこの世界の敵になりえると思う?」


『半々ってところだな、使い方を誤れば和御霊にも荒御霊にもなりえる』


 紅い球体の言葉に、少女は目を細めて呟いた。


「少し、調べてみる必要があるわね」




第二話『そして愛しきはじめの言葉』 完




《次回予告》


 そして始まった、琴主交の島京での日常。

 まつりが笑い、はじめが怒る。

 女子三人寄らば姦しく、そしてもう一人の転校生が姿を現す。

 そして同時に、ジオイドもまた新たな姿でガチユリダーの前に現れる。



次回『その姦しい日常の中で』

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