第1話『それは正しく祭りのような出会い』
2038年 9月某日
海城都市、島京。
東京の機能が壊滅状態に陥り今や寂れた廃墟と化した今、日本の首都として機能するその街はまさしく完全な未来都市として人々に安寧とした平和を約束していた。
しかし、いくら街がより機能的に、より美しく未来を演出しようとそこに住む人間の本質は変わらないのだろう。
卸したての機能的な制服、そして茶髪をポニーテールにしている少女…琴主・交はつい先日東京から島京へと引っ越してきたばかりである、この物語の主人公。
彼女は今、一言でいえば怪しい勧誘を受けていた。
「ねぇねぇねぇ、君可愛いじゃな~いね?ちょこっとお姉さんと良いお話をしないかしらねぇ?」
真夏も過ぎてまだ残暑、だというのに黒いコートに黒い服と全身黒尽くめの怪しい女が後ろからやけに馴れ馴れしく話しかけてきたのである。
(………変な人だ!!よし無視だな…)
今や田舎と化した東京の生まれ、しかし一般常識はさすがにある。
交は完全に黒い女を無視することにした。
「いい働き口があるのだけれど、君はお金とかに困ってないかしらねぇ?」
スタスタスタスタ
(それ絶対怪しいバイトでしょ!?)
カツカツカツカツ
「今ならサービスボーナスもつくわよん?
それにちょっと体を張るだけで今まで見えなかった世界が見えるようになったり…」
スタスタスタスタスタ
(しつこいなぁ…!!)
タッタッタッタ
こんな怪しい人の言葉を聞いたらダメだ、交はそう思い変わらず黒い女の話を無視してさらに早歩きで通学路を急いだ。
やがて目指していた学園の門を潜ると、流石に黒い女はついてこなくなった。
「あらぁ……じゃあ待ってるからねぇ~?」
しぶしぶ去っていく黒い女を見た交はため息をつくと校舎に振り返って歩いて行った。
■
天銅医大付属女学院、小中高充実した最新の教育施設であることは島京である時点で当たり前のこと。
さらに最高峰の医療施設を兼ね備え殆ど大学病院と隣接している校舎は果てしなく広い。
そんな中、かろうじて迷うことなく高等部1年A組にたどり着くことができた交は先生の紹介に預かると緊張した面持ちでクラスメイトに振り返った。
「…というわけで、先日東京から引っ越してきた」
「琴主・交です!!よろしくお願いします!!」
ぺこりとお辞儀する。
よし、噛まずにいえたと一人満足する交であった。
「保健委員に連絡は行っていると思うが、琴主さんもまた特殊な治療行為の貴重な被験者として本校に転校してきたそうだ。なのであんまり無茶をさせないように、以上!!」
先生が紹介を終えると、交は先生が指示した人のいない席に座った。
すると隣の席に座る少女が席を寄せて話しかけてきた。
「保健委員の正純・まつりです。これからよろしくお願いしますね?」
「あ、あぁありがとうね。これから宜しく」
生まれて初めて見たような金髪の美少女に笑顔で話しかけられた。
田舎で育った交には同年代の女の子と話す機会があまりなかったため、少しだけどもりながらもまつりと握手を交わした。
すると異変、琴主の視界に突如としてパッパッと電子生徒手帳のウィンドウが広がり、《フレンドリスト登録しますか?》という表記が現れたのだ。
「あっ、わわっ!?」
ガタッ! と、目の前に現れたウィンドゥに驚いて交は思わず席からずり落ちる。
「あぁ、ごめんなさい。琴主さんは初めてだった?」
「えっと、ごめん視界に出るのはあんまり…あれ?」
交はフレンドリスト登録を終えると明けた視界に違和感を感じた。
いつも『こういう現象』が起きるときは大抵手の端末に何らかの電子製品をとった時なのだが今はただ握手を交わしただけで互いの手にそれは握られていなかったのだ。
「ふふ、同じ人に会うのも初めてでしたか?」
「あっ…じゃあ君もなんだ…?」
交の問いに、まつりは手元に『交にだけ見える』立体ウィンドウを出した。
そこには、交には見慣れたものが表示されていた。
[全身義体医療受診証明 正純.まつり]
2033年4月1日、「ジオイド」と呼ばれる正体不明の毒霧が大地から散布され地球上の半分の命が奪われた。
世界各地で発生したジオイドの被害を受けたものの多くは子供たちだった、そのため一部の人々は子供にある特別な処理を施して正体不明の毒霧から守ろうと試みたのである。
それが全身義体、琴主・交と正純・まつりもまた、そのような経緯にしてサイボーグ化した子供たちだった。
そんな二人が打ち解けるのにそう時間はかからなかった。
交はコミュニケーションに何らかの問題を抱えるような人物でもないし、正純もまたお嬢様ということを除けばごく普通の少女だった。
それはクラスのほかの女子たちも同様である。
「東京ってどんな所でしたの?」
「パッと見個々とほとんど同じかなぁ。まぁある程度ビルを崩して除染して、田んぼとかになってるけど…5年であれくらい何もなくなるんだからあとちょっとしたら本当にまったいらになっちゃうんじゃないかなぁ」
「じゃあ本当に田舎になっちゃってるんだねぇ東京」
「でもまぁ流石に元首都だからね、買い物とかには困らないよ?」
「じゃあさぁこのブレスレットとか持ってるー?」
「うんうん…うぉっ」
ほかの女生徒と会話したり触れ合う度にまた先ほどと同じことになるのではないかと身構える交を見てまつりは笑みをこぼす。
「……ふふっ」
■
そんな微笑ましい日常を挟んで時間はあっという間に過ぎ、授業を一通り終えた交は荷物をまとめて帰路につこうとしていた。
そんな交より一足先に荷物をまとめて、まつりは交に呼びかける。
「琴主さん、よろしかったら一緒に帰りませんか?」
「うん!…あ、でも……」
元気よく答えた交だったが、すぐに言いよどむ。
まつりはその様子に首をかしげた。
「? どうかしましたか?」
「通学路で変な人に目をつけられちゃってさぁ」
「まぁ…それなら好都合ですわ!私内緒の近道を知っていますから♪」
無い胸を張って言うまつりに、交は希望を見つけたような表情を向ける。
「そうなんだ、じゃあ一緒についてって良い?」
「勿論です♪」
■
下駄箱付近にきたところで、交ははふと校門を見る。
じぃーと視界がズームされていくと、広大なグラウンドを挟んだ正門前できょろきょろと辺りを見回す黒い女が見えた。
「うげ、やっぱり正門前に居るよ」
黒い女は時折警備員に話しかけられるが、何かを見せると警備員は焦りながら敬礼して去っていく。
「…?ズームの性能がよろしいんですね?」
目を細めるまつりもじぃーじぃーとズームを繰り返すが、普通の人が見えるほどの距離にしかズームすることができなかった。
「人が殆どいない東京にずっと住んでたからね、ちょっとした慣れの差かな?」
「それじゃあ見つからないように、こっちへ…」
二人はこそこそと玄関から抜け出て校舎裏に出ると、フェンスに空いた穴を見つける。
「フェンスに穴、こんな都会の学校でも普通にあるんだねぇこういう抜け道」
ガサッ、と人口林を抜けてフェンスの穴をくぐりながらいう交。
まつりも自慢げに笑いながらフェンスをくぐろうとする。
「えへへ~♪ちょっと悪いことしてる気がしてちょっと楽しいんです♪」
ガッ と、まつりの制服の背中にフェンスのとげが引っ掛かった。
「あ、あら?」
「ちょ、どうしたの?」
グイグイと引っ張っても抜けない。
まつりは顔を青くして言った。
「ま、まさか太った!?」
「まさか!?」
まさかというわけでもない、義体でも胸や腹部に必要脂肪分の保管ユニットがあり太ることも体系の変化も十分あり得るのだ。
しかし、まつりが心配したような理由で引っかかったわけではないことを交はすぐに看破する。
「って服が引っ掛かってるだけだよ」
「あっ、急にとったら…きゃぁっ!?」
ピン、ととげがまつりの制服から抜ける。
すると目の前の交に向けて重心を傾けていたまつりはそのまま勢いをつけて倒れこんだ。
交を巻き込んで。
「あ、とわぁっ!?」
仰向けに倒れた交と、背が低く丁度交の胸にかぶさるように倒れたまつり。
なまじ同じような成長を感じさせないシャープな体系だからこそ、体制的にまずいことを連想したのはお嬢様ながらもそういうことにやや興味の深いまつりのほうだった。
「あ、あのごめんなさっ…!?」
アワアワワとすぐに起き上がろうとするまつり。
「……」
しかしその次に予想外の行動に出たの交だった。
交はそのまままつりの体を抱き寄せると、頭を優しくなでる。
一瞬唖然としたまつりだが、徐々に顔が熱く赤くなっていく。
「あ、あのあの…琴主さん!?」
「…!!あ、ああ!!ごめん正純!!」
「こ、こちらこそ!!」
ババッ! と、二人はすぐに起き上がる。
双方真っ赤に顔を染めて、なぜか細い路地で面と向かって正座する二人。
傍から見ればシュールだが、それよりも二人は心臓の代わりになっているモーターの激しい動悸が早く収まるのを待っていた。
「あ、あの…さっきのって」
「ごめん……」
まつりの問いを途中で切って、交は立ち上がる。
その表情は見えないが、とっさのこととはいえ今のことは交自身こたえている事が伺えた。
突然のことで何らかの癖が出たのか、深く聞くのはさすがに失礼だとまつりは判断した。
「…そう、ですね。それじゃあ駅までの最短ルートを…」
そして気を取り直してまつりが歩みだそうとした、その時だった。
ズズウウウゥゥゥゥ……ン
轟音、地響き、鳴り響くそれに二人のみが強張る。
「な、何!?」
「え、駅のほうです!?」
■
突然それは出現した。
直径30m程に達する深紅の巨大な卵が、何の前触れもなく駅前の街を踏みつぶしたのである。
そして卵の側面が割れると節足となってその巨体を持ち上げた。
「な…何あれ」
「うそ、怪獣!!?映画か何かじゃないのあれ!?」
それを校門前から見てパニックに陥る街の人々の中、校門に背もたれてため息をつく黒い女。
「あーあやっちゃったよ、来る前に準備は済ませておきたかったんだけどねぇ…」
黒い女はもう何世代も前になった古い型の携帯電話を手に取ると、どこかへと電話を掛ける。
「もう攻撃態勢になっちゃってるわねぇ…『ウラノース壱型』、前線に出しちゃって。正純ちゃんに連絡取っといてねー♪」
■
一方で怪獣の巨大な姿は校舎裏の路地からも十分見ることができた。
「なんだよ…あれ」
「まさかあれって、綾乃さんが言ってた…」
prrrr! と、まつりの手のひらにウィンドゥが開き着信音が鳴る。
「あ、ごめんなさい……もしもしまつりです」
交に一言ことわってから、まつりは手のひらを耳に近づけて通話を開始する。
『まつりちゃーん、今日は何の日ね?』
「……あっ、すいませんテストランの日でしたっけ!?」
忘れていた電話先の人物との約束を思い出したまつりはここにいない相手ぬ向けてぺこぺことお辞儀をする。
「れすとらん…?」
聞き間違えたことを思わず呟いた交の声を、電話の先の人物は聞き逃さなかった。
『あれ、あらあら?もしかして琴主交ちゃんもそこにいるかしらね?』
「え?いらっしゃいますけど…」
まつりがそう答えた瞬間だった、ブツッ!!というノイズが交の聴覚を直接襲った。
「いっ……!!」
義体の聴覚を使った直接通話に慣れていない交は耳を押さえるが、それでも構わず通話の声が交の耳に届けられる。
『はろーう、交ちゃん今朝振りねぇ♪』
「け、今朝の変質者!?」
『変質者!?』
「あ~、綾乃さんの事だったんですねぇ。確かに怪しい格好してらっしゃいますから」
綾乃と呼ばれた変質者、もとい黒い女はコホンと咳払いを聴かせる。
『自己紹介がまだだったわねぇ、可能性軸運用開発局、P.A.U.R.(パウル)の司令官をやっています、綾乃・清泉というものよん♪』
「は、はぁ」
急いでいるのか早口で…それでもふざけた口調を崩さずに自己紹介する綾乃に、相変わらず怪しいと思いながらも頷く交。
『とりあえず、頭下げといてね?』
ゴオッ!! と、大質量の何かが風を切る音と共に、衝撃波が二人を襲った。
「きゃっ」
「あぶない!?」
「きゅっ!!?」
危うく飛ばされそうになったまつりを抱き寄せて伏せた。
まつりは奇妙な声を上げて抱き伏せられ、先ほどのこともあり顔を赤くする。
そんなことも知らずに交は、振り返ると信じがたいものを目撃する。
それは白と黒、大小一対の戦闘機のようなものだった。
そして小さく白い機体が形を変えると、黒く大きい機体も同時に形を大きく変えて合体したのである。
『合体!!ウラノース壱型(仮) is here!!』
合体して怪獣とほぼ同じ大きさになったそれは、珍妙な名乗りを上げて降り立った。
常軌を逸した事態に、交は目を丸くして固まっている。
交に抱き枕よろしく抱えて伏せられたまつり同様固まっている、しかし巨大ロボットの足音を聞くと即座に振り返った。
「きょ、きょ、巨大ロボット!?」
「そんな…!!今誰が動かしてるんですか!?」
『臨時でエリンちゃんの炉を借りて動かしてるけど…』
綾乃がそう言いかけたその時だった。
卵型の怪獣のボディが横一線に裂けた、そして中から無数の触手が生えて巨大ロボットを殴り飛ばしたのである。
『Ouch!?にゃろうやりやがったデスね!?』
『たぶん持たないわね』
微妙に訛のある声を上げながら、巨大ロボットも怪獣に殴りかかる。
しかし拳は確かに当たる軌道だったに関わらずスカッと怪獣をすり抜けていった。
『ガッテム!!やっぱり出力不足ネ!!』
そういって一歩後じさる巨大ロボットの脚に触手がからまる。
そしてすさまじい力で巨大ロボットを引張り、大回転を加えて放り投げた。
『ワァァァ!?き、緊急分離!!やっぱワタシだとダメヨー!!』
弱音を吐きつつ、空中で分離して元の戦闘機に変形した巨大ロボットは猛スピードで交たちのいる後者めがけて飛んできた。
そして交達の上で黒い機体が制止すると、細い足を延ばしてまたぐように降りたった。
『Ms.まつり、このままだと島京の生き物が全滅デス!!行けマスか!?』
「は、はい!!」
黒い機体からの声に緊張した表情のまつりが答えると、機体の腹部から細い光線が伸びてまつりにかぶさる交にあたる。
『そこの茶髪の子、ちょっとどいてくだサーイ!!』
黒い機体の声に混乱しながらも、交はまつりに問う。
「な、なんなんだよこれ!!正純、いったい何が起きてるの!?」
混乱する交にまつりは優しく微笑むと、その頬を撫でながら答えた。
「ごめんなさい、このままだとあの怪物にみんなが殺されてしまうかもしれないんです…今度は、私が琴主さんを助けますから」
まつりはそう言うと交と一緒に起き上がり、胸に光線を受ける。
すると一瞬にしてまつりの姿が消えて、変わりに白衣の女性が現れその場に倒れ込んだ。
『コード、リリーキャット…行きます!!』
黒い機体からまつりの声がすると同時に、機体の色が先端から青く変化していった。
そして、青い機体は白い機体を引き連れて怪獣へと向かい飛んで行った。
「正純……」
『あの怪獣の目的は、全生命の殲滅よ』
「…!?」
『五年前に全生命の命を奪った対生命ウィルス、ジオイドの集合体があの怪獣…対抗できるのはあのロボットだけ、といったら信じるかしらね?』
「そんな…だからって、何で正純なのさ!?あの子が…何の関わりがあって…」
綾乃と交の会話に関わらず、白と青の機体は怪獣に向かって機銃を放つ。
白い機体のそれは当たらないが、青い機体のそれは命中して怪獣に初めて外傷を負わせていた。
『あの子の全身義体をデザインしたのがそもそも、うちの前身になるジオイド対策組織だったから。そう、貴女のもね?』
「!!!!」
『あのロボットは、同じ仕様の全身義体を持つ若い子にしか扱えないのよ。なかなか我が儘なシステムでね…今は遠隔操作で二機とも動かしてるけど』
『Jjjjjjjjjjyyyyyy!!!!』
『!! きゃぁぁ!!』
怪獣が放った触手が青い機体を絡め捕る。
青い機体は逆噴射で逃げようともがくが、出力が足りないのか一向に振り解けない。
「正純いぃぃぃ!!!!」
『お願い、もう一つの機体に乗って貴女も戦って!!今まつりちゃんを助けられるのは貴女しかいないの!!』
「……っ、やるよ!!」
『…!! ありがとうね…今から誘導パルスを送信するから、動かないでね』
綾乃がそう言うと、白い機体から光線が延びて一直線に交の胸に突き刺さった。
「あっ……!!」
[Start up]
[Launched.Lily Operation System[..........OK.]]
[User name...Maziru.Kotonushi.][Using language...Japanese][S.N.W.適性有]
[機動準備完了]
[Lily Blade]
「リリー…ブレード」
交がそう呟くと、白い機体は先端から綺麗な赤に染まっていく。
そして交の姿が路地から消えた。
■
リリーキャット:コクピット。
バイクのハンドルを操舵レバーにしたような操縦席にまたがりながら、まつりは怪獣と戦っていた。
「くう…う…ううう!!」
ギギギ…ギギギギ
まつりはレバーを握り締めて力の限り引いている。
まつりの首につながれた義体のコネクターから触手に締め付けられる痛みや不快感が襲い来る。
「痛い…っ!!はなして、下さい!!」
まつりが目を凝らすと、チュイン! という音を立てて照準が自動的に定まり触手に機銃が向いてちぎり取ろうと動き始めた。
しかし……
バララララララララ!!!!
「!!!?」
当たらない、触手がまるで蜃気楼だったかのように機銃の弾丸をすり抜けながらさらに強く機体を縛る。
強い痛みに、まつりは悲鳴を上げる。
「あああ!!!まさか、これが軸の移動…!?」
まつりは綾乃から、訓練時これがどう言うものかを聞いていた。
地球が持つ攻撃の意志。
可能性を操る五次元生命。
可能性軸の移動による通常兵器の無効化。
訓練ではいまいち理解できなかった、今相対する敵の本当の恐ろしさを実感したまつりはただその恐ろしさに竦み上がった。
しかし、まつりの脳裏にひとつの人影が浮かぶ。
ジオイド被害で死んだ父の姿。
最期の時まで義体の性能強化にすべてを捧げ…まつりを、皆を気遣って死んでいった父の姿。
『まつり…いつかお前もその力で誰かを守っておやり』
「……この子には抗う為の力がある……お願い、リリーキャット!!」
■
P.A.U.R. 指令室
「リリーキャット出力依然として変わらず!!」
「敵内部に新機関出現!!…これは」
「敵ジオイド、リリーキャットを喰う気です!!」
オペレーターたちの言葉に、中央の席に座す綾乃は拳を握る。
「ちぃっ…神の力に神だけで対抗できるとは思っていなかったけど……何が欲しいんだあの我が儘コアは!!」
綾乃がそう言ったところで、オペレーターの一人が新しい反応を見つける。
「!! リリーブレード起動完了!!まっすぐにジオイド触手につっこんでいきます!!」
その言葉に、綾乃は可能性を託す思いで両手を握り締めた。
「来た…!!」
■
市街地上空にたどたどしい操縦で赤い機体が舞い上がる。
『わああああぁぁああ!!!!』
テンパった悲鳴を上げながらも、赤い機体は操縦を誤ることなく触手へ向かって飛んでいき…
ザキュッ!!!!と、怪獣の触手を刃のような赤い翼が斬った。
『正純ぃぃぃ!!』
触手から解放され、地面に激突する前にホバリングしたリリーキャット、正純はリリーブレードからの琴主の声を聞いて目を見開いた。
『こ、琴主さん!?そんな、何でリリーブレードに!?』
『えっと…頭痛いけど、なんとか頭にこれの動かしかたダウンロードして…それで』
『そんなこと言ってるんじゃありません!!ばかっ!!』
ドクン……
『ばかって……!!』
『なんでこんなところに来たんですか!!』
『そんなの…正純がほっとけないからだよ!!』
ドクン…ドクン…
『私の、死んだ妹にそっくりなんだ……背が低いとこも、どじな癖にどんどん先にいっちゃうとこも…っ』
『琴主…さん』
『だから、あれがもしジオイドと同じものだとしたら…私は今度こそ妹を守る!!』
『今は、私にあなたのお姉さんでいさせてよ!!』
『琴主…さんが、お姉……様?』
ドクン!!!!
[AMD Ver0.32 Full drive complete]
[合体準備完了]
『……!!』
『わわっ!?今度は…なにこれ!!
『お姉様!!』
『え!?いや直接そう呼べっていう意味じゃ…』
『合体します!!』
交が言い切るのを待たずに、まつりは合体コンソールに触れた。
その瞬間、二人の体を衝撃が襲った。
■
???
「ま、正純!?」
「お姉さま?」
気が付くと、二人は白く光る不可思議な空間に一糸まとうことなくフワフワと浮かんでいた。
空間の中央にあたる場所では赤い三つの点が回転しており、まるで巨大な百合の花の中にいるような感覚。
交はあたりを見回しながらまつりに尋ねる。
「これ、一体どうなってるの?コックピットは?」
「……」
チチチチーチチチ…と、まつりは目を閉じて機体の状況を確認する。
「……大丈夫です、初めての合体で一時的に意識を共有した上で現実世界と感覚世界のタイムラグが発生してるんだと思います」
「合体……」
その言葉に、裸であることを思い出した交は顔を赤くする。
しかしまつりは何かを悟ったように交の手を取る、交もまたその手の暖かさに安心感を覚えた。
「このリリーキャットとリリーブレードには、一つの神様が宿っているんです。でも、生まれたてのこの神様は何を司る神様なのかすらわからなかった……」
「かみさま……?」
「お姉さま、私のことは好きですか?」
「え、えぇっ!?それは……その……」
突然の問いに交は焦ってごにょごにょと言いよどむ。
「好きじゃないんですか?」
まつりの目が潤み、交は焦ってこたえる。
「い、いやいや!!好きだよ!?……そりゃあ、うん、多分……」
カァァ、と赤くなる。
当然、友達としての好きだがまつりがどういう意味で言ったのかはわからない。
おそるおそるまつりを見ると、まつりはぎゅっと交の手を握っていた。
「私もです……だから」
「まつりと、呼んでください」
まつりの言葉とともに、視界が明ける。
空高く飛び上がった赤と青の機体が絡まりあい、深く繋がっていく。
先のモノクロのロボットとは違う形に、より確かな人の形を持って完成していく。
そして完成したそれは、地響きとともに地面に降り立った。
■
P.A.U.R.指令室
「は、は、は…」
ヨロッ ドサッ と、力をなくしたかのように 綾乃は背もたれに寄り掛かる。
「司令…?」
「成る程なぁ…足りなかったのは奉納演舞、おまけに趣味の偏った神様で……まぁ行幸か」
ブツブツと呟く綾乃、その様子にオペレーターたちは心配そうな表情を浮かべるが……
「いーっひっひっひ!!まぁ良いわね、サーバーフル稼働!!全力で合体後のサポートするわよん!!」
「「了解!!」」
元の調子に戻り、勝てる希望を見出したこの状況にオペレーターたちも息をそろえて声を張り上げる。
「となると前の名前はもはや無粋ね…生まれたての神には新しい名前がふさわしい…開発者権限!!名称コード変更!!」
指令用コンソールを開いて、綾乃は《ウラノース壱型》と書かれた機体情報を削除して新しい名前を入力した。
「乙女合体!!ガチユリダー!!!!」
(((…………いや、その名前はどうなの!?)))
オペレーターたちが心の中で上げた突込みの声も、見事なまでに揃っていた。
■
「今、なんだか凄く変な名前が聞こえた気がするんだけど……って、正純!?」
気が付けば交は先ほどよりも広く丸いドーム状のコクピット中央の座席に座っていた。
交は視界に居ないまつりを探すが、すぐ後ろから抱きつくように操舵を握るまつりが交に言う。
「まつり、です!」
「あはは……」
相変わらず何が起こっているのかはわからない、しかし何故か嫌な感じはしなかった。
交は眼前の怪獣を見据えると、操舵を握りしめて操縦方法をダウンロードする。
「それじゃあ、話はこいつを倒してからゆっくり聞くからね!!!!」
グン! と交がレバーを押すと、膝をついていたガチユリダーは拳を握って立ち上がった。
合体の余波で吹き飛ばされていたのか、怪獣はビルを背に仰向けに転がっていた。
しかしガチユリダーのこぶしを握る音を合図としたかのように一瞬不定形のゲル状になると、元のうつ伏せに戻り触手を伸ばす。
まつりは先の状況を思い出して身構える。
「!! 相手は『可能性』を移動してきます、防御するのは…」
「『どっち』に逃げようが…外れる気はしないよ!!」
交の言葉を証明するように、ガチユリダーは触手を掴んで怪獣を逆に引き寄せた。
そしてカウンターのパンチをその先端に食らわせると、怪獣はゆで卵のように砕けながら大きく後退する。
怪獣は起き上がると蜃気楼のようにぶれて元の形に再生しようとするが…
[S.N.W.Eye site:Coneccion]
まつりの視界が交の視界と連動するようにその姿をはっきりととらえると、怪獣は再び崩れて倒れ伏した。
「これって……変えようとした可能性を、元に戻した!?」
『可能性を移動する神の御業、それって結構昔から観測されていた現象なのよん…それを確かに確認し、自分のいる可能性に相手の可能性を引き寄せる才能…というよりも、『どんなに5軸の向こうに逃げても見つける才能』…S.N.W.適正、それがリリーブレードの操縦者に必要なスキルねぇ♪』
綾乃の通信と同時に、ガチユリダーのバックパックが開き巨大な剣銃が姿を現す。
それを掴み、ガチユリダーのアイカメラ越しの視線が怪獣を貫く。
『GGGWWGWG!!?』
「封印装備解凍完了…リリーランチャー、詩実体装填…!!」キィィィィン
ギギ、ギギギギギ… と、怪獣は思ったように動かない体を必死で起こそうとする。
しかしその間にもリリーキャットの駆動路からエネルギーが剣銃に装填されていき、両端に銃口を持つ剣の切っ先が強く光り始めた。
「っりゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
『GGGGGGGGGGGGGGGGGGGG!!!!』
琴主の操縦に従ったガチユリダーは、剣銃を怪獣めがけて投擲した。
剣銃は砕けた怪獣の先端部に突き刺さり、怪獣は悲鳴を上げる。
そして怪獣に突き刺さった剣に全力で駆け寄ったガチユリダーは、拳と共に銃剣の発射コマンドを叩き込んだ。
「ドライブ解放!!」
「リリー、インパクトオオォォォォォ!!!!」
カッ!!!! と、剣銃の先からまばゆい光が解き放たれた。
『!!!! KNWKSYWHKYSRTKR<KN■SYNTKRGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGG!!!!』
怪獣は断末魔の叫びと共に、内部から溢れるエネルギーに飲み込まれ空の彼方へと飛んでいき、欠片も残すことなく消滅した。
「はぁっ……はぁっ……はぁぁ、倒したぁ…?」
怪獣の消滅を確認すると、交は安心したように力を抜いて操縦席から落ちそうになる。
その手を、まつりの手が掴んだ。
二人は、お互いの顔を見て微笑みあう。
「……ありがと、まつり」
「やっと、さっきのお返しができましたね…おね」
「はいはい待った、お姉さまなし!!こっぱずかしい!!まじるでいいよ…まつり」
「…!! はいっ」
ガシュン!! ヒュゥゥゥン と、二人のやり取りと共にエネルギーが尽きたのか開けた視界が暗転する。
「……って、結局なんなんだよぉこのロボットぉ」
「恋のキューピット…でしょうか」
ボソ と呟いたまつり。
「え?」
「い、いえいえ!」
振り返った交に、まつりは口元を隠して笑みを浮かべるのだった。
■◆■
夕暮れの駅前広場。
自衛隊の行進と共にゆっくりとトレーラーから姿を現す綾乃は、膝をついて俯き力尽きたガチユリダーを見上げる。
「……また、巻き込んでしまうのね」
その先の戦いを見越してか、彼女たちのこの先を憂いてか…その表情は重い。
しかし元のおどけた表情に戻ると、飄々とそのコクピットへと向かう梯子に向かって歩みだす。
「まっ、それだけ可愛い子の面倒見れるからいっかしらねぇ~♪いっひっひ♪」
第一話『それは正しく祭りのような出会い』 完
《次回予告》
怪獣を倒した交とまつり、まつりから告げられたその身体の秘密に交は驚愕する。
しかし、謎の組織P.A.U.R.の司令官綾乃から告げられた5年前の真実はそれをはるかに超えた衝撃を交に与える。
全生命に牙を剥いた地球、戦うことを仕組まれたかのような少女たち。
そして三人目のパイロットが交の前に現れる。
次回『そして愛しきはじめの言葉』