「追っかけ」になって
この大会は、海外から参加する選手もいるが、基本的には国内選手が中心の、小規模なものらしい。
高い技術の演技を、テレビで見るのも良いが、どんな演技だろうと、実際に見る方が楽しいと考える私は、そんなことは気にもしなかった。
緊張している顔も、ただ滑れるだけでうれしい、という顔も、それぞれに美しい。精一杯、全力を尽くして滑れた者も、惜しくもそうできなかった者も、皆、それぞれが輝いて見える。
アリは、後半に現れた。バスの中では謙虚なことを言っていたが、どうやらかなり滑れるらしい。
私は、どきどきしながら、アリの滑走を待った。
場内アナウンスが、ついに、アリ・スヴェンソンの名を告げた。
私は一人、大はしゃぎに手を叩いた。
リンクの中央に、アリが一人で立っている。
そして、曲が始まる。私はその曲が、何の曲か、よく分からない。けれども、打楽器の音が力強く響くその曲は、アリにとても良く似合っていると思った。
ショートプログラムを終えて、アリは三位につけた。なかなかどうして、彼はすごいスケーターじゃないかと、私は思った。正直、滑る彼の姿に、私は魅入られずにはいられなかったのだ。
あれで何故、三位なのだろうと思っていたら、技術の基礎点が低いのだそうだ。失敗しないように、確実にこなせるレベルの技を揃えているため、ミスなしで演技をしても、高得点には結びつかないと言う。
ただ、そういった技術点では、高い得点を記録しなかったものの、芸術点では、彼は僅差ながらも、一位を記録していた。つまり、彼は冒険をなるだけ控えて、完成度の高い演技をすることに集中していた、ということだ。
しかし、これから伸びるだろう、と、私は直感し、また、確信した。
素人のカンのようなものだが、アリの演技には、人を惹きつけてやまない魅力があると、私はそう感じたのだ。
それに、アリは若かった。
中東系の顔立ちから、年齢を判断することに、私が不慣れだったからなのか、それとも、その生い立ちのゆえに、彼が大人びて見えたからなのか。それは判然としないが、アリは、たったの十五歳だった。
きっとこれから伸びて、すごいスケーターになる、と、そう思うと、彼に会えたことがうれしくて、私はスキップを交えながら、滞在先に戻った。
翌日のフリーでは、彼はどんな演技を見せてくれるのだろうと、興奮でしばらく眠れなかった。
そして、次の朝、いつもよりも短い睡眠時間ながら、やけに高揚した気分で、昨日と同じ時間に、私は大会会場へと向かった。
バス停には、先客がいた。
既視感のある、その後ろ姿に、私は目を疑った。
「アリ?」
私が名前を呼ぶと、彼は驚いたように振り返った。
「同じバス停から乗っていたんですね」
私がそう言うと、アリは、ええ、と頷いた。
「昨日もそうだったんですよ」
彼はそう言って、少し悪戯っぽく笑った。
「でも、今日も会うとは思いませんでした」
そう言われて、私は笑って、答えた。
「少し、また君に会えないかと、期待して、早めに出てきたんです」
するとアリは、くしゃっと相好を崩した。
その無邪気な笑顔を見ると、たしかに、彼は十五歳なのだなと、私は感じた。
「この近くに住んでいるんですか?」
そう問うて、私はあわてて、自分もこの近くに滞在しているのだが、と付け加えた。
アリは黙って頷いた。
私は、あんまり刺激をしてはだめだと思い直して、ただ、これだけは伝えたい、と、また口を開いた。
「昨日のショートプログラム、とても感動しました」
そう伝えると、彼はびっくりしたように、目を丸くした。
「本当ですか?」
怪訝そうですらあったので、私はむっとすらして、もちろん本当です、と答えた。
「見ていて、いちばん胸が躍ったのは、君の演技です」
そう付け加えると、彼は苦笑いをした。
「あんまり、大技をやらないでしょう?」
私は、そんなことは関係ないです、と、叫びたいような気持ちで言った。
「大技はたしかにすごいです。華やかです。でも、君の演技には、もっと何か、大きな音が響いてくるような、そんな感動があったんです」
私のその様子に、アリは、今度ははにかんだ。
「もっと挑戦をしろ、と、いつも言われているから、驚きました」
そんなことを言うから、私は、言った。
「今の君にだって、私は十分魅了されています。私はもう、君のファンです。できることなら、君の滑る大会を、全部見に行きたいほどです」
思い返せば、いっそ熱っぽすぎて、気持ちが悪いと思われても仕方のないような告白だったが、アリは、ただ驚いたように目を丸くしただけだった。
「ありがとう。とても、うれしいです」
でも、もっと練習して、もっと大きな感動を伝えられるスケーターになりたいです、と。
そう告げた彼の顔は、やっぱり、十五歳には見えないほどに、大人びていた。
フリープログラムも、彼は堅実にミスなくこなした。しかし、難易度の高い技に挑戦した選手が、それを成功させたために、アリは順位を後退させた。
結局、彼は表彰台に届かなかった。
それから私は、スケジュールを調整しながら、アリの出場する大会を、可能な限り見に行こう、と、心に決めた。
彼はきっと、そのうち、大技をもこなせるようになるだろう。そうしたら、もっと素晴らしい感動を、私に、そして、観客たちに、与えてくれることだろう。
だから、彼の姿を追おうと、私は決めた。