依頼1 前編
今日の予定は酒場の女主人、『マール』おばさんからの依頼である包丁の研ぎ直しである。 正直な所、研ぎ直し程度なら自分達でやってくれと思わないこともなかったアイラだが、「あんたの研ぎ直した包丁を使っちまったら、自分達で研ぎ直した包丁なんて使えんわな」なんていい笑顔で言われたら、張り切ってしまうのも仕方がないというものだろう。 無駄に気合を入れて研ぎ直しを約束してしまったのである。
お伊達にめっぽう弱いのもアイラの特徴の一つであった。
まぁ、実際にアイラの研いだ包丁は、半端じゃなく切れ味も良くなるので、お世辞やお伊達でもなんでもないのであるが……、"知らぬは本人ばかりなり"である。
朝も早くからうら若き娘が工房にこもり包丁の研ぎ直しに精を出し、村のおばちゃん連中から「嫁の貰い手がなくなっちまうよ」などと声をかけられるようになるまで、仕事にひたむきに取り組むアイラ。 彼女の細く引き締まったお腹がお昼の時間を訴え出した頃、鍛冶屋の扉を開く一人の人物がいた。
◇◆◇◆◇
リルの村から東に馬車を休まず使って5日はかかろうかという距離に、王国領西部統括都市『リーガル』はあった。
街の中心付近にある『冒険者ギルド』では今、壮年の男性と二人の女性が顔を付き合わせ、眉間に皺を浮かべながら唸っていた。
「う~む」
「確かに……」
「ですよね、おかしいですよね?」
唸りをあげる壮年の男性は、ギルドマスターである『ローポ・コルマ』、ギルドマスターという職について早10年になるが、このような事態は初めての出来事だった。
「リルの村からはここ数年、一切の依頼が入ってきていないんですよ!!」
ローポの頭を悩ませているのは、今朝、ギルド職員、『ミヤ・メーソポーター』の持ってきた資料が原因である。
ギルドには毎日、数十~数百件の依頼が届く。 小さな依頼から大きな依頼まで様々有り、それを冒険者のランクに応じて適切に振り分け、斡旋するのがギルドの仕事である。 ここ、リーガルのギルドもそれは同じで、王国領の西方に位置する全ての町、村を把握し、依頼を受け付けているのである。
各町、村の長の家には、ギルドへ依頼用の魔道具が置いてあるので、タイムリーな依頼の確認が可能である。
村の規模が小さくなれば依頼も少なくなるのは当然だが、どんなに小さな村でも、月に一度は必ず依頼があるのが普通である。 それなのにここ"数年"、"一切"依頼がないとはどういうことだろうか?
最初は村が滅んだのかと思ったが、リルの村がある方面を担当している商人は、リルの村に卸す荷もしっかり積んでいるので、滅んだわけでは無い様である。
「リルの村か……、誰か凄腕の冒険者でもいるんじゃないの?」
「アマンダより凄腕となるともはや王都に召喚されるレベルの冒険者になりますので、はっきり言ってあんな辺境の村にいるとは到底思えませんよ……」
そう言葉を返したのはAランク冒険者『アマンダ・アマダ』。 彼女自身も10段階あるギルドのランクで上から4番目に属する凄腕の冒険者であるので、そんな彼女をして凄腕と言われる冒険者などそうそういるものではない。 ミヤはその意味も込めてアマンダにそう返した。
「なら……、少し調査してみるか。 アマンダ君、ギルドから依頼だよ。
リルの村へ行って、村の現状を調べてきてくれたまえ」
◇◆◇◆◇
「いらっしゃいませ~」
店の扉を開くと、カランと来客を告げるベルがなる。 店内を見回すと、普通の商店と物の配置の少なさしか変わらない鍛冶屋のカウンターで、一人の女性がにこやかに対応してくるのが見えた。
「本日はどのようなご用件でしょうか? 武器に防具、なんでもご期待に答える一品をすぐに作って見せましょう!! ……あっ、お日にちはいただきますよ?」
カウンターから顔を上げたとても美しい女性は、店の受付嬢らしく、にこやかな笑顔と共に可愛らしく対応を行ってくれた。 その笑顔は、たとえ『店員と客』という立場だけでしか見れないものとわかっていても、何度も見たくなるような愛らしさと美しさに溢れていた。
私は、その笑顔に少し狼狽しながらもなんとか言葉を返す。
「あ、ああ、済まない依頼ではないのだが……、っとどうした!?」
その言葉と共にガクッと一気に力をなくす女性。 先程までの笑顔から一転、暗い表情に変わった女性には流石に驚いた。
「いえいえ、お気になさらずに……、久々のお客様だと思ったのに」
「そ、そうか、私はアマンダという。 しがない冒険者だ、よろしくな」
本人は聞こえていないつもりでつぶやいた声だろうが、完全に聞こえてしまっている……。 そんな女性に苦笑いを返しながら自己紹介をする。 自分で言うのはなんだが、はっきりといえば全然しがなくはない冒険者である私であったが、そんなことを気にする人間はこの場にはいなかった。
「はぁ、アマンダさんですか……。 それで、依頼でないならなぜうちに?」
「ああ、それはこの店の店主と話そうと思う。 店主を呼んできてくれないか?」
「? はい?」
「? だから店主をだな……」
話をはじめようとしても、この話は目の前の看板娘であろう女性では話が通じないだろうと思い、店主を呼ぶように声をかけた。
しかし、目の前の人物は訳がわからないと言った表情でつっ立ったままである。 あまりの惚けっぷりに、『もしかしたら地方過ぎて、店主という概念が存在しないのではないか?』という疑問さえ浮かび上がった頃、目の前の人物が発した言葉に心底驚かされることになる。
「……店主は私ですよ? それでお話とはなんでしょうか?」
その日、鍛冶屋からは、普段聞きなれない女性の絶叫が聞こえたとか聞こえなかったとか……。
話を進めていきながら、私は内心驚いていた。 いや、目の前の女性『アイラ』が店主と知ってからは驚きっぱなしである。
まずは【年齢】。
店主(未だに納得できないが……)というからには、それなりの年齢だと思っていたが、実際は私よりも二つも年下だということがわかった。
次に【知識】。
文字の読み書きや計算などは、はっきり言えば自給自足での生活を行う村ではほとんど必要ない。 それにも関わらずアイラはこともなげに字を書いたり、計算をしてみせた。
さらに、魔法に関する知識においては、宮廷魔術師に匹敵するのではないかと思える程に深かった。
それにも関わらず、王国に一般的に普及している常識などは、辺境の村にありがちなほど知識がなかった。
もし彼女が、王国に普及している常識を学べば、今すぐにでも宮廷魔術師の座を手に入れることができるのではないだろうか?
そう思わずにはいられないほど、彼女の知識というものは凄まじかった。
「それで、アマンダは何しにこの村に来たの?」
ずいぶん砕けた様子で話かけてくるようになったアイラに、少し嬉しくなっている私がいる。
「ああ、ギルドからの依頼でね。 少しこの村を見てくるように言われただけよ。
……そうだ、何か困っていることってないかしら!?」
先ほどのやりとりから、困っていることはなさそうだったが、一応聞いてみた。
問いかけられた彼女は、顔に苦笑を浮かべながら、
「う~ん、お客様がこないこと以外は特に困っていることはないね~」
頬をポリポリとかきながらそう答えた。
「そう……、ごめんなさい、お邪魔したわね」
「いいわ、よくここに来るのは村の人か、行商の方だけだもの。 そうだ、お昼はもう食べた? まだなら一緒に食べない?」
「昼はまだだけど、……いいの?」
「別に問題ないわ、大勢で食べるのは好きだしね。 それにそろそろ狩人のおじさんが来る頃だし……、あ、来たみたい」
謝る私を柔らかな笑顔で許す彼女は、お昼のお誘いをくれた。 『流石に昼までは……』とも考えたが、アイラ自身が誘ってくれているのだから拒みづらい。 正直な話誘ってもらえたことはとても嬉しいのである。 ……私は決して女が好きな変態ではないのであしからず。
誘いを断らずに悩んでいると誰かが来たみたいである。 その人物がきたことにより、私の人生は大きく動いたと言っても過言では無いだろう。
◇◆◇◆◇
「アイラ嬢~、きたぞ~。 今日はバートの肉だ」
そんな言葉と共に入ってきた一人の男。 彼が『狩人のおじさん』とやらだろう。 聞こえた食材の名前にわずかばかりだが驚きを返し、振り向いた先にいたのは私を驚愕させる人物であった。
女性としては大柄である、身長178センチの私が見上げるほどの大男は、齢五十を迎えようかという顔に、シワよりも目立つ大きな傷があり、鍛え上げられた鋼を思わせる肉体は、そんじょそこらのゴロツキなら腕のひと振りで存在を消し飛ばしさえしそうである。
醸し出す雰囲気は、もはや辺境の村の狩人というよりは、王宮近衛騎士団の騎士団長以上のレベルであり、威圧感がある。 王宮の騎士甲冑でも纏えば、まず間違いなく騎士団長に間違われるだろう。
もともとどこかの王族に仕えていた騎士と言われる方がしっくり来てしまう風体の男は、こちらを少し訝しげに見たあと、極上ともとれる笑顔でアイラに語りかけた。
「おう!? アイラ嬢、お友達かい? 村ではみん顔だな~」
「今日村に来た冒険者のアマンダさんよ、アンドラスさん」
「おお! そうかいそうかい。 お嬢ちゃん、アイラ嬢と仲良うな」
『ガッハッハ!』と笑い声を上げるのが異常なほど似合いそうないい笑顔で言葉をかけられたが、私にとって驚くべきところはそこではない。
彼が持っている二つのものから私は目が離せないでいた。
一つはその手に持つ獲物である。
手に持つ獲物は『バート』。 体長1メートルはある鳥型の魔物である。 食用としては極上の美味さを誇っているが、手に入りにくいので、貴族のパーティなどでしか登場することはない。
手に入りにくいのは、バート自身の警戒心の高さと、魔物としての強さにある。 バートは、災害指定レベルB級の強さを持つ魔物である。
災害指定レベルB級といえば、Bランクの冒険者がパーティを組んで討伐するレベルの魔物である。 さらには、冒険者パーティだとしても警戒心の強さから、すぐに逃げられてしまうのだ。 逃げられないようにするには、バートの逃げる速度よりも早く接近するか、気配を完全に周囲と同化させ近づくか、バートの知覚範囲外から一気に殺すかしかない。 とても村の一狩人が倒せるレベルではない。
そんなバートをこともなげに獲物として持ち帰る、この男。 一体本当に何物であろうか?
その背に背負う長年使い込まれて、渋みも醸し出している弓も、目を引いて仕方ない。
総身が鉄であろう弓は、その異様も然ることながら、なんと『精霊』が宿っているのである。 精霊の宿る武具など、長年、それこそ数百~数千年もの長きに渡り精霊と触れ合い続けた、遺跡の奥深くに眠る伝説級の武具か、何かの偶然、たまたまで、腕のいい技師が数億分の一の確率で作り出してしまうことがあるレベルである。 そんな伝説級の武具をもつ村の狩人、アンドラス。 やはり彼はどこぞかの王に仕えていた騎士ではないのだろうか?
「アンドラスさん! アマンダさんがびっくりしてるじゃないですか! お昼を作りますからアマンダさんと共に奥に行っててください!」
アンドラスさんについて悩んでいるまに、ご相伴に預かることになってしまった……。 まぁ、お腹もすいてるし、みんなで食べるのは、冒険者という職業上多くて好きだからいいか。
◇◆◇◆◇
今日、神は私を驚き殺す気だろうか? なぜそう思ったかは簡単である。
「アンドラス殿の弓は随分いいものに見受けられますが、どこかの王から賜ったものでしょうか?」
流されてご相伴に預かることになった昼餉(とても旨かったとだけ言っておこう)がひと段落着いたので、アンドラス殿に気になることを聞いてみた。 私の質問は、自画自賛であるが、アンドラス殿の出自と武具について、両方聞くことのできる良き問だったと思う。
しかし、アンドラス殿から帰ってきた答えは至極簡単なものであった。
「いや? 儂は生まれてこの方、この村と周辺の村にしか行ったことはないぞ?」
「なるほど、アンドラス殿は狩りだけでそこまで鍛えたということですね? バートを獲物にするのなら相当の修練が必要になったのではありませんか?」
アンドラス殿が村から出ていないことはわかったので、純粋に狩りの腕だけでここまで鍛えたのだろう。 その鍛錬方法は珍しくはない、冒険者なら一度は通る道だからである。 まあ、村人のみで行ったと考えれば十分驚異的ではあるが……。
「ん? 何を言っとるんだ? バートなぞこの村の狩人なら誰でも取れるわい。 儂しか取れんと言えばロックバードの群れぐらいじゃないかの?」
「な!? ロックバードの群れですって!?」
「そうですね~、ロックバードの群れはこの村でもアンドラスさんしか仕留めたことはないですね。 あ、でも……」
アイラが何か行っているが、そんなことは最早耳には入ってきていない。
『ロックバードの群れ』とは、かつて世界を混乱に陥れた最悪の魔物軍団である。 空を高速で飛び回り、体は岩のように硬く、常に集団で行動することから、出会ったら最後の最強最悪の魔獣と名高い。 魔法使いが10~15人は居ないと確実に全滅すると言われている魔物だ。
(物理攻撃なんてほとんど効かないあの魔物を討伐した? しかも弓で? そうか、弓の力か! 精霊の宿る弓は威力や精密さなどが格段に上がると聞いているからな。 だとすると、あの弓は相当な代物だぞ? 近くに遺跡でもあるのだろうか?)
最早、私の興味は遺跡の情報に切り替わりつつあった。
「……のおかげですね。 ですよね?」
「あ、済まない聞いていなかった。 ロックバードの群れ討伐の話が大きすぎてな」
「もう! ちゃんと聞いててよね! まぁロックバードだからその反応は分からないでもないけど」
よかった、なんとか怒られずに済んだみたいだ。
「で、その弓ですが、かなり使い込んでいるように見受けられますね。 やはり代々受け継がれてきたものなのでしょうか?」
「ん? この弓は儂の代のみじゃよ? というより儂が貰ったもんじゃ」
「やはり、どこかの王からの賜り物でしょうか?」
先程は村を出たことはないと言っていたが、王が気まぐれでこの村を訪れたということは考えられる。
今代の王はかなり自由気ままに旅をする癖を持っているらしい。
最もリピーターらしいので、魔物に襲われても一人で撃墜できるのだとか。
そんなどうでもいいことを考えていた私に、
「おんし、最初もそんなことを言っておったな。 この弓は使いだしてから3年程度じゃ。 それにこの弓を作ったのはそこにおるアイラ嬢じゃよ。 アイラ嬢が弓に色々精霊の加護を付与してくれての、獲物を取りやすくなったんじゃ」
本日、一番特級の爆弾を投下してきた。
言われた言葉が理解できず、また徐々に理解していく内に、頭の後ろのほうがその事実を受け入れたくないかのように痺れだした。 じんわりと脳を侵食するように染み渡る驚愕の言葉は、私の口から普段は絶対に出ないような音量の声を吐き出させた。
「え? ……ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!?」
神は本当に私を驚き殺したいのであろうか。
◇◆◇◆◇
アマンダがひとしきり驚愕の怪音波を発してからしばらく経ったあと、神妙な面持ちでこちらを伺うアマンダの姿があった。
その姿は何かを思いつめているような表情でもあり、何かを悩んでいる表情でもあり、また、何かを決意した表情でもあった。
百面相が一段落した頃、ゆっくりとアマンダがこちらにやってきた。
「アイラ、すまないが、私にも(精霊の加護を付与した)剣を作ってくれないか?」
随分と思いつめた表情で聞いてくるアマンダ。 仲良くなったからこそ言い出し難いこともある、そんな表情で聞いてくるアマンダ。 そんな顔をしなくても私の返す答えは決まっている。
「アマンダ……、"ダメ"よ」
私の答えは、アマンダの要求の拒否であった。 あ~ぁ、お客様とお友達が減っちゃったかしら。