決断
色々と間違ってるかも……
陽が落ちかけてあたりは暗くなる中、民家の屋根を転々と飛び回っている少女がいた。
篠宮詩音。魂の救済の上位メンバーであり、この陽炎町を守っているメンバーのひとりだ。篠宮は病院を後にしたあと自宅に戻ると同時に霊獣らしき気配を感じ場所を特定し走っていた。
場所は、元幼馴染である邦橋慎吾の自宅周辺だった。
篠宮は家庭の都合により遠くはないが引越しをしていた。その為その場所まで行くのには力を使っても最低でも15分はかかる。
先ほど邦橋に電話をしたがすぐに通話が切れてしまった。
ただ事ではない、とだけは電話越しでも感じた。邦橋の身に何か起きたら、と考えるだけで血の気が引く。
邦橋の家は特徴的だ。住宅街の中でもひときわ大きく、屋根の色も緑で普通の民家よりは断然見つけやすい。
そんなことを考えているとすぐ前方に特徴通りの家が見える。
遠目からのため詳しくは見えないが特に暴れたような形跡はない。それどころか傷一つないように見える。
あれは勘違いだったのだろうか、と考えるが、確かに変な違和感を感じた。それだけは確かだ。
邦橋の家の前にタイミングよく着地する。
今思うと周囲からは先ほど感じられた気配は感じられない。
邦橋が撃退したのか、勘違いだったのか。2つの考えが頭に浮かぶがブンブン、と頭を横に振り考えを無理やり消す。
今大事なのは邦橋の安否。それだけを考え邦橋の自宅へと足を踏み入れる。
入ると同時に懐かしい匂いが鼻を通る。
昔、何度も感じた匂い。暖かく心に安らぎを与えてくれる匂い。
「変わって、ないんだ……」
ほんの数秒、思考が止まるがすぐに自分がここにいる理由を思い出す。
「慎吾ッ!」
何度も来ていた家だ。迷うことなく2階へと駆け上り一番突き当たりの部屋を迷うことなく開ける。
その部屋はいたってシンプルだった。勉強机には学校の教材、プリントなどが置かれてあり、他には起動していないPCとテレビ。壁にはアイドルやゲームの告知ポスターなどが少量貼られている。本棚にはゲームや雑誌がビッシリ詰まっている。ベッドには脱いだあとのある私服や制服のブレザーが転がっている。
ベッドには邦橋が座っていた。
「ん?あぁ篠宮、か……」
いつもどおりの雰囲気でしゃべりだす。しかしそれは少し穏やかすぎていた。
「慎吾、何もなか、、、ったの?」
本当に慎吾なのだろうか、と疑う篠宮。電話越しでもわかるあの緊張感は本当に嘘だったのだろうか。
「あぁ、お前の言っていた霊獣の反応ってのも特に感じなかった…」
何かを隠しているような気がした。
「やっぱりお前の勘違いだったのか、昔からお前は抜けている部分があったけどまさかこんな大事な仕事にも出るとはな。」
「ほ、本当に何もなかったの?!嘘……ついてない?」
「本当だって。こんなことで嘘ついても意味ないだろ…?」
本当に何もなかったのだろうか。自分のただの勘違いだったのだろうか。
……でも、もし慎吾に何かあったら……
顔の温度が上昇するような気がした。恐らく頬が紅くなっているのだろう。もしかしたら顔ごと真っ赤になっているかもしれない。
咄嗟に後ろを向け深呼吸する。
(お、落ち着け。私はただ霊獣の反応があったから。そう霊獣の反応があってその近くに慎吾の家があったから。別に慎吾が心配になったからじゃない。そうだよ、うん!)
なぜ後ろを振り向いたのか気になったのか邦橋がベッドから立ち上がり近寄ってくる。そして顔を近づける。
「どうした?顔が真っ赤だぞ!?」
そういうと無意識になのか顔がどんどん近づけていきいき気がつくと、
「ッ!!」
額と額がくっつき鼻と鼻が間近にあり目元は目の前にある。唇は少しでも動いたらぶつかりそうなほど近くにいた。
「熱は……ないな」
邦橋は表情を和らげ顔を離す。篠宮は顔をより真っ赤にし口をパクパクしている。
「でもやっぱり顔はまだ赤いな。もしかしたら流行りの風邪かもしれない。悪化したら大変だし俺にも感染るかもしれないから帰れ。」
そういうと邦橋は篠宮の背中を押していく。篠宮は自分の足で押されながらも歩いていたが頬を紅くしたり、ブツブツつぶやいては自分で自分を怒っていた。
「おくって行こうか…?」
時刻は午後6時過ぎ。邦橋と篠宮は邦橋の自宅の玄関の前にいた。
朝とは違い冬の肌寒さを残している。季節は春だというのに冬の名残なのか暗くなっている。
「いいよ、別にそんな遠くないし。それに……考える時間が欲しいでしょ……?」
邦橋は黙り込む。考える時間の意味をすぐに理解した。。それは魂の救済に入るかはいらないか、ということだろう。
「いや、考える時間はいらないよ……」
このことにはもう答えは出ていた。
答えはYESだ。
結局のところ、返事は一つしかなかった。この力に目覚めた時点で魂の救済に入らなければいけない。もし断った場合、恐らく始末されるか記憶を消され力の事を忘れさせられるかだろう。
このことには魂の救済に入るかどうかを問われた直前に気づいていたことだった。
しかし思いとどまった。
考えてしまった。
自分の日常が変わっていくことを恐れた。街一番の不良と言われていても結局のところそれが怖かった。
そしてそのあと一歩を踏み出させたもの。
自分の力を知り、圧倒的な力を感じさせ、ただ静かに消えた存在。
ソフィア・グランツ。
彼女の言葉が踏みとどまっていた邦橋を動かした。
それだけは邦橋自身、自覚していた。
辺りが静かになる。聞こえるのはわずかのそよぐ冷たい風の音だけ。
「俺は思ったんだ。」
これから起きること。これから知ること。自分のこと。力のこと。世界のこと。霊獣のこと。その全てを知ることになるだろう。
これから自分がどうなるのか。そんなことはわからない。けれど今は一つだけ言える。
「この力は自分のためにあるんじゃない。きっと、この町を、いや世界を守るためにあるんだって。だから俺は……」
邦橋は告げる。その一言を。
「俺は魂の救済に入団する…!させてくれ!」
篠宮は頬を緩め、安心の表情を見せる。
「ようこそ、魂の救済へ……」
その声がなぜか久々に聞いた気がした。
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