守る力
彼女の名前は篠宮詩音。邦橋の幼馴染であり、かつての俺の守るべき人だったやつだ。
だが今はその逆どころか彼女は世界中に僅かにしかいない国軍レベルのメンバーであり、日本の守り人だ。
霊獣も彼女の強さがビシビシ伝わってきているのかこっちは見ないで篠宮の方を見ている。
「し、んご…?」
彼女が名前を呼びわずかに動く顔を動かし声の方向を向く。その瞬間、一瞬とも言える速さで邦橋の目の前に彼女の姿があった。
邦橋に見えるのは、スラッとのびたふとももと脚。その上には淡いピンクの麗しきものだった。邦橋は顔を赤らめるが本人である篠宮は気にしていないのか気づいていないのか邦橋を支えるようにして胸に置く。
……なんて柔らかいのだろうか…?一瞬痛みを忘れてそう思ってしまった。
「おい、詩お、、、篠宮さん、俺はいいから早く霊獣を倒したほうがいいんじゃないか……?」
「何言ってるの!?慎吾こそすごい怪我じゃない。私は怪我人を放っておくほど馬鹿じゃないわよ……」
そういい軽々と、というわけじゃないが背中に邦橋をのせあたりにある電柱柱にゆっくりと介抱する。
「ここから動かないで。今あなたの周辺に特殊な結界をはったわ。これがあれば霊獣の攻撃を受けても受け止め切れる。あとこの薬を飲んで。」
篠宮の手から怪しげな薬を渡された。恐る恐る邦橋は聞く。
「まさか、これまやぐへっ!!」
言いかけたとき頬に痛みが走る。
「この薬は魂の救済が作った薬よ。まだ正式なものじゃないけど効果はちゃんとしたものよ。それくらいの傷なら回復すると思う。」
そういうと、目つきを変え霊獣へと立ち向かう。その姿は幼馴染や女の子とは言えない。まるで鬼のようだった。
だが考えるのは失礼だろうか。彼女は助けてくれた上に正体不明の薬を預けて今戦ってくれてるのだ。あえて言うなら、戦乙女だな。
「にしても、これくらいの傷がすぐ治るねぇ。信用していいのかな……?」
半ば恐ろし半分でビクビクしながら飲む。
(ん?うえっ苦ッ!!なんだよこれっ……ん?)
とてつもない苦さに襲われ涙目になる邦橋。だが異変に気づく。
「痛みが、、、ない…!?」
驚くことにさっきまで激痛だった全身の痛みがみるみるとなくなっていく。流石魂の救済、と思うしかないだろう。あとは篠宮が国軍レベルであるからだろうか。いつどんな状況で強敵と戦うかわからないからこんなアイテムを預けられてるのだろう。
(にしても、すごいなぁ……)
邦橋は篠宮の戦うところを見ながら口にする。かつての幼馴染が(今も幼馴染だが)これだけ強くてあの美貌だ。きっと高須の華だ、と考える。
そんなことを考えながら、視界から外れていた篠宮と霊獣の戦いに目を向ける。
「なっ…!?」
驚愕した。早すぎやしないだろうか。いくらS級の霊獣とは言えこんなあっさりと‘国軍レベル‘の篠宮が負けるのか。篠宮は首を霊獣に掴まれバタバタと暴れている。おそらく息ができていない、と予測する。
「篠宮!おい大丈夫かっ!」
怒りのような感情がこみ上げてくる。感情が抑えられなくなり身を乗り出して彼女の元へと行こうとする。だが結界により体をこれ以上奥に行かない。興奮を抑えられないため思わず結界を思い切り叩く。ガンッ、とコンクリートを殴ったような音が響くが、それだけだ。結界はヒビも入ることなくただ邦橋の周りを囲んでいる。
「クソッ、クソッ、篠宮、篠宮!おい、霊獣!お前の目的は俺だろ。俺を攻撃しろよ!」
必死に彼女の名を呼ぶが結界は消えようとしない。霊獣に語りかけても、聞こえるのは荒い息遣いだけ。
篠宮は太刀を握っている手を振り上げ掴まれている霊獣の手目掛けて落とす。が、食い込むだけで切断どころか、痛みを生み逆に相手を興奮させている。それにより、腕をブンブン振り回し篠宮を投げ飛ばす。
「野球選手の球よりも速い速度で投げ飛ばされ民家に直撃する。
「がはっ、げほっげほっ!」
俺同様、いやそれ以上に血の塊を吐き出す。吐き気が体を襲い、喉元まで来るがそれを無理やり飲み込む。そしてすぐに彼女の名前を呼ぶ。
「篠宮!大丈夫か、篠宮!」
同じことを何回も繰り返して言ってるような気がするがそれしか言えない。
そう、何も持っていない自分には……
「慎、、吾、」
倒れながらも、ちゃんと声が届いていた。だがその返事は力がなく、目も焦点が合っていない。霊獣は倒れた篠宮の元へとゆっくりと歩み寄っている。
「なんでだ……」
嫌な記憶が頭をよぎる。昔、本当に小さい頃。大事なものを失った記憶が。
また、失ってしまうのか?あの時のように……
これ以上、失っていのか?
違う、と頭に浮かぶ言葉を否定する。
「失いたくない。これ以上、失ってたまるかァァァァァァァァ!!」
そう叫んだ瞬間、邦橋の体から光が溢れる。邦橋の目つきが変わり、前へと歩く。
前へ、前へと進むにつれて、邦橋を囲んでいた結界は崩れていく。そして邦橋から出ている光は右手へと集まっていく。
光は形を変えた。邦橋の右手に握られていたのは、鋭く凍てつくような冷たさを放つ剣だった。
「もう、誰も傷つけさせない……」
邦橋が一歩踏み出したとき、邦橋がたっていた場所は電柱柱の下じゃない。篠宮のいる民家にいた。
「慎吾、何、、それ…?」
意識が回復しているのか焦点も合っている。だが痛みがあるのか体が震えていた。邦橋はその震えを止めるように篠宮の体を抱き寄せる。
「えっ?」
何が起きたかわかっていない篠宮はキョトンとしていたがすぐに現状を理解し顔を赤くする。
「ちょ、慎吾!ど、どどどどどどどどどうしたの……!?」
篠宮は痛みを忘れているのかバタバタと暴れだす。だが邦橋は離すどころかより強く握り締める。
「もう、お前を失いたくない。お前だけは失いたくない。だから、今度は俺がお前を守る。」
そういい抱きしめていた篠宮を離し、片手に握られた剣を力強く握り締め霊獣めがけて軽く振る。斬撃が霊獣めがけて飛んでいく。
斬撃が地面をエグっていた。いや正確にはえぐられていた、だ。目に見えないほどの速さの斬撃が遠くにいた霊獣を切りつけ消える。
〈ぐぼ、ホウゥボブロはグロバァァァァァァァァァァァァァ!!〉
言葉にならない声を上げ霊獣の体が二つに分かれる。そこから間欠泉のように血の雨が降り注ぐ。数秒後地が止まったかと思えば血の跡だけを残して霊獣の姿が消えた。
「篠宮、大丈夫……か……?」
剣が消え、光に変わり体に入ってくる。それと同時に体から力が抜ける。そのまま前へと力なく倒れる。
「あれ…どうしただろ?力が入らねぇ……」
「それ、多分‘力‘の副作用よ、慎吾」
篠宮は体を起こし、邦橋に告げる。まだ息遣いは荒いが大丈夫そうだ。
「おい、篠宮。‘力‘ってなんだよ…?」
「もうじき解るわ。今テレパスで仲間を呼んだから。」
篠宮は笑みを浮かべる。その表情は複雑で悲しそうで、だけどほんの少しだけ嬉しそうだった。
「ようこそ‘魂の救済‘に……」
この時、世界はざわめいた。地球全体で小さな地震が起きたのかもしれない。何か世界規模の災厄が起きたのかもしれない。もしかしたら一人の少年の手によることかもしれない。
だが忘れないで欲しい。これは決して世界を救う平和な物語じゃない。
これは一人の少年の‘復讐‘と‘決意‘の物語である……
ここで1章終わりです。
すいません最後はナレーターぽくなってしまい……