霊獣
「なんだかなぁ……」
と深いため息をつきながら邦橋慎吾は長い通学路を邦橋慎吾は歩く。
現在の時刻は8時50分。普通の登校時間より40分ほどオーバーしている。だがそれを気にすることなく、ましてや焦ることもなくのんきに歩き続ける邦橋。この状況をみて分かることは一つだけ。
彼は不良だった。
不良、と聞くだけで悪いイメージがわくが彼の場合学校を無断でサボったりおくれてくることから周りから不良だのと呼ばれている。
だが学校に行ってないわけじゃない。出席日数を稼ぐため、という理由もあるが第一に学校は嫌いじゃないからだ。休み理由は一つ、疲れるからだ。ただそれだけだった。だが最近では眠る場所を見つけたので楽しくなってきたが。
邦橋が通っている東陽学院はこの陽炎町のほぼ全てを見わたすことができる丘の上にできている。
そのためほとんどが徒歩で登校の邦橋にとっては疲労しかたまらない学校であった。
だが学校自体は悪くはない。教室にはクーラーがあり設備が多く揃っている。フィットネスルームやアニメ研究会、オカルト研究会等等、数え切れないほどのわけのわからない部活がある。
およそだが50個近くの無駄な部活がその学校には所属している。
学校へ向かう坂の前には交差点があり、そこの信号は長い。その間は暇だからいつもは携帯をいじっているが今日は運がないのか神の悪戯か、バッテリーがほぼゼロに近い。これがなくなると今日、夜にあるバイトのの連絡がこなくなるからだ。
携帯を閉じて、信号を見る。信号の隣にはその先にある場所や町の名前が。そしてそのまた隣には、
「霊獣注意、か……」
暑さを感じないが眩い光を延々と照らしている太陽を浴びながらその看板に書かれた文字を読み上げる。
看板というのはおかしい。詳しく言うならオンラインモニタだ。世界のどこにあるかわからないが世界最高の科学力を持つ団体が作った電動掲示板だ。衛生から見たこの町に霊獣の出現等をすぐに掲示する優れたもlのだ。
他にも機能はあった気がするが忘れてしまった。
霊獣。話を戻すが約10年前ほどになるだろうか。あるオカルト集団か科学団体かは覚えていないが霊獣と神の力を注目の的、つまりテレビの生放送で発表した。
なぜその霊獣のことをいままで黙っていたのに公に発表したかって?それはその霊獣とやらが世界の断片からこの世界に来たらしい。
そんなことは誰も信じるわけがない。自分自身も当時は5歳だったためあまり考えることは出来なかったがおそらくそう思っていただろう。
だがその翌日、ヨーロッパのスイス連邦のマイエンフェルトと呼ばれる里で謎の変死体が見つかった。
人かどうかを認識するのがやっとで、死因は公にはあまり流していけない死に方だったらしい。
確か公表された内容は、体が切断されあたりは出血の後はなくただミイラのように干からび焦げていた、とだけは言っていたような気がする。
それから世界は動き、霊獣を倒せる『soul Relief(魂の救済)』という団体にすぐに依頼した。幸い彼らは世界の秩序がどうたらこうたらということで金は取らなかったらしいが、今となっては世界中の国々に必ず一人や2人はいる。
soul Relief(魂の救済)。神の力、と言っているがそれは10年ほど前の話。今は超能力などと呼ばれている。今や科学でも能力を開発できると噂になっているがそんなことはどうでもいい。
この日本には、霊獣が現れる確率は低いがそのかわりのように強力な霊獣が出現するため国軍レベルのメンバーがこの日本には多く存在する。
その国家レベルのメンバー様はこの陽炎町にも存在した。
確か女だった気がするが名前は思い出せない。
「あぁ、もういいや!」
半分投げやりの気持ちで頭をかき回し見上げるのをやめる。
「それにしても長いな。ここの交差点ってこんなに長かったっけ?」
眩い太陽を避けるように真正面にある信号を見る。信号は赤のままだ。もしかしたら自分が思っているよりも現実の時間の速さを早くなかったのだろうか、と考える。
「やっぱり帰るか……」
このまま暑い日差しを浴びながら呆然と立ち尽くしていたら焼き焦げてしまう。額からは少しずつ汗が流れ出してきた。
「もう我慢の限界だ、帰ろう」
足を軸にし体を回転させ元きた道を歩みなおす。
青い空、白い雲、鬱陶しいくらい眩しい太陽。こんな状況で誰がこの長い坂、長い信号を待たなければならない。
「めんどくさい」
ポツリと、心で呟いたつもりだったが口から出てしまう。
これが彼の口癖だった。めんどくさいこと、嫌なこと、やる気のないことをやったり、やらされそうになるとついでてしまう口癖だった。
眩い日差しを放つ太陽に不釣合いなブザー音が交差点に響く。
帰ろうとした邦橋は驚いた顔をするがすぐに不機嫌そうな顔になり後ろを振り返る。
ブザー音はオンラインモニタに付属しているスピーカーから流れているな、と簡単な予想をたてる。
それもそのはず、このブザー音は、霊獣の出現警告の音だからだ。
「マジかよ……」
顔をひきつりながらモニタを見る。額からはさっきとは比べようにない汗がダラダラと流れ出す。
これって逃げたほうがいいじゃないか?と本能が告げているような気がした。
足を後ろに動かす。そして体を後ろに回転させる。
バギリ、と何かが壊れるような音がした。
半回転させていた体を動かないように首だけを回し音のしたほうを見る。
壊れた、と考えたがそれはちがかった。開かれた、が正確な答えだった。
地面から信号までの高さは4、5メートルまでの高さに何もないはずのところに扉のようなものが出来ていた。
逃げろ、と体に信号を送るが動こうとしない。一種の好奇心だと思ったがそれは違う。恐らく怖く動けない、と自分の体の硬直理由を予想する。
扉らしきものから、何か長い腕のようなものが何もないはずの空間を掴む。そして腕の力だけなのかどうかわからないが、何もない空間に『扉』のような黒い亀裂が入る。
姿を見せたのは、獣、というより悪魔だった。顔にはドクロと生物が混じったようで、体が3,4mほどある。人間から見ればそれだけで怖くなる。
だがそれ以上に怖いのは、長い手にある爪と禍々しい足だ。あれで蹴られたら一瞬だろう、と推測するがそんなことを考えている暇ではない。
「ヴォォォォォォォォォォオォォォオォォォオォオオ!!!!!!」
勝利の雄叫びのような声をあげて叫ぶ霊獣。鼓膜が壊れそうになる。あたりにある住宅は奇跡的に人は居ないのか騒ぎ声が聞こえてこない。
(このままここに居たら完全に俺が死んじまう。逃げよう、逃げるしかない!)
後ろをむいていた顔を前に戻し全力疾走するため足の筋肉に力を入れる。普段は入れすぎないように走っているが今はそれどころではない。もしかしたら15年という短い年月で幕を閉じるかもしれない。
ジャリ、という音がなぜか鮮明に響き渡る。
それが聞こえてしまったのか霊獣は奇声のような雄叫びを上げて追ってくる。
だがそれはすでに遅い。邦橋は霊獣が走る前に走っていた。
「これなら、余裕で逃げ切れるか……!?」
かすかな希望が見えたかもしれない。このまま逃げ切れば、
「ごはっ……!??」
背中に強い衝撃が来る。それと同時に体が宙に浮き前方へと吹き飛ばされる。1秒もたたないうちに邦橋の体はコンクリートの壁に叩きつけられる。
「がはっ!」
叩きつけられた衝撃で血を吐き出す。
全身の骨が粉々になったような痛みが走る。起き上がろうとするが腕に力が入らない。
目の前を見ると、霊獣が大きな足を動かしこちらに向かってくる。
ピタリ、と霊獣の動きが止まった。
なんだろう、と首だけを動かし、前を見る。
そこにいたのは人だった。髪は黒のロングヘアーで身長は160あるかないか、もしかしたら157ほどの身長だ。胸の部分を見ると女だろう。出てるところは出てる。だがそんな少女には不釣合いなものが手に握られている。そういうものには果てしなく関係ないが、ゲームなどで見慣れていた。恐らく太刀か何かだろう、と推測する。
邦橋は知ってる。彼女がとても強く優しいことを。
邦橋は知ってる。彼女は魂の救済のメンバーであることを。
そう彼女の名は……