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八、牢の中の娘

 物事が転がる鞠のようにゆるやかに動く時と、風を切る矢のごとく次へと転じる事がある。ときはは物を考える(いとま)もなく一気に渦中に放り込まれた。合点が行くより先に勝手な呼び方をされ、一つの邸に追い詰められた。

『追って沙汰あるまで、この部屋にて待つがよい』

 などとのたもうた男の名すら彼女は知らぬというのに、まるでときはを卑しい身と見なしているかのようだった。

 ときはは宗家最刈(もがり)の邸宅の一室から出られないでいた。しばしの事などと言われたがこれが禁足だと分かっていた。静かに、だが確実に押し寄せるのは、不安。

 宗家の家に連れられて、幾度か待たされた後につめこまれた(へや)。道中、宗家や分家の種々の顔を見たがその中には父の顔もあった。娘が何かをしでかしたと告げられ、やってきたのだろう。傍らには清人の姿もあった。父も兄もときはに向かって何かを言ったりはしなかった。こんな時ですら兼直は娘を視界に入れず、常以上に眉間の峡谷を深めているだけ。兄は普段の柔和な笑みも余裕も忘れて驚いていたが、すぐに思案する顔つきになった。ここにいない継母の藤に至っては、この事態を耳にしても顔色一つ変えないだろう。いや、まだときはの現状を知りさえしないかもしれぬ。周りがそんなだからだろうか、一人(へや)に押し込まれても、未だ頭が事態に追いつけていないのは。

 一人の男がときはの顔を堂の前で見たと言う。それが示すところとは何か。天の御堂、そんな場所にときはは近づいてもいない。そもそも最刈の敷地に明るくはない。そこに何があるというのか。

 ときははいつこの房から出られるのだろうか。周囲にはとりわけ大きな音の出るものはないらしく、静かなだけの場所。聞こえるものといえばどこかの寺の鐘の()くらい。時折聞こえる鳥の声だけが今は唯一の慰めだ。鳥は、ときはを咎人と決めた目で見下ろしたりはしない。

 ただただ時間だけが過ぎていった。不安と共に少しずつ積もるは寂寥。そして小さな焦りだ。このまま、黙って閉じ込められたままでいてよいのか。しかし、何も罪を犯していないのに、逃げるような素振りを見せれば、それはそれで事だ。

 この(へや)は、息がつまる。ため息すら上手く出来ない。そして無聊(ぶりょう)の慰めになるものが一つとしてない空間では、僅かの間すらとても長い日々に感じられるのだ。

「なんで、あの男はあたしの顔を見たと言ったのだろう……」

 ときはを“下手人”呼ばわりした男の顔に見覚えはない。ときはが見ていなくとも、男だけがときはを視界に入れていた可能性はあるが、どちらにしろときはは天の御堂になど行ってはいない。男が嘘をついているのか何かの見間違いに違いない。

 心掛りのある時に、何もせずに黙っているのは難しいものだと知った。誰かと話が出来ないのなら、せめて体を動かす事がしたい。双六や打毬(だきゅう)の道具までは要求しないが、この(へや)には机はおろか挟軾(きょうしょく)も棚もないのだ。ただ一つ、ときはの座る椅子があるだけ。

 自宅を出るなと言われていた間も倦怠感に悩まされたものだが、あちらには物があふれていた。ここでは話し相手は椅子しかいない。下手人とのいわれのない言葉を叩きつけられた時の事が何度もよみがえって、落ち着けはしないのに、時間ばかりが流れるのだった。




 どのくらい時間がたっただろうか。一日はたっていないと分かるが、窓から見える空はもうすっかり夜が近い様子だった。窓に近づいて、外の様子をよく窺おうとすると、戸が開いて影が落ちてきた。もうこの房はすっかり薄暗くなっていたのに、ときはは目が慣れてしまっていたようだ。

「出よ」

 戸口から動かないままの男が険しい顔で命じた。この退屈な空間から出られるなら望むところだが――男は汚らわしいものを見る目付きをしていて、踏み出そうとしたときはの足はかすかに怯えた。

「これからお主を詮議する」

「あたし、何もやってない」

 反射的に反論するが、男はときはを見もせずに歩き出した。

「弁明は是川様の前でするのだな」

 取り付く島もない様子に、ときはは苛立ちと困惑混じりの顔をした。

 やって来た(へや)には、神名火守の重役たちというべき人間たちとその長である最刈是川、そして兼直と清人がいた。登朝して帝に拝謁の栄光を賜っているかのような厳かな顔、恐ろしいまでに緊張感に満ちた顔ばかりの中、二つの顔に見覚えがある事がときはの表情を和らげさせた。父は相変わらず彼女に一瞥すらくれないが、清人だけはときはを知己と認めた顔をしてくれた。兄は特に笑いかけるわけでもないが、それでも自分の妹をきちんと認識したようだった。声をかけてくる事はないが、目は合った。ふいに首の裏に左手をあてた清人の手首には、いつもの瑠璃の魚が引っかかっていた。きらり光る、翡翠色。

(あ、いつもの手首飾りをしている)

 見覚えのある飾りを目にしただけでときはは自分が日常の延長上に立っているのだと、妙な懐かしさを感じていた。しばらくの後に兄の視線は他所へ移り、他にときはに注意を払う者はいささかの剣呑な目つきの年寄りや中年の見知らぬ男たちだけとなった。ここにはときはの友人は一人もいないようだ。

 神名火守の長である是川の顔はさすがに知っていたが、それでも一年に何度も見るような顔ではない。ときはが神名火守の当主の間近に引き合わされるような事態など、これまでに一度として起こらなかった。

 何がこれから起ころうとしているのか――全く分からないだけに、ときはの心臓がばくばくと脈動する。身体がざらざらした何かにまとわりつかれた錯覚を起こす。取って食われるはずがないと知りながらも、募る不安はときはを落ち着かせてはくれない。気持ちが強く持てないせいだろうか、頭まで重くなってきたようだ。

(……はやく帰りたい……)

 ときはは、右手で左の手首をぎゅっと握った。

 この場に必要な人物がほとんど全員揃ったと判断したのだろう、男が一人、ときはをねめつける。ふっさりとした顎鬚をたくわえている男だった。

「此度の事態が不可解なのは明白だが、内部の人間の犯した事となれば納得がいくものだな」

 男は、どこか勝ち誇ったように口の端を持ち上げる。言葉には棘と皮肉が込められており、会得がいったような物言いながらも、物知らずの子どもを見下したいだけかのようでもあった。

「お前なのだろう、陵の」

 いつも話の進行役である広成より早くときはを糾弾しはじめた顎鬚の男。仕事を先取りされた広成はその男を一瞥したが、改めて言い直す。

(みささぎ)ときは。お前には“(あめ)の火”を掠め取った疑いがかかっておる」

 無感動でありながら、娘の無知を咎める兼直にも似た広成の声音は厳しいものだった。広成があまりに滑らかに口にするものだから、ときはは何かを感じるよりも頭の動きを停止させてしまった。

「は……?」

「白を切るでない、陵の娘。これまでにお前の顔を天の御堂にて見たという証言があったのは聞いておろう」

 今度も広成以外の者の発言。確かにときはは自分の顔を見たという不可解な話を覚えている。それが原因で最刈の邸に連れてこられたとの推測も間違ってないだろう。だが、それだけだ。彼女が知るのはごく僅か。

「どういう事ですか、何があったのかくらい教えてくださっても……」

 補佐役の広成が是川(とうしゅ)を一瞥するが、当主は何も言わずに瞳を伏せるのみ。是川が口を出すまでの事ではないからと、補佐役に全て任せるつもりらしい。

「……よかろう。教えてやる。神名火守の任を担って以来未聞の、有り得てはならぬ事が起こってしまったのだ。天の火が消えるという――」

 “天の火を掠め取る”、先ほどの男が口にした言葉よりも確かに、広成は真の意味で神名火守の支えであり本陣であり守るべきものの不在を告げた。

 具体的な話は聞かされずにやってきた人間もおり、さわさわと動揺が広がる。既に聞き及んでいる者の顔は渋いもので、二度もそれを聞きたくなかったと告げているようだ。平静を失う神名火守たちを見る広成は、かすかに冷えた感情を瞳に宿しながらも続ける。

「当然、天の火と下手人を探しておった。そこへお主を天の御堂で見たという男がおったのだ、陵ときは。他に手がかりはない、お主を詮議する必要があると判断したのはそのためだ」

 ほんの僅かではあるが、ときはは安堵した。広成はときはが下手人と信じきっているようではないらしい。今後のときはの言動次第では、決定的に下手人と見なされてしまうかもしれないが。

「天の御堂には、天の火が置いてあったんですか……?」

「何を白々しい事を。“天の火”が眠る場ゆえに、“天の御堂”と言うのだ」

 また、あの顎鬚の男が口を利く。随分と勝手な事を言ってくれるものだ、ときはは相手の男の名すら知らない。あちらとてそれは同じだろうに。

「……宗家の土地のことはよく知りません。そういう御堂がある、というくらいにしか聞いたことはありませんでした」

 真を口にしながらも、言い方には子どもじみた拗ねた怒りが滲んでしまったかもしれない。それを知りながらもときはは、苛立ちを隠せないでいた。いっそ怒りを抱いた方が、今後の未知への恐怖に怯えるより楽なのかもしれない。そんなときはの様子が癪に障ったのか、鬚の男も怒気を漂わせながら彼女を睨み付けた。

「いいか、陵の娘。お前の顔を天の御堂で見た者がいる、お前が天の火を盗んだ下手人であるという何よりの証拠だ。誰にも見られておらぬと安心していたかもしれんがな、罪は簡単には隠せまい!」

 “天の火”なんて、存在自体疑ってかかっていたときはだというのに、何を言うのか。ときははそんな事はしていない。所在地すら知らなかったものをどうして盗もうか。そもそもときはがそれを盗んで何になるというのか。

「知りません、天の御堂なんて行ったことも……場所すらよく知らないのに!」

「口先だけなら何とでも言える」

「知らないったら……!」

 口を閉じてしまえば、ときはの“負け”は確実になる。背中をどんどんと押され、底のない沼の淵まで追いやられている気分だった。

 苛立ちは、感染する。先ほどからずっとときはを真正面に据え、自白させようとする男の脇に座す初老の男性も、耐えかねたようにこぼした。

「陵など信用に置けんのじゃ」

「うむ、何より早く天の火が元の場に戻されるべきだ」

 またその隣りの男が、頷きながらも、問題の所在を本来探し出すべきものへと移そうとしてか、話題を戻す。が、それはときはを責める男に再び火を点けるようなものだった。

「娘、天の火をどこへやったのだ?」

 鬚の男は、完全にときはを罪人と見なしている。

「あたしじゃありません! なんにも知らないわ!」

 困惑と焦燥のあまり、ときはは考えられる事柄が激減していくのに気がつけなかった。今更ながら、知った顔だけを探す自分の行為にも。父と兄のただ二人、この場では彼らが自分の味方であるはずなのに、どうして彼らはこちらを向いて安心させるような笑みを向けてくれないのか。

「父上、兄上……あたしは何にもしてないです」

 お願いだから何かを言って、あたしの前に立って皆に無実を証明して。

「なれば、己が無実が真なる証を見せるがよい」

 しかし兼直はまるで彼も娘を裁く立場にあるかのように振舞った。ときはは愕然とした。父に好かれているとは思ってはいなかったが、ここまで突き放されるとも考えてなかった。考えられなかった。兼直はこの場ですら我が子を正面から見据える事もなく、傍観者のように振舞っている。

 兼直(ちち)の事が分からない。ときはは父を非常に気難し屋なだけと感じていたのだが、まったくの誤解だった。彼は肉親が助けを求めても応えない冷血な人間なのだ――……。

 父には頼れない。ならばと兄を見上げたいが、清人にすら拒絶されたらときははどうしたらいいのか。そんな妹の躊躇いを知ってか知らずか、清人は父に代わってときはに促した。

「“天の火”が失われたのは十の日の昼。その間、お前はどこに居たか、証になるものはある?」

 薄い笑みこそ身を潜めている清人だが、表情は常とさほど変わらぬ平然とした様子のまま。まるで妹の焦りの心情など知らぬ風情。いつにも増して兄の考えが分からないときはは、ただ清人を見つめた。

「……ときは、あの日は“どこか”に出かけたんだろう? それを証明してくれる人はいないのか?」

 何て事のないように。清人はときはの行き先を知っていて、わざと呼びかけているのだ。ときはは丁度、問題の日の昼に浅葱と会っている。彼に証言してもらえばこの疑いは晴れる――思ったが、よぎったのは浅葱の身の上。

「お前、何を知っている」

 兼直の低く這うような声が向かう先は清人の(もと)、僅か意外だったために清人は両の眉を持ち上げる。兼直は娘の普段の行動を把握していないらしい。清人だけでなく、兼直の家の人間なら、話好きの下女ですらときはの“自由行動”について多少は知っているというのに。

「彼女は下町の者との交流を育んでいるんですよ、父上」

 兼直の顔は顰められる。娘が勝手な行為をする事が不満でならないようだ。我が子の動向を深く知らぬくせに。清人は内心で小さく笑った。

「そうよ、あたしはその日、浅葱と会ってたわ」

 ときはは兄に勇気付けられて、視線を周囲に散じながら言い放った。誰に訴えればいいのか分からないのもあったが、当主の顔などまともに見られないからだった。

「下町? 下賤の者など信用出来るか」

 相変わらずときはを敵とでも思っているかのように男が吐き捨てた。ときはは目を剥いて、思わず口を開く。罵倒の言葉を探しているうちに、名も知らぬ神名火の(なにがし)に苛立ちをぶつけるのは得策ではないと、貴族社会の常識を思い出す。彼らには身分の低い者を見下すのは当たり前の事なのだ。ときはだって、浅葱の身の上を思い出して彼を証人と認めてもらうのは難しいのではないかと思ったではないか。

「……でも、会っていたのだから。会っていた証だってあるわ」

 思い出されるのは、浅葱に与えた結び飯の入った包み。あれを見せれば、良い証拠になるはずだ。それを伝えると、皆の顔色は幾分ときはに対する疑いを薄くしたかのようだ。

「であれば、最初からそうと言えばよいではないか。後から後から言葉を重ねるなどと、かえって怪しい事この上ないわ」

 再びときはの苛立ちを煽るような文句がやってくる。彼はまるで、ときはを下手人に仕立て上げたいかのように睨むのだ。それならときはだって、不振人物について他の心当たりを言っておいたっていい。“あの少年”が今回の件に関係するかなどは問題ではない。

「そうだ、あの面の……変な面の子どもがいたわ、あの子が怪しいわ」

 ときははいつか会った迦楼羅面(かるらめん)の少年の特徴を話したが、その日時が天の火が失われるよりも前だったためか、一同は興味を抱いたようには見えなかった。

「その子どもがどうかしたというのか」

「変なお面で顔を隠して、天の火を掠め取る者がなんとかって言ったのよ」

 詳しくは、ときはに向かって“天の火を盗もうとしている”と言ったのだが、それを今ここで伝える訳にはいかない。

 ――まるで今日の事が、あの少年には分かっていたみたいではないか。

「面をした人物にも充分気を使う必要がありますが、まずは下町の少年について調べてみてはどうでしょう」

 清人が神名火守の当主に提案した。若造が偉そうに、と睨む古老も居たが、一同の視線は俄然是川に集まった。すっと目蓋を持ち上げ、感情の伺えぬ瞳で下手人候補の娘を見据える。是川の様子からは、ときはを疑っているとも、そうでないとも推測し辛い。ただ必要とあらばその権力を罪人に振るうだけ。そんな顔つきであった。

「良いだろう、その下町の者の住まいへ人を遣わす。話はそれからだ」

 是川の言葉は強かった。渋々ながら反論を飲み込む者たちは彼に従った。




 一日が終わる。未だに何が何やら、ときははぼんやりとした足取りで自分のための房へと連れて行かれた。また、あの牢にほど近い場所へと戻る事になるとは。

 しばらく頭が上手く働かなかった。結局、何が起こったのだろう。ときはが天の火を掠め取ったと見なされて、神名火守の当主に対面させられた。中にはもう、ときはが下手人だと決め込む者もあった。父は味方にはなってくれず、兄は一つの提案をするだけ。ときはが浅葱に会っていたと証明出来れば、ときはの疑いを晴らす事が出来ると。

「……はあ……」

 浅葱に会う事できっと事態は好転する。そう信じるしかない。浅葱はときはが身分を偽っていた事を許してくれたし、無実を証明してくれるはずだ。明るい見通しが出来るのに、どうしてかまだ緊張を解く事が出来なかった。

 この日、ときはに夕餉など用意されないと思っていたが、きちんとした食膳が用意され、拍子抜けしてしまった。かといって御馳走からはほど遠いのだが、高坏(たかつき)の端には食事の他に()まで置かれていた。ときはの好物が蘇であるなどと陵家でも知る者はごく僅か、宗家の邸宅の中で出会えるとは思わなかった。ただの偶然だろうか、それとも――。

「兄上……?」

 ときはを知る人間などごく一部、よく知るとは言い難いが一番近しい場所にいるだろう人間を思い描く。美麗な青年は笑った。盛大な工作をして作り出した悪戯が成功するまで黙って待ってはいられない子どものような笑みだった。あまり感じのよい表情ではないそれが脳裏に浮かんで、ときははため息をついた。

「……まさか、ね」

 好物があっても味気のない食事。それは、翌日も続く事になる。

 一人の時間は長い。ときはが知ったのはこの時だった。




   :::::




 翌日には、まだ頭がはっきりしていないためにぼんやりとしたときはは自分のいる場所を把握しきれなかった。誰も、何も呼びかけない。ここは宗家の邸で、ときはの顔見知りの人間はいない。そして、ときはは罪人の疑いをかけられた人間。朝餉は出たが、やはり味はしなかった。

 昼過ぎになってやっと疲れはじめた。やるべき事もなく、一室に留まっている事がどれだけ疲れるのか一日もせず分かってしまった。ときはは、神名火守の見習いで忙しくしている際には、一日中何もせずにのんびり暮らしたい、などと願ったものだが、愚かだった。

 今も、ときはを咎める話し合いが行なわれているのではないか。考えるほどに暗い事柄しか思いつけなくなってきた。

 物音がしたのは、今日はもう何も起こらないと思いはじめた昼頃。房の外、廊下ではなく外気に触れる方の壁から、何かを叩くような音がする。警戒したときはは、自分からは音を出さないようにと息を潜めた。

「……おい」

 次には人の声だ。聞き覚えのない声。息を潜めたときはは、音のする方へゆっくり、ゆっくりと歩き出す。

「いるんだろ、うるせえ女」

 まず台詞の中身に目を剥いて、ときはは一気に窓の傍へと駆け寄った。外には、迦楼羅面の少年が立っている。はじめて会った時と寸分違わぬ面のまま。

「……あんた、あの時の……!」

 耳と嘴の尖った面と、朝服の少年。面も取らずに彼はときはを見据えていた。

挟軾(きょうしょく)……肘掛け

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