十、迷走
場に集められた男性陣は、一点を凝視したり目を伏せ俯いたりとそれぞれだったが、鹿爪らしい顔付きだけは皆同じであった。先回と同様に、神名火守当主の補佐役である広成が話を進行させる。
「では、これまでの事を今一度確認する。此度の“天の火”が失われたという大事……残念ながら未だ取り戻す事は叶っておらぬ」
“天の火”――その名すら浅葱は知らないだろうに、彼のために説明を加える者などなかった。神名火守という特異な仕事を行う一族の根本を揺るがす事件だとさえ、少年は分かっていないだろう。ときはは浅葱に神名火守の職務について話をした事があるが、天の火については触れずじまいだった。神名火守は世を忍ぶ隠遁生活をしているのではないが、無闇矢鱈と自分たちの事を公言したりはしない。浅葱に会ったばかりの頃のときはは、全てを語る必要はないと判断したのだ。
「未だ不明瞭な点が少なくなく、鋭意調査中だ。しかしながら、陵ときはの姿を“天の御堂”で見た者がいるというのでこの娘に嫌疑がかかった。陵ときは本人は、当日“天の御堂”に行かなかった証明を出来ると主張し、その証人を名指しした。それがこの少年、九曜浅葱だ」
少なくない人間が、浅葱に視線を寄せる。少年は居心地を悪そうに膝の上の自分の手を、強く握り締めて黙していた。
「これに偽りはないな? 陵ときは」
「……はい」
浅葱をちらと横目で捉えながら、ときはは頷いた。心臓が落ち着かない。足元も、床に座っているはずなのに、まるで浮かんでいるかのような感覚がある。
「……とんだ茶番だ」
もう馴染みになっている、例の顎鬚を生やした男が横目でつぶやいた。
「あの娘が下手人、それでよいではないか」
「おい、言葉が過ぎるぞ」
「いずれにせよ天の火の在り処はまだ分かっていないのだ」
段々と、低くひそめられていた話し声が大きくなる。不満や苛立ちが溜まっているのだろう。話を先へと進めたのは、意外にも客の立場にある浅葱だった。
「……早く帰してください。姉さんが熱を出しているんだ」
ときはが浅葱の言葉の意味を全て理解するのには、少々時間がかかった。姉のさゆきが熱を出しているようなのだ。それで浅葱の様子が剣呑として見えるのかもしれない。神名火守の人間はどうして病気の家族から浅葱を引き離すような事をしたのか。彼の家で話を聞くだけでよかったではないか。さゆきの事はときはだって心配である。元来病弱なさゆきの事、未だ戻らぬ彼らの父親の事、浅葱の心配が手に取るように分かってきた。
浅葱が窮状を訴える点に神名火守たちの反論はない。彼を取るに足らないものとみなして、“天の火”に関係のない事は耳に入れないとしているのかもしれないが――。
広成は他の者に発言を自由にさせすぎたと、一度咳払いをする。
「本題に入ろう。少年、この陵ときはに覚えはあるのだな」
広成に問われて、浅葱は振り向いた。ほんの最近顔をはじめて会わせたばかりの人見知りにするような目で、ときはを見る。他人行儀なそれに、ときはは唇を噛んだ。
「……はい」
ときはぼくの友人です――その言葉が聞きたかった訳ではないが、浅葱はときはをよく知る相手だとは言わなかった。きっと緊張しているのだろう。ときはとて同じなのだから仕方あるまい。だが、どうして先ほどの一度以外はずっと、ときはの方を向いてくれないのか。座る場から距離があるのは分かるが――。ときはの緊張は、より一層大きな不安となって彼女にまとわりついた。
「平素よりこの陵の娘との交流があると聞いているが、真か?」
広成の問いに浅葱は黙り込んだ。傍目には何を考えているかは分からない。ときはは彼の顔を真正面から捉えられるような場所にはいないために、浅葱が口をつぐんだままである理由も分からなかった。この少年の瞳に揺らぐ躊躇いの感情さえときはは知れない。彼女の視線を一心に受けているとは知らぬ風情の浅葱は、唇を湿らすようにして小さく声をもらす。
「……それは……」
「ええい、どうなのだ? 答えは是か否かの二つしかないだろう!」
苛立った様子の顎鬚の男は浅葱を睨みさえする。広成はさすがに目に余ったのか、意図的に出したような咳をする。それを契機にして、浅葱は顔を上げる。
「……あの、」
一同の視線が神名火守でない少年に集まる。
「ぼくには、一度こちらのお嬢さんに助けてもらったことがある。それから、そのお礼を言った時があって、それを……それ以来特に会ったりしてはいません」
唐突すぎて、ときはは疑問の声さえ出せなかった。
「……そうだったっけ?」
言葉こそ怪訝そうだが感情の計れぬ清人の声が、やけに遠くに聞こえた。
「そうです。だから、ぼくはお嬢さんのことをよく知りませんし問題になってる十の日に会ってもいない」
話が少し、ややこしくなった。ときはの言がただの虚偽だったと判断するのは容易いが、そうであれば何故陵ときはは、そんな嘘を吐いたのか。広成だけでなく、終始黙したままの当主是川の瞳も険しくなっていた。
「ふむ……。これは如何なる事か」
広成の目がときはを向いているのにも、本人は気がつけない。
浅葱は、彼は何を言ったのか? 本当に、この国の言葉を使って話していたのか? 頭が追いつかない。彼の言葉ははるか遠く千里先をゆくのに、ときはの意識はその後ろにしかない。
「では……其の方は陵ときはを知ってはいるが、ただそれだけで、親しい付き合いなどないと、そう申すのだな?」
「……はい」
まるで、ときはの知らぬ土地、知らぬ言葉で、彼女についての処罰を決められ、どんどんと話を先へ進められるのを見ているかのようだった。遠い。この場所が、見た顔ばかりの人々が、遠い。
「どういうこと、ねえ……」
乾いた喉の奥から漏れ出る自分の声が、他人のもののようにときはには聞こえた。彼女の言葉は、見知らぬ土地では通じない。操る言語が彼らとは違うのだから。そう錯覚してしまうほどに――ときはの信じていたものが、大きく揺らいでいた。
「いかが致しましょう」
広成が指示を仰ぐと、是川は眉をぐっと寄せた。
「今しばらく此方で話し合う必要があるな」
是川はまだ事件が小さいうちに身内だけで始末をつけようと考えていた。しかし部外者を呼んでまでしても、進展はなかった。それどころか、下手人の疑いがある娘は奇妙な嘘までついているらしい。だがもし、嘘をついているのが陵ときはでなかったら――……?
当主の決定的な一言を防ごうとするかのように、ときはが震える声をもらした。
「あさぎ」
少年はときはの顔を見ない。
それから用済みだとでもいうように、浅葱は男の一人に背を押されて、退室させられた。浅葱は振り返ったりはしなかった。
「ねえ!」
ときはの叫びに応じる者はなく、大きな声は壁や天井に吸い込まれるだけだった。あまりにも簡単に突き放されたため、ときははどの感情を引っ張ってこればいいのか、分からなかった。浅葱は何も言ってくれなかったのだから。
勝ち誇ったように、髭の男は立ち上がった。
「これでこの娘の無実を証明する人間は存在しないとはっきりしたな」
身勝手な発言の多いその男を遮るかのように、当主は自分の補佐役に呼びかけた。
「現在、“天の火”探しはどうなっておるのだ?」
「……遺憾ながら、まだ進展らしいものは御座いません」
広成はかすかに、申し訳なさそうに目を伏せる。反対に、是川はしかと瞳を開いて、鋭く判じた。
「致し方ない。一先ず、仮の処分として陵ときはとその家族には我が邸にとどまってもらおう。これより“天の火”探しを優先させる」
「何を手ぬるい事を。このような者たちは神名火守の風上にも置けない、即刻神名火守の資格を剥奪すべきです」
髭の男の隣りにいた男が立ち上がった。彼らはまるで結託したようにときはを責める。目前で問われている内容など、もうときはの耳には入っていなかった。
是川が髭の男たちを黙らせると、“天の火”捜索について各自担当を決めて取りかかれと、具体的な話をしていたのも知らない。動かない頭を伴いながら、ときはは誰かに背中を押されるまま、詮議の終わった房を後にするだけだった。
灯明皿から溢れるささやかな光が、高坏の上の夕餉に影を作る。この日もきちんと食事は提供されたのだが、ときはには見えていなかった。
どうして。
あまりにも多くの事が突然に起こり過ぎた――けれど、ときはのやるべき事は分かっている。自分の無実を訴えればいい。浅葱を信じてやればいい。それなのに、浅葱という人物が理解出来ない存在へと変わっていた。
房に戻ってからずっと、同じ事柄が頭の中を駆け巡っている。どうして浅葱はあんな嘘を告げたのか。何度理由を探しても、何一つ見つけられない。分からないままにしておいていいはずがないのに、そこから動けない。頭が考える事を拒否している。
深く考えてはいけない事なのだ。浅葱がときはをただの顔見知りだと述べたのには彼なりの謂われがあるはず。そうせざるを得ない状況に陥っただけなのだ。そうでなければ――
少女は大きく首を左右に振る。拒絶するように、強く。
そんなはずがない。浅葱が、本当に……。
「違う、違う……! そんなはずないそんなはずない、そんなことないっ!」
言葉にして、音にして、空気を振るわせ、目には見えぬとも脳から外へと追い出さなければ、信じたままでいられそうになかった。
今すぐ浅葱に会って問い詰めたい。目を見て、ときはと過ごした時間は何だったのだと、彼自身の口から聞きたい。彼の姉さゆきとも話を何度も交わし、父の名足とだって顔を合わせては笑顔を貰った、あの日々は偽りだったのかと教えてほしい。
偽りのはずがないのだ。例えときはが、自分の身分について嘘を言っていた時があったとしても、それ以外何もなかったはずだ。
――意趣返し、なのだろうか。ときはのした事に対する仕返しなのか。先に偽りを口にしたのはときはだ。一度仲直りを出来たと、わだかまりをなくせたと感じたのは、勘違いだったのだろうか? 浅葱の方は、思う事があって、あんな風に――。
息が、苦しい。思い当たりがあると、簡単に認めてしまえそうだった。確かに、浅葱は言った。ときはをよく知らない相手だと。
彼女の視界はぼんやりとしてきた。目に見えるものが輪郭を失ってゆく。聞こえるものも、うるさい自分の嗚咽だけ――。
「おい」
今は何の音も拾いたくない。ときはは耳をふさいだ。何も考えたくない何も見たくない何も近づけたくない。
「おいっ、聞こえてんだろ」
窓の外からの声は、例の迦楼羅面の少年のものだった。房の端でうずくまる少女が何をしているのか、屋外にいる佳耶はちっとも気づいていなかった。佳耶は返事がないので苛立って、声を低くするばかり。
「……出るぞ、ここを」
ときははもうこの少年の事だってどうだって良かった。ただうるさいだけ。ときはの存在を見つける人なんて要らない。放っておいて貰わなければ、困るのだ。
「うるさい、どっか行って」
どうしたらいいのか分からない。本当はこの場所から逃げ出したいのに、それすら出来ない。
「お前に用がある人がいるんだよ」
「知らない、何でもいいから、あっちへ行って!」
勢い余って、ときはは立ち上がって相手を睨みつけた。少年は知ってしまった。薄い闇の中、少女が何をこぼしているのかを。
「……お前、泣いてんのか」
佳耶の姿がすぐ近くにある事に、ときはは最初気がつかなかった。
「ほっといてったら――!」
視界のすぐそこにある顔に目を剥いたときは。だが、すぐに自分が泣いているのを思い出して顔を覆うが……。おかしい。佳耶はいつ、室内へと入って来たのか? この房には入り口は一つしかなく、戸の開く音はしていないし、佳耶の声は扉から反対側にある窓から聞こえた。一つしかない窓は人が通れるほどの大きさではない。佳耶の意外な近さに、ときはの涙は引っ込んでしまった。
急に強い力がときはの手首に加えられる。地面に縫いつけられるかと思うほどの、ちから。揺らぐ心が、強制的にひとところに落ち着けられたかのような感覚だった。
何かをときはが言う前に佳耶が歩き出したものだから、彼女の足は転ばないようにと、勝手に動いてしまった。少年が駆けるように素早く歩を進めるから、ときはは目前に迫る壁に息を呑んだ。
「危ない、ぶつかる!」
佳耶の腕を、こちらに引き寄せてやらなければ。そう思うよりも早く、相手は一層ときはの腕を強く握って壁に飛び込んだ。壁に衝突した佳耶の体にときはもぶつかる。そう思った次の瞬間、ときはは冷えた空気に出会った。我知らず目を瞑っていた彼女は、衝撃がやって来ない事に訝しく思い、そろそろと瞼を持ち上げた。そこは屋外であった。壁は消えてしまったのかと、周囲を見回すと、背後には邸の壁がある。先ほどまでときはがうずくまっていた房の覗ける窓が見える。何が起きたのかと戸惑うときはにも構わず、佳耶は夜の平城京を進む。
静かに冷気が肌に這い寄る宵だった。天空には、朧に輝く細い月がある。
佳耶の持つ松明が、周囲を小さく照らし出す。いつの間に彼はそんなものを取り出したのか、疑いを向けるような余裕はときはにはなかった。一先ず、この状況を整理させてほしい。立ち止まって落ち着かねば。
「ちょっと、待ってよ!」
「うるさい。人が来たら面倒だろ」
「放してったら、一体どこに行くつもり?」
またも佳耶の事情で話を進められて、今度は邸の外にまで出てきてしまったのだ。
「自分で歩けるからっ!」
話を聞いてもらえない。こちらを向かない浅葱の背中を思い出して、ときははぎゅっと目を瞑った。
寒さがときはの体を蝕む。冷えは、時に体調を悪くさせる。そして体調の悪さは精神にも作用する。そうでなくとも、ときはは自分の事でいっぱいいっぱいだった。もうこれ以上何かをときはに与えないでほしい。
「なんなの、ほんとに……わけわかんない」
頭が痛い。ときはの頭痛はかすかに重く、脈動を打っているというのに、気分は反対に高い場所、どこか遠いところにあって、ふわふわと浮かんでいた。気分が悪い。
「ぜんぶ、みんな、あんたも、あさぎも……っ」
鼻が詰まっていると、呼吸がしづらい。すると頭の痛くなるもので、頭が痛いから辛くて泣きそうなのか、どちらが先か、分からなくなっていた。
あまりに理解出来ない事が多すぎた。ときはは声を上げて涙した。顔は涙と鼻水で汚くて、喉がつまって息苦しかった。佳耶の手はその間も離れなかった。ときはの方は放してほしいのに。
「あた……っ、なんにも、して……ないのに……っ」
ほとんど何を言っているか自分でも分かっていなかった。頭の中は重くて、種々の思いでぐちゃぐちゃだった。こんな混雑した感情は要らない。盗人の嫌疑も、浅葱の虚偽も、ときはそのものも、全部消えてしまえばいい。
「その言葉、本当だな」
確認するような声に、ときはは少しだけ、視線を動かす。面をずらして、素顔を見せた佳耶がいる。瞳は真っ直ぐときはを見て、濃い茶の瞳は何を思っているのか――彼女には推測も出来ない。
「お前みたいな箱入りで鈍くさくて頭が悪くて泣き虫なやつに、“天の火を掠め取る”なんて出来るわけ、ねーよな」
ひどい言われようだったが、反論する元気はときはに残っていなかった。それどころか、首を傾げてしまいたくなる。実際、ときはの顔に疑問が表れてしまっていたのだろう、佳耶は不満げに言い直す。
「……お前を信じてやるって言ってんだよ」
刹那、佳耶を凝視する以外の全ての事を忘れた。ぱちぱちと瞬きをするときはの瞳から、瞼に押し出された涙がぽろぽろと零れ落ちたが、それすら彼女の意識の外にあった。
言葉の意味は分かるのに、佳耶の意図が全く掴めない。ときはは呼吸のし辛い鼻腔を持つ自分を思い出し、息を整える行為を試みる。
最初は、ときはに“天の火を盗もうとしているくせに”と吐き捨てた。その次に佳耶がときはにくれた呼び名は“うるせえ女”。“お前に話すことなんかない”とさえ言った。それから、出してやるからしばらく待てとも笑った。主張が変わる佳耶の言動。
常に睨みつけてくるばかりの少年。それが、今度は何だ?
この少年の事を、ときはは何も知らない。はじめて会った時には、素顔も名前も知れなかった。その次の再会でやっと顔と名前があらわになった。名前が女の子みたいだと言われると怒るところがあるけれど、それ以外は人の話を聞きやしない少年。ときはが知るのはその程度だ。
何も知らない相手なのに、一瞬、安心してしまったのは何故だろう。佳耶の言葉が本心かどうか、知り合って日の浅いときはには判断出来ないというのに。あんなに仲良く出来ていたはずの浅葱だって、言葉を偽ったではないか。佳耶だって、今度会った時には何を言うか、分からない。これ以上ときはを惑わすような事は言わないでほしかった。
「……もう、何も知らない……勝手に言ってればいい……あたしは、」
友人と思っていた人が信じられなくなった。どうしたらいい? 彼のせいで、もう何も信じられそうにない。信じたいのに、そう出来ない。
もうこんなのは嫌だった。何も考えずに眠りたい。帰ってしまいたい。家へ、帰りたい。
だけれども、あの場所だって、安らげない。ちゃんとした家屋があって、家族も揃っていて、不自由のない生活が送れる場所なのに、寄る辺などあそこにはなかった。
どうしたらいい、どうしたら、ときはの居てもいい場所にかえれるのか。
「……だから、今回の事は変だって……言ってたから……」
ときはの預かり知らぬ事情を話す少年の言葉など、彼女は知らなくていい。少女は地面に座り込んだ。力がどんどんと抜けて行くようだ。もう何も考えられない。何も考えたくない。
――やめて。もうこれ以上、誰かを疑ったりしたくない……!
人を信じる事は疑う事につながるなんて、ときはは知らなかった。
「おい……」
座り込んだ少女に佳耶はそっと眉を寄せた。一度は口を開けたが、言葉を呑み込むようにして、閉じてしまう。今度こそ言葉を発しようとした時、それを遮る声が上がった。
「あはっ、あはははは!」
高らかな、声。佳耶には最初、ときはの笑い声に聞こえた。だがそれは遠くから聞こえた上に、ときはは佳耶のすぐ近くにいる。遅れて、ぞわりと背中を侵食する悪寒に気づく。こんなに近づくまで、気がつけないでいたなんて。
何か――おぞましいものが近づいてきている。
「ふっ、ふふっ、面白ぉい」
可笑しくて可笑しくて仕方がない、そんな笑い声だった。しかしそれは、ただ楽しい事があって出すようなものではなく、嘲るような感情が含まれていた。
まとわりつく闇を篝火で切り裂くように、佳耶は明かりをかざした。何が向かって来ているのか――その正体を見極めなければならない。
ひたひたと、小さな足音がゆっくり大きくなって、“それ”が近づいているのが分かる。ごくり、佳耶の喉が勝手に唾を飲み込んだ。冷えた空気が少年たちを包み込む。
「……こんなに面白いなんて思わなかった」
一つの影が、薄明かりの松明の下、徐々に輪郭を現しはじめる。始めは、足。素足で、膝の辺りまで肌を晒していた。それから腰、腕、胸、頭――。
ときはと佳耶の目の前に、貫頭衣姿の娘が姿を見せた。その顔に植え付けられたのは、小ぶりな鼻、溌剌とした大きな目。黒茶を帯びた黒檀の髪を、結わずに肩に流している。薄明かりでも、ここまで近づけば、佳耶にも分かった。顔の造作が、“誰か”に似ていると。暗闇での錯覚だと思うほど、それは傍らの少女にそっくりだった。
そこには――陵ときはがもう一人、居た。