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夕子

私は店員の話を聞き頷いた。確かに身体が動かなくなった時にそういった介護人がいれば楽かもしれない。値段も思っていたよりも高くないらしい。

「ただどういう欠陥があるのか知りたいんだが」

「まず笑わないのです。前の主人が亡くなった時からどういうわけか一切笑顔を作れなくなりました。他にも少々不具合があるかもしれません。ご存知の通りその手の専門家ももうこの月にはいません。詳しく調べることができないのです。けれど型は古いですが大東亜工業製のアンドロイドですし、よく使い込まれていますから動きも会話も滑らかですよ」

「ちょっと待っていてください」と店員は一言言うと店の奥へ行った。私はしばらく店内を歩き、他に欲しかった物を買い物籠へ入れた。点滴用のチューブと針、消毒液、もうすぐ使うことになるであろうカテーテル、おむつ。


ふと外を見ると真夏の太陽の下、ほとんどの店のシャッターが下りていた。そんなアーケード街を人がまばらに歩いている。そのどれもが年老い、たまに見かける若者もどこか気だるげに歩いていた。真夏の日差しがそうさせるか、それとも全てが終わりつつあるこの星のせいなのか、皆、足元に纏わり点く様な黒い影を落としている。

その中、一人の婆さんが瀟洒な白い日傘を差しベンチに腰掛け、バスを待っていた。目を瞑り、ゆっくりと小刻みに頭を揺らしながらリズムを取っている。きっと鼻唄を歌っているに違いない。歌っている歌はおそらく地球の歌だろう。


「おまたせいたしました」

そう言って店員が奥から戻ってきた。最初、女性の店員と一緒に来たかと思ったがよくよく見ればその女性の店員がアンドロイドらしい。無表情にこちらを見てお辞儀をした。そのお辞儀は定規で測ったような丁寧なものではなく、ましてや人のそれでもない。それらの丁度真ん中に位置するお辞儀だった。そしてその顔は地球でよく見られる本物と見紛うくらいの滑らかな人工皮膚でなく、皮膚に似せた人工的な素材でぬくもりを感じさせず、どこか無機的な冷たさと色を放っていた。顔の造形も三世代ほど前のニュアンスだ。「完全な人の模倣を造る技術がないのなら、せめて今ある技術で美しいと思えるものを造ろう」そんな製作者の意図を感じる。

「少し歩かせてみましょうか」と店員はアンドロイドを歩かせた。

確かに滑らかな動きだった。よく見ればそれはアンドロイドだと分かるが、仮にこれが地球の繁華街だとしたら誰もこれがアンドロイドだとは気付かないだろう。次に店員はアンドロイドにお茶を淹れさせた。夏に茶もないだろうと思った。店員は私の顔から心情を察したのか「身体に良いのです。自分も飲んでいますし、お茶を淹れるというのは繊細で複雑な所作ですので」と言った。

私は店員に案内され店内の接客用の卓上テーブルへ行き椅子に腰掛ける。しばらくするとアンドロイドは急須きゅうすと湯のみを持ってきた。人と違い一切の震えがない手で急須を持ちお茶を淹れる。少し不自然な感じがするがその一連の動作が洗練されており違和感を感じない。


ふとその時のアンドロイドの顔が目に入った。

無表情でお茶を淹れる顔が伏せ目がちになってる。そのぬくもりのない冷たい眉目には、そこはかない頼りない気持ちがどこまでも沈んでいるようだった。

「君はいくつになるのか」

私は思わずアンドロイドに聞いていた。

「寿永三年一月二十三日に製作されました」まっすぐこちらを見て言った。

そしてやや視線を外し、お茶の入った湯のみを私の手元にやり「九十三歳になります」と答えた。


私はこのアンドロイドを購入することに決めた。

彼女を見ると地球から月に来る時、シャトルから見た日本海へと沈む夕日を思い出す。夕日が赤く沈みながら光り、周りは紫色にたなびく雲がある景色だ。それは心の中にある喪失感と直結していた。

私は彼女に「夕子」という名前をつけた。

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