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薔薇、色と声

「最後にお聞きしたい事があります。いつかご主人は私を薔薇に例えました。埋もれた薔薇のようだ、と。私は地中に埋もれたら薔薇は腐ってしまう、と返答しました。その返答を聞き、ご主人は笑われました。機械の私にはどうしても分からないのです。埋もれた薔薇の色とはどういう色なのでしょう」

「埋もれると言っても地中ではない。多分、人の手の中だ。人の手といっても、もちろんそのままの意味ではないよ。君にその話をしたときは人の寂しさだろうか、とも思った。けれどそれは違う。人の温もり、優しさに包まれ五十年ほど埋もれた薔薇の色だ」

「抽象的過ぎて機械の私には想像もできません。その花はどんな色でしょうか」

「くすんだ薔薇の色だ。侘しさを滲ませつつ、悲しい。けれど優しさに埋もれただけあって、温かみを持っている。綺麗だ。とても綺麗だと思う。触れるのを躊躇うほど」

「抽象的で想像の産物なのでしょうけど、まるで見てきたように言いますね」

「今、見てる」

私は操作盤コントロールパネルの電源スイッチに手を伸ばした。



  ○



あたしはくすりと笑った。

そんな古典映画ハリウッドの役者も言わないような気障キザな台詞もさらっと言うから町でおば様にからかわれるんですよ。まったく一緒に歩いている私の身にもなってくださいよ。恥ずかしいったらありゃしない。そういえばお母様も……そうそう、前の主人ね。自分のことを『お母様』って呼ばせていたんですよ。それで私を娘扱い。連れて来られた日なんて家事もさせないで、まずは作法からだ、って、ずうっと仕草についての指導ですよ。それで綺麗な服をたくさん持っていてね。私に着せてくれたんですよ。まるでお人形。私、仕事をしにお母様のところに来たのにね。でもお母様は朝に弱かったの。だから私に朝の目覚めに紅茶を持ってこさせてね。嬉しかったな、仕事始めがそれですよ。最初の一週間なんてずうっとお人形。働くために作られたのにね、私。


えっと、何の話でしたっけ。そうそうお母様もご主人と同じくらい気障キザでしたね。いや、どちらかというとロマンチストかな。薔薇に関しての語彙ボキャブラリーが多いのも似てますね。何故かしら。歌や小説ならいいんですけど面と向かって人に話す言葉とは違いますよ。


でも素敵だと思いますけどね。機械の私には物語りも歌も作れませんもの。もっと歌を歌いたかったな。家事をしながら歌うなんて素敵じゃないですか。でも自由に歌えないんですよね。さっきね。思い切って電子算譜プログラムに逆らって歌を歌っていいか、聞いてみました。歌えてよかったな。ありがとうございます。


何か変ですね、私。

お母様のことを話しちゃいけないはずなのにさ。


あれ、私、今、分かります。「felicaフェリカ」の歌詞の意味が分かるんです。そしてお母様の言った言葉の数々が理解できるんです。

そんなに心配しなくていいのにね。お母様。だって私と一緒に暮らす人たちってみんな何故だか優しいのにさ。


幸福しあわせでしたよ、私。


ご主人、悲しむ必要なんてどこにもないんです。

見てください。ここから見える光景を。

ご主人の奥様もね。きっと、きっとね……ねぇ、ご主人、聞こえてますか。



  ○



私の声に返事は無い。ただ夕子の口から雑音ノイズが漏れるばかりだった。なのに空は青く冴え、遊雲が海からの春風に流れてゆく、どこからか小鳥の囀る声が聴こえて、足元には草々が萌え、小さな白い花、あるいは黄色い花を咲かせている。長閑な春に悲しみは私の手元と胸の内にしかなかった。


私は夕子の全てを終わらせた。

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