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小話④:砦の騎士たちの夜


夕食後の余暇時間。


砦の一室では、勤務を終えた数人の騎士たちがテーブルを囲んでいた。


中央にはカードが広げられ、それぞれが手札を持っている。


昼間までの慌ただしさも収まり、砦には夜の落ち着きが戻っていた。


一人の騎士がカードを一枚、場へ出す。


「……本当に黒いんだな」


向かいに座っていた騎士が顔を上げた。


「何が?」


「王女様の髪と目だよ」


「ああ」


別の騎士も頷く。


「俺も初めて見た。髪だけじゃなくて、瞳まであんなに黒いとは思わなかった」


「遠くからでもすぐ分かったな」


手札へ目を落としたまま、一人が口を開く。


「でも、思ってた以上に普通の方だったな」


一瞬、場が止まる。


やがて、向かいの騎士が頷いた。


「……まあ、それは俺も思った」


「もっと近寄りがたい感じなのかと思ってたけど」


「不吉を呼ぶだとか、いろいろ言われてたからな」


「俺は、もっと妖艶な感じを想像してた」


「それは分かる」


一人が手札を並べ替える。


「あの団長が選んだ相手だしな。どんだけ美人なのかってさ」


「だよな。たしか、国内でも十指に入る美人だって評判の、ローゼンフェルト公爵家の令嬢との縁談も断ったって聞いたぞ」


「縁談なんて、それこそ何件あったか分からないだろ」


「はぁ、羨ましいよな。俺にも分けてくれないかな?」


一人がぼやくように言う。


「お前には無理無理」


周りから笑いが起こる。


笑われた騎士は不満そうな顔をしながらも、そのまま続けた。


「ちぇ、分かってるよ。でもさ、団長も若い頃は、それなりに浮いた話はあったんだろう?」


「あぁ。だが、団長の方が夢中だったって話は聞いたことがないな。大体、相手に押し切られて付き合ってたらしい」


「騎士団長になってからなんて、そんな話は全く聞かないしな」


「そういえば、精鋭の連中が言ってたぞ」


一人が思い出したように言った。


「何を?」


「団長、縁談の前の日はいつもより無口になるらしい」


「ああ。訓練もちょっと厳しくなるって話だろ」


「俺も聞いたことある」


「そういうの、一番嫌いそうだしな」


この砦には、ウィルも以前から何度も足を運んでいた。


時間が合えば通常の訓練にも加わり、実戦となれば最前線に立つ。


精鋭部隊ほど近くで接する機会はなくても、騎士団長としての姿なら何度も目にしている者が多い。


だからこそ、誰かに強く惹かれている姿など、彼らには想像しにくかった。


「だから、どんな方を選ぶのかとは思ってたんだよな」


「ああ」


地味、とそのまま口にする者はいなかった。


いくら仲間内とはいえ、相手は王女であり、何より団長の婚約者である。


「でも、優しそうな方だったな」


「それは思った」


一人がカードを引きながら口を開く。


「俺の同期のダリア、王女様の傍についてただろ」


「ああ、いたな」


「あいつ、王女様のこと相当気に入ってるからな」


「へえ」


「優しいし、家事全般できるって言ってたぞ」


何人かが顔を上げる。


「王女様が?」


「料理もするし、庭仕事もするらしい」


「それは珍しいな」


王族が自ら料理や庭仕事をすることは、この国では滅多にない。


そこで、一人がふと思い出したように言う。


「そもそも、王女様って最初はゼリアへの抑えって意味合いもあったんだろ?」


「ああ。表向きはともかく、まあ、そういうことだろうな」


「それが本当になるんだからな」


一人がカードを指先で弄ぶ。


「何がどうなって、こうなったんだろうな」


「それは俺も聞きたい」


「……団長は、どこに惹かれたんだろう」


何人かが顔を見合わせる。


「気にはなるな」


「まあ、本人には絶対聞けないけど」


「聞けるわけないだろ」


話はそこで一度途切れ、皆の視線が手札へ戻る。


しばらくして、一人が口を開いた。


「でも、大切にしてるって話は本当だったな」


「ああ」


「馬車から降りた王女様を、そのまま抱き上げてたからな」


「……あれは驚いた」


「王女様に何か言われて、すぐ下ろしてたけど」


「あれだけ人がいたら、さすがに恥ずかしいだろ」


その光景を思い出したのか、何人かの口元が緩んだ。


普段のウィルからは想像しにくい姿だった。


「団長は、周りなんて全然気にしてなかったけどな」


「心配だったんだろう」


「まあ、あれだけのことがあった直後だからな」


それには皆が頷いた。


アリスは、火を放たれた塔から救出されたばかりだった。


長くゼリアに留め置かれ、最後には命まで狙われた。


ウィルが気にかけるのも当然だった。


「それは分かる」


一人がカードを場へ置く。


「それでも、あんな団長は初めて見たな」


王女の隣にいる時のどこか柔らかな表情も。


何度も彼女へ目を向けていたことも。


騎士団長としてのウィルしか知らない彼らには、どれも意外な姿だった。


すると、向かいの騎士がカードを一枚出した。


「あぁ。あれはもう、過保護の域に入ってるだろ」


「……だな」


そのまま何枚かカードが場に出されたあと、一人が話題を変えた。


「ゼリアの方も、どうやらうまくいったらしいな」


場の空気が変わる。


「ああ」


「詳しいことまでは、まだ分からないけどな」


「このまま落ち着いてくれればいいんだが」


この砦は長い間、ゼリアとの国境を守る最前線だった。


何かあれば、真っ先に戦うことになる。


そんな場所で過ごしてきた彼らにとって、ゼリアの情勢は遠い国の出来事ではない。


「……少なくとも、これからは戦争をしなくて済みそうだ」


「そうだな」


別の騎士が手札を伏せた。


「それが一番だ」


皆が頷いた。


その後も、夜が更けるまでカードは続いた。

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