小話①:ショールの贈り物
アリスが一人で花壇や菜園の手入れをしていると、いつも通り塔の護衛騎士が二人、警備についていた。
一人は周囲へ目を配り、もう一人はアリスの作業を手伝ってくれる。今日は、その中でも最年少の二十二歳、レオニダスが一緒だった。
百九十センチを超える大柄な体格で、塔の騎士たちの中でもひときわ大きい。けれど、物腰柔らかく、温厚な性格のためか、威圧感はまるで感じさせない青年だった。
アリスが花へ水をやっていると、隣の菜園で雑草を抜いていたレオニダスから、ため息が漏れた。
思わず手を止める。
「……どうしましたか?」
「あっ、失礼しました。何でもありません」
そう答えるものの、その表情はどこか冴えない。
――何かあったのかしら。
花の手入れを続けながらも、気になって時折レオニダスへ目を向けた。
その視線に気づいたジョンが、口を開く。
「レオニダス。アリス様が心配されているぞ」
「あ……」
レオニダスは気まずそうに頭をかいた。
アリスは慌てて首を横に振る。
「いえ、お話ししたくないことでしたら……」
レオニダスは少し迷ってから、話し始めた。
「……母の体調が、このところあまり良くなくて」
「まぁ……それは、ご心配ですね」
「心臓が悪くて、一昨日から王宮診療所へ入院しているんです」
アリスは胸の前で両手を重ねた。
「そうだったんですね……。どうか、お大事にとお母様へお伝えください」
レオニダスの表情から、張りつめていたものが少しだけ抜けた。
「ありがとうございます」
――――――――――
作業を終え、自室へ戻ったアリスは、しばらく様々な色の毛糸を眺めていた。
「……この色がいいかしら」
そう呟くと、淡いクリーム色の毛糸をそっと手に取った。
昼食の支度を始めると、隣に立つリリスへ声をかけた。
「リリス」
「はい」
「あの……レオニダスさんのお母様の具合が良くないそうなの。お母様にショールを作って差し上げたいのだけれど……ご迷惑かしら?」
視線を伏せる。
「何も力になれないから……せめて、何かできればと思って」
リリスは思わず微笑んだ。
「ご迷惑だなんて。大丈夫ですよ」
くすりと笑いながら続ける。
「きっと喜ばれます。病気で心細い時は、誰かが気にかけてくれるだけで、嬉しいものですから」
アリスはほっとしたように微笑んだ。
「……そうかしら」
「ええ。きっと」
――――――――――
アリスは応接間のソファーで、かぎ針を手に黙々と編み続けていた。
編み始めて四日ほどが経ち、淡いクリーム色のショールは半分ほどまで仕上がっている。
その時、不意に扉がノックされた。
「アリス、開けてもいいか?」
「はい」
その声を聞いた瞬間、アリスの表情がぱっと明るくなる。
「戻られたんですね」
「あぁ。昨日、遅く」
ウィルは各地の視察で、七日ほど王都を離れていた。
「お屋敷でお休みにならなくても大丈夫ですか?」
アリスが心配そうに見上げると、ウィルはその頭へぽんと優しく手を置き、そのまま隣へ腰を下ろした。
「だから、休みに来た」
アリスはきょとんと首を傾げる。
――こちらへ来て、お休みになるのかしら?
不思議に思いながらも、自然と笑みがこぼれた。
「……はい。でも、その、来ていただけて嬉しいです」
その言葉に、ウィルも口元を緩める。
ふと、その視線がアリスの手元へ向いた。
「それは?」
「これは、レオニダスさんのお母様のお見舞いに、お渡しできたらと思いまして」
「あぁ、入院しているのだったな」
「えぇ。少しでも良くなられるといいのですけれど……」
そう言って、アリスは編みかけのショールへそっと視線を落とした。
「早く仕上げたいのだろう」
「でも……せっかくウィル様が来てくださったのに」
「オレはアリスが傍にいるだけで休まる。続けてくれて構わない」
「……はい」
思いがけない言葉に、胸がトクンと跳ねる。
――どうして、こんな言葉をさらりと言えるのかしら。
頬が熱くなるのを誤魔化すように、アリスは編み物を再開した。
規則正しく編み進めるその様子を、ウィルはソファーにもたれながらぼんやりと眺めていた。
そのまま、ゆったりとした時間が流れていく。
「失礼いたします」
しばらくして、リリスが紅茶と茶菓子を載せたワゴンを押し、静かに部屋へ入ってきた。
リリスが応接間へ足を踏み入れると、まず目に入ったのは、かぎ針を動かすアリスの姿だった。
その隣へ視線を移し、思わず足を止める。
ウィルは眠っているようだった。
リリスは起こさないように、足音を忍ばせながらアリスの傍へ近づく。
「アリス様」
小声で呼びかけると、アリスが顔を上げた。
「何か羽織るものをお持ちいたしましょうか?」
「え?」
アリスは不思議そうに首を傾げ、それから隣へ視線を向ける。
「……まぁ」
ウィルが眠っていることに気づき、思わず声を潜めた。
「ええ、お願い」
リリスが部屋を出ていくと、アリスはそっとウィルの寝顔を見つめた。
――やっぱり、お疲れだったのね。
編みかけのショールへ視線を戻し、かぎ針を動かし始めた。
――少しだけでも、ゆっくりお休みいただければ。
時折、気になってウィルへ目を向けては、自然と口元が緩んだ。
――――――――――
病室の扉を軽く叩く。
「母さん、入るよ」
「レオ」
母の顔を見て、レオニダスは胸を撫で下ろした。
「今日は顔色がいいね」
「ええ、おかげさまで。少しずつ楽になってきたわ」
レオニダスは持っていた包みをそっと差し出す。
「これを」
「これは?」
「いいから、開けてみて」
母は不思議そうに包みをほどいていく。
やがて、中から現れた淡いクリーム色の三角ショールに、思わず目を見開いた。
「まぁ……素敵だわ」
両手でそっと広げ、柔らかな毛糸へ指先を滑らせる。
「これは……お前が選んだの?」
「いや」
レオニダスは首を横に振った。
「アリス王女が、お見舞いにって。わざわざ編んでくださったんだ」
「ミルバーグの王女様が……私のために?」
驚きに目を丸くする母へ、レオニダスは頷く。
「あぁ。『少しでも暖かく過ごしていただけたら』って」
母はショールを肩へ羽織る。
ふわりと肩を包む優しい温もりに、自然と笑みがこぼれた。
「お優しい方なのね……」
「実はね、お前が警護につくと聞いた時、心配だったのよ」
レオニダスは苦笑を浮かべる。
「噂のこと?」
「ええ。もちろん全部を信じていたわけじゃないの。でも……やっぱり親ですもの、少しだけね」
母はひとつ息をついた。
「でも、こんな贈り物をくださる方に……私、自分が恥ずかしいわ」
「仕方ないよ。実際に会わないと分からないものだし」
レオニダスは肩をすくめた。
「今度、お会いしたら、お礼を伝えてちょうだい。大切に使わせていただきます、と」
「もちろん」
母はふと窓の外を見つめる。
やがて、口を開いた。
「ウィル殿下とご結婚されるのよね。幸せになっていただきたいわ」
レオニダスは自然に寄り添う二人の姿を思い浮かべた。
「大丈夫だよ。ウィル団長が、とても大切にされているから」




