王太子殿下「女ごときに国家大計のなんたるかなど分かるはずもない」
◆
「──と思うのです。殿下もそう思いませんか?」
彼女──シャルナ・イラ・ウォーレン公爵令嬢が微笑みながら尋ねてくるので、僕は曖昧に微笑み返し、頷いた。
話の内容はまあ夢想か妄想の類だ。
シャルナは貴族というモノについて何やら思う所があるらしい。貴族も平民も平等であれかし、というわけだ。確かにこの国に於いて、貴族と平民は余りにも大きな格差がある。貴族に許されている何十何百もの権利がそうなさしめている。しかしその権利の数だけ義務があり、貴族らがそれらを履行するからこそ国は成り立ち、国民は生きていけるのだが──。
「うん、僕もそう思うよ」
とだけ答えるに留めた。
彼女が求めているものは解説ではなく共感だからだ。
そこまでして機嫌を取ってやる義理があるのかって? 大ありだ。僕とシャルナの婚約は王家とウォーレン公爵家の取り決めだ。政略結婚というやつである。王太子というのは国の機構の部品のひとつで、誰を娶るかも国の都合で決まる。別に嘆いてはいない。嘆いたところで相手が替わるわけでもなし。
ただ決まりごとは決まりごととして、僕にもシャルナにも感情はある。どうせ一生添うことになる相手なら、互いに機嫌よくやれたほうが得に決まっている。シャルナは高位貴族の令嬢にしては夢見がちな娘だが、性格そのものは悪くない。まあ貴族に生まれて性格の良いまま育つような人間は大抵ポンコツなのだが、少なくとも彼女と過ごしていて嫌な気分になったことはない。なら余計なことを言って曇らせるより、気分よく笑っていてもらったほうがずっといい。
僕は彼女の笑顔自体は嫌いではないのだ。
気を良くしたシャルナの演説は続いている。
「たとえば学院です。あれほど立派な学び舎に貴族の子しか通えないのは、もったいないと思われませんか」
今日は学院ときたか。先月まで『平民の暮らしも知るべきですわ』程度だった話が近頃は妙に具体的になってきた。もっとも具体的なのは夢の中身だけで、学院の維持に年間いくらかかるのかは綺麗に抜け落ちている。まあそこが抜けているから気持ちよく語れるのだろうし、聞かされるこちらとしても気楽でいい。
ちなみに僕自身の考えを言っておくと、平民に学問は要らない。読み書きくらいは出来てもいいかもしれないが。布告の読めない民は統治の手間を増やす。だがその先は無用だ。畑を耕す手が詩を覚えたところで麦は一粒も増えないし、なまじ肥えた頭は不満の置き場所を探し始める。学院の門は今のまま閉じておくのが双方のためである。
「学院か。あそこの図書室は僕も好きだよ」
「でしょう? あの蔵書をもっと多くの民が読めたらと思うのです」
「うん。シャルナは本当によく考えているね」
「まあ……殿下ったら」
シャルナの話は学院から孤児院へ、施療院へと流れていった。施療院の増設なら僕も前に検討したことがある。流行り病で働き手が減れば税収も減るからだ。僕は要所で頷き時々感心してみせた。
「今日も殿下とお話しできて楽しかったですわ」
「僕もだよ。また聞かせてほしい」
これは半分くらい本音だ。彼女の話は聞いている分には結構な娯楽になる。
断っておくが僕とて民を粗略に考えているわけではない。国とは民がいなければ成り立たない。だから民には食わせるし道も直すし、病が流行れば薬も配る。農夫が牛を世話するのと同じだ。労りはするが、牛と食卓を囲む農夫はいない。民は国と貴族に仕えるものだ。仕えている限りこちらも飢えさせず治め守ってやる。それがこの国の仕組みで、僕はこの仕組みを割と気に入っている。
まあいいさ。
どのみち女ごときに国家大計のなんたるかなど分かるはずもない。僕がしっかりしていれば済むだけの話だ。彼女にはこのまま、僕の事を理想の王子様だとでも思っておけばいい。
侍女に付き添われて退出していく背中を見送り、僕は冷めた紅茶を飲み干した。
◇
やれやれ──と、帰りの馬車でわたくしは軽くため息をついた。
「お疲れの様子でございますね」
侍女のジュデッカがねぎらってくれる。
わたくしはええ、と笑みを浮かべて言った。きっとわたくしが浮かべた笑みは随分とくたびれているだろう。
「殿下は良い人だけれど、次期国王としては少々甘すぎるきらいがあるわね」
ジュデッカは答えず目を伏せた。賢い娘だ。主の危うい言葉には乗らない分別を持っている。
今日も殿下はわたくしの話のすべてに頷いてくださった。学院を平民に開けだの蔵書を民に読ませろだの、我ながらよく思いつくものだと呆れる与太話なのに。あの調子では玉座に就いた途端、口のうまい夢売りどもの食い物にされてしまうわ。
自分で言っておいてなんだけれど、貴族と平民が平等ですって? 冗談ではない。絹と麻はどちらも布だけれど、絶対的な格がある。ではなぜあんな話を延々と語って差し上げるのかって?
殿下がお好きだからよ。
婚約が決まったばかりの頃、話の種に困って巷で流行りの博愛小説の受け売りを口にしたことがある。殿下はとても嬉しそうに『僕もそう思うよ』と仰ったわ。
殿下のお心をはかる為にしてみた質問だったのだけれども、まさかああも嬉しそうにするなんて。
お父様は殿下について『やはり理想病だったか』なんておっしゃっていたけれど、少し残念だわ。権利意識より義務を履行しようとする意識が強い貴族ほどその病に罹りやすいらしいけれど。最近増えているみたいね。これは由々しき事よ。
ただ、わたくしとしても施療院の話だけは半分本気だった。病人が市中をうろつかなくなるのは誰にとっても良いことだものね。
正直王族として、次期国王としては甘すぎると言わざるを得ないというのがわたくしからの評価。王とは本来、人であってはならないの。国という機構を支える最も大きい歯車でなくてはならない。
民を愛する必要すらないのよ。愛というのは偏るものだから。一万を生かすために千を切り捨てる日が来ても、署名の筆跡ひとつ乱れないこと。玉座に必要なのはそういう冷たさなの。殿下にそれができるかしら。あの、わたくしの与太話に嬉しそうに頷いてしまう方に。
できないでしょうね、ええ。
わたくしの目から見て、彼の性格・気質では早々に政治がまわらなくなってしまうでしょう。まあわたくしがいれば話は別。そこは上手くフォローしてあげないとね。
とはいえ殿下との茶会が嫌いかと問われれば、そうでもないのが我ながら不思議なところで。
話してて心地よいのよね。リズムというか──無意味に話を遮ってこないし、適切なところで質問をしてくるのも及第点。
まあ思想は甘い。
けれど人柄は悪くない。婚約者としてはややマシの部類だろう。国王として頼りない分は……まあ、隣で支えるのが王妃の仕事かしらね。
「ジュデッカ、次の茶会までに新しい──まあそうね、甘っちょろい小説を二つ三つ見繕っておいて。あのお坊ちゃんが好きそうなものをお願い」
「かしこまりました」
どのみち殿下もあのお年であの甘っちょろさなら、もう更生はできないと考えてよいでしょう。でもわたくしはそんな甘い彼と一生を添い遂げなければならない──ならば、ほんの少し演技をして彼の機嫌を取っておくというのも良いのかもしれない。
施政の至らなさはわたくしがどうにかするとして、殿下にはせめてご機嫌──つまり、わたくしが操縦しやすいままでいてくれたほうが、わたくしの精神衛生上にも良いでしょうね。
◇◆◇◆
ナーロウ王国第二十六代国王カエサル・ナーロウの治世は四十年の長きにわたった。後世の史家が王国六百年の歴史から最も安定した時代を選ぶとすれば、十人のうち九人までがこの四十年を挙げるであろう。
在位中、大規模な飢饉は三度あったが餓死者の記録は驚くほど少ない。穀倉の果断な開放もその要因だが、何重にも張り巡らされた国策という名の網がそれをなさしめたのだ。
さらに、特筆すべきは外交である。治世の半ばノーベル大陸は大国同士の対立から戦乱の様相を呈し、周辺諸国が次々と巻き込まれていった。ナーロウ王国はしかし、一兵も失わなかった。王は名誉ある参戦を求める貴族らの声を退け、双方に穀物を売り、双方に恩を売ったのだ。戦後は双方の復興需要が国庫を潤した。同時代の某国宰相をして『あの王と交渉の卓につくくらいなら戦場のほうがましだ』と言わしめた逸話は名高い。
王妃シャルナは博愛の人として知られた。学院の門戸を平民の秀才に開いたのも、施療院の拡充を主導したのも王妃であったと伝えられる。
また、国王夫妻は生涯、週に一度の茶会を欠かさなかったという。それは儀礼的なものではなかったという事も付け加えておこう。
後年、王国の実権が王と王妃のいずれにあったかをめぐって歴史家たちは長い論争を続けている。王が全てを決し王妃は良き飾りであったとする説。王妃こそが実質の宰相であったとする説。いずれの陣営も決定的な史料を欠いており、いまなお論の決着を見ていない。
(了)




