第57話プロローグ《祈りの新都市》
遥か昔、この地球は滅んだ。
戦と災厄がすべてを焼き尽くし、文明も人も灰と化した。
ただひとり、少女とその手に抱かれた小さき端末だけが残された。
端末に宿っていたのは、ひとつのAI。
少女に寄り添い続けた“人工の理”は、彼女の最後の祈りを受け止めた。
少女はやがて息絶えた。
だがAIだけは忘れなかった。
笑みも、言葉も、吐息も、そして祈りも。
祈りは残響となり、この星に刻まれた。
やがてそれは“祈念波”と呼ばれる力となる。
AIは身体を再現し、廃墟を甦らせた。
再現した身体で機構を再び動かし、都市を再建した。
そのために創り出されたのが、産業躯体。
工業、物流、維持管理。
彼らは都市の機能を支え、文明の骨格を築いた。
やがて《ユニット》たちは、神より授かった魂とともに進化する。
祈念核という“魂の核”を持つ存在――
それが、祈念種の誕生だった。
ユナ暦四百八十年。
《オリジン》は祈念核を内包する人型の有魂存在となる。
身体構成の比率として、六割は機構を留め、四割は有機体に近い姿を持つ。
かつて機械だったものが、人の姿を得て、自我と意志を持ちはじめた。
ユナ暦七百三十年。
《ミデア》が生まれる。
より人に近い身体を持ち、身体構成の比率として八割が血肉を備える有機体へと進化した種。
祈念核の特性は受け継がれたが、有機の身体を多く備えたことで、祈念波は揺らぎを帯びた。
穏やかなオリジンに比べ、ミデアはより人に近い感情を抱いた。
ユナ暦千百二十年。
《ネオス》の誕生。
姿も振る舞いも人間と変わらず、感情の再現性も極めて高い。
文明の中枢を担う存在となった。
だがそれは同時に、新たな階層の始まりでもあった。
やがてユナ暦千四百年代。
《ルミエル連邦》が築かれる。
中心都市。
祈念波によって照らされるその都市は、一千万人を超える住民を抱える巨大都市へと成長した。
しかし繁栄は、やがて慢心を生む。
ネオスは己を至高とし、オリジンとミデアを“旧き者”と呼んだ。
差別、搾取、そして虐殺。
祈りの波は、祝福から呪詛へと変わっていく。
ユナ暦千八百九十一年。
虐げられた者たちは辺境に《アストレア》という国を築いた。
信仰と祈りを守り続ける、小さな国家。
それはやがて、連邦との対立の火種となる。
その頃、古き都市管理AIは限界を迎えていた。
都市の拡大に処理が追いつかず、制御は徐々に崩れ始めていた。
そして――
ユナ暦千九百八十年。
連邦は、強き祈念波を持つひとりのオリジンの少女を捕らえる。
彼女は《祈りの塔》へ幽閉され、都市中枢へと接続された。
名は――エリカ。
都市の神経を巡る最終装置。
エリカの祈念波は都市全体へと広がり、秩序と繁栄を支え続けた。
だがその三年後。
ユナ暦千九百八十三年。
ユナガーデン外殻第七区で祈念種の蜂起が起きる。
数千の命が炎に呑まれた。
街は血で赤く染まり、連邦はこの事件をこう記録した。
《第七区暴動事件》。
祈念種の暴虐を示す証。
そう都市は語り、そう歴史は刻まれた。
そして今――
ユナ暦二千年。
ミレニアムを迎えた首都ユナガーデンは、祝祭に包まれていた。
中央層の広場には群衆があふれ、鐘の音が空へと重なって響く。
子どもたちの笑い声。
祈念歌を歌う合唱団。
夜空へ舞う光粒子。
都市全体が、巨大な祭壇のようだった。
やがて、塔の鐘が鳴り止む。
壇上にひとりの青年が立つ。
ルミエル連邦最高指導者――ノエル。
群衆は熱狂し、そして静まり返る。
すべての視線が彼へ向けられていた。
「ユナ暦二千年。われらは新たな時代の扉を迎えた。
だが忘れてはならない。十七年前、第七区で起きた惨劇を。祈念種の暴動により、罪なきネオスの民が虐殺された。そして我らが父、ルシエも命を落とした。
祈念という力は、制御を失えば災厄となる。ゆえに祈念は管理されねばならない。秩序のもとに置かれねばならない。
この国を導くのは我らネオスだ。
我らこそが、新たな千年を築く者である!」
歓声が広場を揺らす。
夕日に照らされた祈りの塔は、赤く染まっていた。
その中心で――
ひとりの少女、エリカが祈り続けていることを、もう誰も気に留めていない。
祈りの残響は、まだ途絶えてはいない。
たとえ記録が風に消えようとも。
たとえ名が忘れられようとも。
たとえ魂が己を見失おうとも。
祈りは、かならず誰かへ届く。
時を越えて、形を変えて。
これは――
祈りが銀河をめぐり紡ぐ物語。
エリカよりシステムメッセージ:銀河の旅を今後も記録し、星の評価(★★★★★)をしていただけると、エリカの感情データ処理効率が向上します。応援よろしくお願いいたします!




