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暗殺されたクズ勇者だけど過去に戻って序盤で雑に死ぬ魔王軍の女幹部に転生してしまった~今の『私』と前世の『俺』の破滅を回避するため頑張っていたら、『俺』が『私』に惚れちゃったみたいなんだけど!?~

作者: 青色39号
掲載日:2026/06/25

「間一髪だったね」


 『私』はそういって、まだ幼さを残す冒険者の少年の前にふわりと降り立つ。


 将来、勇者になる運命の子なのに、今は新米冒険者らしく弱々しいな。


「あ……わわ……」


 少年は、腰を抜かして声にならない声を上げている。

 ってか、こんなヘタレだったっけ?

 まぁ、いい。


 そりゃビビッて当然か。


 この子は襲ってきたサイクロプスに、ビビってるわけじゃあない。

 その化け物は『私』に一撃で頭を潰され、死体になってるしな。


 少年が怯えているのは、いちおう命の恩人の『私』に対してだ。


 頭から生えた角、背中から生えた蝙蝠(こうもり)みたいな羽。

 ()(おん)の長い髪に、セクシーな衣装とナイスバディー。


 黒く細長いしっぽ。


 いわゆるサキュバスって種族だね。


 そう!!


 『私』は何を隠そう────


 魔王軍の女幹部『ナル・ディスキッス』なのだ。


 そんな大物魔族の美少女が、初心者向けのダンジョンで新米冒険者の前に、華麗に現れたんだ。


 そりゃあビビッて当然か。


 しかし、将来勇者になるのに情けないなぁ。


 ん? 


 なんで、目の前の少年が勇者になるか知っているかって?


 何を隠そう、目の前にいる少年『シッセ』こそが──



 『私』の前世なのだ。



 ……出来れば隠しておきたい事実だけどね。



        〇


 『私』が『俺』だった時。

 つまり前世でシッセという男だった時は、まぁロクデナシだった。


 力があればなんでも出来る。

 何をしたっていい。


 勇者シッセ・ミーズシェンはそう信じていた。


 どこまでも自己愛が強く、自己中心的で、世界の全てを憎んでた。


 そんな奴だったから、勇者として魔王を倒したあとアッサリ暗殺されて死んだ。


 殺される時にも、世界の何もかもを憎んだ。


 と、同時に


「これで、このクソッタレな世界からおさらばだ」


 とも思ったもんだ。


 あるいは、それがいけなかったのかも知れない。

 天罰か何か知らないが、『俺』は死ねなかった。


 いや勇者としての男の『俺』は確かに死んだんだ。


 だが、気がづけば俺は『私』として────


 サキュバスの少女ナルとして転生していた。


 今でも、そのことにはこう思う。

 神の奇蹟か天罰か知らないが、ふざけてやがるぜってな。


        〇


 女に生まれたのは面食らったけど、正直悪くない暮らしだった。


 ディスキッス家は魔族の有力貴族だったしね。


 それに両親ともに、俺……じゃなくて『私』を溺愛していた。


 前世では孤児で、ロクでもない幼少期を送っていた私には初めての経験。

 『親の愛』ってやつだ。


 たまにウザいこともあったけどね。


 あと言葉遣いはママから厳しく直されたし。

 おかげで、すっかり一人称は『私』になっちゃった。


 でもまぁ、魔族は冷酷で残酷な存在と人間時代に教わってきた私にとっては、パパとママの優しさは衝撃的だった。


 それに人間不信だけど、相手が魔族だったのが良かったかも知れない。

 魔族の両親の愛を素直に受け止めることが出来た。


 そして『私』には前世の『俺』の、勇者の魔力が、ちょっと残っていた。

 勇者ほどじゃあないが、他と比べればぶっちぎりの魔力だ。


 おかげで、腕力面でも特に困ることもない。


 ということで、魔王軍にスカウトされて入ったわけ。


 あっという間に幹部まで出世して、実家でパーティーも開いてもらった。


 家族に囲まれ、同僚にも恵まれた幸せ。

 勇者として栄誉と力だけはあった時には、感じられなかったもの。


 そう『私』は、今のナル・ディスキッスになって良かったと思った。

 転生させた神様ちょっと恨んだけど、やっぱありがとうって。

 2つの人生で初めて幸福だったから。


 ただママは素直に喜んでいたけど、元魔王軍のパパは複雑そうだった。


「また人間との間に戦争が起こったら、心配だ」って。


「……あ」


 そのパパの言葉を聞いて、無意識に声が漏れる。


 その時、『私』の脳裏に稲妻のようにある場面が光った。

 すぐ近くにあった窓ガラスに映る姿、ずっと前に見たことがあったからだ。


 『私』──魔王軍幹部ナル・ディスキッスって……


 前世で勇者だった『俺』──シッセが、殺した相手だってね。


 しかも、わりと序盤で雑に殺したから印象薄かった!!


 さっき神に感謝したのは、やっぱナシで!!

 神の奇蹟か天罰か知らないが、ふざけてやがるぜ。


        〇


 もうそこからは、生き残るために必死よ。


 とにかく、自分の身を守る結界魔法を修練しまくった。

 死にたくないから、治癒魔法もひたすら極めた。


 サキュバスなのに、不向きなこれらを高水準で習得した私を周囲の魔族は


「天才だ」

「可愛い」

「実験台とはいえ、致命傷治してもらって感謝」

「将来は、王子の結婚相手か?」


 などと話してたけど、全然嬉しくなかった。


 だって、この程度の『私』は『俺』の足元にも及ばないって知っていたから。


 勇者の『俺』は、強さだけは桁外れの怪物だ。

 だって、『私』自分自身だったんだ。


 その圧倒的な強さは、嫌ってほど知っている……


        〇


 『俺』の強さの源は、憎悪だった。

 誰からも愛されずに育ち、孤独に生きてきた者の憎悪。


 自分の憎しみが、強さを引き出すと知ったのは15歳の新米冒険者時代だ。


 初めて出来た『仲間』と言っていい連中とダンジョンに挑戦した。


 初心者向けのダンジョンだったが、想定外の強敵がいたんだ。


 サイクロプス。


 巨大な一つ目の理性なき巨人。


 俺はそいつを足止めする役割を買って出た。

 そして仲間たちはすぐ応援を呼んでくると言って、ダンジョンを脱出した。


 町までも遠くない。

 すぐに応援が来ると信じていた。


 でも、誰も助けに来なかった。


 そして限界が来て、サイクロプスの攻撃をかわしきれなくなった。

 圧倒的な怪力で壁に叩きつけられた時、俺は


(仲間から見捨てられたんだ……)


 って気付いた。


 憎い。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。


 頭の中が、カァーっと熱くなった。

 心臓が狂ったように高鳴ったことまでは覚えている。


 気が付けば、周囲は血の海だった。

 サイクロプスどころか、ダンジョンごと大きく切り裂かれている。


 その時、『俺』は自分が誰よりも強いことを知った。


        〇


 『私』は唐突に、前世のその出来事を思い出した。


 そして、急いで(こよみ)を確認する。


 『私』はどうやら、『俺』が死んだ時よりもだいぶ前の時代に転生したらしい。


 だったら、この出来事を防ぐことが出来るかも。


 このまま放っておけば魔王軍幹部の『私』が、

 勇者の『俺』に殺されて、最終的には二人とも破滅する。


 それを防ぐために、まずは『俺』の覚醒イベントを止めなきゃ。


 ついでに、『俺』を見捨てた連中はぶっ殺す!!

 今でも恨んでいるからな、マジで。


        〇


 思ったよりギリギリの日付だった。

 過ぎて手遅れになってないだけ、マシだったんだろうが。


 『私』は急いでサキュバスの羽で、空高く飛んだ。

 目指すは人間の勢力地域。


 人目につかないよう出来るだけ上空を飛ぶ。


 そして、急いで(くだん)のダンジョンに向かった。


「ん?」


 その途中、町とダンジョンの間の平原でふとしたものを発見する。


 若い冒険者たち数名が、空飛ぶ魔物に襲われているのだ。

 ワイバーン、羽の生えた小型の竜だ。


 小型と言っても、羽を広げれば6メートルはある怪物。

 新米冒険者が勝てる相手じゃあない。


 そして襲われているのは、前世の『俺』を見捨てた連中だ。


 一瞬、同じように見捨ててやろうかと思った。

 しかし、それよりも自分の手で復讐してやろうと私は決意する。


 上空から急降下して、勢いをつける。


 そして、そのままワイバーンに突っ込んだ。

 もちろん、そのまま生身ではない。


 死にたくないから、死ぬほど鍛え上げた結界。

 その強力な結界を張って、ワイバーンにぶつけたのだ。


 猛烈な勢いと結界でワイバーンは地面に叩きつけられ、虫のように潰れて死んだ。


 そのワイバーンの死体の上に屹立する私を見て、かつての仲間が目を見開く。


「ま、魔族……ッ!!」

「サ、サキュバス!?」


 ビビってやがる。

 いい気分だぜ。


 男だった頃の荒々しさが、私の中でちょっと目覚める。


 さて、お前らもこのワイバーンのようにしてやる。


 そう思って再び飛ぼうとした私に、若い男の冒険者が一歩前に出た。

 そして信じられないことを言ってくる。


「俺の精気をやる。だから……助けてくれ!!」

「うん……?」


 私は、ちょっと間抜けな声を出して首を傾げた。


 きょとんとする私に、他の冒険者たちも前に出る。


「俺らの仲間が、まだダンジョンにいるんだ」

「だけどもう、この怪我じゃ動かない」

「あいつを見捨てないって……約束したんだ」


「だから、俺らの精気をやるから、仲間を助けてくれ!!」


「…………」


 その言葉を聞いて、私の中にあった何かが急激に冷めていく。

 なんなら、強烈な恥ずかしさすら私は感じていた。


 こいつらは、前世の『俺』を最後まで見捨ててなかったんだ。


 たぶん、ワイバーンに殺され、死体は巣に持ち替えられたので助けも呼べず消え去ったんだろう。


 俺の思い込みの激しさで、ずっと勘違いしていたんだ。


「それとも、憎い人間の頼みは聞けないかサキュバスよ?」


「安心して……」


 かつての仲間の言葉に、私は一度顔を背けたけど、しっかり目を合わせ直して言った。


「私はあなたたちに、()()()()()()()()()()()


 そう言って彼らに近付き、その傷を治癒魔法で治した。


「足手まといになるから、さっさと街に戻って」


「は、はい……」

「ありがとうございます」


 あえて厳しい命令口調の私に、仲間たちがうなずいて礼を言う。


「シッセは、『私』が助けてあげるから」


「あれ? なんで名前を?」


「うぐっ」


 やべっ。


「そんなことより、急がないと手遅れになるから行くね!!」


 と、私は自分のミスを強引に誤魔化して、ダンジョンに向かった。


        〇


 ということがあり、『私』は見事に『俺』の救出に成功したのだ。


 私の強力な結界をハンマーみたいに叩きつけられたサイクロプスは、頭が潰れて胴体にめり込んでいる。


 別にこんなのなんて、魔王軍幹部の『私』の脅威でもなんでもない。

 本当に脅威なのは、目の前の前世の『俺』だ。


 ここで「うおー敵め、憎いぞ許せん!!」って覚醒したら、台無しだし。

 かと言って、前世の『俺』を殺したくないし。


「安心して。私は魔王軍幹部のナル。魔族だけど味方よ」


 『私』はきちんと自己紹介を、前世の『俺』にした。

 いつの日か戦場で出くわしても、見逃してくれるかもしれないし。


「あなたの仲間に頼まれて、助けにきたの」


 と、あいつらの株も上げておく。

 いや、事実なんだけどね。


 とにかく、人間不信にならないよう『俺』をケアしないと。


「あ、あいつらが……」


 おっ、いい反応。

 『私』は『俺』の目の濁りが消えていくのを見て、ほっとした。


 ってか、このころの『俺』ってまだ純真だったんだなぁ。


 もうちょっとしたら、他人の言葉なんて信じなかったろうに。


「それより、怪我はない? 治してあげるから服脱いで脱いで」


「えっ、そ……それは……」


 『私』の言葉に、『俺』は何故か言葉を詰まらせた。


 何を抵抗してるんだか。


 前世とはいえ、私の身体でもあるんだから大切にしないと。

 魔族でしかも魔王軍幹部だから、ビビってるのかな?


 うーん、こういう時はどうすればいいんだろう。


 あっ、そうだ!!


「えい!!」

「わわわっ!?」


 『私』は前世の『俺』を、ぎゅーっと抱きしめた。

 そして、頭をなでなでする。


 こうされると、安心するんだよね。


 私もパパとママから、小さい頃こうしてもらった。

 初めての経験だったけど、落ち着いて心許したからねぇ。


 だから、今でも抱きしめられるのは好きだ。


 『私』の前世だけど、『俺』も『私』と同一人物だし、きっと安心するだろう。


 ちゃんと敵じゃないアピールしっかりしておかないとね。


「強がってることも多いけど、本当は寂しかったんだよね」


 『私』は『俺』だった頃を思い出して、当時の心境を語る。


 孤児院でも、抜け出した先のスラムでも1人だった。


 強くなければ、奪われる。

 だから人に弱みは見せられない。


 この世は弱肉強食だ。


 そう思って、ずっと気を張って誰も信じず生きてきたんだ。


 だけど、遠目に見る仲の良さそうな親子がすごく羨ましかった。


 『私』は、一度死んでその憧れていたものを手に入れることが出来た。

 でも『俺』には、まだそれが手に入ってない。


 いや信頼できる仲間は出来たけど、さすがにぎゅーっとしてくれないだろ。


 じゃあ『私』がしてあげよう。


 他の誰でもない。

 自分自身なんだから。


「弱肉強食の奪い合いは世界の真理だけど、それだけじゃないんだよ」

「……えっ?」


 『私』の腕の中の『俺』がちょっと驚いた反応をする。

 そりゃ自分がずっと思ってたこと言われたら、そうなるか。


「誰かを愛したり、共に生きたり、それも世界の真理なんだ」


 『私』はナルとして生まれたことで、パパとママからそれを教わった。

 だから、自分自身の『俺』にも共有しないと。


「ただ奪い合うだけの世界なんて、奪い合う価値もないものだもんね」


 ふふっと笑って、『私』は抱きしめた手を緩める。

 そして『俺』と目を合わせて、微笑んだ。


「だからね、私と一緒にこの世界で生きていこうよ」


「えっ、そ、それって……?」


「うん? 言葉通りの意味だよ。私は君と一緒に生きたいの」


 そうそう、殺し合い(というか私が一方的に殺されるんだけど)は御免。

 今の『私』も前世の『俺』も、平和に生きていければいいなぁ。


 そういう意味の言葉でストレートに言ったけど、怪我で頭回ってないのかな?


 ってか『俺』の顔がなんだか赤いぞ?


 あっ、もしかして……


 魔王軍幹部の力でちょっと強く締めすぎちゃったかぁ。

 うーん、のちのち最強になるけどこの頃の『俺』はまだ弱いしねぇ。


 自分自身とはいえ、悪いことしたなぁ。


「さっ、服脱いで」


「えっ……ええええええええええええ!? こ、こんなところで?」


「? 怪我治すんだから、ここじゃないと。町戻る前にとっと治すよ」


「あ、ああ……そういうことでしたかナルさん……」


 ほっとしたような、残念そうな声を『俺』が漏らす。

 なんかよくわからん挙動不審だなぁ、『俺』。


 前世の『俺』ってこんな感じだったかなぁ。


 『私』は少し疑問に思ったが、面倒だったのでとっとと『俺』の服を脱がして、治癒魔法で傷を治したのだった。


        〇


「ふぅ、ようやくダンジョンの外ね」


 すっかり喋り方も女の子になった『私』がそう呟く。

 まぁ、魔族で寿命永いしもう女の子やってる時期の方が長いし。


 そんな私に、後ろからついてきた前世の『俺』シッセが声をかけてきた。


「あ、あのナルさん……俺、ナルさんに伝えたいことが」


「うん? どうしたの?」


 そう言って振り返った私の目に、赤いものが映った。


 『俺』ことシッセの顔も赤かったが、それよりも赤く巨大なものだ。


 レッドドラゴン。


 巨大な暴力の化身、生きた災害がダンジョンの入り口の上にいたのだ。


 なんで!?


 私が冷や汗と共にそう思った。


 前世の時、こんな化け物いなかった!!


 私がワイバーンを殺したから、歴史が変わったのか?


 それよりも……ッ


「危ない!!」


 私はとっさに、前世の少年シッセの身体を突き飛ばしていた。

 次の瞬間、レッドドラゴンの脚が私を吹っ飛ばす。


 咄嗟に結界を張っていたが、耐えきれなかった。


 その巨大な運動量で、小さな女の身体に過ぎない私は地面に叩きつけられ、何度もバウンドする。

 そして、岩にぶつかって止まった。


「がはっ……」


 血を吐き出しながら、私は考える。


 竜はヤバい。

 ワイバーン程度ならいいが、それ以上の竜は魔王でも手を焼く化け物だ。


 人間にも魔王軍にも属してない連中。

 属する必要もない強者。

 

 脳が揺れ、朦朧とする意識と視界の中、竜がこちらへ近づいてくる。


 圧倒的強者を前にしたせいか、

 それとも死ぬのは2回目だからか


 私は恐怖を感じず、静かな諦観に支配されていた。


 前世だったら、憎しみからもしかしてまた力に目覚めたかも知れない。


 だが、ナルとしての幸せな人生で、それらは失われた。


 内部で(うごめ)くマグマのような熱い憎悪がなくなってしまっている。

 前世が地獄だった分、今の人生で十分満足したと思っているのだ。


 この唐突で理不尽な死を、受け入れてしまっている。


 前世……


 ああ前世と言えば、前世の『俺』が何か叫んでいる。


 馬鹿……


 今のお前が勝てる相手じゃないから、早く逃げろ。

 生きて前世の『俺』が歩めなかった幸せな人生を、歩んでくれ。


 そう思った時、『私』は『俺』の叫びを聞いた。


「ナルさんに、手を出すなああああああああああああッッッ!!」


 前世の『俺』シッセがそう叫んで剣を振り下ろす。


 すると、巨大な光がレッドドラゴンに向けて放たれたのだ。


 光の斬撃は竜の硬い鱗を打ち破り、左肩からざっくりと肉を切り裂く。


 凄まじい威力。


 だが、それまでだった。

 深手ではあるが、竜の致命打にはなってない一撃。


 レッドドラゴンが低く唸り、シッセへ向きを変えた。


 そして、大きく息を吸う。


 強烈なブレスを吐くための、準備動作だ。


 だが、シッセは逃げる様子がない。

 いや逃げられないといった感じか。


 さっきの一撃で力を使い果たし、膝立ちになっている。


 しかし、竜から眼をそらさず注目を引くように剣をぶんぶん振っている。

 そして、こう叫んだ。


「俺が引きつけます!! ナルさんは逃げてください!!」


 その言葉を言い終わると同時に、竜が息を止める。

 そして、一気に強力な火炎のブレスを吐き出した。


「はっ、舐めるんじゃあねぇぞトカゲごときが!!」


 そう『私』は、勇者自体を思い出す口調で(たん)()を切っていた。


 結界だ。


 前世の『俺』シッセの前に立ち、結界を展開してブレスを防いでいた。


 死にたくないから、死ぬ気で鍛えた結界術だ。

 一瞬で張ったものならさておき、数秒時間があればこのくらい出来る。


 竜がブレスを溜めるのに、時間を要するのがありがたかった。


 だが……


「く……」


 どろりと、普通の鼻血より粘性が高い血が鼻から出てくる。

 あまり長時間は、耐えきれそうにない。


「ナルさん!!」


 不安そうな『俺』の声が、『私』の鼓膜を揺さぶる。


「君は私が守る!! 心配しないで!!」

「俺はあなたを守りたい!!」


「……ッ!」


 顔を見ることは出来ないが、前世の『俺』の言葉に『私』はハッとした。


 ああ、そうだ。


 どっちも『私』で、どっちも『俺』なんだよね。

 だったら、両方守らなくっちゃあおかしなことになるじゃない!!


「ここから、二人とも助かる方法が1つだけある」


 そう『私』は『俺』に伝えた。


「な、なんですか?」

「感情を爆発させるんだよ、さっきみたいに」


 炎を結界で防ぎながら、私はそう言った。

 そして、過去の経験則を語る。


「シッセ、お前が感情を爆発させれば凄い力が出る!! それで今度こそ、目の前のクソトカゲをぶっ殺すんだ!!」

「で、でもどうすれば……さっきのは無我夢中で」


「だったら、今一番強い感情を口に出せ!!」


 私は叫ぶように言った。


「憎いとか、ぶっ殺すとか……そう言うことで秘められた力が爆発する!!」

「お、俺にそんなことが出来るんですか?」

「出来る!!」


 そろそろ限界を感じつつも、私はそう言った。


「シッセのことは、私が世界の誰より知ってる!! 信じてる!!」

「ナルさん……」

「私を信じて、叫べえええええええええええええ!!」


 次の瞬間、私の断末魔のような声より大きな声が響いた。


「俺はナルさんが好きだあああああああああああああああああああああッッ!!」


「…………え?」


 私がきょとんとした次の瞬間、巨大な光の刃が現れた。

 そして、その刃は竜をまさにトカゲのごとく切り裂いて、大地に爪痕を残した。


 だが、私はその凄まじい威力よりも別のことが気になって仕方なかった。


「えっ? えっ? えっ?」


 振り返って前世の『俺』を見ながら、『私』から声が漏れる。


「あ、あの……今、なんて?」


 そう『私』が質問するが、答える前に『俺』は倒れた。

 どうやら今ので力を使い果たしたらしい。


 前世の時の『俺』は、憎しみで力を解放した時はぶっ倒れなかった。


 一体、どんだけ強い想いで力を使ったんだ?


「ってか、私も限界か……」


 竜のブレスを防ぐ結界で魔力を使い果たした。


 魔力切れで視界が(きょう)(さく)する。


 そして、『私』は『俺』に重なるように倒れた。


        〇


 気付けば近くにあった人間の街のベッドに運ばれていた。


 仲間が援軍を引き連れて、戻ってきてくれたそうだ。


 その際に、『私』と前世の『俺』のシッセを救護してくれた。


 最初、町の人は魔族である『私』を助けるのに難色を示したらしい。


 だが、私がワイバーンから助けた仲間たちが熱弁してくれたおかげで、このように私も暖かなベッドのお世話になれている。


 なんて義理堅くて熱い奴らなんだ。

 本当に素晴らしい仲間たちだと思う。


 前世では逆恨みして、本当ごめん。


 『俺』はこの仲間を大切にしてほしい。


        〇


「あ、あのナルさん……調子は大丈夫でしょうか?」


 一足先に回復した『俺』が、『私』を心配そうに見つめている。

 私はベッドで上半身だけ起こしながら、様々な不安を感じていた。


 うーん、そういえば前世とは言え直接自分の顔を見たのは初めてだ。


 こんな清々しい顔とキラキラした目ぇしてたっけなぁ。

 鏡の反射で見るのと印象違うのかな?


「うん、大丈夫だよ。傷はもう治ってるから魔力不足だね」


 と、『私』が答えると、『俺』が手を握ってきた。


「魔力供給だったら、俺いつでも協力します!!」


(おおおおお、近い近い!! ってか、手の力つよい!!)


 力が覚醒した『俺』に、『私』はちょっと恐怖に似たものを覚える。

 いや、実際に前の世界線では殺されてるんだしねナルは。


「俺、ナルさんのことが好きです」


 そうハッキリ、唐突に告られた。


「………………」


 待てマテまてマテまて待てまてマテ待て……


 いやね、確かに今の『私』はプリチーなサキュバスだよ。

 でもね、本当は男……っていうか『俺』自身なんだよ。


 じ、自分に告白してどーすんの!!


 ってか、出会ってすぐなんだけど。


 ああ、そうだー!!

 この頃の『俺』って、めっちゃ思い込み強いタイプだったー!!


 めっちゃグイグイ来るー!!


「こんなにも俺のことわかってくれる女性は、ナルさんが初めてで……」


 そ、そりゃそうでしょーよ。

 『私』は『俺』くん、君自身だったんだから。


 よーく知ってるって。


「魔族だって構わない!! いや、魔族のナルさんが好きです!!」

「…………」


 うっ、真っすぐな瞳でそう言われると変な気持ちになる。

 うう、『俺』の若さがまぶしい。

 この心臓の高鳴りの原因がわかんないよぅ。


 お、女の子になっちゃう……いや、女の子なんだけど。


 で、でも本当どうしよう?


 さ、流石に自分と付き合うってどうなの?


 かと言って断るのも、まずいかも。

 ここで振ったら、それこそ『俺』は闇落ちしちゃうかも。


 あ、だったら正体明かしちゃうのどうだろう?


 いやいやいやいや、絶対それダメだって。

 初めて惚れた女が、実は男どころか


「来世の自分自身でしたー」


 なんて、脳みそぶっ壊れるってレベルじゃねーわよ。

 下手すりゃこの時点で殺されかねないって!!


「え、ええっと……」


 『私』は戸惑いながらも、『俺』の手を握り返して微笑んだ。


「ま、まずはお友達から始めましょう」


 我ながらヘタレた答えだと思う。


 しかし、その言葉を聞いた『俺』は


「はい! 魔王軍幹部のナルさんに相応しい勇者になってまた告白します!」


 と、相変わらず真っすぐな目を『私』に向けてきた。


       〇


 男と女、人間と魔族、それでいて自分自身。


 遠いけど一番近い者『俺』と『私』の恋路がどうなったか。


 それこそ文字通りの自慰行為になってしまうので、多くは語るまい。


 しかし、今回は魔族と人間の戦争も起こらなかった、とだけは明言しておく。


 そのことに『私』と『俺』がどう関わっていたか。


 とても恥ずかしいから、秘密にさせてください…………


 あとはまぁ、

 サキュバスとして魔力供給にはことかかなかったかな。

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