死に戻った悪役令嬢ですが、愛が重いヤンデレ騎士の溺愛監禁ルートに入りました
「――リディア・エヴァンズ。貴様を王国反逆罪により処刑する」
広場に歓声が響いた。
処刑台の上で、私は静かに顔を上げる。
視線の先に立っていたのは、銀髪の騎士団長レオン・ヴァルツだった。
王国最強と名高い騎士であり、同時に私の初恋の相手でもある。
最後くらい、助けてほしい。
そんな願いが胸をよぎり、私は自嘲気味に笑った。
愚かな話だ。
王太子に執着し、聖女を害し、破滅した悪役令嬢に救いなどあるはずがない。
「言い残すことはあるか」
レオン様の声は冷たかった。
(……助けて)
私は喉の奥まで込み上げた言葉を、ゆっくり飲み込む。
「ありません」
僅かな沈黙を挟んで、レオン様の構えた剣が振り下ろされる。
――ザンッ。
鋭い風切り音と共に私の命が終わる、その瞬間だった。
「次こそは、絶対に渡さない」
耳元を掠めた低い囁きに、私は目を見開いた。
◇ ◇ ◇
「っ……!」
飛び起きた瞬間、激しく肩で息をした。
見慣れた天蓋付きの寝台と、自室の景色が視界に映る。
震える手で机上のカレンダーを確かめた私は、愕然と息を呑んだ。
「一年前?」
処刑の日より、ちょうど一年前だ。
死に戻ったのだと理解した途端、全身から嫌な汗が噴き出した。
断頭台、歓声、振り下ろされる刃。
そして最後まで、自分を見下ろしていたレオン様の瞳。
「もう、あんな思いは嫌……」
前回の私は間違えた。
王太子を追い回し、嫉妬に目を曇らせ、気づけば誰からも見放されていた。
だから今度こそ慎ましく生きる。
誰とも深く関わらず、静かに生き延びる。
そう決意した日の夜だった。
「どうして逃げようとするんです?」
「ひっ!?」
突然かけられた声に、私は悲鳴を上げた。
月明かりの差し込むバルコニーに、長身の男が立っている。
「レ、レオン様……!?」
銀髪の騎士団長は、当然のような顔で部屋へ踏み込んできた。
「会いに来ました」
「騎士団長が、令嬢の部屋に侵入していいと思ってるんですか!?」
「窓の鍵が開いていたので」
「理由になってません!」
後ずさる私に対し、レオン様は静かに距離を詰める。
逃げなければと思うのに、足が動かなかった。
処刑台で見たあの目と、同じだったからだ。
「また、一人で死ぬつもりですか」
彼の言葉に心臓が凍りつく。
「……え?」
「今度は失敗しません」
低く落ちた声に、背筋が粟立った。
「まさか……レオン様も……」
「ええ。あなたが死んだ後、俺も死にました」
あまりにも平然と告げられ、私は唖然とした。
「どうして……」
「あなたのいない世界に価値がなかったので」
蒼い瞳が真っ直ぐ私を射抜いた。
その眼差しに宿る執着の熱量に、息が詰まる。
「処刑の日、あなたは最後まで俺を頼らなかった。ひとこと『助けて』と言ってもらえたら、全てを投げ出してでも守ったのに」
レオン様の指先が、そっと私の頬に触れた。
「だから今回は、最初から全部排除することにしたんです」
「排除?」
「王太子も、聖女も、あなたを害する貴族も」
穏やかに微笑みながら、とんでもないことを口にする。
「国境には既に手を回しています。仮に逃げても、すぐ追えるように」
「怖すぎます!」
「医師も確保済みです。毒見役も、使用人も、全員調査を終えています」
「準備が周到すぎるんですが!?」
「安心してください。今度は誰にも、あなたを傷つけさせません」
恐ろしいはずなのに、その声には切実さが滲んでいた。
「……愛しています」
強く抱き寄せられる。
耳元に落ちた声は、わずかに震えていた。
「あなたが死んだ時、正気を保てる気がしなかった。だから次は、閉じ込めてでも守ると決めたんです」
「閉じ込める前提なんですか」
「あなた専用の屋敷も用意しました」
「本当に実行済み!?」
「庭園と温室付きです」
「設備の問題じゃないんです!」
レオン様は本気だった。
その表情を見た瞬間、私は理解してしまう。
この人は、私の死で壊れてしまったのだ。
前回の私は、誰にも必要とされていないと思っていた。
最後まで助けを求めなかったのも、その諦めがあったからだ。
しかし、この人だけは違った。
私を失ったことで、生きる意味ごと壊れてしまうほどに、私を――。
「レオン様」
気づけば、私は彼の袖を掴んでいた。
レオン様が目を見開く。
「逃げません」
「……っ」
「だから監禁は、できれば穏便に……」
数秒の沈黙の後、レオン様は苦しげに額を押さえた。
「無理です」
「なんでですか!?」
「そんなことを言われたら、余計に閉じ込めたくなるでしょう」
「どうして悪化するのです!」
レオン様の耳が赤く染まっている。
どうやら照れているらしい。
怖いのに不器用で、狂気じみているのに妙に真っ直ぐだ。
彼のことが理解できない。
でも、何故だか放っておけない心地がした。
「リディア」
熱を押し殺した声で、レオン様が囁く。
「今度こそ、あなたを幸せにします」
その瞳は重く、狂気的で、それでも真摯だった。
きっと普通の恋愛にはならない。
それでも、この人となら少なくとも一人で死ぬことはない。
そう思ってしまった時点で、もう負けなのかもしれなかった。
◇ ◇ ◇
監禁生活が始まって三日目、私は早々に理解した。
この屋敷、逃げられない。
窓には結界。扉の外には騎士。
庭園へ出ても、少し離れた場所に必ず誰かいる。
視線が恐ろしいくらい自然なので最初は気づかなかったが、明らかに監視だ。
試しに裏門から抜け出そうとした時など、五分後にはレオン様が現れた。
「どこへ?」
「ひっ」
笑顔だった。
怖い。本当に怖い。
「少し散歩を」
「門番が泣きながら報告に来ました。“奥様が脱走を”と」
「奥様じゃありません!」
「予定ではそうなります」
レオン様は真顔でそう言った。
しかも、さらっと既成事実みたいに扱われている。
「……あの、レオン様」
「なんでしょう」
「もしかして、この屋敷の方たち全員、私を監視してます?」
「監視ではありません。護衛です」
「言い方を変えただけですよね?」
「リディアを危険から守るためです」
当然のように答えた後、レオン様はわずかに目を伏せた。
「前回は、守れなかったので」
掠れた声に、私は言葉を失う。
この人は、本当にあの日を引きずっている。
処刑台で死んだ私より、その後に残されたレオン様の方が壊れてしまったのかもしれない。
「……逃げませんよ」
小さく呟くと、レオン様が目を見開いた。
「本当に?」
「そんなに信じられませんか?」
「はい。あなたは、自分を大事にしないので」
低く、切実な声だった。
「だから、目を離すのが怖い」
真っ直ぐ向けられる執着に、胸がざわつく。それは、あまりに重い。
なのに少しだけ、嬉しいと思ってしまった自分がいた。
◇ ◇ ◇
監禁生活が始まって一週間後、私は別の問題に直面していた。
甘やかされすぎる。
「リディア、寒くありませんか」
「大丈夫です」
「ですが、先ほど少し肩を擦っていました」
そう言いながら、レオン様が当然のように上着を掛けてくる。
しかも高級品だ。触っただけで分かる。
「お茶も淹れ直させました。温度が少し低かったので」
「十分温かかったですよ?」
「いえ、リディアの身体が冷えたら大変です」
「大げさですよ……それに、」
私は机の上に視線を移した。
そこには、山のようなお菓子が並んでいる。
王都の人気店の焼き菓子、宝石のように繊細な砂糖菓子、高級果物まである。
「……これ全部、私にですか?」
「あなたがどれを好むか分からなかったので」
「試食会じゃないんですから」
呆れながらクッキーを摘まむと、レオン様の目がじっとこちらを見つめていた。
「なんですか」
「いえ。食べているな、と思って」
「食べますよ!」
「ちゃんと笑っていますね」
「観察が怖いんですが!?」
しかしレオン様は、心底安心したように息を吐いた。
「前回のあなたは、処刑が近づくにつれて何も口にしなくなったので」
その言葉に、胸が詰まる。
前回の私は、もう全部諦めていた。
生きる気力すら失っていたのだ。
けれど今、目の前のこの人は、私がクッキーを食べただけで安心している。
そこまで追い詰めてしまっていたのかと思うと、妙に胸が苦しくなった。
◇ ◇ ◇
ある日の夜、ふと目が覚めた私は、部屋の隅に人影を見つけて飛び起きた。
「きゃあああっ!?」
「リディア!? どうしました!?」
「レオン様がどうしましたです!!」
なぜかレオン様が椅子に座ってこちらを見つめていたのだ。
暗闇の中で灯りもつけずに、ただ静かに。
怖すぎる。
正直、幽霊か何かかと思った。
「な、なんでいるんですか……」
「寝顔を見に」
「言い方!」
レオン様は、全く悪びれていなかった。
「うなされていたので、様子を見に来ました」
よく見ると、机には読みかけの書類が積まれていた。
「……ずっといたんですか?」
「二時間ほどです」
「長いです!」
「起こさないよう静かにしていました」
「そういう問題じゃありません!」
私が半泣きで訴えると、レオン様は少し困ったように眉を下げた。
「あなたが苦しそうにしていると、不安になるんです」
低く落ちた声には、冗談の気配が一切なかった。
「また突然いなくなるんじゃないかと考えると、眠れない」
私は息を呑む。
この人にとって、私の死はまだ終わっていない。
今もずっと、処刑台の日の続きの中にいるのだ。
「……もう消えたりしません」
気づけば、そう口にしていた。
するとレオン様は、壊れ物に触れるみたいに私の手を握る。
「約束ですよ」
「はい」
そのまま彼は、私をそっと抱きしめた。
◇ ◇ ◇
私は少しずつ気づいていった。
レオン様は、私を閉じ込めたいわけではない。ただ、失うのが怖いのだ。
私は彼の不器用で重い愛情を、いつしか愛おしく感じるようになっていった。
そして、半年後――、
「……よろしくお願いします」
差し出された結婚指輪を、私は受け取った。
レオン様は、泣き出しそうな顔でその手を握り締める。
「これで合法的に、一生閉じ込められる……」
「やっぱり逃げた方がいいですか?」
「駄目です」
彼が即答するので笑ってしまった。
もっとも、もう逃げる気など残っていなかったのだけれど。
「これからも、ずっと一緒ですよ。旦那様」
「……!」
レオン様の端正な顔が、赤く染まっていく。
そんな彼を見つめながら、私の心は静かに満たされていく。
彼の腕の中は、少し息苦しい。
でも、今ではここが、私が一番幸せを感じられる場所なのだ。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
少しでも楽しんで頂けたらとても嬉しいです。
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今後も短編を投稿していく予定なので、宜しくお願いします!
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




