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どうやら帝国最強の魔導卿に指輪を嵌められたようです

ミラの全力の拒絶など、ゼノスにはそよ風ほどにも効かなかった。


 彼は出来立ての『銀雪の魔導糸の守護チャーム』を胸元に抱きしめたまま、うっとりと目を閉じている。


「……ああ、甘いな。君の魔力は、どうしてこんなに僕を狂わせるんだ……」


「狂わないでください。正気に戻ってください。というか、それは食べ物じゃないですからね!?」


 横で控えていた側近が、いつもの無表情のまま、そっとミラに耳打ちした。


「……ミラ様。主様は本気です。あの方は以前、あなたの残した魔力の残滓だけで一週間を過ごそうとした前科があります」


「前科の方向がおかしいんですけど!?」


「……早く何か別のものに興味を向けさせないと、本当に『不食の魔導卿』として歴史に名を刻みかねません」


「何でそんな大事件みたいに言うんですか! 止めてくださいよ!」


 ゼノスは何かを思いついたように、パチンと指を鳴らした。


 すると、空間の裂け目から目が眩むほどの光を放つ『何か』が現れた。


「……ミラ。素晴らしい作品のお礼だよ」


「え」


「今度は僕が、君という至宝を飾らせてほしい。さあ、これを着てごらん」


 現れたそれを見て、ミラは固まった。


 最高級の漆黒のシルクに、拳ほどもある魔宝石がこれでもかと縫い付けられた、常識外れに豪奢な衣装。

 もはやドレスという名の『魔力回路』だった。


「…………いや、無理です。絶対無理!」


「どうしてだい?」


「どうしてって、見た目からして怖いんですけど!?

何ですかそれ。キラキラしてるのに禍々しいっていう、最悪の両立してますよ!?」


 ミラは一歩、二歩と後ずさる。


 だがゼノスは嬉しそうに衣装を広げた。


「心配しなくていい。この衣装には、君の体温を常に最適に保ち、僕の魔力を二十四時間君に供給し続ける機能がついているだけだよ」


「それが怖い!!」


 ミラは叫んだ。


「何でそんな便利機能みたいな顔して、恐怖機能を説明してくるんですか!?

それ、袖を通した瞬間に私の自由が物理的にロックされるやつでしょう!?

職人の勘が全力で警鐘を鳴らしてます!!」


「おや、察しがいいね」


「褒めないでください!」


 ミラは本能的な危機を感じ、くるりと踵を返した。


 一目散に工房の出口――といっても、彼が作った異次元庭園へ向かって、怯えたうさぎのように駆け出す。


「おや、照れているのかい? 逃げなくていいんだよ」


「それが怖い! って言ってるんです~!!」


 ミラはとにかく猛ダッシュした。


 しかし背後からは「フフ……」という楽しげな笑い声と共に、一歩も動いていないはずのゼノスの気配が、なぜか常に至近距離で追いかけてくる。


「やだやだ! 宝石が重い! 視覚的に重いし、情緒的にも重すぎる!!」


「逃げれば逃げるほど、君の頬が赤く染まって美しいね」


「そういう感想いらないです!!」


「……おっと、そっちは行き止まりだよ?」


「ひぇっ!?」


 庭園の端、美しいバラの生垣に追い詰められたミラは、びくりと肩を跳ねさせた。


 目の前の空間が揺らぎ、霧のようにゼノスが現れる。


 その手には、相変わらずキラキラと――そして禍々しく輝く衣装が握られていた。


「さあ、ミラ。これを着れば、君は指先一つ動かさずに僕の加護を受けられる。外の汚れを一切寄せ付けない、僕だけの完璧な人形でいられるんだ」


「人形になりたくない! 私は泥臭く紐を編んでたいんです!

その衣装、絶対重力操作か何かで私をその場に固定する仕組みが入ってるでしょ!

職人の勘を舐めないで!」


「……ふふ。全部は入っていないよ」


「全部じゃないなら、一部は入ってるんじゃないですか!!」


 衣装を広げながら迫ってくるゼノスに、ミラは本気で涙目になる。


「こわいこわいこわい!! 側近さーん!

この人、高級なラッピングで私を固定しようとしてます!

助けてーーー!!」


 遠くでそれを見ていた側近は、紅茶を一口啜り、静かに目を逸らした。


「……ミラ様。主様の『着せ替え欲』は、一度火がつくと全宝石を使い切るまで止まりません。……ご愁傷様です」


「見捨てないでーーー!! なぜ紅茶飲んでるの!?」


 ミラの叫び声が、永遠に春が続く美しい庭園に虚しく響き渡る。


 どうにか腕をすり抜け、さらに走り続けた。


「はぁ……はぁ……もぉー無理……。ゼノス様、体力お化けすぎます……っ」


 千年樫の幹に手をつき、肩で息をしながらその場に崩れ落ちる。


 逃げ場は、もうなかった。


 左右から、優しく――けれど決して逃がさない強さで伸びてくるゼノスの腕。

 その長い腕が逃走経路を完全に遮断し、彼女を木の幹と自分の胸板の間に閉じ込める。


「……捕まえた。いい運動になったかな、ミラ?」


 ゼノスは息一つ乱していなかった。


 乱れたミラの髪を愛おしそうに指で梳き、その手には相変わらず禍々しいほど美しい魔宝石の衣装が握られている。


 ミラは少しだけ顔を上げ、潤んだ瞳でゼノスをじっと見つめた。


 計算か、それとも天然か。

 その完璧な上目遣いに、密着した身体越しにゼノスの鼓動が大きく跳ねるのが分かった。


「……ねぇ、ゼノス様。その宝石、ただの飾りじゃないですよね?

……一体、何を付与したんです?」


 ミラの震える声に、ゼノスは蕩けるような、この世で最も甘い毒のような笑顔を浮かべた。


「……察しがいいね。これは、僕と君の魔力をリンクさせるものだよ。

二十四時間いつでも君の居場所が分かる。君が世界のどこにいても、僕はすぐに駆けつけられる」


「へぇ、二十四時間、居場所が分かる……」


 ミラはフッと、今度はひときわ愛らしい笑顔を向けた。


「あ、そうなんですね!

じゃあ、それを着けたら、外に出してくれるんですか?」


「……何?」


「だって、これさえあれば私の居場所がいつでも分かるんですよね?

だったら、ずっとこの魔塔の中に閉じ込めておく必要、ないじゃないですか。

居場所が分かるのに閉じ込めるなんて、それの性能を信じてないみたいで、宝石に失礼ですよ?」


 首を少し傾げ、小悪魔のような微笑みを浮かべながら、ゼノスの矛盾を突く。


「……ふふっ。居るだけなら、これいらないですもんね?」


 一瞬、ゼノスの思考が止まった。


「…………」


「どうしたんですか、魔導卿様?

自分の作った魔導具の性能、信じてないんですか?」


 追い打ちをかけるミラの言葉に、ゼノスは初めて「困ったな」というように眉を下げた。


 だが、その瞳の奥にある執着の火は、決して消えてはいない。


「……ミラ。君は、僕が思っていたよりもずっと……悪い子だね。

……僕を言い負かして、そんな可愛い顔で自由をねだるなんて」


 ゼノスはミラの腰をさらに強く引き寄せ、その耳元に唇を寄せる。


「いいよ。そこまで言うなら、条件付きで検討しよう。

……ただし、その宝石を身につけるだけじゃ足りないな。

……僕の魔力が、君の肌の隅々まで馴染んで、僕以外の空気では呼吸できないほどに染め上げられたら……その時は、考えてあげなくもないよ?」


「……あ、今の絶対出す気ない人のセリフだ。騙されないぞーーー!!」


 ゼノスは小さく笑った。


「……ふふ、分かったよ。君の言う通り、僕の作った魔導具の性能を信じないのは、製作者への冒涜だね」


 そう言って、衣装の宝石の一つを取り外す。


 それは、夜空のように深い青を湛えた魔宝石を、繊細な銀の台座に嵌めた指輪だった。


「ひぇっ、それ、まさか……」


「これなら衣装ほど重くないだろう? さあ、左手を出して」


「いや、左手はちょっと意味深すぎます! 右手でお願いします!!」


 ミラが必死に右手を差し出そうとするが、その前にゼノスの手に軽々と捕まった。


「ちょ、待っ――」


 吸い込まれるように、左手の薬指に指輪が滑り込む。


「あぁっ! 嵌められた!! 物理的にも社会的にも詰んだ気がする!!」


 指輪が嵌まった瞬間、わずかに体温が吸われる感覚が走った。


 銀の台座が生き物のように細く光り、彼女の肌に紋様を刻んで消える。


 ミラの指先には、ゼノスの魔力が脈打つように流れ込んでくる奇妙な一体感が走った。


「……よし」


 ゼノスは満足そうに微笑んだ。


「これで、君が魔塔のどの階層で、どの本を読み、どの糸に触れているか、僕には手に取るように分かる。

……約束だよ、ミラ。この魔塔の敷地内限定で、君に『お散歩』を許可しよう」


「お散歩……。え、犬か何かだと思ってます? 私、人間なんですけど」


「僕の大切な、逃げ足の速いうさぎさんだからね。

……ただし、一箇所でも僕の魔力が届かない死角へ行こうとしたら、この指輪が君を強制的に僕の寝室へ転送する術式を組んである。……いいね?」


「……それ、お散歩じゃなくて『超高性能な伸縮リード』がついてるだけじゃないですか!!」


 ミラが指輪を外そうとジタバタするが、宝石は指に吸い付いたように動かない。


 ゼノスはその様子を満足げに見つめると、彼女の指先にそっと唇を寄せた。


「さあ、行ってくるといい。

……夕食の時間には、僕が直接君を迎えに行くから。

……それとも、今すぐ僕のそばで、もっと親密な時間を過ごしたいかな?」


「結構です! 私は今すぐ外の空気を吸いに行ってきます!! さよなら!!」


 ミラは顔を真っ赤にして、ゼノスの腕をすり抜けると、うさぎのように部屋を飛び出した。


 ――背後から。


「……ああ、可愛いな。どこまで行っても、僕の手のひらの上だというのに」


 背後から追いかけてくる低く甘い独り言にも気づかず、ミラはそのまま廊下を駆けていった。


 豪華すぎる魔塔の廊下をしばらく進んだところで、ミラはようやく足を止めた。


「はぁ……っ、はぁ……っ……」


 左手の薬指で、青い宝石がきらりと光る。


 それを見つめながら、ミラはしばらく呆然と立ち尽くした。


 そして――数秒後。


「……あれ?」


 ぺちん、と自分の額を叩く。


「よく考えたら、結局、魔塔から一歩も出られてないじゃん」


 しん、と静まり返った廊下に、情けない声が響いた。


「私、バカなの?」


 どう考えても、宝石の衣装から逃げることに全力を注ぎすぎていた。


 気づけば『魔塔の中なら自由』という、自由に見せかけた巧妙な監禁条件を飲まされている。


「くそぉ……。あの顔面キラキラ天才魔導卿のペースに、完全に飲まれてたわ……」


 ミラはがっくりと肩を落とした。


 左手の薬指では、逃亡防止用の指輪が、何も知らないみたいに綺麗に光っている。


「出られない、帰れない、監禁決定じゃん……。しかも見た目だけはちょっと綺麗なの、余計に腹立つ……」


 今日という日に対する敗北感を噛みしめながら、ミラは重い足取りで廊下の奥へと歩き出した。

読んでいただきありがとうございます。

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