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どうやら帝国最強の魔導卿の城に閉じ込められたようです


「……ちょっと待って。今、側近さん、なんて言ってました?

『終身独占……婚姻……契約書』って言いませんでした!?」


ミラは、自分を抱きかかえているゼノスの胸板をベシベシと叩きながら、

信じられないものを見る目で彼を見上げた。


「ゼノス様! あなた、滞在許可証だって言いましたよね!?

笑顔で詐欺を働こうとしましたね!?」


「……おや、バレてしまったか。やはり古文の難易度が低すぎたかな」


ゼノスは全く悪びれる様子もなく、むしろ「次はもっと複雑な呪文で隠そう」とでも言いたげな、

涼やかな顔でミラを見下ろしている。


「バレますよ! 単語の並びが不穏すぎるもの! やっぱり危なかったわ……!

私のサインは、そんな恐ろしい呪いの呪文には貸しませんからね!」


「ふふ、頑なだね。だが、それもまた愛おしい」


「愛おしまないで! 恐怖を感じて!」


ミラの抵抗も虚しく、ゼノスは彼女を羽毛のように軽く抱き上げたまま、

部屋の突き当たりで足を止めた。


そこは、本来なら行き止まりのはずの場所。


だが、ゼノスが指先で空間をなぞると、空気が水面のように揺らぎ、眩い光が溢れ出す。


「さあ、ミラ。君がこれから一生を過ごす、僕たちの城だ」


「一生って言った! 今、ナチュラルに一生って付け足したよね!?」


ミラが叫ぶ間もなく、二人は光の中に吸い込まれていく。


視界が開けた瞬間、ミラの目に飛び込んできたのは――


王都の喧騒とも、魔塔の無機質な石造りともかけ離れた、『職人のための楽園』だった。


「……っ、何これ……!?」


天井まで届く棚にぎっしりと並べられた、見たこともないほど発色の良い最高級の魔導糸。


窓の外には、季節外れの美しい花々が咲き乱れる。

広大な庭園が広がり、新しい魔導具の匂いが混じっている。


「ここにあるものは全て君のものだ。

最新の織り機も、魔力を増幅させる作業台も、

そして……僕もね」


「……う、うわぁぁ……。

設備が、設備が良すぎて、逃げ出したいのに指がウズウズする……っ!!」


ゼノスの「重すぎる愛」と、職人としての「抑えきれない好奇心」。


ミラは今、人生最大の危機(と誘惑)の真っ只中に立たされていた。


その誘惑の中心にあったのが――


使い勝手を極限まで追求した、世界に一つだけの作業台だった。


それを見た瞬間、ミラの指先は職人の本能でピクリと動く。


「……あー。……うん。確かに凄いです。

正直、この糸の束を見ただけで、

新しい編み図が三つは浮かびました。……けど」


ミラは、ゼノスの腕の中で真顔になり、彼をじっと見つめた。


「『一生出られない』というのは……

引きます。かなり、引きます」


「……引く、のかい?」


ゼノスは、まるで生まれて初めて「拒絶」という概念に触れた子供のような、

純粋に戸惑った顔をした。


彼の中では、


「最高の環境を用意した=喜んで一生ここにいてくれる」が正解だった。


極端すぎるほどに真っ直ぐな(重すぎる)愛の方程式を共通認識だと思っていた。


「引きますよ! ドン引きです! どんなに糸が綺麗でも、どんなに庭が広くても、

外の空気が吸えないのはただの『綺麗な牢獄』じゃないですか。

……ゼノス様、あなた、センスはいいのに愛が物理的に重すぎます!」


「……そうか。だが、外は危険だ。君の指先を狙う不逞の輩や、

君の才能を安売りさせようとする者たちが溢れている。

……僕の腕の中が、世界で一番安全だと思わないかい?」


ゼノスは、ミラの腰に回した腕に、

さらに優しく――けれど決して離さないという意志を込めて力を加える。


その瞳には、守りたいという献身と、閉じ込めたいという独占欲が、

どろりとした熱を帯びて混ざり合っていた。


「安全すぎて息が詰まります!

そもそも私、ただの市場のワゴン販売ですよ?

誰が狙うんですか。

……あ、狙ってるのは、

今私を抱きしめて離さない魔導卿様、あなただけです!」


「……フフ。やはり君は面白いな。僕の魔力に当てられて、

怯えもせずにこれほどはっきり拒絶を口にするなんて」


ゼノスは怒るどころか、

その「自分の思い通りにならないミラ」に、

さらに執着の火を燃え上がらせてしまった。


彼はミラを抱えたまま、

ゆっくりと工房の奥――さらに贅を尽くした『居住スペース』へと歩を進める。


「いいよ。今は引いていても。

……この部屋の居心地の良さに、君の身体が馴染むまで、いくらでも時間をかけよう。

……さあ、まずはこのソファに座って。

君の好きな、最高級の茶葉と、僕の愛を受け取ってくれるかな?」


「茶葉だけでいいです! 愛は返品不可でも突き返しますから!!」


結局、ミラは工房の奥にある、雲のように柔らかなソファに座らされていた。


もちろん隣には隙間なくゼノスが座り、

彼女の片手は「逃げないように」と彼の手の中にしっかりと収まっている。


側近が音もなく淹れていった最高級の紅茶。


その芳醇な香りが漂う中、ゼノスはうっとりと目を細め、

ミラの指先を一本ずつ慈しむように撫で始めた。


「……あの日、雨の匂いと、死の呪いの冷たさしかなかった僕の世界に、

君が踏み込んできた時の感覚を、僕は一秒たりとも忘れたことはないよ」


「……あ、はい。……あの、お茶、冷めちゃいますよ?」


ミラは引きつった笑顔で茶杯を差し出したが、ゼノスの耳には届いていない。


彼の視線は、ミラの指の付け根――細かな魔導糸を操るために発達した繊細な節々へと注がれている。


「君の指が僕の凍えた手首に触れた瞬間……熱かった。

まるで、心臓を直接掴み直されたような衝撃だった。

そして、君が僕に押し付けたあの不格好な……ああ、失礼、愛らしいうさぎ」


「不格好でいいですよ、試作品だったし!」


「あの糸の結び目一つ一つに、君の無垢な祈りと、圧倒的な生の魔力が宿っていた。

……僕の体内を蝕んでいた呪いが、君の編んだ迷宮に迷い込み、食い破られていく快感。

……君は僕に、ただの命ではなく、『君という光に縛られる特権』をくれたんだ」


ゼノスの声は、次第に低く、熱を帯びていく。


ミラは、逃げるタイミングを完全に失っていた。


(……長いなぁ)


(話、いつ終わるんだろう……)


ゼノスはミラの手を自分の頬に寄せ、すり寄るように目を閉じる。


「君が『捨てていい』と言って去った後、

僕はその壊れたうさぎを抱きしめて、数時間も雨の中にいた。


……君の残した魔力が消えてしまわないよう、

僕の魔力で幾重にもコーティングして、宝物庫の奥底ではなく、

僕の胸の中に埋め込んで、二度と失わないようにしたいとさえ思ったよ」


「……ねぇ、それ、感謝の域を超えてホラーになってません?」


「ホラー? いや、これは純粋な『愛そのもの』だよ、ミラ。

僕はあの日から、君の指先なしでは夜も眠れない体質になってしまったんだ。

……君が今、こうして僕の目の前で息をして、僕の用意した茶を飲み、僕の隣にいる。

……この数ヶ月の飢えが、ようやく報われる」


ゼノスは目を開けると、ドロリとした執着の光を宿した瞳で、ミラを真っ直ぐに見つめた。


「もう一度聞くよ。……外の空気がそんなに必要かい?

僕が君の空気になり、君の望む全ての糸になり、君の唯一の顧客になる。

……それで十分だと思わないか?」


「思いません! 100点満点中、マイナス500万点です!!」


ゼノスは、ほんの一瞬だけ目を細めた。


まるで、その言葉をゆっくり味わうように。


「……やはり君は最高だね」


ミラの全力の拒絶。


しかしゼノスは、それすらも「元気があってよろしい」

とでも言いたげな、慈愛に満ちた(狂った)微笑みを崩さないのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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