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2/12

どうやら帝国最強の魔導卿は本気で手放す気がないようです


立ち去る少女の足音が、雨音に消えていく。


ゼノスは、それをじっと聞いていた。


「はぁ……熱い。さっきまで僕を焼き尽くそうとしていた呪いよりも、君の指先が触れた場所の方が、ずっと、ずっと熱いんだ……」


手の中の、耳がちぎれた安っぽい紐細工を、ゼノスはうっとりと目を閉じて顔に近づける。


彼女の体温と、微かに混じる『編み糸』の匂いが残っていた。


ゼノスが魔塔にたどり着く頃には、呪いにかかる以前よりも体内の魔力が安定していると分かるほど、整えられていた。


「なんだ、これは。こんな、試作品に……


……僕を縛り付けていた死の呪いが、一瞬で食い破られたのか。


いや、違う。この編み目だ」


指先で、ゆっくりとなぞる。


「複雑に、執拗に、まるで僕の魂を絡め取るように編み込まれたこの術式……。


こんなに優しくて、残酷な魔力の色を、僕は他に知らない」


ゼノスは震える指で、彼女が触れた自分の手首を、爪が食い込むほど強く掴んだ。


「君は『捨てていい』と言ったね。……ふふ、冗談じゃない。


僕の絶望を、こんなにも鮮やかに奪い去っておいて、自分だけ日常に戻ろうなんて、そんなこと許すはずがないだろう?」


窓の外へ視線を向ける。


その口元には、甘い独占欲を孕んだ笑みが浮かんでいる。


「君が僕を救ったその瞬間から、君の指先も、その魔力も、


君が紡ぎ出す全ての『形』は、僕だけのものだよ」


ゼノスは目を細めた。


「──探せ」


静かな声だった。


だが、逆らうことを許さない絶対の命令。


「このうさぎを作った少女を、必ず見つけ出せ」


「……ああ、喉が渇く。


君が編み上げたこの結び目を、一つずつ解いて、君の魔力を直接この喉に流し込みたい」


わずかに息を吐く。


「次は誰のために編むのか……


考えるだけで、苦しい……」


そして、低く囁いた。


「……あぁ、会いたい、僕のうさぎ」


ゼノスは漆黒のローブを翻し、執務机の椅子に深く腰掛けた。


深く息を吐き、再び窓の外へ視線を向ける。


その瞳は、逃げ去った君の背中を探すように、獲物を狙う獣の光を宿している。


「今は逃げればいい。


でも、忘れないで。君がこの『うさぎ』に込めた魔力の残滓が、僕の血の中に深く刻まれてしまった。


世界中を……僕の魔力糸で埋め尽くしてでも、君を燻り出してあげる。


……見つけた時は、もう二度と、その指先で僕以外のものは編ませない。


僕という鎖だけを、一生かけて編み続けてもらうからね……」


――魔塔の最上階、外は雷鳴が轟いている。


そこには、かつての瀕死の姿は微塵もない、冷徹で美しい魔塔主・ゼノスがいた。


ゼノスは、あの日と同じ時間に路地裏へ通い続けた。


だが、再会はすぐには叶わなかった。


彼は、豪華な執務机の上に、あの『耳がちぎれたうさぎのブレスレット』を大事そうに置いていた。


魔塔の最高位の魔導師たちが、真っ青な顔でそのブレスレットを鑑定していた。


「……報告しろ。解析は済んだのか」


「は、はい! ゼノス様。この……紐細工ですが、驚くべきことに、魔力を『貯蔵』するのではなく、編み目そのものが『呪いを浄化する回路』として機能しています。……正直、我々の魔術理論では説明がつかない、あまりに緻密で、それでいて無防備な……」


ゼノスは、冷たい指先でそのうさぎを撫でる。


「無防備、か。あの日、あの少女はこれを『試作品』だと言って僕に握らせた。僕の命を繋いだ奇跡を、彼女は『捨てていい』と切り捨てたんだ」


ゼノスが指をパチンと鳴らすと、空中から何百もの『編み物』や『紐細工』が召喚される。


この数ヶ月、彼は国中の職人をしらみつぶしにあたり、品を買い占め、鑑定させていた。


「違う。これも、これも……編み目は似ていても、魂がこもっていない。彼女の指先が紡ぐ糸には、もっと、僕の血管を沸き立たせるような、特別なリズムがあった。……あの時、なぜ使い魔を追わせなかったんだ」


完全に回復した彼の魔力は、以前よりも強大で、それでいて驚くほど滑らかに整えられている。


彼は、自分の中に残った『彼女の魔力の残滓』を道しるべに、独自の追跡術式を編み上げていた。


その時だった。


ゼノスの目の前に浮かんでいた水晶が――


ゆっくりと、一点を指す。


そして。


黄金色に、輝いた。


それは、彼が数ヶ月間待ち望んだ、あの『唯一無二の魔力波形』。


「……ああ、やっと。やっと見つけた。


隠れているつもりだったのかい? それとも、僕のことなんて忘れて、また別の『誰か』のために、その指先を動かしていたのかな」


彼の口元が、ゾッとするほど美しく、歪んだ形に釣り上がる。


「市場のワゴン販売……『うさぎMiRa』。


……愛しい僕の救世主。君が店を畳んで逃げる準備を終えるのと、僕が君の首筋に手をかけるのと……どちらが早いか、賭けようか。愛しいうさぎ」


わずかに目を細める。


「……逃げられるなんて、思わない方がいいよ」

読んでいただきありがとうございます。

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