どうやら帝国最強の魔導卿に餌付けされているようです
魔塔が誇る豪華な食堂。
並べられた料理は、王族の晩餐会も逃げ出すレベルの贅を尽くしたものだった。
――だが。
その空間の空気は、ミラの「食欲」とゼノスの「視線」で、奇妙な均衡を保っていた。
「……ねぇ、ゼノス様。さっきから言ってますけど、私の顔を見ててもお腹は膨れませんよ?」
ミラがフォークを止めてジロリと横を見る。
そこには、食事に一切手をつけず、頬杖をついてミラの咀嚼を聖なる儀式のように見つめるゼノスがいた。
その紫色の瞳には、ミラが一口運ぶたびに限界突破した妄想の光が宿っている。
(……ああ、今、僕が用意した肉を彼女が噛み締めている。
実質的に、僕を摂取しているのと同じでは……?)
ミラは冷めた視線を浴びせた。
「食糧難になっても人間は食べません。
そして、何が何でも、絶対にゼノス様は摂取しないので安心してください」
そんなミラを見て、ゼノスはこの世の幸せを詰め込んだような微笑みを浮かべた。
「……構わないよ。君が美味しそうに食べている姿こそが、僕にとって最高の栄養だ。
……ああ、そのソースが唇についた瞬間さえ、僕の魔力が――」
「ウザ。いですから!!」
ミラは、自分の皿から一番大きくて脂の乗った最高級ステーキをフォークで突き刺すと、そのままゼノスの美しい唇へと力いっぱい押し込んだ。
「むぐっ……!?」
「いいから、黙って食べてください!
その眼差しがウザすぎて、味が半分くらい『執着』の味になっちゃうんですから!
ほら、次。これ! お野菜も食べて!」
「……っ、ん……。ミラ、待っ……」
「待ちません! ほら、あーん!」
次々と口に放り込まれる料理。
帝国最強、冷酷非道と恐れられる魔導卿が――
詰め込み(パッキング)されていた。
その光景に、給仕のメイドたちは「……見てはいけないものを見た」とばかりに一斉に壁を向き、修行僧のような顔になった。
「ふぅ……よし、これで静かになった。
……うん、このお肉、やっぱり美味しい!」
ミラはゼノスの口が塞がっている隙に、自分もパクパクと料理を口に運ぶ。
――一方のゼノスは。
無理やり口に押し込まれた肉を咀嚼しながら、その瞳にさらなる熱を宿していた。
(……君のフォークで、君の手で、僕に食事を与えてくれるなんて。
……ああ、これは『支配』だ。
なんて、なんて甘美な辱めなんだ……!)
「……ミラ。もっと、君の手で僕を満たしてほしい。
……次は、その果実を――」
「まだ喋るか! ほら、スープ飲みなさい!」
「ふぅ……。お肉もデザートも最高! ごちそうさまでした!」
ミラは、宝石のように美しく盛り付けられたフルーツタルトを最後の一口まで平らげ、満足げに口元を拭った。
一方、横ではゼノスが、ようやく口いっぱいに詰め込まれた料理を飲み込んだところだった。
その仕草すら絵画のように美しい。
――だが、その瞳は相変わらずミラを摂取しようとしている。
「……満足してくれたかな、ミラ。
君が僕に与えてくれた食事も、格別の味がしたよ。
……さて、夜はまだ長い。次は僕が君を――」
「ゼノス様! さっきのトカゲさん、また見たいです!」
「……え?」
「あのツルツルしたトカゲさん!
走り疲れてたからじっくり見られなかったし、また撫でたいです!
どこにいるんですか?」
――ゼノスの言葉は、一ミリも残らず遮られた。
一瞬、呆気に取られたような顔。
だがすぐに、獲物を慈しむような笑みへと変わる。
「……なるほど。あの子が気に入ったんだね。
いいよ、僕の私室に行けば、いつでも会わせてあげる」
「えっ、部屋? ここで呼べないんですか?」
「あの子はデリケートでね。
僕の魔力が最も濃い場所……つまり、僕の寝室でしか本来の姿は保てないんだ。……さあ、行こうか」
「……あ、今の絶対嘘だ。連れ込むための口実だ。……でもトカゲは見たい……っ!」
葛藤に揺れるミラを見て、ゼノスはゆっくりと目を細めた。
その瞳には、逃がす気のない甘い執着が隠しようもなく滲んでいる。
(……怪しい。
怪しすぎる。
でも、トカゲは見たい……!)
食欲の次に強い欲求が、職人の好奇心を刺激していた。
ゼノスはそんなミラの顔を見て、満足そうに微笑む。
「……素直で可愛いね、ミラ」
「可愛くないです。今、ものすごく警戒してます」
「そうやって警戒しながらも、興味を捨てきれないところが可愛いんだよ」
「うわぁ、解釈が全部気持ち悪い……」
ミラの引きつった顔を見ながらも、ゼノスの機嫌はむしろ良くなるばかりだった。
そしてミラは、ようやく一つ大事なことに気づく。
「……あれ? よく考えたら私、食べ終わったあとも普通に次の予定を決められてません?」
「もちろんだよ」
「やっぱりそうですよね!?」
ミラの抗議も、ゼノスには心地よいさえずりにしか聞こえないらしい。
彼は椅子から立ち上がり、当たり前のようにミラへ手を伸ばした。
「さあ、行こうか。
君の気に入った可愛いトカゲに、また会わせてあげる」
ミラは警戒と好奇心の狭間で、ものすごく嫌そうな顔をしながらも立ち上がる。
(……絶対、ろくでもない流れになる。
でも、あのツルツルはもう一回触りたい……っ)
そうしてミラは、ゼノスに半ば誘導されるようにして、彼の私室へ向かうことになるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマークや評価いただけると励みになります。




