「捨てていい」と言ったら、帝国最強の魔導卿に執着されて逃げられなくなりました
「はぁ……うさぎ、売れないなぁ」
土砂降りの夕暮れだった。
市場の喧騒は雨音にかき消され、街全体が重苦しい灰色に沈んでいる。
「やっぱり、私には才能ないな……試作ばかり増えちゃう」
ミラは売れ残りを詰め込んだ袋を抱え、足早に家路を急いでいた。
袋の中には、試作で作ったうさぎのブレスレット。
少し歪な耳が、布の中でころりと転がる。
「きれいに出来たと思ったんだけどな……
“魔力増強”の付与もちゃんとできてるのに……」
(やっぱり、この編み方が変なのかな)
独り言をこぼしながら角を曲がった、その時だった。
――視界の端に、異物が映る。
ゴミ溜めの横。
薄暗い路地の奥に、“真っ黒な塊”が倒れていた。
「えっ……? なに、あれ」
近づいた瞬間、それが人だと分かる。
漆黒のローブを纏った青年。
その全身から、どす黒い靄が立ち昇っている。
――死の呪い。
それだけではない。
内側から溢れる膨大な魔力が呪いと衝突し、暴走していた。
今にも、弾ける。
「ちょっと、大丈夫!? ……これ、魔力暴走!? 呪いまで……!」
ミラは駆け寄り、必死に身体を支えようとした。
だが、びくともしない。
華奢なミラには支えきれないほど重かった。
「このままだと……この人、焼き尽くされる!」
助けを呼ぶ時間はない。
(どうする……どうするの……!)
迷ったのは、一瞬だけだった。
ミラは袋を開け、うさぎのブレスレットを掴み取る。
「まだ試作で不格好だけど……お願い、落ち着いて!」
震える手に、それを握らせる。
――次の瞬間。
ブレスレットが、黄金の光を放った。
光は青年の身体を包み込み、漆黒の呪いを一気に吸い上げていく。
パチン、と乾いた音。
うさぎの耳が、弾け飛んだ。
「ふぅ……よかった……。治まった……?」
呪いの靄が消え、青年の呼吸が落ち着いていく。
青白かった頬に、わずかに色が戻った。
やがて、ゆっくりと瞼が開く。
現れたのは、吸い込まれそうなほど鮮やかな紫の瞳。
「……君、は……」
その視線が、ミラを捉える。
ミラはほっと息をつき、壊れたうさぎを見た。
「気がついた? よかった!
それ、もう壊れちゃったから捨てていいわよ。
……あ、でもちゃんと腕のいい魔導士さまに診てもらってね。
帰れるかな? 私、急いでるから――ごめんね。お大事に!」
(関わっちゃダメだ)
本能が、強く警鐘を鳴らす。
(この人、絶対に――私が関わっていい相手じゃない)
ミラはそれ以上何も言わず、背を向けて駆け出した。
雨の中に消えていく、小さな背中。
まるで――怯えて逃げるうさぎのように。
残された青年は、静かにそれを見送る。
その手の中には、ちぎれたうさぎ。
ぎり、と指に力がこもった。
「……逃がさない」
低く、確信に満ちた声。
帝国最強の魔導卿――ゼノス。
今まで誰にも抑えられなかった己の呪いも暴走も、
編み物一つで封じ込めた謎の少女。
その指先のぬくもり。
魔力の感触。
見たこともない、奇妙な編み目。
「地の果てまで追い詰めてでも……君はもう、僕から逃げられない」
静かに笑う。
「可愛いうさぎ」
闇の中、ゼノスは一匹を魔塔へと放った。
残る四匹には、自分を運べと命じた。
そして――
捕食者のような微笑を浮かべ、ゆっくりと目を閉じた。
――この時のミラは、まだ知らない。
この男から、決して逃げられないことを。
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