第82話:聖杯の脈動と、白亜の決起
全ページのチェック、一部シーンの書き直しが終わった……
シーンの書き直しの影響で増えたページがありますが、ここまでの流れは変わっていません。
また、ストックも多少出来たため、毎日投稿再開です。
とりあえず、1日1投稿から……
静寂に包まれた妖精の森の最奥。
アッシュは、澄み切った泉の中央に安置された純白の杯へと手を伸ばした。
右腕を覆う禍々しい黒陽の装甲が、聖杯から放たれる神聖な光に当てられて、チリチリと微かな焦げた匂いを立てる。
分厚い鉄の指先が、冷たく滑らかな杯の縁に触れた。
ドクンッ、と。
アッシュの心臓ではなく、遥か彼方の空気を震わせるような、嫌な脈動が空間に響いた。
「……ッ、なんだ?」
アッシュが顔をしかめ、聖杯を掴んだまま西の空を振り仰ぐ。
「連動したのじゃよ。この浄化の魔力と、それに反発する極大の『呪い』がな」
マーリンが、星空のローブを風に揺らしながら、王都キャメロットのある方角を鋭く見据えた。
***
同時刻。白亜の王都、大聖堂の地下深層。
分厚い鉛の扉と、アグラヴェイン直属の暗部の魔術師たちが何十重にも張り巡らせた結界の奥底で、異変は起きた。
「あ、あァ……神よ……」
太い魔封じの鎖で四肢を壁に固定されていた円卓第十二位、ガラハッド。
彼の首筋に刻まれていた黒い呪いの文様――『原罪の術式』が、突如として皮膚の下で生き物のようにうねり、どす黒い瘴気を噴き出し始めたのだ。
「異常発生! 第十二位の魔力波長が、急速に膨張しています!」
「結界の出力を上げろ! 抑え込め!」
地下牢を監視していた暗部の兵士たちが、血相を変えて魔力炉のレバーを押し込む。
だが、遅かった。
「……不浄なる、偽りの光が……我らの神聖なる玉座を、汚そうとしている」
ガラハッドのベールの奥から漏れる声は、もはや人間のそれではなく、深淵から響くような呪詛の塊と化していた。
純白だった彼の修道服が、内側から溢れ出すどす黒い瘴気によって、粘ついたタールのように染まり上がっていく。
「あははっ! 嫌だなぁ、あんな小汚い火の粉、王都には似合わないよ!」
隣の独房で拘束されていた第三位パーシヴァルもまた、無邪気な笑声を上げながら、その小さな体から街一つを焼き払うほどの神聖魔力を暴走させ始めた。
ギチ、ギチギチギチッ……!!
特注の鋼の鎖が、二人の規格外の魔力膨張に耐えきれず、悲鳴を上げて引き伸ばされていく。
「駄目です、結界が持ちません! アグラヴェイン卿へ至急連絡を――」
暗部の隊長が叫んだ、次の瞬間。
ズガァァァァァァァァァァンッ!!!!
王都の地下全体を揺るがすような、圧倒的な爆発が起きた。
パーシヴァルの放つ純白の閃光と、ガラハッドから溢れ出す黒いタールの瘴気が混ざり合い、強固な地下牢の天井を、分厚い岩盤ごと一撃で消し飛ばしたのだ。
「ヒィィィィッ!?」
崩れ落ちる瓦礫の中、生き残った暗部の兵士たちは絶望に目を見開いた。
粉塵の向こう側に立っていたのは、高潔な円卓の騎士ではない。
全身を淀んだ呪詛で染め上げ、光の宿っていない虚無の瞳でこちらを見下ろす、二体の純白と漆黒の『異形』だった。
『……神の御名において。王都を穢す偽りの王と、その玉座を浄化する』
ガラハッドが、黒く汚染されたロザリオを掲げる。
その言葉はもはやアーサー王へ向けられた忠誠ではなく、彼らの脳髄を完全に作り替えた教団の、狂気的な反逆の宣言だった。
***
王城のバルコニー。
アグラヴェインは、大聖堂の方向から立ち昇る巨大な黒煙と、王都の防衛結界が内側から砕け散る甲高い音を、氷のような瞳で静かに見つめていた。
「……ついに脱獄したか、ネズミどもめ」
彼の背後には、抜刀した近衛騎士たちが青ざめた顔で整列している。
「アグラヴェイン卿! 大聖堂の地下から、無数の教団兵が溢れ出しています! 第十二位と第三位を先頭に、一直線にこの王城へ向けて進軍を……!」
「迎撃の陣形を敷け。城門前には第一位が立っている。あの白鳥がいる限り、王の御首には指一本届かん」
アグラヴェインは手袋のシワを直し、冷徹な声で指示を飛ばす。
だが、その内心では極めて冷酷な計算が猛烈な勢いで回転していた。
(……ランスロット一人で、暴走した円卓二騎をいつまで抑え込めるか。あの偽物どもが西の森から『解呪の杯』を持ち帰るのが先か、この城が呪いに沈むのが先か)
轟音。悲鳴。燃え上がる王都の街並み。
最も強固な人類の砦は、内側に潜んでいた狂信の毒牙によって、瞬く間に血の海へと変わっていく。
一方、遥か西の森。
「……要塞に戻るぞ。ガラムのおっさんに、ボイラーの火を最大まで焚くように伝えろ!」
アッシュは、聖杯を分厚い布で丁寧に包んで背嚢に押し込むと、大剣を肩に担いで振り返った。
彼らの顔に、迷いはない。
王都で待つ最強の背中に追いつくため、そして、暴走した本物の騎士たちを止めるため。
重厚な鉄のブーツが、森の湿った土を力強く踏みしめ、帰還の途へと駆け出していった。
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