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第6話:蒸気の咆哮、泥の英雄

『――ブォォォォォォォォッ!!!』


地下工房の静寂を切り裂いたのは、地上の終焉を告げる魔王軍の総攻撃の角笛だった。

ガラムの手術台から飛び起きたアッシュは、まだ血の滲む右腕を抱え、エレンと共に砦の最上層へと駆け上がった。


そこは、先ほど以上の地獄だった。

城門は完全に粉砕され、砦の広場には漆黒の獣たちが黒い津波のように雪崩れ込んでいる。防衛兵たちはもはや円陣を組むことすらできず、一人、また一人と異形の牙に沈んでいた。


「……アッシュ、行けるか!?」


エレンが細剣を抜き放ち、鋭い視線を送る。

アッシュは答えず、右腕に巻かれた血塗られた包帯を、歯で強引に引き剥がした。

露出したのは、黒がねの籠手の上にボルトで打ち付けられた、三連装の無骨なシリンダー。鈍い銀色の光を放つそれは、まるでアッシュの腕に食い付いた寄生獣のようだった。


「行くぞ……『ガラティーン』ッ!!」


アッシュが広場の中央、最も魔物が密集する地点へ向かって、防壁から真っ逆さまに跳躍した。


「ガ、ガウェイン様……!? 無茶だッ!」


兵士たちの悲鳴に近い叫び。

だが、落下するアッシュの右腕が、大気を震わせる不吉な駆動音を鳴らした。


――ギィィィィィィィンッ!!!


アッシュが右腕に意識を集中した瞬間、籠手の中に溜まっていた過剰な魔力が、新設された『黒陽シリンダー』へと一気に流入する。


「――ぶっ飛べェッ!!!」


――プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!


着地の瞬間、アッシュの大剣が地面を叩き割ると同時に、三つの排気管から「爆音」と共に黄金の蒸気が一斉に噴射された。

それは単なる煙ではない。命を燃やす熱量を、強制的に物理的な推進力へと変換した「暴力の残滓」だ。


「ギャアァァァァッ!?」


周囲にいた数十体の魔物が、刃に触れるまでもなく、排熱された超高温の蒸気によって一瞬で肉を焼かれ、吹き飛ばされた。

黄金の霧が視界を白く染め上げる中、アッシュは立ち上がる。


痛い。ボルトが打ち込まれた骨の髄が、衝撃のたびに雷に打たれたように痺れる。

だが――右腕が燃えない!

以前なら自分自身を焼き尽くしていたはずの熱が、シリンダーを通して外へと逃げていく。


「……あ、はは! すげぇ……これなら、振れるッ!!」


アッシュは狂ったように笑い、返り血で汚れた大剣を横薙ぎに一閃した。


――シュガァァァァンッ!!


剣を振るうたびに、シリンダーが「排圧」を行い、アッシュの動作を爆発的に加速させる。

右へ一振りすれば、左のシリンダーから蒸気が吹き出し、重厚な大剣を羽のように軽く加速させる。左へ振り戻せば、右のシリンダーが火の粉を撒き散らす。


それはもはや洗練された剣技ではない。

高温の蒸気を噴き上げながら、泥を跳ね上げ、敵を力任せに粉砕し続ける「歩くボイラー」の蹂躙だった。


「(……なんて出鱈目な戦い方なのよ、あの馬鹿!)」


蒸気で視界が最悪な中、エレンはアッシュの死角に潜り込む。

彼女はアッシュが弾き飛ばし、姿勢を崩した魔物の喉笛を、電光石火の速さで正確に貫いていく。


「アッシュ、左だ! 蒸気を出しすぎるな、前が見えないわよ!」

「言われても止まんねぇんだよこれ! 死にたくなきゃ、俺にへばりついてろッ!!」


黄金の蒸気と、赤黒い返り血。

白く濁った視界の中で、アッシュの右腕だけが爛々と輝き、火の粉を散らす。

その姿は、高潔な騎士などでは断じてなかった。

自らを焼き、骨を軋ませ、泥水を啜りながらも死神を追い払おうとする、あまりにも泥臭い「生」への執着。


『……太陽の、騎士……?』

『いや、あれは――』


戦う兵士たちの目には、アッシュが「人」を捨て、「怪物」として自分たちを守っているように見えた。

畏怖と熱狂。

アッシュが最後の一体である巨大な魔族の脳天に、全排気を込めた一撃を叩き込んだとき、砦を埋め尽くしていた魔軍は完全に沈黙した。


静寂。

ただ、アッシュの右腕のシリンダーから、熱を排出し終えた後の「ヒュゥゥゥ……」という虚しい風切り音だけが響く。


アッシュは膝をつき、肩で荒い息をついた。

右腕の感覚はない。ただ、熱を出し切った後の心地よい喪失感だけがあった。

駆け寄ってきたエレンが、泥だらけの手でアッシュの肩を支える。


「……勝ったわよ、泥人形」

「……ああ。……最悪の、気分だ」


アッシュは笑った。顔中に魔物の返り血を浴び、黄金の蒸気を纏いながら。

この圧倒的な「暴力の証明」こそが、彼を王都へと導く。

そして、この日、砦の兵士たちの記憶には、美しく気高いガウェインの姿ではなく、「火の粉を撒き散らし、蒸気と共に絶望を薙ぎ払う黒い太陽」の姿が深く刻み込まれたのだった。

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