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第2話:最悪の出会いと、嘘つきたちの共犯関係

 空を二分した黄金の熱波が消え去り、辺境の村には、パチパチと木材が爆ぜる音だけが残された。


「痛ぇ……、あつ、痛ぇ……ッ」


 焦げた肉の匂いが立ち込める中、アッシュは右腕を押さえて呻いていた。

 禍々しい『黒陽の呪籠手ガラティーン』は、魔族の将を消し飛ばした後も、持ち主の命を喰い足りないのか、明滅するように不吉な黄金の脈動を繰り返している。

 肘から先が、まるで焼けた鉄塊を埋め込まれたように熱く、重い。


 その時。背後で、荒々しい馬の蹄の音が響いた。


「ガウェイン様ッ!!」


 泥を跳ね上げて駆け込んできたのは、一人の少女だった。

 戦火の煤(すす)に汚れた白銀の軽鎧。円卓の紋章が刻まれた青い外套はボロボロに引き裂かれているが、泥まみれの前髪の奥から覗く双眸は、研ぎ澄まされた刃のように気高く、澄んだ光を放っていた。

 ガウェインの直属の従騎士(スワイア)、エレオノール――通称エレンだ。


 彼女は馬から転げ落ちるように飛び降りると、夕日を背にして立つ『黄金の大剣を持った人影』に向かって、涙ながらに駆け寄った。


「ああ、ご無事で……! 殿(しんがり)を務めると一人で突っ走られた時は、どうなることかと……ッ!」


 安堵と歓喜に震える声。

 しかし、その足音がピタリと止まった。


 ゆっくりと振り返った男の顔は、偉大なる太陽の騎士のそれではない。

 どこにでもいる、泥と煤にまみれた平凡な村の青年。しかも、その顔は呪籠手の激痛によって情けなく歪んでいる。


「……え?」


 エレンの表情から、一瞬で血の気が引いた。

 彼女の鋭い視線が、男の右腕に癒着した異形の籠手へと向けられ――そして、その足元の泥濘(ぬかるみ)に沈む、見慣れた白銀の装甲を捉えた。


 ドサリ、と。

 エレンの手から、ガウェインに渡すはずだった予備の兜が滑り落ち、泥にまみれた。


「……貴様、誰だ」


 声の温度が、絶対零度まで下がった。

 次の瞬間、チンッ! という冷たい金属音と共に、アッシュの喉元に鋭い剣先が突きつけられていた。


「ひぃッ!?」

「なぜ貴様のような泥人形が、ガウェイン様の『ガラティーン』を纏っている。……答えろ。ガウェイン様は、どこだ」


 凄まじい殺気だった。華奢な少女から放たれているとは到底思えない、どす黒い圧。

 アッシュは喉仏に触れる冷たい鋼の感触に絶望し、激痛の走る右腕をかばいながら後ずさろうとした。


「ち、違う! 俺はただの村人で、この人が急に降ってきて、勝手にこれを……! 痛っ、動くと腕が痛いし剣も近いって!」

「黙れ。主君の亡骸から武具を剥ぎ取るような下劣な賊は、この場で四肢を切り刻んで豚の餌にしてやる」


 エレンの瞳孔が怒りと悲しみで狭まり、本気の剣閃が振り下ろされそうになった、まさにその時だ。


『おお……ガウェイン様! そして、お連れの騎士様も!』

『助かった、俺たちは助かったんだ……!』


 瓦礫の陰から、生き残った数十人の村人たちが、涙と鼻水を垂らしながら次々と這い出してきたのだ。

 彼らの目に映っているのは、圧倒的な暴力から自分たちを救ってくれた『太陽の騎士』の姿そのもの。

 疑いなど微塵もない、純度百パーセントの希望と縋るような視線が、アッシュとエレンに注がれる。


「あ……」


 エレンの剣が、空中でピタリと止まった。

 彼女は賢い少女だった。一瞬で理解してしまったのだ。

 ここで「ガウェイン様は死んだ。こいつはただの泥棒だ」と真実を告げれば、全てを失ったこの村人たちは、完全に絶望して狂うか、自ら死を選ぶだろう。

 人類の希望である『円卓の騎士』の死は、それほどまでに重い。


 ギリッ、と。エレンの奥歯が砕けそうなほど強く噛み鳴らされる。

 彼女は血の滲むような思いで剣を鞘に収めると、ふわりと、嘘みたいに完璧な「慈愛の微笑み」を顔に貼り付けた。


「ええ、その通りです! 偉大なるガウェイン様は、見事に魔族の将を討ち果たされました!」


 朗らかな声でそう宣言すると、エレンはアッシュの背後に回り込み、村人から見えない死角で――アッシュのすねを、鉄張りのブーツで思い切り蹴り飛ばした。


「ガハッ!?」

「(……笑え、泥棒。胸を張れ)」


 激痛に顔を歪めるアッシュの耳元で、エレンが地獄の底から響くような声で囁く。


「(今日から貴様はガウェイン様だ。人類の希望のために、死ぬまでその絶望(ヒーロー)を演じきれ。……ボロを出したら、私が貴様を殺す)」


 太陽のように笑う村人たちの前で、アッシュは引き攣った愛想笑いを浮かべるしかなかった。


(……冗談じゃねえ。こんな激痛、今すぐ腕ごと切り落として逃げ出してしまいたい)


 右腕が燃えるように痛い。エレンの殺意が恐ろしい。

 今すぐ大声を上げて泣き出し、全てを放り投げて逃げ出してしまいたかった。


 だが。

 アッシュの脳裏に焼き付いているのは、泥に塗れて息絶えた本物のガウェインの凄絶な顔だった。

 そして今、すがりつくように自分を見上げている、生き残った村人たちの涙だった。


(……俺がここで逃げたら、こいつらは確実に死ぬ)


 ただの村人だった青年は、震える奥歯を、ギリィッと強く噛み締めた。

 恐怖と痛みを、泥臭い意地で無理やりねじ伏せる。


(……クソッ、やってやるよ。泥水啜ってでも、このバカでけえ看板を背負い切ってやる……ッ!)


 右腕には命を喰らう呪籠手。背後には殺意満々のスパルタ従騎士。

 逃げ場のない偽りの英雄としての過酷な日々が、ただの村人だった彼を、底知れぬ生き地獄へと引きずり込もうとしていた。

第2話、お読みいただきありがとうございます。

アッシュがただの平凡な村人で過ごせたのは、親やそこの村民のおかげ。

他で生まれたら……


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