第12話:白鳥の帰還と、静寂の一閃
王都キャメロットの正門前。
アグラヴェインの命令により、アッシュとエレンは『第一騎士』を出迎えるためにその場に立たされていた。
エレンの顔色は紙のように白く、アッシュもまた、右腕の『黒陽シリンダー』を重い青の外套で隠しながら、ひどく居心地の悪い汗を流していた。
その時である。
王都の遠見櫓から、悲鳴のような警鐘が鳴り響いた。
『上空より接近する影あり!! 数、およそ三十! 上位の有翼魔族の群れだァッ!』
門を警備していた兵士たちが恐慌状態に陥る。
王都の防衛結界の隙間を縫って、王都の入り口である正門に、刃のような翼を持つ魔族の群れが急降下してきたのだ。
「チッ……!」
アッシュが反射的に右腕の外套を払い落とし、大剣の柄に手をかけた。
シリンダーの駆動音が鳴り、黄金の蒸気が漏れ出そうになった、まさにその瞬間。
「――剣を引きたまえ、我が友よ。王都の門前を、そのように泥臭い熱で焦がす必要はない」
鼓膜を、いや、魂そのものを撫でるような、ひどく静かで美しい声だった。
アッシュがハッとして前方を向く。
門へと続く一本道。群がり降下してくる魔族たちの真っ只中を、一頭の純白の馬が、足音ひとつ立てずに歩みを進めていた。
乗っているのは、汚れ一つない銀白の甲冑を纏った騎士。
長く美しい銀糸の髪を風に揺らし、その湖面のように澄んだアイスブルーの瞳は、頭上から迫る死の群れを「ただの風景」のように見つめていた。
円卓最強の第一騎士、ランスロット。
「ギャアァァァァッ!!」
魔族の群れが、無防備なランスロットの首を狙って一斉に殺到する。
アッシュが「危ねえッ!」と叫ぶより早く。
ランスロットは、馬の手綱を片手で持ったまま、もう片方の手で腰の長剣を……ただ、静かに引き抜いた。
――閃。
アッシュの耳には、何の音も聞こえなかった。
シリンダーが噴き出すような爆音も、肉が裂ける不快な音も、魔族の断末魔すらも。
ただ、ランスロットの剣から放たれた「冷たく澄んだ三日月の光」が、空気を真空に切り裂きながら、上空の魔族の群れを透過しただけだった。
一拍の遅れ。
空中で静止した三十体の上位魔族は、次の瞬間、まるで幻であったかのように「チリ……」と音を立てて、一斉に崩れ去り、塵となって消滅した。
血の一滴も、肉の一片も落ちてこない。
ただの、完全な浄化。圧倒的な、理不尽なまでの「美しすぎる暴力」。
「な……、ぁ……」
アッシュは息をするのも忘れ、目を見開いていた。
自分が骨を軋ませ、蒸気を噴き出し、這いつくばってようやく手に入れた勝利。それを、この男は馬の上から「ただの一振り」で、文字通り跡形もなく消し去ってしまったのだ。
砂埃すら立たない道を抜け、ランスロットの白馬がアッシュの目の前で静かに歩みを止める。
彼からは、戦場の鉄錆の匂いなど一切しない。ただ、澄み切った湖を吹き抜ける、冷たく清らかな風の匂いだけがした。
ランスロットは馬から降りると、優雅な所作で兜を小脇に抱え、アッシュに向かって微笑みかけた。
「久しいな、ガウェイン卿。前線での卿の武威、我が耳にも届いている」
その言葉に嘘はない。だが、ランスロットのアイスブルーの瞳が、アッシュの全身――特に、重油の匂いを放つ右腕の『黒陽シリンダー』を捉えた瞬間、その微笑みが、スッと温度を失った。
「……しかし。卿の纏う『光』は、以前とは随分と変わったようだ」
ランスロットが、一歩だけアッシュに近づく。
そのたった一歩で、アッシュの首筋に「死」の悪寒が逆撫でした。強すぎる。モルドレッドのような分かりやすい殺意ではない。完璧すぎる存在が放つ、無自覚な絶対者の重圧だ。
「以前の卿の太陽は、もっと誇り高く、万物を等しく照らす熱を持っていた。……だが今の卿から感じるのは、泥に塗れ、油に汚れ、ただ生き汚く絶望を焼き払うだけの……痛々しい『火の粉』だ」
ランスロットの冷たい指先が、アッシュの右腕の無骨なシリンダーに、トン、と触れる。
ただそれだけで、アッシュの骨の髄まで凍りつくような錯覚に陥った。
「教えてくれ、我が最大の友よ。……卿は、その醜悪な鉄屑に腕を喰わせてまで、何を守ろうとしているのだ?」
完璧な天才に見透かされる、偽りのメッキ。
アグラヴェインの謀略と、ランスロットという絶対的な壁。
アッシュは歯を食いしばり、シリンダーから漏れ出す黄金の熱を必死に抑え込みながら、最強の白鳥を睨み返すことしかできなかった。




