第10話:地下迷宮の沸点と、共鳴する二匹の狂犬
王都キャメロットの地下深く。
光の届かない『旧市街の遺構』は、カビと腐臭、そして淀んだ冷気が支配する死の空間だった。
「ハァッ……、ハァッ……クソッ!」
暗闇の中、鈍い金属音と共にアッシュの大剣が石畳を叩き割る。
彼を取り囲んでいるのは、暗所に適応した青白い肌の異形、数十体。
地上よりもはるかに強靭な魔物の群れを前に、アッシュは防戦を強いられていた。
右腕の『黒陽シリンダー』は、ギリギリと不快な駆動音を鳴らし、今にも熱を噴き出そうと暴れている。
だが、撃てない。
この酸素の薄い閉鎖空間で、あの超高温の蒸気を全開で排出すれば、魔物を焼き払う前にアッシュ自身が酸欠と高熱で「蒸し焼き」になってしまうからだ。アグラヴェインの狙いは、まさにこの「熱の檻」だった。
「(……排熱弁を絞ったままだと、腕が内側から焼ける……ッ!)」
ボルトが打ち込まれた骨が悲鳴を上げ、アッシュの顔が苦痛に歪む。
魔物の一体がその隙を見逃さず、天井の暗がりからアッシュの死角へと跳躍した。
鋭い鉤爪が、アッシュの首筋を捉えようとした――その瞬間。
――ガギィィィィィィィンッ!!!!
闇夜を切り裂くような、鼓膜を劈く凶悪な破壊音。
宙を舞っていた魔物の胴体が、横殴りに飛んできた「巨大なギザギザの刃」によって、文字通りひき肉となって壁に叩きつけられた。
「な……ッ!?」
アッシュが目を見張る。
血飛沫と土煙が舞う中、崩れた遺構の入り口から、ジャラジャラと無骨な鎧を鳴らして「それ」は歩いてきた。
「ハッ! 何をチマチマと窮屈そうに剣振ってんだよ、『ガウェイン』サァン!」
野獣のように逆立った金髪。暗闇の中でもギラギラと爛光を放つ三白眼。
叛逆の狂犬、モルドレッド。
彼は肩に担いだ大剣の血を無造作に振り払うと、獰猛な牙を剥いて笑った。
「モルドレッド……!? なんでテメェがここに!」
「決まってんだろ。面白え匂いがしたから、あの陰険野郎の監視の目を盗んで遊びに来たんだよ! そしたらアンタ、なんだそのザマは!」
モルドレッドは、アッシュの「熱を抑え込んで赤熱している右腕」を見て、心底つまらなそうに鼻を鳴らした。
「息苦しくて火が噴けねえ? 酸欠で死ぬ? ……馬鹿かテメェは」
狂犬が、ギザギザの大剣を天井に向けて突きつける。
その上には、分厚い旧市街の岩盤。さらにその上は、王都の華やかな大通りだ。
「息苦しいなら、天井ごとぶち抜いて、外の空気吸えばいいじゃねえか!!」
「……は?」
「テメェが全力で上に向かってあの『蒸気』をぶっ放せ! 邪魔な周りの雑魚共は、俺が全部ミンチにしてやる!!」
理屈もクソもない、ただの破壊工作。
だが、そのあまりにも頭の悪い、最高に泥臭い提案に――アッシュの中で、王都に来てからずっと張り詰めていた「何か」がプツリと切れた。
「……ハ、アハハッ! 違いねえ……俺も、少し王都の空気に当てられてたらしい」
アッシュは獰猛に笑い、右腕の排熱弁のロックを、乱暴にすべて蹴り飛ばした。
途端に、黒陽シリンダーが「ギュイィィィィンッ!」と、かつてないほどの爆発的な駆動音を上げ始める。
「行くぞ狂犬!! 俺の熱で焼け死ぬなよッ!!」
「ギャハハハハッ!! 上等だァッ!! 太陽ごと喰い殺してやらァ!!」
――プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
アッシュの右腕から、鬱憤をすべて吐き出すような極太の黄金の蒸気が噴射された。
視界がゼロになるほどの高密度の熱波。
その白く沸騰した霧の中で、モルドレッドが歓喜の絶叫を上げながら、魔物の群れへと突っ込んでいく。
シュガァァァンッ!! ガギィィィンッ!!!
アッシュが蒸気の推進力で大剣を振り回し、陣形を崩す。
そこに、モルドレッドのギザギザの刃が容赦なく襲いかかり、異形の肉体を次々と粉砕していく。
息の合った連携などではない。ただの、暴力と暴力の衝突事故。
だが、アッシュが撒き散らす「黄金の火の粉」と、モルドレッドの「荒々しい剣閃」は、まるでひとつの巨大なミキサーのように、地下空間の魔物たちを圧倒的な速度で蹂躙していった。
「これで……最後だァッ!!」
アッシュが、右腕に溜まった全ての熱量を大剣に乗せ、真上の天井に向かって全力で振り抜いた。
シリンダーから噴き出した全排気と、黄金の炎熱が一本の巨大な柱となって上へと撃ち出される。
――ドドドォォォォォォォォォォンッ!!!!!
王都キャメロットの大通りに、突如として巨大なクレーターが穿たれ、地下から「黄金の蒸気」が間欠泉のように噴き上がった。
悲鳴を上げて逃げ惑う貴族たち。
その煙の底、ぽっかりと空いた天井の穴から、新鮮な夜風が地下遺構へと吹き込んでくる。
蒸気が晴れた瓦礫の山の上で、アッシュとモルドレッドは、互いに魔物の返り血と泥に塗れながら、腹を抱えて大笑いしていた。
「アーッハッハッハ!! やりやがった! マジで天井ぶち抜きやがった!!」
「ハァッ……ハァッ……テメェが、やれって言ったんだろ……!」
王都の法も、アグラヴェインの謀略も、全てを物理でぶち壊した二匹の犬。
シリンダーから白煙を上げる右腕をぶら下げたアッシュの顔は、この王都に来てから一番、生き生きとした「悪党の顔」をしていた。
……一方その頃、地上で待機させられていたエレンは、大通りが吹き飛んだのを見て「もう駄目だ、胃に穴が空く」と白目を剥いて気絶していたという。




