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5:橘新太が告白する③

「先に言っとくけど、俺の『呪い』ってのは霊障の類いじゃない。霊障はあくまで、死霊の悪戯だ。俺の場合はそういう生易しいものじゃなくて、ガッツリ恨みの籠もった呪いね。正確には、俺がっていうより〝血筋が〟呪われているんだけど」


 木漏れ日が踊る境内。

 本殿の階段に座る橘さんは、まるで漫画かラノベの設定かと思うような話を語る。


「先祖代々受け継いでるんだ。あ、べつに誰かに感染するとかはないから安心していいよ。まぁ子どもには受け継がれていくけど」

「はぁ、先祖代々……ですか」

「うん。お祓い屋さんなのにね。今まで誰がどうやっても解けなかったらしいのよ。風呂場の何やっても落ちない黒カビみたいなもんだと思ってくれたらいい。うちは代々黒カビに悩まされる風呂場一族だ」


 いいのか、そのネーミング。


「その呪いって、一体どんなものなのなんです」

「うーん、ざっくり言えば、なんかそのうちこの世を滅ぼす呪い」


 わたしはたっぷり三拍沈黙する。


「……………………は?」

「やー分かる、分かるよ。俺だってこれ毎度話すときめちゃ恥ずかしいし、相手の視線が冷たすぎて心折れる。だが落ち着いて聞いてほしいんだ」


 橘さんは冷静に両手を掲げた。


「ぶっちゃけホント意味分かんないのは俺なのよ。だってさ、考えてみ? 先祖のせいで俺何歳になっても中二病って見られてんのよ? もう二十二なのに『内なる力が疼く……っ』とか何とか言う奴だって思われてんのよ? んなわけねぇじゃんッ、なんだよ内なる力って! そりゃ現役の中二頃はそんな時期あったけどさッ」


 あったんだ。


「そもそもは、大昔に俺の先祖がどえらい厄介でバカ強い怨霊をその身に封じたことから始まっているらしい。で、その際に呪いを受けた。『血筋が絶えたとき世を滅ぼす』と」

「身に封じるって……できるんですか、そんなこと」

「俺も詳しくは知らない。でも怨霊がとにかく厄介な奴であったことは確からしい。物に封じても場所に封じても全然ダメで、封じられたとしても誰かが永く傍で見張る必要があった。だったら人の中に封じてしまえばいいんじゃねって言ったのが、うちの先祖で、ノリでやってみたら成功したというのがうちに語り継がれる口伝だ。呪いは想定外だったらしいけど、言ってることはこっちの思惑と一致していたし、あまり気にしなかったみたい」

「バカなんですか、賢いんですか」

「半々だな」


 橘さんは渋面で腕を組む。


「ただ呪いを呑んで封じたはいいけど、そこから先、生まれてくる子孫全員がそれを受け継いだらどえらいことになるじゃない? 呪いと怨霊を封じた血が、子孫の数だけ広がっていくのはマズい。というわけでご先祖さんはあれやこれやと考え、極術を編み出した」


 どうも直系の子孫のみが受け継がれるよう、血筋を操作したらしい。


「が、これが存外いい加減で。そっからこっち直系の中でも呪いを継いだ奴と継がなかった奴が出てくるようになった。んで今回、その貧乏くじを引いて生まれたのが俺ってわけ」

「バカなんですか、賢いんですか」

「八:二だな」


 わたしはこめかみを抑えて唸る。


 なるほど。この人がやたら口説いてきたのは、そういう経緯のせいらしい。血筋を継承しなければ世が滅ぶ。なんとまぁ、大がかりな呪いだろうか。たぶん、この人にとって恋愛は義務みたいなものなのだろう。小さい頃からそうなのかは知らないが、まともな人生を送れていないだろうことは、窺える。


 いろいろ苦労は、されているらしい。


「……本当に、血筋が絶えたら世が滅ぶんですか」

「分からん。誰もそんなの経験してないからね。でも一応実家にゃ古文書もあるし? 代々呪いと怨霊を継いだ奴に顕われるとかいう痣もあるし」


 そう言うと、橘さんは軽くジャージのチャックを下ろして首筋を見せる。手招きされて恐る恐る近寄ってみると、鎖骨のあたりに赤ちゃんの拳ほどの大きさで変な模様があった。一見すればタトゥーと間違えてしまいそうだけど、茨の輪っかに見えなくもない痣だ。わたしは反って感心してしまう。


「確かにこの痣と今の話じゃ、中二病と思われても仕方ないですね……。完璧なまでに中二の設定すぎます」

「言うなよ! 俺だって恥ずかしいんだってば‼」

「今までの彼女さんたちとは、どうやって巡り会ってきたんです」

「そりゃ普通に……片っ端から? 俺はとにかく血さえ繋げられたらいいから好みもとくにないし、こう、目が合って話しやすそうな人に声をかけてきましたよ。でも最終的にこの話を出したらみんな冷めてったね。最後まで話聞いてくれたのは七瀬ちゃんだけだよ」


 まぁ歴代の彼女さんたちの気持ちも分からなくもない。


「と、いうわけで七瀬ちゃん」


 不意に骨張った大きな手がわたしの手をとる。

 顔を上げると、橘さんは綺麗な顔を最大限に駆使して、甘やかに微笑んでいた。


「俺は必ず七瀬ちゃんを幸せにしてみせます。霊障から守りますし、苦労はかけさせません。あ、理想の男性像があるならできる限り近づけますとも! 絶対浮気しないし、直してほしいところは直すし、家事全般も任せてくれて大丈夫! だからこの世を救うと思って、俺と結婚してください」

「お断りします」

「早いってもおおおおおおッ!」


 甘やかさから一転、頭を掻きむしる橘さん。


「なんで⁉ なんでなの⁉ 理由は⁉」

「いろいろ重すぎます。あとわたしまだ十八なんで結婚とか無理です。子どもとか尚更」


 わたしは冷静に手を振る。世の中十代のうちに結婚する人もいるようだが、わたしにはそんな勇気到底ない。ただでさえ結婚でも想像がつかないのに、その上子育てとなったらもう考えることすら恐ろしいものだ。なにより。


「お付き合いするにしても、こういうのって性格を直せばいいってもんじゃないと思うんですけど。わたしの好みに合わせるなんて、気持ち悪くないですか。自分を殺しているような気がしませんか」

「ははーなるほど、七瀬ちゃんはありのままの俺を好きになりたいと」

「そうは言ってないです」

「さっきも言ったけど、こればっかりは血筋の継承が第一だから俺の感情なんて二の次なんだわ。もちろん巡り会った人はきちんと好きになろうと心がけているよ。でもそこに愛はあるかって言われたら、無いかもね。先祖の呪いの話をしたときは、もれなく全員からそこ責められる」


 でしょうとも。今まで好きだと毎日言っていた彼氏が実は手段のために恋愛していたのだと分かったら、誰だって冷めるし怒る。


 幸いだったのは、わたしはそれを先に知れたこと。だから変に恋に浮かれることも、後に痛い目を見なくても済む。まぁこんな変な人を好きになるとも思えないけど。


「そんな機械的な人と一緒にいたくはありません。すみませんが、世界を救う伴侶は他を当たってください。わたしじゃ無理です」


 橘さんはスッと目を細めた。


「ほー……、キャリーがどうなってもいいと?」

「きゃ、キャリーはちゃんと返すって言ってたじゃないですか」

「俺が優しく爽やかな超絶イケメンお兄さんだと思っていたら大間違いですぅっ。こっちだって必死なんだよっ。三十路を過ぎたら婚期は絶望的。しかも幽霊ものに理解があって、祓い家業や呪い云々を隠さないでいられる女性は稀少だ。このご縁を逃がしてたまるかっ。多少卑怯な手を使ってでも俺は君に愛を誓う!」

「愛なんてないってさっき言ってたじゃないですかっ」

「今後芽生えるかもしれんだろっ。ていうか、七瀬ちゃんこそいいのか⁉ 俺から離れるってことは、死ぬまで霊障に追いかけ回されることになるんだぞ⁉ 俺の傍にいたら祓い屋の力で死霊は寄りつかない。一生安寧に過ごせる。防虫剤ならぬ防霊剤だ。どうよ、お役立ちでしょうがっ」


 うっ、それは……心揺れる。


 確かに実際、今はろくでもない状況の真っ只中だ。橘さんがお祓いだか護身だかをしてくれたおかげでなんともないけど、またあの異音に襲われると思ったらゾッとする。あのアンコさん……にも憑かれているらしいから、どうにかしてほしいし。


 あれ? ていうか……。


「そういえば橘さん……お祓い屋なら、どうしてアンコさんを祓わないんですか。ずっと前からアンコさんのことは知っていたんでしょう?」


 口ぶりからして、もう何年も知っていそうなものだった。

 なのに、放置し続けている……?


 その時。一際強い風が境内に吹き込んだ。風の唸りと共に、重い声が木霊する。


『ぁああアンコぉぉぉおお』


 鳥居の前に立つアンコさんが喋る。


『ア、ンコ……――ナィ? ほ、シイ……なイ?』

「え?」

「『欲しいものはないか』ってさ」


 隣で橘さんが淀みもなく翻訳する。ふむ、とどこか思案するように顎に手を当てた。わたしに顔を向ける。


「まーとりあえず今は休戦しようか、七瀬ちゃん。俺がどう説得しようにも、七瀬ちゃんは折れる気ないんでしょ?」

「はい」

「即答か。うー、長期戦だなぁ、こりゃ」


 渋い顔をした橘さんは、傍らにおいていた黒キャップを取り立ち上がる。


「ならプランBだ。たぶんこっちの方が七瀬ちゃんにとっても俺にとっても、まだ利がある。あそこも人手不足だしちょうどいい。……君の中途半端な霊感も気になるし」

「あそこ?」


 首をかしげるわたしに、キャップをかぶり直した彼は「うん」と頷いた。


「君に案内したいところがある。というか提案だ。――俺にこれ以上付きまとわれたくないなら、働いてみるってのはどう?」

「………………はぁ」

 結婚の次は、働けってか。


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