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9:黒い手

 うー、と大地くんが目を覚ます。ぼんやりした視線が辺りを泳ぎ、わたしたちに気づいた。


「……どこスか、ここ」

「黄泉野、この人が祓い屋か?」


 目の前にしゃがむハルトくんが訊いてくる。


「うん。まだ見習いさんなんだけど……、ハルトくんを除霊するつもりで連れてきたわけじゃないですよ。ハルトくんの成仏を手伝ってくれるんです」

「……えぇ、うそぉ。………そうなのかぁ~……」


 強張っていたハルトくんの顔が泣きそうになる。ワッシワッシとニット帽を掻いて呻いた。今度はわたしがハルトくんに訊く。


「ハルトくん、ここって一体……?」

「ここは霊道の中だよ。俺、よく姿を消していただろ? その時はここに来ていたんだ。こっちにきたら現実の世界の人には見えないみたいだから、いい隠れ家的なところでさ……。今までもずっとここにいて、お前たちが引き上げるのを待ってた」

「ど、どうして」

「除霊されると思ったからだよおおおおお」


 ハルトくんはがっくりと、その場に膝を突いて懺悔した。


「ごめん、黄泉野。前は、お前が祓い屋を呼べば俺も腹を決めるとかほざいたけどさ。無理だった。腹ぜんぜん決まらなかった。ビビり散らかしてここから動けへんかった。嵐が過ぎ去るのをここで隠れて見ていたんです」


 ほら俺ってチキンだからさ、とハルトくんは切なげに笑う。開き直らないでほしい。


「だから直接呼びかけても出てきてくれなかったんですね」

「足がもうがっくがくのぶるっぶるなのよ。あれだけ潔い武士みたいなこと言ったのにバカみたいだろ。めちゃんこ恥ずかしいから余計に顔出せなかった。これなら覚悟を決めて予防接種に行く小学生の方が立派だよ。俺は予防接種からも逃げてしまう無様な高校生だ。もうヤダ死にたい」

「元気出してください、ハルトくん。もう死んでるんだから無駄ですよ」

「無駄って言わないで」

「それで、……ハルトさんが、自分らをここに連れてきたんスか」


 傍らで黙って話を聞いていた大地くんが口を挟む。ハルトくんは「いや」と頭を振った。


「それは俺じゃない。なんか知らんけど、アンタ達が勝手に、陰の中からうじゃうじゃっと出てきた。俺は霊体だからこっちと現実世界を行ったり来たりできるけど、黄泉野たちは生身だから、帰し方が分からない。だから帰せないかもしれないんだ。ごめん」

「ちなみにハルトくんはどうやって行き来していたんです」

「そりゃ、こう、壁を抜けて……」


 ハルトくんは傍のブロック塀に手を当てる。そのままグッと力を入れた。何も起こらない。

 ハルトくんは何度も壁をぐっぐと押す。わたしたちは辛抱強く待った。待った。

 充分に壁の耐久性が実証された頃、彼は顔面を蒼白にしてこちらを見る。


「抜けられない」

「みたいですね」

「たぶん閉じ込められているんでしょう。原因を突き止めて祓わないことには、内側からは出られない」


 大地くんは背負っていた竹刀袋を手元に回す。袋の口を開けて、中のモノを取り出した。

 黒鞘にしめ縄が絡んだ、一振りの刀だった。


「というわけで、今からこの人を除霊します」

「えっ⁉ ちょ、まっ……‼」


 急に鞘の先を向けられたハルトくんは腰を抜かして後ずさる。大慌てで両手を挙げた。


「待て‼ いや待ってくださいっ! 俺はアンタ達をこっちに引き込んでない! 本当だってばっ!」

「すんません、信じたいところ山々なんスが、状況が悪すぎるっス。あなたは地縛怨霊で、七さんから生気を奪った張本人。しかも祓い屋である俺が現われたらこの展開っス。原因はあなたにあると疑ってしまうのも無理ないでしょう」

「え、黄泉野、お前……」


 ハルトくんが弾かれたようにわたしを見る。わたしはどう返していいか分からなかった。せめてもう少し穏便にしたくて、大地くんに掛け合う。


「大地くん待って、ハルトくんは芝居なんかじゃないよ。見たでしょ? 彼のチキンぶり。この人は元からこういう人なんだよ。ビビりで怖がりでバンジージャンプとか絶対できなそうな、ただのダサい高校生だよ」

「おい黄泉野ちょっと言い過ぎじゃないか」

「たとえビビりで怖がりでバンジージャンプとか絶対できなそうなただのダサい高校生であっても、怨霊っス」


 おもむろに立ち上がった大地くんは、依然として平静を貫く。


「金城も言っていたでしょう。――怨霊は、そこらの悪霊とは違い、人を確実に殺す性格をしていると。この人も、怨霊である以上は変わらないっス。……覚悟を決めてください」


 尻もちをついたまま後ずさりを続け、ついに壁に追い詰められたハルトくんの前に立つ。鞘がついたまま刀を低く構えた。ひっ、とハルトくんの喉から引きつった音が漏れる。わたしは声の限りに叫んだ。


「大地くん……ッ‼」


 無慈悲にも、刀がハルトくんの脳天を突く。


 思わず顔を背けたわたしは、一拍の空白をおいてそろそろとそちらを見る。


 ハルトくんは――まだそこにいた。大地くんが突いたのは彼がかぶっていたニット帽だった。真っ白になって固まっていたハルトくんがズルズルとへたり込む。その拍子にニット帽が脱げ、彼の頭が顕わになる。


「……やっぱり怨霊スね」


 ハルトくんの頭を見た大地くんが呟く。わたしはひいっと戦慄した。


 ハルトくんの頭には大小の目玉が埋め込まれていた。電灯の明かりを反射する角膜、四方八方にギョロつく黒瞳。集合体恐怖症の人じゃなくてもトラウマになりそうな、見るもおぞましく恐ろしい光景だった。


「はははハルトくん、ああああ頭、頭、頭……ッ‼」

「……え、なに、俺生きてる……? 頭がなに」


 大地くんがポケットからスマホを出して画面を彼に見せる。


「ぃぃやああああああああああああッ‼ 何コレ何コレ何コレ⁉ 俺の頭‼ 俺の頭⁉ 何コレどうなってんの⁉ 俺の頭に何ついてんの⁉」

「〝消し(かす)〟っス。この交差点の空気が淀んでいる原因みたいなもんス」


 大地くんはハルトくんの頭から刀を引く。


「〝消し滓〟とは、その名の通り、除霊されてきた怨霊・地縛霊の残りカス。怨念の塵ゴミっス。まぁ怨念とはいえ念なんで意志はないスけど、人に憑きます。そんで憑いた主を通して生者を狙います。ここの交差点がお祓いしても事故が起きたり人が死んだりしているのは、このせいっス。コイツによって怨霊・地縛霊化した死霊が、生者を道連れにしていたんだと思います」


 わたしはもう何がなんだか分からず呻いた。


「……お祓いしたのに、怨念が消えないことなんてあるの?」

「普通なら、消えます。自分ら専門屋がお祓いをする際は、こういうのも残らないように後始末をしっかりするっス。でもここは……誰がやったか知りませんが、甘かったみたいスね」


 大地くんは軽く辺りを見渡す。遠くに目を細めた。


「消し滓は、死霊の未練をさらにややこしくさせる増強剤みたいなもんだと思ってください。この人が記憶を失っているのが幸いでした。もし、しっかり未練を覚えていたら、今頃七さんはもう殺されていたと思うっス。大方、死神さんがこの人を怨霊認定したのも、頭に消し滓を憑けていたせいっスね」

「俺もうお嫁に行けない……」


 頭に大量の目玉をギョロつかせるハルトくんは、しくしく泣き始める。今の今まで全然気づいていなかったらしい。


「でも、じゃあ、俺が怨霊なのはコイツのせいってことだろ? つまりコレが取れたら俺って怨霊じゃなくなる?」

「そこは、あなたがどれほどの未練を抱えているかによるかと。消し滓を祓っても結局あなた自身に誰かを怨む過去があれば、同じっスから」


 言いつつ、大地くんはなぜか急に屈伸運動を始めた。アキレス腱を伸ばして、腰を回す。


「それより今は、あっちをどうにかしなきゃいけないっス」

「あっち?」


 首をかしげると、大地くんは交差点の方を指さした。釣られてそちらを見る。


 真っ暗闇の交差点は、もちろん車の往来もなく静寂に包まれていた。信号も点いていない。


 でも何か――何が、地面で蠢いている。ゆらゆらと。イソギンチャクみたいに。


 瞬間、頭から血の気が引いた。ハルトくんの頭の目玉よりも数倍の寒気が走る。


 交差点には、無数の黒い手が生えていた。まるでこちらを招くようにして揺らめいている。


「だ、大地くん。あ、ああああれは」

「消し滓の本体だと思うっス。怨念の残りカスでも、長年積もれば山となるっスから。たぶん、あの手に捕まったら自分らはあの世に道連れにされます」


 大地くんがそう言ったのとほぼ同時に、交差点から無数の黒い手が伸びてくる。わたしとハルトくんは悲鳴を上げた。大地くんの対処は早かった。


 素早く足下から竹刀袋を取り上げると刀を仕舞う――この間、およそ零点五秒。

 それから座り込んだまま叫ぶわたしとハルトくんを引っ立たせる――およそ二秒。

 あとは一目散に、逃げ出す。


 見事な撤退だった。


「あれっ⁉ ちょ、戦わないの大地くん⁉ 逃げていいの⁉」


 走りながら大地くんに訊く。大地くんは相変わらず動じない顔で「まぁ」と頷いた。


「自分、見習いなんで。まだ怨霊祓ったことないんス」

「さっきハルトくん除霊しようとしてたよね⁉」

「あれくらいの大きさならいけるかなって。あと自分、血を見せちゃいけない()()があるんス」

「おい黄泉野、こいつホントに祓い屋か⁉」


 大地くんを挟んで一緒に走っているハルトくんが声を上げる。


「ていうか俺、地縛霊だからそこまで逃げられないんだけどっ。どうすんだよ、捕まるんだけどっ!」

「ハルトさんは幽霊だから問題ないんじゃないんスか。なんで自分らと一緒に逃げてんス」

「お前が引っ立たせたんだろがッ。あと俺だってあんなのに捕まりたかねぇよ、怖ぇよッ」

「こういう時こそ腹を決めたらどうスか」

「お前が言うなッ‼」


 肩越しを振り返ると、黒い手がもうそこまで迫っていた。あれに捕まったら死ぬなんて、デスゲームもいいところだ。しかもわたしは持久走にはめっぽう弱い。これでは逃げ続けていてもいずれ限界がくるだろう。どうにかしたいのにどうにもできない。さぁどうしよう。


「なんとか、外に助けを呼べないかなッ」

「内側から閉じ込められている以上は無理かと」

「じゃあどうすんだよッ。俺らここでとっ捕まって終わるのか⁉」


 ハルトくんが叫んだとき、わたしの足首が掴まれた。突然のことで顔面から地面に直撃する。どこか切ったのか鼻血でも出たのだろう、口の中に鉄の味が広がった。


 背中を振り返る。何本もの黒い手が襲いかかってくるのが見えた。ああ、これはもう万事休すだ――と諦めが脳裏をよぎったところで、学生服の背中が視界に入る。


「ふんぬっ」


 ハルトくんが前に手をかざして息む。瞬間、襲いかかろうとしていた黒い手が弾け飛んだ。


「うおおおおっ、俺すげぇっ。念力使えた……! やればできる俺……!」

「は、ハルトくんっ」

「黄泉野、大丈夫かっ。ていうか鼻血出てる、鼻血っ」


 急いで起き上がったわたしの顔を学生服の袖で拭ってくれる。けれどもすぐに、顔をしかめたと思ったら頭を抱えてうずくまった。ハルトくんの頭では数々の目玉が激しく動いている。


「頭いってぇぇえ……っ。何だコレ、どうなってる、俺の頭」

「なんか目玉がめちゃくちゃ動いてます。生きのいい魚みたいな感じになってます」

「想像したくねぇぇえ」

「消し滓に意志はなくても、ハルトさんに憑いている以上は抵抗しているんだと思うっス。ポルターガイストを使えば、その分抵抗を強めます」


 大地くんが隣に来る。動けないわたしたちの前に立つと、刀を取り出して鞘のまま構えた。続けざまに襲ってくる黒い手を片っ端から叩き落としていく。


「戦えるんじゃねぇか祓い屋見習いッ」

「一時しのぎっス。それよか早く立って下さい、二人とも――」


 言いかけた大地くんの声が途切れる。一本の黒い手が、彼の頬をかすめたのだ。


 躱しそこねた大地くんは短く息を漏らす。頬に、僅かな血が滲んだ。


「あ、やっべ」


 その瞬間。


 ぱんっ、と風船が割れるような音と共に、襲いかかってきていた黒い手が一斉に弾けた。


 わたしとハルトくんは息を呑む。大地くんは、確かに表情を強張らせていた。


 黒い手が消え、静まり返った暗闇の先から、靴音が響く。ゆっくり、しかし確実に。


 グリーンのジャケットが見えた。


「おうおう、貴様ぁ。なに『約束』破っとんじゃゴラァ、ぶち殺すぞ」


 普段の子兎みたいな可愛いらしさから遠くかけ離れ、銀河すら超越したような言葉遣いで。たいへんドスの利いた声で。


 金属バットを肩に担いだゆかりちゃんが現われた。


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