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5:『もしも』の友達

【東区国道交差点で交通事故 男子高校生が乗用車にはねられ死亡】

【突然奪われた命 近年増加する交通死亡事故 警察は呼びかけを徹底】

【はねられたのは受験生 東区国道交差点で死亡事故】



「……交通事故だったんですね、ハルトくん」


 スマホの検索エンジンでいくつかキーワードを入れて調べてみると、去年の冬にそれらしい事件があったことが分かった。乗用車はよそ見をしていたわけでもなく、不運にも出会い頭の事故だったらしい。


 人気のない路地を歩きながら、傍らでハルトくんも「だろうね」と零す。


「相手の人には申し訳ないことをしたと思ってるよ。まさか出会い頭の事故で人を殺させちまうなんてさ。ノイローゼとかなってないといいんだけど。謝りてぇなぁ」

「それが不思議と相手さんのその後の処遇が載ってないんですよね。どうしてでしょ」

「なんかほら、サイバン中なんじゃないの? 去年の冬ったって数ヶ月前じゃん。いろいろ調べたり決めたりすることあるんだろ。あぁ~尚更申し訳ない。もう死んでるのに胃が痛い。俺がその日、ここを通らなければなぁ~」


 いつもよりも数倍激しく頭を掻く。相当罪悪感があるらしい。


「でもどうしてその日ここを通ったのか、覚えていないんでしょ?」

「それがまったく。通学路でもないし。なんで俺こんなところにいるんだろうなぁ。なんか事故の日を中心に前後の記憶があやふやなんだよ。飲み過ぎて記憶が飛ぶ人の気持ちが今ならよく分かるわ。俺、来世は絶対酒飲まん」

「その前に成仏できたらいいんですけどねぇ」


 そう言って、わたしは足を止める。ハルトくんも同じく足を止めた。


 ぶらぶらと住宅街の路地を歩いていたわたしたちは、いつの間にか交差点の電柱まで戻って来ていた。これで三度目である。


「くっそ、やっぱこうなんのかい……ッ!」


 隣でハルトくんが頭を抱えて座り込む。


「何度も何度も交差点から離れようとしてんのに結局どういうわけか戻ってくる……! これが地縛霊ですよっ。もう嫌になるっ!」

「……地縛霊ってこんな感じなんですね」


 わたしも三度目にしてようやく分かり始めた感覚を呟く。てっきりその名に『縛』がある通り、鎖かロープかで縛りつけられて動けない状態なのかと思っていたけど、案外移動できるらしい。しかしこれはこれで厄介だ。


「怨霊はともかく、先に地縛状態をどうにかできればと思ったんですけどね……」


 この住宅街のそぞろ歩きはわたしが提案したものだった。


 彼が怨霊化してしまった原因は、探るとどこで地雷を踏んでどえらいことになるか分からないので、ひとまず保留。ならば現時点で彼がどこまで移動できるか調べてみようということになった。彼も彼で、今まで自分がどこまで行けるかちゃんと試したことがなかったらしく、快く了承した具合だ。そうして今、ある程度情報が手に入りつつある。


「四ブロック先までは移動できるけど、そこから先はなぜだか電柱に戻って来てますね。スマホの方位磁石もとくに変わりなかったのに不思議です……。これが地縛霊の特徴なんでしょうか」

「ふ……。甘いな、黄泉野。俺をそんじょそこらの地縛霊と一緒にするんじゃない」


 おもむろに立ち上がったハルトくんは、やれやれといった様子で額に手を当てる。


「確かにこれは地縛霊ならではの力かもしれんが、要因は他にもあるぞ。たぶん俺の内なる『力』がこの場をさらにややこしくさせていると思うんだ」

「なんです、内なる力って」

「それはだな――俺が〝不運男(アンラッキーマン)〟だってことだよ」


 わたしは、はぁと呟く。


「アンラッキーですか」

「そう、アンラッキーだ。昔からもうどちゃくそに運が悪いんだよ、俺って」


 ハルトくんは自慢げに胸を張って言う。張らないでほしい。


「まず毎年おみくじは必ず『凶』が出る。生まれてこの方『凶』以外引いたことがない。雨の日は高確率で車の水はね・泥はねを食らう。合羽を着ている意味がない。体育の時間の二人ひと組作業は絶対余る。これは理科の班でもいえる。あと自転車に乗ったら毎度全ての信号が赤になっていた。おかげで遊びに誘ってくれる友達もいなかった。――どうだ、すごいだろ」

「なんて悲惨ぶり」

「ふふ、そうだろう、そうだろう。自分でも言ってて悲しくなる運の悪さよ。そんで仕舞いには事故死だしな。いやもうホント、ツイてなさすぎるわ。あはは、あ、なんか涙出てきた」


 そっと袖で目元を拭うハルトくんにハンカチを差し出したかったけれど、残念なことに生者が死者に送れるのは合掌しかなかった。わたしはハルトくんに合掌する。


「で、今回もその運の悪さが地縛霊の特徴に拍車をかけていると」

「たぶんな。俺って方向音痴もあったからさ。あんまり来たことない場所だったら迷ったりすんのよ。ここらもあまり来たことなかったし」

「何か、目的があってここにきたんでしょうか?」

「さぁ? こっちが聞きたいよ」


 あんたのことでしょうが。


「あー、ていうか疲れた! ちょっと休憩しようぜ」


 幽霊で足もないハルトくんは、何が疲れたのか知らないが電柱に貫通しない程度に寄りかかる。隈の濃い目をジロリとこちらに向けた。


「黄泉野、スマホでフリを作るの忘れんなよ。お前が俺と関わったせいで社会的に死んだら、俺はどう罪を償えばいいか分からん」

「償わなくてもいいですから。自己責任って言ったでしょう」

「そうにしてもだ。心配なんだよ。ほら怪談でもさ、善意で死者と関わった生者が結局ろくでもない顛末を辿ったりするだろう。黄泉野は優しいから、俺のせいで不幸にはなってほしくないんだ。頼むよ」


 優しいのはそっちだろうとは言いたくなる。今までこれほど、こちらの身を案じてくれる霊はいなかった。本当、珍しいほどの気遣い屋だ。わたしは言われた通り、素直にスマホで通話のフリをする。


「道がダメなら、次は人家の屋根伝いに移動してみますか? 上からなら突破できるかも」

「そういう問題かね。やっぱ地縛霊って、その場に縛られる理由があるから離れられないわけだろ? ココロの問題なんじゃねーの」

「じゃあ何か心当たりあるんですか」

「ない。強いて言うならアンラッキースキルが悩みくらい。慣れてるけど」

「う~、困りましたね……」


 スマホを耳に当てつつ、背後の外壁にもたれる。空を見上げると薄い水色の空にちぎれ雲が浮かんでいた。最近陽気な日が続いている。


「そういえば、まだ聞いてなかったけど……黄泉野っていくつよ?」

「十八です」

「なんだタメじゃん。敬語なくしなよ」

「いえ、お構いなく。こっちの方が慣れてるんで」

「ああ、そう? 真面目だねぇ」


 苦笑した彼は、わたしと同じように空を見上げた。


「俺もさぁ、生きてればたぶん、今年の春から大学生だったんだよなー」

「受かる自信あったんですか」

「そういうこと聞かないでくれる? 第一志望校、ギリギリまでB判定だった俺に」


 かなり苦戦していたらしい。


 ちなみにどこの大学に行こうとしていたのかと訊くと、なんとわたしが来月から通う大学だった。これはまた不思議な縁だ。


「もし生きていたら、大学で知り合ってましたかね、わたしたち」

「かもな。でも俺に近づかないことに越したことはなかっただろうよ。なんたって俺は自他共に認める〝不運男(アンラッキーマン)〟だからな」

「悲しくなりません? それ」

「悲しい」


 ハルトくんの声が虚ろに響く。それでもわたしが投げた『もしも』に続きを足した。


「もし受かったら、実家を出て一人暮らしするつもりでいたんだ。バイトして、自分でやりくりしながら大学行って……。親の仕送りなんかに頼らずに、自立したいって思ってた」


 どことなく言葉の響きに決然たる意志が宿っているのを感じて、わたしは自分の顔が自然と曇ったのが分かった。


「親と……うまくいってなかったんですか?」

「いやいやまさか。うまくいってたとも。なんならすげーぞ、うちの家族は。俺以外みんな強運の持ち主だ」


 彼は軽く笑った。


「うちは八人家族でね。兄妹は六人。俺は三男。上二人の兄貴は生まれつきの頭の良さでエリート社会人、下の妹弟たちも各々成績トップ。母親は裁判官で父親は警察官。俺以外の家族は毎年おみくじで『大吉』を引く。前に家族で生牡蠣を食ったが、俺以外は全員食中毒を回避した。俺は死ぬかと思った。海に遊びに行ったときも、俺以外は全員アカクラゲに刺されずに楽しんだ。俺は死ぬかと思った。まぁそういう、バカみたいにできた家族で、バカみたいに賑やかな家族だよ」


 ハルトくんが不憫でならない。強運と比較すると尚更悲惨だ。


 でも彼の横顔はとても穏やかだから、本当にいい家族だったのだろう。


「でも、そう思うのも今だからかもしれないなぁ」

「……というと?」

「自分の大事なもんってのは失った後に気づくってことだよ」


 ハルトくんはわたしに微笑を向ける。少し寂しげに。


「そりゃ、そんだけできた人たちの中にいたら、何にもできない自分が卑屈になるだろうよ。正直なところ、生前の俺は早くあの家を出たかった。早く家を出て、自分だけの力で生活して、自分を変えたいと思ってた。無難でもなんでもいいから――少しくらい自分の人生を薔薇色っぽくしたいってね。いやまったく、今にして思えば若さが分かるな。俺ってけっこう必死だったかも」


 わたしは。

 思わず、目を丸くした。それは――よく知っている感情だった。

 わたしもそうだったから。

 窮屈な世界から脱したくて――自分を変えたくて、この町に来た。


 空白の世界に、『もしも』が募る。


 もしも。生きていた彼と大学で本当に出会えていたら。


 きっと……友達くらいにはなれていたんじゃなかろうか。


 不意に一陣の風が路地に通る。まだ少し冷たさを含む春の風。


 ぼんやり頭の中で膨らみかけていた夢が、途端に風船のように割れて現実に引き戻される。ぶるっと悪寒が背筋に走ったと思ったら、花粉症でもないのにくしゃみを連発してしまった。ハルトくんもギョッとした様子でこちらを覗きこむ。


「黄泉野、どうした。風邪か? まだ春本番じゃないんだから、温かくしとかなきゃダメだろう。春先の風邪ってのはけっこう長引いたりするんだから舐めるんじゃない」

「はぁ……、すみませ……」


 鼻をすすって顔を上げた先、意外にもハルトくんの顔が近くて言葉が途切れる。つり目の黒瞳が深く澄んで、綺麗に思えた。人の目を見てこんなことを思うのは初めてだ。


 あれ、でもなんだろ……。なんか足下から力が抜けるような……?


「黄泉野?」


 なおも心配そうに声をかけられ、わたしはハッと我に返る。ぶるぶる頭を振って、彼から距離をとった。


「すみません、気をつけます」

「おん、そうしろ。で、こっからどうする? 人家の屋根伝いにやってみるか?」


 ハルトくんは何ごともなかったように路地の先へ顎をしゃくる。わたしも切り替えて地縛霊調査を続行した。


 何か心がふわふわするけど、風邪気味のせいだろう。





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