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3:秘密の始まり

 すぐ傍を往来する車の音が、河の流れのように聞こえる。


 青年は、敵意はないと言わんばかりに両手を挙げてみせた。


「この通りだ。祓い屋は今呼ばないでくれ。いや呼んでもいいけど、ちょっと覚悟を決める時間がほしい。だって祓い屋だよ? 祓われるんだよ? 俺。怖いじゃん。どうなるか分からんじゃん」


 言われてみれば、除霊された霊はその後どうなるのか考えたこともなかった。そりゃ確かに怖いか。


「すみません、呼びませんから安心してください」

「え? ああ、そう。ならよかったわ」


 あからさまホッとした様子で彼は肩の力を抜く。わたしに眉根を寄せた。


「で? アンタまた俺になんか用なの? 勘弁してくれよ、昨日の今日で。そりゃ昨日はこっちから話しかけちまったのがいけなかったけどさ。見せただろ、額のやつ。俺に関わったらいけないから、こっちはずっと姿を隠してたのによ。人の話聞かないだろ、アンタ」

「聞いた上で気になって来たんです」

「尚更タチ悪いな」


 青年の顔に鼻じわが寄る。わたしは単刀直入に訊いた。


「あなたって、怨霊なんですか」

「言葉にしないと分からないのか?」

「ちゃんと確認しないと、本当にお祓い屋さんを呼ぶことになるんです。今日からわたしの知っている人が町のあちこちで怨霊を祓いまくることになっているんで。怨霊じゃないのに間違って祓われたら嫌でしょう」

「え、ヤダ、なにその人。祓いまくるってなに、こわっ。めちゃ強そうじゃん」

「強いかどうかは分かりませんけど……足遅いですし」

「足遅いんだ」

「腰痛めたりしますし」

「痛めるんだ」

「祓うところ見たことないですけど」

「大丈夫? ホントに大丈夫? その人。ビギナーさん?」


 ビギナーかもしれない。


 青年はハア、と溜め息を零した。


「まぁいいや。ここで嘘吐いても死んでるんだから得はない。――そう、俺は怨霊だよ。こわーい霊だ。だからさっさと帰りなさい。そんで祓い屋を呼びたきゃ呼べばいい。困るけど」

「……その額の文字は、自分で書いたんですか」

「んなわけあるかい。死にたてホヤホヤのときに書かれたんだよ」

「書かれたって誰に」

「なんかお面つけた人……死神さんだったか。『とりあえずコレ、証印になるので消さないでくださいね』って。消せるかよ、油性だろコレ絶対。しかも雑だし」


 死神さんの証印。怨霊であることの証。

 やっぱり、本物の怨霊だったんだ。この人。


 でも聞いていた話とずいぶん印象が違うというか……。


「怨霊なのに怨霊っぽくないですよね」

「知らんよ、そんなん。だいたい怨霊っぽさって何よ。世の中十人十色なんだぞ。人を祟り殺すようなガチもんの怨霊もいれば、正統派穏やかさんみたいな怨霊だっていていいでしょうが。もっと型に囚われず柔軟な視野を持ちなさいよ、アンタ。今の時代は多様性だぞ」

「おじさん臭いです」

「おい、これでも俺は傷つきやすいんだぞ。昨日は年寄り臭いって言われてちょっと気にしていたんだぞ。ごめん嫌だった?」

「いえ、こちらもすみません。なんだか学生にしては大人びていると言いたかったんです」


 つり目と隈と猫背のせいで少し近寄りがたい雰囲気があるけれど、意外と話しやすい人だった。


「本当に学生ですよね」

「さすがの俺も、学生のコスプレをして死ぬような人生は送っちゃいなかったさ。高三だったよ。いつ死んだのかは覚えてないけど」


 わたしは眉を上げる。


「いつ亡くなったのか……覚えていないんですか」

「おん。まぁたぶん、服装からして冬くらいだとは思うんだけどさ。事故かなんかに巻き込まれたのかね? その時の記憶がまったくないんだわ。いや参っているよ、本当に」


 彼はニット帽の上からワシワシと頭を掻く。


「あ、名前とか家の場所とか学校とかは覚えてるよ。ただ死んだときの記憶がないってだけ。死神さんが来たときに聞けばよかったんだけど、なんせホントに死んですぐの時だったから頭がぼんやりしていてさ。聞きそびれちまったんだよね。んで、通りがかる人たちに聞こうにも聞けないし、地縛霊にもなっていたから家に帰ろうにも帰れないし。仕舞いにゃこのままだと祓い屋に除霊されるときた。俺の人生ろくでもなかったけど、死んでからもろくでもないとは呆れるよ。つくづくツイてない」

「それは……大変でしたね」

「やーべつに、慣れてるからいいんだ。それよか、俺のことはもう分かっただろ。祓い屋を呼ぶなりなんなりするといい。死んだ身に今さら足掻く理由もない」

「でも除霊されるのは怖いんでしょう?」

「怖いよ? めちゃくちゃ怖い。なんなら膝ガクガク言ってるし。ほら」


 足下を示される。上半身は平然そのものとしているのに、下半身は生まれたての子鹿みたいになっていた。よほど怖いらしい。


「でも本当、俺みたいな奴とは関わってほしくはないんだ。死神さんから一応お墨付きをもらっている以上は、俺って本当に怨霊みたいだし、何かの拍子でアンタを傷つけたくはない。だからここはひとまず、そういう霊もいるんだということにして帰ってくれないか。俺のことは忘れてくれて大丈夫だから」


 申し訳なさそうに片手を立てて拝まれて、わたしはなんだか複雑になる。正しい選択としては、このまま橘さんに連絡して彼のことを報告すべきなんだろう。怨霊であることに変わりはないのだから、近づかないことに越したことはない。だけど――心に芽生えた僅かな同情心が、わたしをここから離れることを阻んでいた。


 彼の様子だと、死んだ時と一緒に、怨む原因も抜け落ちてしまったのだと思う。その状態でいきなり怨霊認定されて、誰にも聞けず、帰れず。わたしが同じ立場なら、孤独に打ちのめされて途方に暮れているはずだ。だけどこの人は、そんな中でもよからぬモノが巻き付いているわたしを心配して声をかけてくれた。今もこうして身を案じてくれている。


「……あの」


 わたしはそろそろと挙手をする。


「一緒に、探してみませんか。……どうしてあなたが死んで、何に縛られてここにいるのか」


 彼は目を瞠った。


「やっぱ話聞かないだろ、アンタ」

「聞いた上で気になるから言うんです」

「……本当にタチ悪いな」

「もちろん、危なくなったらちゃんと逃げます。バイト先とも連絡ができるので、ヤバいときは祓い屋さんを呼びます。でもそれまでは、除霊じゃない消え方を一緒に探してみませんか。わたしも、その方が心持ちいいと言いますか……。わたしの知っている人が、こういうときはこうしそうな気がするので」


 懸命に説得してみる。正直に言うなら放っておけなくなってしまった。アンコさんのときはあれだけはた迷惑な行いをする霊に嫌悪感を抱いていたのに、今は自分から進んで首を突っ込もうとしているから不思議である。


 橘さんに感化されたのかもしれない。


「……へぇ、世の中優しい人もいるんだな」


 青年は呆けた顔でまた頭を掻く。それからううむ、と腕を組んだ。


「……本当に、祓い屋はすぐに呼べるんだな? 俺はちゃんと忠告したぞ」

「はい、大丈夫です。何かあっても自己責任ですから」

「アンタ、名前は」

「黄泉野七瀬です」

「変な苗字だな」


 半透明に透ける彼は、わたしに右手を差し出した。


「俺、倉地ハルトっていう。じゃあちょっと、手伝ってくれるか。黄泉野」


 わたしは微笑んで手を伸ばす。


 何も無い空間で、わたしたちは確かに握手を交わした。


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