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2:死神催促強化週間

 春彼岸――。それは春分の日を中日とする七日間のこと。この期間はあの世とこの世が比較的近くなるため、世間では各地で先祖供養などの仏事が行われる。


 一方で、あの世ではこの期間にとある活動が行われるという。


「『死神催促強化週間』――まぁ、その名の通り、死神さんがこの世に居座る死霊をあの世へ根強く説得する習慣だよ。両界の距離が近くなる明日からは、死霊の心も動きやすくなるんだと」


 夕飯のおでんを囲みながら、橘さんはざっくばらんに説明した。向かいではお風呂から上がってパジャマ姿になっている大地くんとゆかりちゃんが黙々と箸を進めている。端から見るとなんだか兄妹みたいだ。


「死神さんたちは、あの世とこの世の魂の量を均一にするのが本来の役目でね。この機会にあの手この手使って両界のバランスを整えたいんだ。期間中は三途の川の舟代も割り引きになるし、人数限定で通常の舟じゃなく豪華客船に乗れるらしい。あと先着順に盆の精霊馬の予約もできるんだって」

「……お得より必死さが伝わりますね」


 鍋から大根とこんにゃくを小皿によそいながら、無難な感想を言う。舟代割引だの豪華客船だの精霊馬の予約だの、前に見た死神株式会社といい、ずいぶんとあちらの世界は現実的だ。というか株式会社は今でも気になっている。あの世にも株ってあるのか。


「でもそれが、橘さんとどう関係があるんです? 死神さんが忙しくなっても、スーパーで死霊相手に商売をする専門屋には支障ないように思えるんですけど……」


 強いて支障をきたすと言うなら、お客の数が減って閉店の危機にならないか心配するくらいではなかろうか。


 橘さんは熱々の餅巾着を念入りに冷ましながら、物憂そうに言う。


「俺は明日から、祓い屋として死神さんのサポートに回るのよ。一緒に厄介な死霊のもとに赴いて、除霊する。毎年スーパーの誰かがやらなきゃいけないことでさ、去年は春子さんが行ったんだ。んで、今年は俺がやるの。全っ然気が向かないけどね。面倒だし」

「除霊……ですか。成仏ではなく」

「掃除当番みたいなもんス」向かいから箸を止めた大地くんが説明を代わった。


「死神さんたちは、一般死霊に催促する一方で、この機会に日頃後回しにしてきた案件も一気に片付けたいんス。後回しするっていうのは、基本的に()()()()()()案件を意味します。だから祓い屋に委託して掃除をさせる。死神さんが諦めるほどの死霊は、もう俺たちでも成仏させてあげられないわけっスから、仕方ないかと」


 なるほど。いかにも祓い屋らしい話だ。


「その厄介な霊って、どんな霊なの?」

「お、怨霊です。怨霊だけは、昔から専門屋の除霊対象さなっでまず。遭遇次第、即除霊でず」


 ゆかりちゃんができるだけ訛りを抑えて言う。


「怨霊は、霊魂さ元に戻せねほど歪んでまった死霊のごどでず。悪霊はせいぜい、霊障を引き起ごすくらいばって、怨霊は確実さ相手ば殺すような性格なさってら。だはんで、たげ危険なんでず。怨霊だげは、慈悲も慈愛もなぐ滅却すねくちゃいげません」


 ……、…………ほう。

 怨霊、ですか。

 しかも容赦ない。


「なーにどうしたの、七瀬ちゃん。急に黙って」


 傍らか橘さんが小突いてくる。まったくタイミングが悪いことに、こういう時ほど、彼はめざといのだ。


「そういやまだ、買い出しが遅かった理由を聞いてなかったね。どこに寄り道してたの?」

「……詮索しないでください」

「ダメですぅ。明日から俺いないんだから把握しとかなきゃいかんでしょうが。ていうか絶対なんかあったよね。もしかして怨霊に遭ったの? ねぇ、ねぇちょっと」

「七さん、怨霊に遭ったんスか」

「わわわわ、お、お祓いだべお祓い……っ」

「い、いやちょっと! 分かりましたからっ」


 全員に詰め寄られ、わたしは逃げ場をなくす。観念して白状した。


「……帰り道に、地縛霊さんに話しかけられまして。なんか……わたしにヤバいものが巻き付いているから気をつけろって言われたんです。どえらいヤバイものが絡んでるって」

「「「ヤバいもの?」」」


 三人の顔がきょとんとする。それぞれの目がわたしを見回した。


「……特に見えないっスけど」

「わ、わぁも、何も」

「からかわれたんじゃない? 七瀬ちゃん」

「ひ、人には視えないものかもしれないって言ってました。わたしだって信じたくないですよ、怖いですしっ。最近はちゃんと橘さんの言いつけも守っていましたし」

「俺以外見ないでってやつ?」

「違います」


 恥ずかしさとかないのか、この人。


「とにかく、それでちょっと遅くなっただけなんです。べつに何もありませんよ」

「ほーん……、そう」


 橘さんは呟いたものの、まだ疑わしさが残る様子だった。すっと目を細める。


「怨霊じゃぁないんだね」

「……はい、まぁ」


 正直ここはよく分からなかったから、濁すしかなかった。確かにあの青年の額には、『怨』という文字が書かれていた。けれど――、それが何を指しているのかと確かめる前に、彼は「じゃ、そういうことなんで」と言ってその場から消えてしまった。だから怨霊かどうかは判然としていない。


 ここでもし怨霊ですと言ったら、彼は確実に祓われるだろう。その後に彼が怨霊じゃなかったと分かることがあれば、取り返しがつかない。だから少しでも疑いが残る今は早々に打ち明けたくなかった。


 内心ドギマギしながら橘さんを見つめる。彼もしばらく黙ってわたしを見つめていたが、やがて吐息を零して視線を外した。無造作に頭を掻いて食卓に向き直る。


「まぁ怨霊じゃないなら、今すぐどうこうしなくてもいいか。でも地縛霊だって厄介なんだから気をつけるんだよ、七瀬ちゃん。地縛霊はその場から動けない分、執着も人並み以上だ。もし執着された場合、最悪あの世に道連れコースだってあり得るんだ。そんなの許されないからね。七瀬ちゃんに執着していいのは俺だけなんだから」

「橘さんも除霊されたらどうです」

「ふ……、たとえ除霊されても俺の愛は不滅だよ」


 大地くんが「ぐえっぷ」と零す。ゆかりちゃんはせっせと食事を再開させていた。二人とも一年この人と一緒にいるだけに、こういうのにも慣れているらしかった。


「ところで橘さんがいない間、スーパーはどうするんですか。うちってただでさえ人数が少ないから、大変になるんじゃ……」

「店長が出てきてくれるよ。俺の分の仕事とサポート全部やってくれるって」

「おお、店長さんが。ついにですか」

「うん。でも会えるかは分からないよ。あの人、俺より変わってるから」


 橘さんより変わっているとなると……どうなんだ。想像がつかない。


 橘さんは食べ終わった食器を持って立ち上がる。


「とりあえず、その地縛霊は俺が帰ってきてからどうにかしよう。七瀬ちゃんはそいつに近づかないように。いいね」

「はぁ……」

「はぁじゃなくて、返事は」


 オカンみたいなことを言われ、わたしは子どもそっくりに渋々返事をする。


「はい」

「よし、いい子だ」


 橘さんはニッコリ笑って、わたしの頭を軽く撫でた。


「俺が帰るまで待っててね。七瀬ちゃん」


 翌朝。起きてくると台所には健康的な朝食が三人分きっちり用意されていて。

 橘さんの姿は、ヒイラギ荘のどこにもなかった。


***


 しかし人間とは愚かなもので、守れと言われた言いつけを言われたそばから破るのは、古今東西見受けられる。


 朝食をとり外に出たわたしは、バイト前に昨日の交差点に向かった。途中に花屋で購入した小ぶりな花束を片手に、周囲を見渡す。


「……いない」


 開けたの交差点のどこを見ても、昨日の青年の姿はない。夢だったのかと一瞬疑ってしまいそうになったけれど、青年がいた電柱の傍には小瓶に一輪の花がひっそりと供えられていた。うん、やっぱりここで亡くなった人がいるんだ。


 花束を一輪挿しの隣に供えてから少し手を合わせる。それから周囲の路地に入って念入りに探してみた。十分に歩き回ってから、また電柱のところに戻ってくる。


「やっぱりいない……」


 徹底的に隠れているのか、それとも、もしかしてもう橘さんに祓われてしまったのか。昨晩の話があった手前、だんだんと後者に心配が傾いてくる。そりゃ確かに、額にあれだけでかでかと『怨』と書かれていたら、怨霊なんだなと思ってしまうけど。あんな油性かどうかも分からないマジックだけで判別するのも如何なものか。というか、あれって自分で書いたんだろうか。そこらの霊に頼んで書いてもらったのだろうか。あるいは生前から……?


 うんうん唸っても仕方がないので、わたしはポケットからスマホを出す。耳に当てた。


「すみません、昨日の学生さん。お話があります。出てきてもらえませんか」


 探しても待っても埒が明かないなら、残る手段は直接話しかけるしかなかった。


「少しでいいんです。時間はとらせません。確認したいことが分かればすぐに帰りますから」


 電柱から返事はない。当然だけど。


「このままだとたぶん、あなたはお祓いされますよ。ていうか出てこないならこのまま怨霊確定ということでお祓い屋さん呼びます。それでもいいなら、」

「分かった、ごめん。話し合おう」


 すぐ後ろから声がした。あまりに近くからしたので、わたしは驚いてスマホを取り落としてしまう。慌てて拾い上げ、顔を上げる。


 そこには昨日の青年が、罰の悪い顔をして立っていた。


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