個人
彼女は、僕なんかよりもよっぽど体力があるようだ。ゼェゼェと息を切らしている僕とは対照的に、彼女の息ずかいはまったく乱れていない。
「はぁはぁ、どこまで……いく、つもりだ?」
「とりあえず、学校が見えなくなるまでね。」
「なん、だって?」
今日だけで、今までの僕の1ヶ月分の運動をしたような気がする。
「はぁ、やっと、ついた。」
「あなた、勉強以外はからっきしなのね」
「そう、だな」
公園のベンチに倒れ込むように座り、ゆっくり息を整える。
「落ち着いたかしら」
「……ああ、」
「そう、なら良かったわ」
「はあ、ところで、学校はどうするんだ?」
隣に腰かけながら彼女が答える。
「そんなこと、まだ気にしているの?」
「…………確かに、もうそんなこと、どうでもいいか。でも、お前の親は黙っていないんじゃないか?」
「そうね、、、もうどうでもいいわ。私には、考えがあるもの」
「………そうか、」
そう言った彼女は、どこか嬉しそうでもあり、楽しそうでもあった。
「なんだか、機嫌が良さそうだな?」
「ええ、因縁の相手をぶっ飛ばすことが出来たから、気分がいいのよ」
ぶっ飛ばす、、、、
「因縁の相手って、さっき殴り飛ばした?」
「そうよ、今思えば、全てはあのクソ野郎から始まったのよ。入学して間もない頃、いきなり面識もないのに、告白をしてきて、」
無表情な彼女の瞳の奥底に、大きな嫌悪感が読み取れた。それにしても、彼はよく告白なんてしようと思ったものだ。相当な勇気の持ち主であるに違いない。
「すぐ断ったのだけど、あの人とてもしつこくて、最終的には私の腕を掴んで、強引に引っ張ってきたの。だから、正当防衛を遂行したわ」
「正当防衛……」
「股間を蹴り上げたわ」
「な、なるほど……」
「きっとそれに逆上したのでしょうね、次の日には、私のありもしない噂が広がっていて、嫌がらせが始まったの」
「君も、大変だな」
「ええ、そうなのよ」
僕たちは、同時に椅子から立ち上がった。
「さて、これからどうしましょうか?」
「学校をサボるなんて、はじめてだ。」
「私もよ、そうね、ここはベタに、海に行くなんてのはどうかしら」
「海か、今の時期、まだ寒いんじゃないか?」
しかし、既に彼女は僕から視線を放し、まっすぐと前を向いていた。海に行くということは、彼女の中で、もう決定事項であるようだった。
「別に、水に浸かりたい訳じゃないのよ、ただ、この町がもう感じられないほど、遠くて、非日常な場所に身を投じたいと思っただけ」
「そうか、確かに、それもいいかもな。」
僕達は、今日限り、今日だけは、変わらない日々から脱却し、有象無象の一員ではなく、初めて自我を持つ「個人」となった。そんな気がした。
最後まで読んでくれてありがとうございましたm(_ _)m
正直、このまま続きを書いていくか、ここで話を終わりにするか悩みましたが、こっちの方が綺麗かもしれないと思い、この物語は終わりにすることにしました。皆さんの意見も是非聞かせていただくと幸いです。