契約
次の日の朝、約束通り「また明日」を遂行した僕たちは教室で顔を合わせた。
家にいるのも心地が悪い僕たちは、いつも教室に朝早く1、2番目に着く。まだ周りに人はいなかった。
「ねえ、提案があるのだけど」
「提案?」
「そう、提案よ」
昨日死ぬ予定だった2人が、来るはずのなかった今日、顔を合わせて会話している。なんとも不思議な状況だ。
「今日から、あなたと私、一緒に行動しない?」
「............なんで?」
どちらかと言うと、お互い干渉しない方が気が楽なのではないだろうか。
「私が楽しい余生を過ごすためには、屈強なボディガードが必要なのよ」
「......ボディガード?危険から身を守りたいなら、もっと力の強い人に頼め。だいいち僕は、君より運動ができない。」
窓の外に目を向けていた僕は、彼女へと視線を戻す。こうして話している時も、彼女の表情は一切変わらない。
「強い、と言っても体の強さだけが重要ではないわ。人脈の広さも、十分強さに繋がるのよ。まあつまり、いつも影で私の悪口を言っているあの人達に、ちょっかいを出されないようになればなんでもいいの。」
「なるほどね、でもそれって提案と言うより、お願いじゃないか?」
「......あなたにもメリットはあるわ。」
「というと?」
「あなた確か、人が嫌いなのよね。私と一緒にいれば、人がよってこないわ。だって私、皆から嫌われてるもの」
「それ、自分で言うんだな。でもそうすると、僕は君と一緒にいることで、みんなから嫌われることにならないか?」
正直に言うと、めんどくさい。残り1年生きると決めたからには、余計なことはしたくなかった。
「大丈夫よ、嫌われているのは私であって、あなたは嫌われ者に絡まれている可哀想な人になるだけ。」
なんだかこじつけな気がするが、、、どうしても人に頼み事をしたくないらしい。
「まあ、いいよ。死ぬ前に、慈善活動くらいしないとな」
「もうすぐ死ぬ人間に対して、慈善活動......ね」
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休み時間、早速彼女は僕の席の前へとやってきた。そして、何か喋るでもするでもなく、ただただ僕のことをじっと見て、チャイムが鳴ると席へと戻って行った。
一見すると、奇行でしかないのだが、彼女の思惑通り効果は現れていた。
いつも彼女の席の周りで嫌味事を言っていた奴らは今日はやってこなかった。と言うより、休み時間は席に座って動かない彼女が動いたことに驚いているようだった。
そして、奇妙な状況に驚いたのか、ドン引きしたのか、はたまた彼女の人を寄せ付けない効果の現れなのか、いつも人が集まってきていた僕の席には誰も寄ってこなかった。
この状況はまさにウィンウィンだろう。僕と彼女は、人間の恐怖から開放されたのだ。
その日の帰り道、彼女は僕に言った。
「それじゃあ、明日もよろしく」
「ああ、こちらこそ」
僕たちの、僕たちによる、素晴らしい余生のための契約が交わされた。