また明日
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僕が産まれた後、母はすぐに死んだ。それでも父は男手一つで、何より愛情を持って僕の事を育ててくれた。父が自分に向けてくれている好意が心地よくて、嬉しくて、自分は幸せ者だと思った。
しかし、仕事も家事も、子供の世話も、全て一人でこなしていた父は、疲れていたのだろう。
仕事で、取り返しのつかないミスをしてしまった。
仕事を失ったが、借金は増えていった。だが、父が僕に向ける顔は、いつだって笑顔だった。苦しい生活の中、小学校にだって通わせてくれた
好意のこもった愛情のある笑顔、それを向けて貰えるだけで、僕は幸せだった。
小学二年生のある日曜日、父はいつものように僕に笑いかけ、言った。
「お父さんと、死んでくれないか?」
その頃の僕の中で、父というのはどんな事があっても折れることがなく、強く、ほかの何よりも頼れる存在だった。
だから父のこと言葉に、驚いた。驚いて、気づいた。父はずっと我慢していたのだと、母が死んだ事も、仕事で失敗した時も、そして.........今まで僕と一緒にいたことさえも。
「どうなんだ?」
今思えば、この時「うん。」と、ただ一言言っておけば良かったのだ。しかし、当時の僕は愚かにも、まだ生きたいなんて事を思っていた。
「い、嫌だ.........」
言って、後悔した。その時の父の顔を今でも覚えている。
「そうか」
その時、初めて父は、怒ったような、悪意のあるような顔を僕に見せた。幼い僕は、父に嫌われてしまったのかもしれないと、不安な気持ちに襲われた。
そして一言、父に伝えた。
「お父さん、死なないで」
...............次の日、父は首を吊って死んでいた。
僕は人間が嫌いだ。人に好かれたり、好意や笑顔を向けられると、とても不安になる。その好意が、いつか悪意に変わってしまうかもしれないから。
人に嫌われたり、悪意を向けられるのはもっと怖い。あの時の感情を、思い出してしまうから。
人が溢れるこの世界で生きることは、僕にとっては苦痛でしか無かった。
「だから僕は、死ぬんだよ」
「そう、」
「納得したか?」
「ええ」
「ならよかったよ」
そのまま無言で歩いているうちに、少し先に分かれ道が見えてきた。
「私は右よ、あなたは?」
「左、」
「じゃあここでさよならね。......今度こそ、また明日」
「ああ、また明日」