高祖
その頃張角は、手を組んだ皇甫嵩と曹操の攻撃を受けながら、熱病に苦しんでいた。
堅城を頼み立て籠もっているが、重宝は皇甫嵩に、張梁に至っては素性も知れぬ義軍の男に討たれたという。
かつては地を埋め尽くすかとばかりに膨れ上がった信者も、今や官軍に討ち果たされ、粗末な布を焼いたように大陸各地へ散り散りになり、援軍も期待すべきではない。
「私は、どこで道を誤ってしまったのだろうか……」
従者が答えた。
「将軍、そのようなことを仰ってはなりませぬ。これもまた天命でございましょう。かつて、高祖(劉邦)は彭城の戦いにおいて、五六万の大軍勢を率いていながら、項羽軍三万に散々打ち破られ、味方だった諸侯も劉邦を見限り、項羽に寝返りました。その後、自身も重症を負って床に伏しました。しかしながら、結局は垓下の戦いで項羽をして自害せしめ、天下を統一して漢の皇帝となったのです。勢い盛んだった高祖は、大敗を喫して床に伏した。その後、天下を統べる漢の帝になった。どうかこのことをお忘れになりませぬよう。さて、私はお粥を用意して参ります」
ポツンと独り残された張角。
「天命、そうか、これもまた天命、か」
静かに呟き、微苦笑。
その高祖が築いた漢帝国は今、どうなっているのか。最早、終焉を迎えるまでの道は、そう、長くはあるまい。私も、この国も……。
諦観した彼の目が人影を捉え、数瞬を経て見開かれる。
「な、南華老仙様……!」
「言っておいた筈。悪しきことに力を使えば、必ずその報いを受けることになると……」
「と、とんでもない。私は民を救うために、ここまでやってきたのです! 悪しきこととは……」
「黙れ。民を救うために? 張角よ、お前は確かに太平道の信者達を救おうとしたな。が、公権力と無関係な者達からも掠奪を働いた。如何ほどじゃ? 一体お前は何をしておった」
思わず出そうになった笑いを抑えるのに、苦労した。
長くはないだろうとは思っていたが、これほど早いか。
微黄の星は、細い尾を引いて落ちた。




