第1話 リンド・ヴァルハイト
王都サンズレイクの王宮の外れ
裏庭のさらに奥深く
王宮勤めの使用人が使う2階建ての建物の一室
開いた窓からは
裏庭の芝生が正午の太陽を浴び
外皮を撫でるように柔らかな風が吹き込む。
王宮内というには余りに手狭であり
手作業で生産されたであろう古びたベットと
木製の、これまたところどころ欠けのある木製の机と椅子があるだけの6畳程度の部屋に
この国の第二王子
すなわち俺が生活の殆どを預けている。
木製の椅子に腰掛け
机に向かい
心地のいい風を顔に受けながら裏庭を眺める
そこでは王宮の警備を行っている
“キャッスルガード”達が訓練を行っており
皆大量の汗を流しながら1対1の立ち会い形式で30人程度が順に木剣を振るっている。
体格の良い金髪の兵士が
もう一方の少し小柄な兵士の木剣を左手に弾き
右足を前に踏み込んだのを確認し
大柄で金髪の兵士の勝利を確信した時
細い少し枯れた声の男性に話かけられる。
「聞かれておりますか殿下」
ーーしまった
声の方を振り返ると
白く清潔なゆったりとしたローブを身にまとい
メガネをかけた老人が居る。
老人は頬が痩せこけ毛髪は色素も薄くなっているが
その目の力強さからは知性を感じる。
「我がヴァルハイト王国最西端、6大諸侯ので隣国リーン公国との国境に位置する領地を治めるのは?」
答えにつまる
セリアン領です と老人が言い
「殿下の御母上・・・亡くなられた御母上の実家でございます」
ーーそうだった!
そこまでのヒントを貰いやっとのことで思い出す。
「領主はラゲルサ・セリオン様で、家紋はりんごを掴む鷲でしてー」
この老人は
俺の教育係でカリナ・アースリーという
俺がこの世界に転生して物心ついた時には既にカリナにこういった座学を教わっていた。
この世界は
なんとも覚える事が多すぎて正直大変だ
特に王族なんかに転生ししてしまったものだから尚更
そして俺はこの世界に来た時の事を思い出す。
幼い体でに事で曖昧な記憶でしかないが
霞む視界
上手く体が動かず
誰かに抱きかかえられている感触
意識と体とがフワフワと宙を漂いながら
必死に足を付こうともがく
力を入れるため
思いっきり息を吸い込みそこで気がつく
ーー息をしていなかったのか
呼吸に集中すると少し意識が地に着く感じがした
「息をしました!王子殿下はご無事です!!」
その声が向けられた先を霞んだ視界で見ると
威厳のありそうな
絢爛な服を着た男がこちらには目もくれず
女性に語りかけている。
「アリス、アリス」
聞こえてくる声色からは悲しみが滲んでいる。
「もう構わない」
と今となっては聞き慣れた声が言う
「君は殿下を別の部屋へお連れしなさい」
声の主はカリナ・アースリーだ
やはりカリナの声にも力はなく、
必死に理性を保とうと
今にも泣き始めそうな声で静かに
「陛下と王妃様のことは私に任せなさい」
その言葉を最後に
俺はどうやら眠ってしまったようだった
後から知ったが
あの時の横たわった女の人は
この世界での俺の母さんだったということである。
ーーまた親孝行出来なかったって事か
そう思いながら、意識を現在に戻す。
前世の俺が、
今宮航平だった頃の両親の姿が
過去に引き戻そうとするが、
庭の兵達がぞろぞろと木剣を置き、建物の中に消えていくのが見える。
ーーしめた!飯時だ
これを口実にと、
カリナに目を向けると既に察していた彼は呆れながら苦笑いし一度首を縦に振る。
未だ12歳程度の成長しきっていない体で
椅子から飛び降り
扉に向かって走ろうとしたところに
カリナから問われる。
「殿下は剣術や魔法を学ぶのがお好きですか?」
考えてみる、
ーーまあ・・・確かに?
「好きだね」
と返しながら元の世界の物語達に想いを馳せる。
剣を持つ英雄の話や歴史上の人物の武勇伝なんかを文字の上でしか触れてこなかった。
だけど、
この世界では自分で振るえるし
ましてや魔法なんかもあるって言うんだから心が躍る。
まるで物語の一部になったかの様に感じる事ばかりだ
だから、改めて
「今が一番楽しいよ」
と素直な気持ちを伝えてみることにした。
前世の日本ではそこそこ若く死んでしまったようだけれども、
2度目の人生ではやりたい事をやって
ついでに前世で出来なかった親孝行もして
この人生を
ヴァルハイト王国
第2王子リンド・ヴァルハイトとして
全力で生きたいと思い始めていた。