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王宮の闇④


ガッ!!

 リンドによって振り下ろされた鋭いフォークは、倒れ込む兄レオの臣下のこめかみ横を掠め、石畳の床に勢いよく突き立てられる。

 先程まですぐ横でリンドの行動を固唾を飲み見守っていた“キャッスルガード”イオスも大きく息を漏らし、止まっていた呼吸を再開する。

「っすはっ————ッハ——ッハ」

 それは当然、レオの臣下でリンドにちょっかいを出した横たわる男の方に顕著に表れる。

 男の呼吸は浅く、何度も何度も息を吐く

 瞳孔は開き、顔は青ざめたものからみるみる赤みを増していく

 

 そんな中

「このようなことになるから——言動には気を付けた方がいいですよ」

 そう言ってリンドは自らの股下に横たわる男に手を差し伸べ、その手を取った男を“ストレングス”を使用し勢いよく引き上げる。

 その様子を第一王子レオは顔を真っ赤に染め見ていた

 だが、ついに我慢できず声を出そうとする。

「き、きき貴さっ——!!」

「兄上も!——臣下の教育には気をつけてください、でなければ兄上自体の品位が疑われます」

 レオが何かを言おうとしたのをリンドはすかさず遮った。

 そして兄にニッコリと微笑みかけ、そのままぐるりと周囲に向かいこう言い含める。

「みなさんお騒がせしました——こちらの問題は解決しましたのでどうかお構いなく」

 リンドがそう言うと周囲の者は互いに顔を見合わせてバラバラに散っていく

 そしてリンドは床に散らばった食器の破片を拾いはじめ、続いてイオスがその手伝いを行う

 注目を集めたいレオは取り残され、殺意に満ちた目でリンドを暫く睨みつける。

 しかし、暫くすると

「いくぞっ!!」と臣下の二人に声を掛け、早足で立ち去って行ったのだった。

 

 —— あっぶねぇ!諦めてくれて良かったぁ!!

 食器を拾うリンドは横目でレオが去るのを確認し、心の中で安堵する。

 だが、自らが起こした行動の意味をリンドは良くわかっていなかった。

 それは、イオスの言葉から判明することになる。

「殿下、あのような行為はお辞めください———王宮で目立たれては立場を悪くなされます」

 イオスは囁くようにリンドに言い、リンドはその言葉に質問で返す。

「俺は父さ——父上に嫌われている子供だ、これ以上悪くなることは無いでしょ?」

「いいえ違います——嫌われていようと王子です、ましてやレオ殿下と不仲であることが知られれば、必ずそこに付け込んで来る者が現れます」

 リンドは前世の経験から、個人が尊重されるのがあたり前という考えであった。

 だがこの世界では違う、ましてやこの王宮という場所では尚更だ

 イオスはそこを指摘した訳だ

「リンド殿下——王宮では皆が腹に何かを抱えています、そして命がけの権力ゲームをプレイしているのです」

 リンドはこの話を聞き、背筋にゾッと寒さが走る。

 自分の起こした行動がこの先どんな反応をもたらすのか、それを想像するだけで恐ろしくなったからだ 

「い、命がけ——ってのはちょっと大げさじゃない?」

「いいえ——そんな混沌を生き残って来た知識と腹黒さを併せ持った化け物が集結しているのです」 

 リンドは素直に、「……気をつける」と言って食堂を後にし、離れに戻る事にした。



 王宮二階の廊下、ここは食堂から王の執務室へ向かう最短ルート

 その廊下を第一王子レオは、怒りのこもった足取りで進んで行く、後ろには先程から付き添っている従者が二人、掛け足で付き従う

「殿下っ!お辞めください——陛下に直訴など!!」

 レオに語りかけたのは、先程リンドに地に伏された男、ポール・アンカー

 アンカー家は、六大諸侯の一つ、ウィンディア家の旗手にあたる名門貴族の出身である。

 このポールの顔面は血の気を失い、表情からは焦りが伺える。

 その原因は、先程の行動にあった。

 いくら王子の命令とはいえ、同じ王子にはたらいた無礼な行いが、王の耳へ直接入ってしまえば罰は逃れられないと思っていたからだ

 だが、レオの反応はそんなポールの気持ちを汲むものではなかった。

「黙れっ!俺は第一王子だぞ!第二王子、『母殺し』の怪物に恥をかかされたままで済ませるわけにはいかないだろうっ!!」

 そう言って、引き止める言葉を振り払う様に廊下を進んで行く

 

 だがその時だった。

 廊下の途中にある上下へ伸びた階段からレオに対し、声が掛けられる。

「これはレオ殿下、お急ぎで何処へ向かわられておりますのかな」

 レオはそう言って階段の上を見上げるとそこには男が立っている。

 男はスラリと細く、それでいて高い身長を階段の上にいる事によって引き立たせており、年齢は四十前後だが既に髪にはうっすら白さが混じっていた。

 そして両手は背後に回し、うっすら笑みを浮かべながら、悠々と階段を下っていく

「これはっ——ハンフリー・ウィンディア公」

 その姿を確認したレオの従者二人がすかさず頭を下げる。

 そしてハンフリーは、軽く掌を二人へ向け、レオに向き直る。

「……なんの用だ『物拾い』——残飯でも漁りに来たのか」

「はい、殿下——他者が必要なくなった物にも価値を見いだせる者こそ、より優れた統率者——これは我が家の家訓でもあります」

 レオは蔑称を口にするが、それに対しハンフリーは変わらぬ微笑みで返した。

「ふんっ!知っている——拾い、活用し——」

「『拾い、活用し、栄えよ』お見事です殿下、それがわが家の家訓にございます」

 レオがウィンディア家の家訓を読み上げるのを妨げ、ハンフリーは続きを読み上げる。

 そして、レオの従者二人に下がるよう命じ、ハンフリーとレオは窓際に立つ

「あの二人はよく仕えておりますか殿下」

 ハンフリーは窓から中庭の様子を眺めながら言う

 中庭には丁度、食堂での食事を終えたリンドが通りがかっている。

 レオもそれに気付き、不機嫌そうな表情を浮かべハンフリーの質問に答える。

「貴様のよこした奴は、十二そこそこのガキにやられていたぞ、もっと腕の立つ奴を寄越せ」

 そう言われたハンフリーは目ではリンドを追いながらこう返す。

「確かに、あの二人は腕は立ちません——しかし、時に忠誠心は能力差を凌駕します——」


 そう言ってハンフリーは、レオの従者二人の家についての話を始める。

 両家はどちらも借金を抱え、違法な税を民に課した際、暴動が発生してしまい身分を失いそうになっていた。

 しかし、先代のウィンディア家当主が減刑を嘆願し、自らの領土に小さな領地と屋敷を与えた。

 それ以来両家はウィンディア家に忠誠を誓っている。


「良いですか殿下、必要なのは忠誠心です」

 そして再び窓の外の様子に目を向けたハンフリーに続いてレオも目を向ける。

 すると、そこではリンドが“キャッスルガード”の副隊長ルース・セリオンと話しているのが見え、レオはいっそう不機嫌そうな表情になる。

 セリオン家もまた、ウィンディア家と同様六大諸侯であり、ルースは現当主を姉に持つ由緒ある家の生まれだ

 そして本人もまた、剣の腕に優れ、若き日の“剣聖”に勝った事があるなど多くの武勇伝を持つ

 その様な名の通った者がリンドと親交を深めていることがレオには気に入らなかったのだ

「俺では忠誠心が得られていないと言いたいのかっ!」

 これに「滅相もありません」とハンフリーは返し、そして付け加える。

「人には個性がありそれぞれのアプローチの仕方がある——リンド様の場合、あの人当たりの良さが人を惹きつけるのでしょう」

 レオはハンフリーのこの言葉に、気に入らない、といった様子で言葉を返す。

「ならば公は、俺に何を求める」

「——“恐怖”です、殿下」

 これには、レオも怒りを忘れるほど驚きをあらわにする。

 しかし、その後は直ぐに我を取り戻し、ハンフリーの方を向き、尋ねる。

「ならば、貴公であれば従わせたい者がいる場合どう“恐怖を”与えるのだ」

「そうですね」と、ハンフリーは答えた後、レオに向けられる期待に応えるよう顔を向き合わせる。

 そして邪悪な笑みを浮かべたまま、こう答えた。

「大切なものを奪っていきます——領地、財産、そして……“従者”を」

 これを聞いたレオは再び中庭にいるリンドへ視線を向け、ハンフリーも続いて視線を向ける。


「ところで——リンド殿下は“なぜ”食堂へ足を運ぶことになったのでしょうかな」

 その言葉にレオは何も答えなかった。

 代わりに邪悪な笑みを浮かべ、リンドを見つめ続ける。



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