プロローグ
仕事サボりながらタバコ吸いながら書いた
こういう時、ふと思い起こす事がある。
普通に育ち、学び、働き、老いてゆく
そんな人生を送っていられた以前の俺は
恵まれていたのだろうか
まあ、やはりそうだったのだろうと
この世界に来て
何度目かの懐かしさを感じ始めた時、
群衆の熱のこもった声に引き戻される。
そんな考えを巡らせていた一瞬の後に
振り下ろされた丸太のような大剣が
よく見知った少女の
小枝のような首目掛けて振り下ろされた。
ある者は声を弾ませ獣のように叫び
又ある者は低い嗚咽のような声を発し、
各々の嘆声、歓声、蛮声が波になってこの王都広間を飲み込んでいく
耳を塞ぎたくなる波の中、
今までの人生で二度目の
我を失いそうな激しい怒りに押され
一歩を踏み出しながら
左腰に挿した剣の柄を右手で強くつかむ
そして広場の中央、
この騒ぎの中心にいる男に狙いを定めた。
その男は、少女が先に処刑された貴族と共に
王位の簒奪を企てていたなどと誇らしげに罪状を並べ立てている。
ーーそんなわけが無いだろうが
さらに一歩を踏み出そうとした時、
右肩をグッと引き寄せられ、
よく親しみのある声が俺を制した。
「駄目だリンド!」
このような中にあってもよく通るその声の主の方に視線を向ける
親友であり臣下の男が続けこう言う
「ここで剣を抜く意味を考えるんだ!」
そうだ
俺は今やこの群衆の内の一人でしかなく、
方や広場中心に建てられた木造の舞台でハリウッドスターのように歓声を浴び、
優越感に顔を緩ませた男は、王位継承権一位。
いや父上が亡くなった今、
実質この国の王なのだ
今一度、
少し冷えた頭でこの事実を確認した後、
一拍の間を置いて俺は覚悟をきめた。
ーーこいつでは駄目だ
ーーだが生半可な事ではない
ーーしかしやらなければ
覚悟が固まると同時に
部下の手を強く振りほどき舞台に向け足を進める
部下の声が背中に投げかけられる
が、それでも進む
次第に群衆の声の波に飲まれていく臣下の声は
俺を心配してくれている。
一歩を進む度、
引き返せない不安がよぎるが
少女が今際の際俺に微笑んだのを思い出し、それを力に変える。
「そばにいてやれなくてごめんな」
自然と言葉にして口にしてしまう
そして
ここまで口にしたならと次の言葉も吐き出す。
「兄さんが仇を討ってやる」
この世界は人が死にすぎる。
理不尽に奪われる命も多いし
病で死ぬものも多い
少しでも、
ほんの少しでも人が笑顔で長く生きられるならと
舞台を見上げ人混みを掻き分け進む。
群衆の壁を抜け舞台との間、
空白の地を踏み抜いたと同時に
舞台の中心にいる演者と目が合い
こう告げる
「お久しぶりです、兄上」
みるみる憎悪を表す表情を浮かべる、
この世界での兄を見ながら舞台の木造階段を登る。
急仕立てなのか、
一段上がる度木の軋みが足を伝い耳に流れ込み不安を煽る。
だが、
先程あらぬ疑いで首を落とされた少女の抱えていた 不安に比べればと
自分を奮い立たせる事にする。
舞台に上がる覚悟を決めた。
少しでも身近な人達を幸せにしたいとも思った。
何より妹の仇を討つ決心をした。
ならば
後は進むだけ
護衛に囲まれた兄に向き合って立つ
「リンド、貴様」
民衆のざわめきで声こそ耳に届かなかったが
実の兄がそう口にしたように見えた。
我ながら嫌われものだと少し呆れたが
初めて兄が抱く兄弟を憎む気持ちが自分のものと重なったのを感じ、
ここに来て初めての親近感を抱く
もう迷いはない
静かに、
それでいて可能な限り大きな声でセリフを発する。
「兄上には玉座を開けて頂くことにしました」
これがこの残酷な世界を形造る者達への
俺からの宣戦布告だ
挿絵もそのうち自分で書いてみるかもしれない