ウザ絡み
「家族さんどうだった?息子さんはイケメン?」
出し抜けに井上が聞く。
軽口で場を和ませようとしているのだろうが、とてもそんな気分にはなれなかった。
「まあ、顔が悪いとかそういう訳じゃないんですけど、なんて言うか…」
スミレが続ける言葉を探して悩んでいる。
「ちょっとメタボっぽい感じでした」
体型の話か。まあ確かにそうだったなと水貴も思い返す。
「んで、話はまとまったわけ?」倉柳が報告を求める。
「なんとか水貴さんがまとめてくれたんですけど…」
「私から言うよ」長くなりそうなので、水貴がまとめることにした。
かいつまんで経緯を説明する水貴に「ううむ…」と時おり顔をしかめて聞く倉柳。井上も一緒に聞いていたがやはりところどころ引っかかるようでいつになく難しい顔をしている。
「だいたいわかった。最初はデイサービスが無難だって私も思うけどさ」
「いきなりショートはハードルが高いですもんねえ」倉柳と井上が口を開くが、全くの同感である。
「そこ、突っ込んで説明しようと思ったけど、息子さんがネックだったわけなのよね?」
「そうです」倉柳の推測通り、水貴は説得を断念していたのであった。
「息子さんなんて言うか…。『お風呂は母さんが入れればいい』って言いますけど、大変さわかってるんですかね?」
スミレがもっともな疑問を口にする。
「わかってないと思う。そして、説明しても多分わからない。ところどころ匂わせてみたけど、全然ピンと来てなかったでしょ」
「確かに」
実際に会ったスミレからしても、水貴の説明に納得せざるを得ないのか、あっさりと肯定した。
「実際に自分は何もしないのに、何勝手に言ってんのよって思うのよねえ。私からしたら」さすがの井上もため息混じりに話す。
井上の言う通りで、実際にいちばん苦労するのは同居家族であることが多い。大した手伝いをしない家族がその苦労を軽く見ているようでは、苦労している家族のストレスが増えるだけになるだろう。家族内でこじれると話がさらにややこしくなってしまう。
しかしプライドが高そうな息子に意見すると、息子はムキになってしまうかもしれない。まだまだ水貴の見えていない家族の関係性だってあるかもしれない。そう考えた水貴はあえて深入りせずに息子の意見をそのまま受け入れたのだった。
「私はあれがひっかかるな。『施設はクチコミで選ぶものです』って言ったやつ」
水貴も気になっていた話題に倉柳が触れる。
「今日初めて介護サービスについて聞いたんでしょ。なのになぜ、介護サービスはこういうものなんですって逆に説明してくるわけ?立場がまるで逆じゃないの」
「そうなんですよ。あまりに自信たっぷりに言うので、黙って聞いてましたけど」
「私もそれ、気になりました。気になったっていうか『ええ…』って声が漏れちゃいそうになりましたよ」
率直な感想をスミレが口にするが、水貴としても全く同感である。
「うわ、鬱陶しい。SNSでやたら人に教えたがる人がいるじゃないですか。Twitterとかやると絶対にウザ絡みしてくるタイプですね、そういう人」
井上の感想もこれまた率直で妙に具体的である。
「あー、いるいるそういう人。私だったら絶対にすぐブロックするな」倉柳も同調するがこれは…
「倉柳主任、Twitterやってるんですか?」
それにスミレが突っ込みを入れる。まあ、水貴としても気になったのだが。
「えっ…。…いや、やってないわよ」
目を逸らすなよ嘘が下手だな、と今度は水貴が心の中で突っ込む。とても口に出せるものではないからだが。
「や…。あくまでもなんとなく、イメージで、ね」
何も聞かれてないのに取り繕う井上さんは完全にやっているな、と水貴は思った。
「井上さんもTwitterを?」と大して遠慮もなく聞いてしまうスミレ。
「やってないわよ」
この流れでその嘘は通らないだろう。目を逸らしてはいないが明らかに動揺してたじゃないか、とこれも水貴は指摘を心の中に留めた。
「まあとにかく、ショートのスケジュールを詰めないとね。担当者会議もしなきゃだし。というわけで、後はよろしく」
と倉柳がまとめるので、この話はこの場では打ち切りとなった。
後に倉柳と井上がSNSの話題をあからさまに避けることがしばらく続いたのだが、水貴もスミレも敢えて触れることはなかった。