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『出所』おめでとう!

作者: リグニン

僕は警察に案内されて面会室に向かった。友人が座って待っていた。彼と会うのは久しぶりだ。そう頻繁には会えない。制限時間は決まっているのに、いざ顔を合わせると何から話していいか分からない。


何も言えないでいると友達の方から話を切り出した。


「最近、冷えて来たな。そっちはどうだ。元気でやってるか?」


「うん…なんとか。エアコンは壊れてるし、手はかじかむし…弱音を吐くみたいだけど辛い」


おかげで仕事も捗らない。元々不器用な事もあってよく怒られるし。チームの足を引っ張られて睨まれる事もある。


せっかく向こうから話しかけてくれたのにいざ口から出るのはとてもネガティブな言葉。何か明るい話をしようと考えていたけど何も思い浮かばない。友達はあれこれ考えながら頑張って話題を考えてくれる。


「そうだ、最近食べ物がおいしくなったよな。焼き魚に甘藷に栗に…。日中は涼しいから読書も捗る」


「うん、そうだね。この季節は何を食べても美味しい。夜は冷えるけど一年の季節の中でも一番好きかも」


食事の話題でお互いに盛り上がった。彼は食べた物がどれだけ美味しかったかあまりに上手に話すもので、僕も彼の食べたと言うお菓子を食べてみたくなった。今は贅沢が言えないけど、いつかは友達みたいに美味しいものが沢山食べたい。


やがて人間関係の話になった。彼には気になる人がいるらしい。それを話す時の彼の顔と言ったら…。


「恋だね」


「そんなじゃない。尊敬とかそんな類だ」


学生時代の彼を知っているから分かる。惚れている時はいつもあんな表情を浮かべる。間違いない、次に会う頃にはきっと彼の考えも変わっている事だろう。ちょうど秋の空模様の様に。


そんな事を話しているうちに時間が来てしまった。友達は別れを告げると部屋を去って行った。





寒さに震える。手に吐息を当てて何度も擦った。やがて警察に呼ばれると面会室に向かった。友達もほぼ同じタイミングでやって来る。お互いに席に座った。前回は友達の方から話しかけてくれたし、今度こそは自分から話す事にする。


「寒いね。そっちはどう?」


「ああ。元気でやってるよ。お前、大丈夫か?前より痩せて見えるが」


「何とかね。大丈夫だよ。何とかやってる」


それから近況について話し合った。彼は元気にやってるようだ。顔色もいいし…僕みたいに寒さに凍えているだなんて事もないんだろう。友達が幸せそうにしているとなんだかこっちまで嬉しくなって来る。気持ちが温かくなると言うか…。


気付いたが彼との話し合いは自分の事を話すより彼の話に耳を傾けた方がよほど会話が弾む。彼も幸せそうだし、僕も気まずい雰囲気にならずに済むしこんなにいい事はない。


「それから…、秋に言ってたよな。気になる人がいるって話」


「うん、だったね。やっぱり恋だったでしょ?」


「お前には敵わないなって思ったよ。実際そうだったんだ。まあそうなんだが…実はフラれたんだ」


「そんな…。気を落とさないでよ。出会いはまだきっとあるから」


友達は首を横に振った。


「いや、全然落ち込んでないよ!その人とてもいい人でさ。友達のままでいるのが一番いい関係なんだって気付かされたんだよ。今でも関係は良好だ」


「そっか…それは良かった」


人間関係か…。こっちは季節と同様に冷え込んでしまっている。彼の様に想い人だとか、信用できる人とかできれば良かったのに。だなんて言いだすわけには行かないので胸中にしまっておいた。


正直な所を言うともう死んでしまいたい。何もかもが辛い。何のために生きているのかもわからない。


「おい…大丈夫か?泣いてる?」


「あっ、いや…これは違うんだ。最近寝不足でちょっとあくびが出たと言うか」


「本当か?辛い事があったらすぐに相談してくれ。お前の父さんも母さんもお前の事を心配してたぞ」


「うん…ありがとう。大丈夫だって伝えておいて」


そうだ。父さんと母さんのためにもまだ死ねない。まだ生きなきゃ。


面会が終るまで彼はずっと僕の事を心配してくれた。本当、良い友達に会えて良かったと思う。





鳥のさえずりが聞こえる。まだまだ厳しい寒さが続くが日中は過ごしやすい気温になって来た。あれだけ心が荒んでいたというのに、季節を楽しむ心の余裕が出て来た。鳥の合唱に耳を傾けながら待っていると警察が私を呼んだ。


面会室に入ると友達が既に待っていて、目が合うと僕に手を振った。


「よお、元気そうだな。前よりも顔色が良くなった」


「うん、おかげでね」


それからいつもみたいに近況をお互いに話し合った。めでたい事に彼は前に言っていた想い人とめでたく結ばれたらしい。つい最近まで友達だったのに、恋人との境界が次第に曖昧になって…気が付いたらそう言う関係になっていたらしい。


僕も色んな話をした。それから一番言いたくて仕方がなかった事を話す。


「僕、そろそろ『刑期』を終えるからシャバに戻れそうなんだ」


「本当か!?ついにか…長かったなぁ…」


今はお互いの間に透明の板があって手を握ったりハグする事もできない。でも時期にそれも可能になる。こんなに嬉しい事はない。また友達と一緒に遊んだりできるんだ。僕はこの日をどれだけ待ち望んだ事だろう。


友達は袖の中からお菓子を取り出した。こちらにウィンクする。


「これ、前に言ってたのとは違うが美味しいぞ」


その会話を聞いていた警察が止めに入る。


「お菓子の持ち込みは禁止してるはずだぞ!」


「そう固い事言うなよ。な?」


そう言いながら友達は警察の手に何かを握らせる。


「駄目なものは駄目だ。これはこちらで預かるぞ」


警察はそう言って何も取らずに席に座った。友達はウィンクすると透明な板の隅を僅かにグッと押した。すると板が僅かにたわんで隙間ができる。そこから僕にお菓子を渡してくれた。警察は見て見ぬふりをしている。僕はそれを受け取る。


それからまたお喋りをしていたが、やがて時間が来てしまった。今度はそう経たないうちに再会できるだろう。お互いに手を振って別れた。お菓子はとても甘くておいしかった。





やがて夏になる頃、ついにその日がやってきた。待ち望んだその日が。僕はやっとの思いで執行猶予の期間を終える事ができた。ずっと恋焦がれた刑務所での獄中生活に戻れる。友達も家族も待っている。


もうそんな思いをせずに済む。刑務所にはあらゆる空調設備が整っていて、明日のご飯の心配をせずに済む。今時、どこの刑務所も満員でどれだけ犯罪に犯罪を重ねても執行猶予がある限り刑務所に入れてはもらえない。だからとても苦労した。


久しぶりに再会した友達と強く抱き合う。そして泣きそうな目をした友達がこう言ってくれた。


「『出所』おめでとう!」


「ありがとう!」


こうして僕達は皆で仲良く刑務所で暮らした。


最初から何となくオチは読まれてそう(小並感)

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