魔王様は公園に暮らす
「魔王! 覚悟しろ!!」
魔王は勇者たちに追い詰められていた。
「我がしもべである、四天王をも打ち破るとは、予想以上であったぞ! この魔王がお前たちの力を見誤るとは……」
魔王最強の配下、四天王たちも敗れ、強く、連携の取れた勇者たちに、魔王はもはや、為す術がなかった。
「これで、とどめだぁぁあ!!」
「ぐわああああああぁぁあ!!」
そして、魔王は勇者のもつ聖剣に胸を貫かれ、絶命した。
◆◆◆
魔王は目を覚ました。見慣れた魔王城ではなく、草原の上だった。生えている草は、妙に大きく、2メートル近くある魔王より大きかった。
とりあえず、周りの様子を調べようと立ち上がり歩き出した。
「なんだ? この違和感は?」
なぜが、手をついて歩いていたのだ。
疑問に思いながら、近くにあった水たまりに自分の姿を映す。
「な! なんだこれは!」
ピンと上に立った耳、シャッと伸びるまゆとヒゲ、クリンと大きな可愛い瞳。その姿はまごうことなきネコであった。
「勇者にやられた後、ネコに生まれ変わってしまったということか!? しかし、記憶が残っているということは、もしや!」
魔王は、片方の前足を上げ、何やら呟いている。
……しかし、なにもおこらなかった。
「魔法が使えない? いや、我自身に魔法の力は確かに存在する……となると、この地に魔力そのものが存在しないということか!」
魔王は周りを見渡し、辺りの様子をうかがった。
「なんだ! あの石の塔は! 等間隔に何本も立っている! そして、なぜか黒い紐が何本もつながっている!」
「あれは、電柱と電線じゃよ」
声のした方に魔王は振り向くと、そこには年老いた、小さなカメがいた。
「うぬは何者だ?」
魔王は凄んでにらみつけながら言った。
「わしは、この地に長く住む、カメのアレクサンダー。皆にはアレク爺さんと呼ばれておる! なっはっは!」
しかし、アレク爺さんは笑いながら答えた。どうも、凄んでみたものの、可愛らしい仕草にしか見えなかったらしい。
(……このアレクとやら、この地について詳しいようだな。折角だ、いろいろ聞いてみることにしよう)
魔王は、疑問に思う事をすべてアレク爺さんに話した。電柱と呼ばれるものの下を動く謎の鉄の箱は、自動車という乗り物であること。人間が手に持ち、見たり、話しかけたりしている謎の板は、スマホと呼ばれる通信機であること。遠くに見える、たくさんのもの凄い高さの塔は、すべて人間の住居であること。
そして、それらすべての動力源は魔力ではないことがわかった。
「そうか……ここには魔力が存在しないのか」
魔王の耳と尻尾は寂しげにうなだれた。
「魔力じゃと? お主、ラノベの読みすぎじゃないのかの? かっかっか!」
アレク爺さんは高らかに笑ったかと思うと、ふと真面目な顔になり話し出した。
「のう、お主。決まった住処は持っておるのかのう? もしよければ、この公園を住処にしてみてはどうじゃ? いろんなヤツらもおるが、結構楽しいぞ! どうじゃ?」
「公園? 住処? ……そうか! ここは新たな魔王城だ! この公園を我の色に染めて、魔王城にしてやるぞ! ガッハッハ!」
「……マオウジョウ? よくわからんが、よかったのう!」
「よし! 手始めに新たな四天王を結成する! アレクよ! お前は参謀として迎え入れることにしよう! 魔王につづけ!」
「お主、マオウという名じゃったのか! よくわからんが、面白そうだからついていくことにするぞい!」
アレク爺さんは参謀として魔王軍に加わった。
少し進むと、小さな水場にたどり着いた。といってもとても浅く、水深5センチといったところだ。
「マオウ様、ここはわしの住む水場ですじゃ。昔は噴水もあって賑わっておったのですが、今じゃただの水たまりになっておりますじゃ」
ここに着くまでの間、魔王との正しい接し方を話しておいたのだが、どうもうまく伝わっていたようだ。
「アレクよ、ここには、四天王になるほどのヤツがいるのか?」
「はっ! ヤツはすぐに来るかと……」
チャプチャプ、水の音が近づいてくる。そして……
「なんだ貴様! 俺様の縄張りに何の用だ! この、ゲルト様自慢のハサミで切り刻まれたいのか?」
真っ赤な体に、大きな2本のハサミ。全身は固そうな甲羅に覆われている。
「ヤツは、ザリガニのゲルト! 気性が荒く、近づくものすべてに襲い掛かる暴れん坊ですじゃ! 家に帰るたびに襲ってくるもんで、正直鬱陶しくてかなわんのです」
やれやれと首を振るアレク爺さん。本当に鬱陶しいようだ。
「ほう、力押しの戦士タイプか。気性の荒い性格も、四天王には1人ほしいタイプだ! 気に入った! 我は魔王! 部下となり、我がもとで働くがよい!」
「なにが魔王だ! お前の部下などなるものか! そうしたければ俺様を倒してみることだな! いくぞ!!」
魔王に襲い掛かるゲルト! 振り上げた大きなハサミは、魔王の喉元に向かって勢いよく伸びた! しかし……
ペチッ! ネコパンチ1撃だった。普通のザリガニに比べたら、倍近くの体格を誇るゲルトであったが、ネコと比べると、月とすっぽんでしかなかった。
ゲルトは四天王として魔王軍に加わった。
次に、建物の骨格のようなものの前にたどり着いた。
「ほう、戦火で焼かれた城の成れの果てか……手直しすれば、城として使えそうだ」
魔王は、自分の知りえる物が初めてみつかり、少し安心しているように見えた。
「マオウ様、これは人間の子供たちが登って遊ぶ、ジャングルジムと呼ばれるものですじゃ」
「ジャングル? はて、森などないが……」
「魔王様! 急いで隠れてくだせえ! ヤツに見つかっちまう!」
先ほどまで、魔王の横を歩いていたゲルトであったが、いつのまにか、魔王の腹の下の隙間に潜んでいた。
バサッバサッ、羽の音が空から近づいてくる。そして……
「あら? ワタシの縄張りにやってくるなんて、一体なんの御用かしら? ……ねぇ、ゲ・ル・トちゃ~ん!!」
「ヒ、ヒィィ!」
魔王の腹の下で小さくうずくまるゲルト。どうやら、ヤツはゲルトの天敵のようだ。
真っ黒な羽で覆われた体、どんな獲物も逃がさない黒く光る瞳。そして、掴まれたら二度と逃れることのできない爪とくちばし。
「ヤツは、カラスのピーター! とにかく、残忍な奴で、この公園に住むすべてのものは、ヤツの餌でしかないのじゃ! 十分に注意なされよ!」
そういうと、アレク爺さんは甲羅の中に籠ってしまった。
「オネエ言葉の残忍なカラスか。これまた、四天王にほしいタイプの逸材だな!」
魔王の耳と尻尾がピンッとなる。ピーターのことをかなり気に入ったようだ。
「……あら? あなた見慣れないネコねぇ。ワタシに御用があるのは……あなたかしらぁ?」
ジャングルジムの頂上から、ちょんちょんと下に降りてくるピーター。そして、魔王を下から睨みつけるようにしながら言葉を放った。
「我は魔王! 部下となり、我がもとで働くがよい! そうすれば、毎日旨いものを、たらふく喰わせてやる!」
「う、旨いものを、毎日ですって!?」
魔王には以前、たくさんの部下たちがいた。その中に、ピーターのように、食い意地のはった意地汚いヤツもたくさんいた。そういうヤツらの扱いを、魔王は心得ていたのだ。
「アレクとゲルトは仲間だ。食うなよ。」
「ははぁ! 魔王様!」
ピーターは四天王として魔王軍に加わった。
「マオウ様、次はこちらでございますじゃ」
「ほう! ここは砂漠かぁ! 先代の勇者と戦った日々が懐かしいわ」
魔王は遠い目で、昔の記憶を懐かしんでいるようだ。
「ここは砂場よ、魔王様! 砂で山やお城を作って、人間の子供たちが遊ぶの。ワタシもたまに、砂浴びにくるわ!」
得意げに話すピーターをよそに、ゲルトは距離をとって草むらに隠れている。いきなり天敵と仲間になれというのも、難しい話のようだ。
「ここには、一体どんなヤツがいるんだ? 見た所、だれもいないようだが……」
ぼこぼこ、地中から何かが近づいてくる。そして……
「やあ、みなさんこんにちは! アレク爺さんにピーター、そしてゲルト……見慣れないネコさんもいますが、なにかぼくに御用ですか?」
ずんぐりとした太くて長い体、とがって大きく突き出た鼻。そして全てを貫きそうな鋭く大きな前足の爪。
「彼は、もぐらのアノン。とても紳士的で、誰とでも仲良くできる、この公園では数少ないジェントルマンですじゃ」
「ふむ。正義感タイプの四天王か! 悪くない!」
「魔王様、だいたいの話は聞かせてもらっていたのですが、ぼくが四天王になった場合、どういったメリットがあるのでしょうか?」
「もぐらは聴覚がもの凄く鋭いんだぜ! 特にアノンはその中でもずば抜けてるんだ! 公園が敵に襲われそうになったとき、何度かアノンが、未然に対応して助けてくれたことがあるくらいだ!」
草むらから、大声で叫び伝えるゲルト。
「なるほど、だから今まで我々が話していたことを理解している、そういう事だな」
「さすがは魔王様! 話が早い、でメリットを教えてもらえますか?」
(アノン、こいつは頭がいいようだ。特に、ピーターのような強い願望があるわけではない……だが、公園を何度か敵から救った、ということは……)
「アノン、我の部下となり、四天王となった暁には、お前の縄張りを保護すると約束しよう」
「魔王様、よくわかってるねえ! そう、ぼくは今の暮らしを気に入っている。それを守りたいだけさ!」
アノンは四天王として魔王軍に加わった。
「マオウ様、ここが最後の場所でございますじゃ」
「ほう! これは洞窟か! それにしても、たくさんの穴が開いているな! 昔、鉱石などを掘っていた炭鉱跡のようだな!」
「魔王様、これは子供たちが中に入ったりして遊ぶ遊具です。とくに名称はありませんが、ドームと呼ばれることがあるようです」
アノンは物知りであった。ほとんど見えない視力であったが、鋭い聴覚を研ぎ澄まし、いろいろなことを学びつづけている結果であった。
「それで、最後の四天王とはどこにいるのだ?」
「ここに!」
それは、アレク爺さんだった。
「どういうことだ? アレク?」
ポカンとする、ゲルトとピーター。アノンはなにかを理解したかのように見える。
「ははあ……今ここに、四天王のうち3人が揃いました。しかし、ここには戦闘の指揮をできるものがおりません。頭のいいアノンをとお考えかもしれませんが、さすがに地中からはできません。ですので、わたくしが……ということですじゃ」
「あいわかった! アレクよ! 四天王の最後の1人となるがよい!」
アレクは参謀兼、四天王として魔王軍に加わりなおした。
「それはいいとして、ここに連れてきた理由は、他にあるのだろう?」
「ここを、魔王城の拠点にいかがかと、お連れしたしだいですじゃ」
「我はよい案だと思うが、皆はどうだ?」
「ぼくは、攻守両面に優れていて、とても良いと思うよ」
「そうね! もし籠城になったときも、たくさん食べ物もおいておけるし、ワタシも安心だわ!」
「だな! それに俺様の水場もちかくて、水に困ることもなさそうだぜ!」
ここに、新たな四天王と魔王城が復活した!
◆◆◆
それから、1月過ぎた頃、その知らせは魔王のもとに届いた……
「魔王様!」
「どうした、アレク?」
「偵察に出ていた、ピーターの手下によりますと、最近、この近辺に縄張りを荒らして回る、凶暴なネコが出没している、ということですじゃ」
「ほかに、情報はないのか?」
「同一犯かは断定できませんが、アノンの放った密偵によりますと、そのネコは、大型の犬さえ倒し、山から下りてきたイノシシ数体をも倒したとのことですじゃ」
魔王は、ゾクッと背筋が震えるのを感じた。尻尾が大きく毛羽立っている。
(魔王城に、勇者たちが攻め込んできたときの感覚と似ている……しかし、以前は敵の戦力を見誤った結果、敗れた。今回は、そうはいかぬ!)
「アレクよ! 四天王全員を魔王城拠点に緊急招集! 他のものたちは、警戒態勢を最大まであげるよう通達しろ!」
「ははあ!」
それから、2時間ほどで、体制をすべて整えることができた。それは丁度、夕日が沈んだ直後のことだった。
その日は新月であり、普段に比べかなり暗かった。公園には街灯が1つ、しかもかなり光が弱いものであったため、それは元の暗さに拍車をかけた。
そして、日付がかわる直前、ヤツはあらわれた!!
ザッザッザッ! 公園の入り口から何かがこちらに向かった歩いてくる。
拠点の上に陣取った、魔王はそのものの姿に目を凝らした。
暗闇の中に浮かび上がるのは、漆黒で覆われた体と、黄色いふたつの瞳。体はたいして大きくはない。どうもメスネコのようだ。
正面に迎え撃つのは、なんとアレク爺さん。そして少し後方に、拠点の前に陣取るゲルト。拠点を挟んで、後方の木の中に潜むピーター。
作戦は、こうだ。
(2時間前……)
「もし、夜に襲われた場合、正面から戦っても勝つのは無理じゃ」
「そうねぇ、ワタシは夜目が効かないし!」
「俺様もそうだ!」
「まあ、ぼくは耳でどうにかできるけど、それだけじゃあね」
「だから、ワシが囮となって、正面をとり、そこから指示をだすのじゃ」
「なるほど! アレクちゃんは甲羅に籠って戦うってわけねえ!」
「でも、イノシシも倒したってヤツだろう? 何度も耐えられるのか?」
「いや! 耐えるのは2・3発じゃ! そして、合図をしたら……」
キシャー!! アレク爺さんに襲い掛かる黒猫。すかさず、甲羅に籠るアレク。パンチを1発あてると、いったん後方に距離をとった。両足で一気に踏みつぶすためだ。その瞬間をアレクは甲羅の中から見逃さなかった!!
「今じゃー!!」
ハサミを振り上げ、突撃するゲルト!!
上空から一気に急降下するピーター!!
そして、黒猫のすぐ後方から現れ、爪をのばすアノン!!
アレク爺さんの合図にあわせて、黒猫に襲い掛かる!
勝負は一瞬だった!
ただ、そのあとに立っているのは黒猫だけだった。
突撃するゲルトをハサミごと前足でなぎはらい、急降下するピーターは咥えて投げ捨て、後方から爪をのばすアノンは、後ろ足で蹴り飛ばした。
そして、おまけとでもいうように、アレク爺さんの甲羅をぱしんと前足でひっくり返した。
ザッザッザッ! 黒猫は魔王のいる拠点まえにやってきた。
(この強さ、死を覚悟せねばなるまい!)
街灯の灯りがつくりだすわずかな影が黒猫からのび、恐怖心をさらにかきたてた。
「まずは名を聞こう、我は魔王! お主は?」
「あたいの名は、レベッカ」
「してレベッカ、うぬはなぜ戦っておる?」
「そんなもの、別にねえよ!」
「本当に……か?」
「あえて言うなら、なにかわからなものを探している……んなこと言わせんなよ!」
(この娘、意外と可愛い一面もあるようだな……しかし、仲間の仇だ! 勝てる見込みはなくとも、戦わなければなるまい!)
「ん……んん……」
「む?」
ゲルト、ピーター、アノンが目を覚ましたようだ。3人とも、生きていたらしい。アレク爺さんは甲羅の中で震えているようだ。
(おお! 皆、生きていたか! よかった! ……ん? なんだこの感情は!?)
その感情は、今まで魔王が抱いたことのないものであった。
「それじゃあ、お前を倒して、あいつらにとどめといくか! ……いくぜ!!」
(いかん! このままでは、仲間もやられてしまう! どうかしなければ!)
魔王は仲間を救う方法がないか、懸命に考えた。そして……
「もし、我の部下になれば、魔王城の半分をやろう。我の部下になるか?」
◆◆◆
1か月後、レベッカは魔王の妃となり、一緒に暮らしていた。
魔王がやぶれかぶれに放ったセリフが、レベッカのハートに直撃したらしい。
四天王たちの怪我も治り、みんな問題なくやっている。
「今日も、アレク、ゲルト、ピーター、アノン、レベッカそして仲間たちがいる。魔王城は平和だ。」
魔王は、その言葉をかみしめるように言った。
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