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「貴方も、先生になにか武器を作ってもらってはいかがですの?」
アザレアの言葉に、イツキは彼女を見下ろす。
しかし
「……は?」
何故か剣呑とした声を上げるイツキに、アザレアは首を傾げる。
「え、ワタクシ何かおかしなこと言ったかしら……。貴方の模擬戦を見てるとよく思いますわ。近接武器があんなに得意なら、何か持てばいいのにって」
手元の銃を消しながら困ったように眉を寄せるアザレア。イツキはどこか気まずそうに呟く。
「別に、おかしくない。ただ俺の場合、実戦で武器は使えない。“精霊の加護”が封じられるから……」
イツキはそう言って自分の手のひらを見つめる。黒い革の手袋に包まれた手は、どこか無機質に見えた。
「《死を運ぶ風》は、直接生命を持つものに触れたときにのみ発動する。だから、剣とか斧とか、無機物を通してだと発動しない」
「……だから、ずっと素手で戦ってるんですの?」
アザレアの問いにイツキはうなずく。そんなふたりに、アキラは頬をかいて苦笑した。
「なんなら、イツキがシミュレートに参加できるのはそのおかげだもんな。――剣にまで力を通すことができたら、ちょっと戦っただけで訓練でも相手が灰になる」
そう言ってヘラっと笑うアキラ。
「笑い事じゃねぇ」
ギロッとイツキは彼を睨むが、その表情にはどこか諦めも滲んでいた。
楽しげな空気ではち切れんばかりの店内に、鬱々とした空気はすぐに埋もれかき消される。
しかしそんな三人を……たった一人、天音だけがちらりと横目で見ていた。
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「……さてと、」
首都中枢塔宛に報告書を書き終えて、天音は伸びをしながら立ち上がる。
5月20日の夜。《ひととき亭》ではスグルの誕生日を祝ってローリエがケーキを焼いたと得意そうに笑っていた。
――『おねえちゃんも食べに来てよ!』
夕食の時、無邪気な声でローリエに誘われたが、断って帰ってきた。父娘ふたりの水入らずの時間に邪魔するのは、野暮もいいところだ。プレゼントもちゃんと喜んでもらえたし、いつもお世話になっているお礼もちゃんと言えた。今年のミッションは達成だ。
「……どうしよう」
しかし、そんな浮ついた気分も気がついたらどこかに消えてしまい、代わりに残ったのはとある懸念点だった。天音は作業用のデスクから離れて、猫脚のローテーブルに近づく。その上には、キラリと金色の光を反射するものが置いてある。
『修繕師の君なら、僕なんかの本体でもきっと何か役に立つことに使ってくれる』
そこに置いてあるのは、一振りの金色のナイフだった。
旅商隊に紛れて“首都”に侵入し、修繕師の暗殺を試みたアーティファクト、カイトの“本体”――亡骸とも言うべき代物だった。
「あの人は、修繕師を買いかぶり過ぎだな」
天音はそう言って、静かにナイフを持ち上げる。錆や汚れを落とし、丁寧に研磨をかけたのが功を奏したのか。そのナイフは機械ランプの穏やかな光を金色に跳ね返す、宝石のように美しい武器だった。
「私の好きにしていいって言ってたけど……こんな得体のしれないものどうしろっていうの?」
天音は眉間にぐっとしわを寄せる。
彼女がここ数日悩んでいること――それは宿敵の亡骸の始末の方法だった。