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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter3,『正義の基準』
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91,

※引き続き微流血表現があります

『かはっ……』


 お母様の口から、赤色の液体が滴り落ちる。その液体は、私の顔にかかった。ぬめっとした感触と、抱きしめられたときと同じぬくもり。

 お母様は何も言わなくなった。


「おかあ、さま……?」


 私の声は空虚に消える。

 お母様のお腹から、なにか(・・・)が突き出ている。鋭く銀色のそれは、先端から同じように赤色が滴る。


「……」


 ひたすらに、私は困惑した。お母様の体が横倒しになる。お母様に近づいて、その体を揺する。


「おかあさま?」


 お父様の手を握る。――おかしいことに、いつもと違って冷たい。


「おとうさま?」


 ぺたりと座り込んだ足に、赤色が流れてきて触れる。あたたかい。いつもと同じあたたかさは、何故かここにあった。


『……巫剣 天音』


 仮面の男に名前を呼ばれて、私は顔を上げる。目に映ったのは、お父様とお母様の体に刺さっているのと同じ、太い槍だった。


『次はお前だ』


 ――私が、


 こうなるの?


 そのことをやっと理解したとき、途端に私はパニックを起こした。

 鮮明に視界を彩る血の赤色。握った手の冷たさと、足に染み込むあたたかさ。

 それらが、私の恐怖とほんの少しの狂気を増幅させる。


「や……やだ、」


 ――恐らく、この選択が私にとって一番の罪だった。

 素直に死んでおけば良かったんだ。あのとき、お父様とお母様についていってしまえば良かった。


「やだ……やだ」


 仮面の男が近づいてくる。槍の穂先が視界をかすめる。五十嵐の高笑い。


 ――やだ、


 しにたくない。

 私が初めて、『死』という概念を知り、理解し……すぐ目の前に、それを見たとき


「……私に、近づかないで」


 ぶわり……


 何かが、体の中から湧き上がるような不思議な感覚とともに、無意識のうちに、そう呟いていた。たったそれだけのことだったのに、


『っ!?』


『何をしている?ガキひとりくらい、早く殺せ!』


 誰一人として、私に近づけなくなった。


「私に近づくな……」


「さわるな、話しかけるな……っ」


 “私を、殺すな”



 ――戦線歴2108年 3月4日。

 その日は、私の四歳の誕生日であり、私の両親が死んだ日であり……


 《神聖な贈り物(セイクリド・ギフト)》が発現した日だった



<><><>



「っ!?」


 天音は飛び起きた。

 息が上がっている。心臓が痛い。


「また、」


 ――あの夢か……


 天音はため息をつく。立ち上がろうと動くと、ベッドが軋んだ音を立てた。

 パーテーションを出て、作業場の流しの蛇口をひねる。流水に手を突っ込むと、冷たさが心地いい。


「ふぅ……」


 フラッシュバックした血の赤を、懸命に頭から振り落とそうとする。しかし、それはいつだってこびりついて離れない。


「ぅ、」


 昼間の出来事のせいか、いつもよりも鮮明に思い出した両親の姿に、吐き気がこみ上げてくる。天音は思わず口元を手で押さえてえずいた。

 水を出しっぱなしにしたまま、シンクの縁を握ってしゃがみ込む。視界にちらつく赤色に苦しさがこみ上げる。


「はぁ、はっ……」


 必死に息をして体が再現する感触を振り払おうと藻掻く。血液のぬるりとしたあたたかさと、お母様の抱擁。お父様の頭を撫でてくれる手の感触――


「……ぁ」


 絶望的に苦しくなって、またパニックを起こしかけたとき、不意に別の感触を思い出す。



『――俺は死なないぞ?』



 まるで自分を守ろうとするかのように、抱きしめられる感覚も頭を撫でられる場面も、イツキにされた感触に塗り替えられる。お父様とはぜんぜん違う、優しいのに、どこか適当で雑な手付き。

 そして何よりも、機械らしいゴツゴツとしてぬくもりのないひんやりとした手。


 少しだけ、吐き気が和らいだ。


「ふ……ぅ」


 息を吐き出し、床にぺたりと座り込む。


 イツキの言葉は、何故か信用できると思った。――いや、信用したいと言うべきか。天音は自分の肩に垂れた銀髪をそっと指で絡めて握る。


 そんな天音を、カーテンの隙間から差し込む月明かりだけが知っていた。

第3章はこれで完結になります!まだまだ続きそうなのでこれからも応援よろしくおねがいします

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