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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter3,『正義の基準』
90/476

90,

※今更かもですが、90話・91話とちょっぴり流血表現があります

『おねがい……この子だけは』


 あたたかい腕に、ぎゅっと抱きしめられる。

 どうしてそんなこと言うんだろう。


『……天音も、レイナも関係ないのにっ』


 歯ぎしりの音。

 こんな怖い顔をしたお父様を見たのは、この一回が最初で最期だった。


 ――お母様、あったかい。


 心地よさに目を瞑る。

 今思えば、あのときの私はバカみたいに能天気だったんだ。


『準備はできたか?巫剣』


 ここで聞こえる男の声。

 この状況の元凶。あるいは、私が殺したかった男。顔を上げれば、広間の端の大きな椅子に座るその男と、その周りに座る人々。


『最期に、なにか言い残すことは?』


 男の声とともに、私達の方に黒い服を来て仮面をつけた人影が現れる。

 お父様は、お母様ごと私を抱きしめる。


『――せめて、レイナと天音は……』


『それは無理な相談だ、巫剣』


 嘲笑が辺りにこだまする。お母様の体が強張る。


『『高貴なる人々(アリストクラシー)』の掟を忘れたか?長の()は一家の罪。――奥様もご息女も、見逃すわけにはいかないなぁ』


 高笑い。

 何が楽しいんだろう。何が楽しくて、こんな


『……罪を犯したのはお前だ、五十嵐(いがらし)。僕を殺した程度で、お前の政権が崩壊するまでの時間は伸びないだろう』


 お父様の声。何を言っているのか、あのときはよく分かっていなかった。

 ――今ならわかる。第四代大元帥は、ただのクズ野郎だった。


『っ――もういい、殺せっ!』


 五十嵐の声に、仮面の男たちがどんどん近づいてくる。


冬樹(ふゆき)……』


 お母様の声に、お父様は悲しげに笑う。


『ごめんな……。守ってやれなくて、ごめんな』


 お父様の手が私の頭に伸びる。

 これが大好きだった。優しく撫でてもらえるのが、好きだった。


『巫剣 冬樹。お前からだ』


 仮面の男の低い声が言う。途端、お母様が私の頭を包み込むように抱きしめる。お母様のニットの胸しか見えない。


「おかあさま……?」


『見ないで。――お願い』


 何も見えない。聞こえたのは五十嵐の高笑いと――湿った、鈍い音。

 お母様はきっと、私には見せなくても自分はじっと見ていたのだろう。お父様が事切れるその瞬間を、じっと。


『巫剣 レイナ』


『お願い……天音だけはっ』


 今にも泣きそうな声。返事はない。お母様は私から手を離す。

 視界に入ったのは、お母様の顔と――その後ろに横たわる、お父様。


「おとうさま、どうしたの?」


 私はバカだ。そんなことを聞いている暇があったら……


『ごめんね。天音』


 お母様は笑う。お父様の体の下から、赤い色が染み出してくるのが、ちらりと見える。


「おかあさま?」


『ごめんね。生きさせてあげられなくて、ごめんね』


 なんでそんなことを言うんだろう。


「……?」


『天音。ちょっとだけ、お別れね』


 嘘だ。ちょっとじゃ無かった。

 お母様が優しく笑う。


『天音、』


 ――お誕生日、おめでとう



 その瞬間、湿った鈍い音がまた私の聴覚を支配した。

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