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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter3,『正義の基準』
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88,

「っ!?」


 天音は自分の手を見つめて、明らかに狼狽した表情を浮かべる。


「……」


「ご、ごめんなさい……」


 彼女は、じっと見つめてくるイツキの視線に気づくと、すぐに床に落ちた重いレンチを拾い上げようと手を伸ばした。

 ――しかし


「、イ、ツキさん……?」


 天音が伸ばした腕を、イツキは手首を掴んで止める。力は強くないが、振りほどくこともできない。あっけにとられる天音の顔を少し見つめた後、イツキはその腕を引いた。


「わ……」


 ソファーの上に引っ張り戻されて、ぱちぱちと瞬きをする天音。イツキは一瞬天音の手を見ると、顔を上げて彼女の目を見つめる。


「なんでこうなっている?」


 天音の手の震えは、先程よりも明らかに激しくなっていた。天音はイツキから目をそらす。


「それは……」


「疲れて無理してるなら、今日はこれ以上直さなくていい」


 イツキは淡々とそう言うと、天音の手をふいっと離して、腰のあたりにわだかまっているシャツを肩まで引き上げる。その様子を見て、天音は慌てたように彼の手を掴む。


「違うんです!無理なんて、していませんっ」


「じゃあこれはなんだ?」


 イツキは、自分の手を握る白い手を見下ろす。


「こ……れは、」


 天音は苦しげに眉を寄せて唇を噛む。手を掴まれているイツキには、彼女の手にぎゅっと力が入るのが伝わってきた。


「――なにをそんなに、怖がってるんだよ」


 お互いが黙り込んだしばらくの沈黙の後、イツキの声に天音は伏せていた顔を上げる。紅い瞳と目が合う。


「事情があって、話すつもりがあるなら聞くが?――話したくないなら素直に今日はもう休め」


「っ……」


 天音は逡巡する。


 ――正直、


「私にも、何がこんなに怖いのかわからないんです」


 天音はイツキの手をそっと放して、どこか困惑したように独りごちた。


「わからないんです。……全部(・・)、もう気にならなくなったはずなのに」


「――全部?」


 イツキが首を傾げる。天音ははっと口元を押さえた。


「いえ、あの……」


 もごもごと口ごもる天音。イツキはしばらくその様子を眺めていたが、やがて天音のその手を口から剥がす。


「!?」


「わかるように話せ。じゃなきゃ理解できない」


 イツキの言葉に、天音はまた困ったように眉を寄せる。


「大したことじゃないんです」


「別にいい」


 天音をじっと見つめるイツキ。その視線を受けて、天音はぼそっと呟いた。



「――あなたが刺されるのを見て……両親が死んだときのことを、思い出して、」


 こわかった。



 天音の手がまた震える。イツキは言葉を発さない。

 一回言葉にしてしまって、抑えが効かなくなったのだろうか。天音は堰を切ったように話し始める。


「両親も、後ろから……槍で突かれて死んだから、」


「私の目の前で、私を殺さないでって、処刑する人に言って、死んだ、から……」


 ――要領を得ない、不明瞭な天音の言葉は、どんどん切れ切れになっていく。表情は抜け落ちて、その蒼い目はガラス玉のように無感情に光を跳ね返す。


「私の、せいで、」


「……おい」


 明らかに様子がおかしい。イツキは握ったままの天音の手を軽く揺する。彼女の目を覗き込むが、もう既にその目にイツキは映っていなかった。


「また、し、死んじゃうっ、て」


「落ち着け、」


「また……私のせいで――っ。私が、いたから」


 私さえ、いなければ。


 小さな声で繰り返すのは、自分を責めて傷つける言葉。天音の意識は、過去のトラウマに飛んでしまっている。


「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめ……、」


 びくびくと震える姿は、普段の冷静さからはあまりにもかけ離れていた。

 苦しげで……あまりにも痛々しい。

 イツキは思わず、彼女の両肩を掴んで――


「やめろ。もう、いい……」


 気がつくと、天音の細い体を力を込めて抱きしめていた。

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