86,
“首都”は、とっぷりと暗い夜の色に浸された。
しかし、境界線基地のロビーは、ざわざわと騒がしい。
「死者は?」「出ていない」
「怪我とか無かったのか?」「うん」
「おつかれ」「――そっちこそ」
あちらこちらで淡々とした業務連絡と、疲れ果てながらもお互いの活躍を労いあう言葉が交わされる。
――結局、この戦いは“首都”側の軍勢が勝利した。
殺したアーティファクトの総数は、詳しい集計はこれからになるものの、百を超えることは確かだ。“災厄”が起きてからの五十年でもほぼ最大と呼んでも過言ではないくらい激しい戦闘だった。
ようやく終わった戦いに、疲れ果てた“兵器”たちは床だろうがなんだろうが気にすることもなく、ゴロゴロと横になったり座り込んだりして駄弁っている。
その中に、アキラとアザレアの姿があった。
「流石に疲れましたわぁ……」
「俺はそんなに動いたわけじゃないけど――精神的に疲れた」
ロビーの端の階段に腰掛けて、二人はロビーを見渡す。
ゲンジの指揮下で百を超える軍勢と戦っていた者たちはもちろん、アキラたちと一緒にカイトの対処に追われていた者たちも、ぐだぐだと座り込んでいる。
そんな中で、指揮中枢であるゲンジとローレンス、さらに数人の“兵器”たちが忙しそうに走り回っていた。
「大変だったけど、そこそこ収穫はあったな」
「そうですわね。――外部のアーティファクトを束ねる親玉、でしたっけ……」
天音がカイトから聞き出した外部のアーティファクトの事情。さらには今回の襲撃での被害や影響など、ローレンスたちはそれらをまとめて元老院と共有するために動いている。
「そういえば。――結局、あの猫はどうなったんだ?」
不意に聞こえたアキラの声に、アザレアは顔を上げる。
なにやら無線で会話をしながら小走りに駆けていくローレンスから目を離すと、アキラはアザレアを見る。アザレアは肩をすくめてみせた。
「別に。死にましたわ。でも、」
息を吐きだして、静かに目を閉じる。
「持ち主――カイトがもう既に死んでいた影響なのかわかりませんが、“本体”のねじ巻きごと消えてしまいました。……アーティファクトの改造によってつくれらたモノだったから、きっと存在自体不安定だったのでしょうね」
「……そっか」
アキラはアザレアとは反対に天井を見上げる。ベース内の建物にしてはやたらと天井が高い。特に何を考えるでもなく、ぼんやりと天井の梁を眺めていると、腕に何かが触れる感触がした。
アザレアが、指先でアキラのシャツの袖を引っ張っていた。
「今回は“兵器”の怪我人はほぼいなかったそうですね」
「らしいな。将軍の方でも怪我したやつはいなかったらしいし」
アキラは答えると大きくあくびをする。アザレアはアキラのシャツから指を離した。開け放たれた扉や窓から夜風が入ってくる。
「戦力の差がかなり大きかったから、とにかく防衛を優先したって聞いたけど。――それで敵軍が全滅って、将軍が大暴れしたんだろうな」
「あの人は昔からそうですわ。“思慮深い脳筋”ですから。……厄介極まりない」
「ふはっ!」
アザレアは物言いに、アキラは吹き出す。
しかし、若干いつもの元気に欠けるのは、ものすごく疲れているのと……懸案事項がひとつ残っているからだ。
ちらりと横を見ると、アザレアもどこか心もとなさそうに視線を彷徨わせている。
「……大丈夫かな、あいつら」
「!? 縁起でもないですわ。大丈夫に決まっています」
今回の襲撃では『怪我人が少なかった』だけで『怪我人がいなかった』わけではない。
カイトに襲われた天音を庇ってイツキが大怪我をしたことは、もう既に“兵器”全員が知るところとなっていた。
「いや……。イツキのことはあんまり心配してない。あんな程度の怪我で死ぬようなタマじゃないから。ただ、」
「?」
アザレアが首を傾げる。アキラは表情を消して目を細めた。
「先生のトラウマを、掘り返してなきゃいいな。……って」