85,
ローレンスの呟きに、アズマは勢いよく顔を上げる。潤んだ緑色の目が大きく見開かれていた。
「お前に何がわかるんだっ!?」
小さな肉球で地団駄を踏む。ホロホロと、目の縁から涙が溢れ出る。
「わかるわけないだろ、こんなのっ!」
「……わかるよ」
しかし、ローレンスは静かにそう言う。きっぱりとした物言いに、アズマは思わず息を詰めて彼を見つめた。
ローレンスはアズマが黙ったのを見て、囁くように語る。
「なんで……守れなかったのかって、思う。いつも一番そばにいたのは俺なのに。――肝心な時にひとりにして。挙げ句死なせてしまった」
「そ……れ、」
アズマは目を丸くする。ふっと、脳裏にカイトと共有していた記憶のひとつ――カイトがローレンスの心を読んだ時に見た映像が浮かぶ。
二人を黙って見ていたアザレアは、ローレンスの語りにそっと目を伏せる。
「つらい。なんでこうなったのかって考えると、自分のせいなんじゃないかって思えて……。なにかひとつ行動を変えていれば、こうはならなかったんじゃないかって、今でも俺は思っている」
「――ボク、は……」
不意にアズマが呟く。ローレンスが目を上げると、アズマは途方に暮れたような顔をしていた。
「ボクは、どうしたらいいの?――カイトがいなきゃ、ボクはなんにもできないよ……?」
「……さっきの無線連絡には続きがある」
ローレンスは淡々と口調で続ける。
「カイトがお前について、俺の仲間に頼んだことがあるって」
「カイトが?」
パチパチと目を瞬かせるアズマ。ローレンスはひとつ息をつく。
「“僕が死んだ後に、アズマを殺してあげてほしい。”」
「……ぇ?」
ふわりと風が立つ。アズマの黒い毛並みが揺れた。
「“僕が生きている限り、アズマは死ぬことができない。せっかく僕が死ぬんだから、アズマを殺してあげてくれ……”だとよ」
――『僕とアズマは一心同体だ』
不意に、あのときカイトが言った言葉を思い出す。
『僕が生きている間、君はずっと生き続ける』
『つらくても、苦しくても……君は生き続けないといけない。……ごめん。やっぱり酷だったかもしれない』
『そーだ。――僕が死んだら、君が何かしらの方法で死ねるようにしてあげるからさ、』
――『だからさぁ。もし……君さえ良ければ、僕と生きてよ』
「そっか。約束、」
守ってくれたんだ。
ぽつり。アズマは呟く。その様子を、ローレンスもアザレアもただ見つめる。
敵とはいえ、アーティファクトであるということや、人間の起こした戦争で傷ついてきたという境遇は、“兵器”である二人にも痛いほど共感できるものだった。
――結局こいつも
“つくられたこと”が一番の罪であり、一番の苦しみである犠牲者なんだ。
ローレンスは、そっと右手で片眼鏡に触れた。
「……殺して」
――しばらくの沈黙の後、聞こえたアズマの声にアザレアは顔を上げる。アズマは、カイトと同じ色の瞳で真っ直ぐこちらを見つめていた。
「“マスター”がいないなら、もうボクは頑張らなくてもいいよね……」
「――お前の場合は、そうなんだろうな」
ローレンスはそう言って、自らの“本体”の照準を真っ直ぐにアズマに合わせる。
「……最期に、なんかあるか?」
「え?」
目を閉じて顔を伏せていたアズマは、ローレンスの言葉に訝しげに顔を上げる。ローレンスはふいっと顔を背けて呟く。
「最期くらい、温情をかけてやらんこともない」
「そっか……じゃあ、ひとつだけ聞いてもいい?」
アズマはへにゃりと笑うと、ローレンスを見つめる。
「君は……マスターがいなくても、これから先を生きていくの?」
「……そんなことでいいのか?」
ローレンスは苦笑する。アズマはただうなずいた。
ほんの少し考え込んだ後、ローレンスは静かに微笑む。
「僕には、マスターにもらった“使命”があるので。それが終わるまでは死ねません」
「!? ふふ……。そっか」
アズマは笑うと、再び顔を俯ける。
「ありがと。」
その言葉の後、ローレンスは静かに引き金を引く。
弾丸がアズマを貫く、その刹那
――じゃあね。“ますたぁ”
この呟きは、誰かに届いたのだろうか